STAGE☆55 「ぼっち男の幌馬車道中」
馬車の旅は思った以上に順調で、領界までは3日もかからなかった。
「お昼くらいには着くよ。平原続きだと街道で盗賊に襲われる事もなかったし、順調だね」
「そんなフラグ立てなくていいよ、ピシュ」
手綱を引くピシュと隣にはギブンが座っている。
サラマンダー姉妹に拒まれて御者はできないが、ノンビリと幌の中で休んでいるだけというのも申し訳ない。
寝る時以外はギブンの異次元収納に寝具をしまっているので、幌の中はそれなりに広い。
「おい、剣バカ女! こんな狭い場所で剣を振るんじゃない」
「ご心配なく、ふっ! 幌を破ったりは、ふっ! いたしませんから、ふっ!」
「そんな事を言ってるんじゃあねぇ! 寛いでるあたしらの事を考えやがれってんだ」
ブレリアはバサラ相手に真剣勝負中。
領主城で試しにお願いしたら、上質の紙がもらえた。
ギブンは旅のお供にと、粘りのある水魔法を神に吸わせて、闇の重力魔法で数枚を1枚に圧着する。風魔法で手に持てる大きさで、全く同じサイズの長方形に切り、土魔法で模様を付けて完成したのが。
「トランプって言うんだ。54枚で一組、馬車の中でも遊べる暇潰しになると思うよ」
馬車旅初日の夜に渡したところ、またまた徹夜をさせられてしまった。
「もう! ババ抜きならみんなでワイワイできるのに」
ピシュは手綱を握って頬を膨らませている。
「ごめんな。もう一組作ろうと思ったんだけど、まさか8枚も足りないなんて、我ながらどうにかしてたよ」
簡単な遊びよりも、ギャンブル性の高いポーカーどはまりのブレリアとバサラ。
この世界にも木札で楽しむ、同じような遊びがあるそうだが、札の数が更に多く、肌感もいいトランプの方がエキサイティングできるんだとか。
「ブレリア、そろそろ町に着くよ」
「おお! この一勝負で決着とするよ」
お金はかけてないけど点数は付けていて、今はブレリアの方が高い。
次のブレリアがストレート止まりなら、バサラもストレートフラッシュ以上で逆転ができる。
「もう! 昨日からあれのせいであの子達、一度も変わってくれなかったんだよ」
「ああ、昨日は俺が寝ている間も、やってたらしいからね」
ギブンは朝になっても、寝かせてくれないブレリアを振り切って横になったが、これだけ楽しんでくれるなら、作った甲斐はあったというもの。
だけどみんなで決めたルールくらいは、守ってもわなきゃだ。
「けど俺、そもそも手綱持ってないから、強くは言えないや」
「もう、ギブンはみんなに甘いんだから」
そこはみんなに分け隔てなくやってるつもりだから許して欲しい。
北岸と東部の境にある町、都市と呼べる広さがある。
「ここが東部と北岸の領界町アラバストロか」
王子達も領土争いをしているわけではないので、ここは北岸でありながら東部なのである。
昼食をとり、この町の代表、ウルム・レバン伯爵に挨拶に行くと、貴族が手ぐすね引いて待ち構えていた。
ギブンの噂を聞きつけたと伯爵は言うが、その噂の出所がオリビアの父グラアナ卿であり、ラフォーゼ王子も噛んでいるとなる言い逃れは難しい。
「キミは魔族に詳しく、いくつかの問題も解決していると聞いたのだが」
噂というか告げ口のような伝わり方に、深い溜め息が漏れだした。
「いったいどう言った用件でしょう」
「ここより馬で半日戻ったコール大河付近に、小さな村があるのだが……」
伯爵はその村の問題を、フリーランスであるギブン達に解決して欲しいと言う。
いい加減ゆっくり眠りたいギブンはあっさりと依頼を受けて、出発は明日にしたいと言うと、町に出て手頃な宿に入った。
部屋は3部屋。
1人部屋と2人部屋と3人部屋を用意してもらった。
ギブンに「ちょっと今日くらいは1人で寝かせて欲しい」と言われ、女性陣は渋々OKした。
「ふぅ、みんなと一緒も楽しいけど、たまにはな。風呂のない宿だけど、それもたまには有りだな」
みんなは公衆浴場に行って来ると言っていたし、晩ご飯まで寝ていようとベッドに入るギブンだった。
『……、そろそろ起きて、もう朝だよ』
「……えっ? なに言ってんだよピシュ、いくらなんでもそんなには寝てないよ」
『まだ寝ぼけているの? 早く起きてギブン」
ピシュの言葉はハッキリ理解できるけど、なんとも現実味が感じられない。
「キミはもしかしてピシュ天か?」
『あら、思ったより勘がいいのね。にしてもいい名前もらったものよね。そもそもが私がこの子の名前を気に入っただけなのに、本当に最高のネーミングよね』
甲高かった駄天使の声が、ピシュ本人と同じになっている。
「それで人の枕元に立って、何のようなのかな?」
『あなた、みんなに平等になんて態度で振る舞って、満足しちゃったりしてないでしょうね』
「……大丈夫だよ。流石の俺もこれ以上は、無責任にみんなに甘えてはいられないとは思っているよ」
ただ、どう態度に示せばいいのかが、分からないだけだ。
『こんなに多種多様な女の子に囲まれていれば、どの子といるのが一番心地いいかくらいは、直ぐに答えが出せそうだけどなぁ~』
それが分かれば苦労はしない。
……いや違う苦労がありそうだけど、だいたいそんなに焦らせないで欲しい。
なんせギブンはこの世界に来て、まだ二ヶ月半しか過ぎていないのだから。
「それもこれもネフラージュ様のおかげなのかもしれないけど、ちょっとはゆっくりとこの世界を堪能したいよ」
『ネフラージュ様を悪く言うんじゃあないわよ。全て私の一存なんだから』
「それが一番質が悪いわ!」
『とにかく! しっかりしなさいよ……。できたらピシュを選ぶのよ。できなくてもピシュを選ぶのよぉ』
どんどん駄天使の声が遠くなる。
「……、そろそろ起きて、もう朝だよ」
「……今度は本物か」
「本物? ああ、ピシュ天ちゃんとお話ししてたのね」
ピシュは駄天使の存在は知っていても、感じる事はできない。
「って、なんでピシュが俺の部屋に? 寝姿のままで? というか本当に朝なのか?」
「べ、別になにもしてないよ。昨日はずっと私が手綱を持ってたから、みんなが譲ってくれたけど、ただ添い寝しただけだからね」
ここに来たなら添い寝はしょうがない。この部屋にはベッドは1つ。
「それにギブン、晩御飯も食べないでずっとねたまんまだから、心配もしたんだからね」
にしてもそんなに寝てたのか。
「本当に何もなかった?
「一度してもらったからって、みんなほど次も次もなんて思わないよ。心は日本人なんだし」
「そうだよな。やっぱり俺達は今でも日本人なんだよな。それに俺は未だに相応な人付き合いしかできないままだしな」
「それはそう感じるかな。私だって独占したい思いと、みんなと分かり合いたい気持ちを両天秤にかけちゃってるし」
端から見ると、ベッドの中でイチャイチャしている2人を、引き裂くように扉が大きく開かれる。
「いつまで寝てんだよ。もしかしてピシュてめぇ! あたしらの厚意に甘えて、シッポリやってくれちゃってたわけじゃあないだろうな!?」
「やってたらどうだって言うの? 別にいいじゃない。チャンスは平等にあったんだもの」
「なんだ、なにもなかったのかよ。だらしねぇな。けど今言ったよな、チャンスは平等だって。お前の次の番はこっちの4人の後だからな」
「なっ!」
ブレリアとピシュのぶつかり合いを、昨日交わせなかった伯爵との約定を持ってきた執事が、困った顔をして扉の向こうから眺めていた。
「申し訳ない。直ぐに準備するのでもう少し待ってほしい」
オリビアが隣で頭を下げ、扉を閉めてくれた。
ギブンはお急ぎで着替え、書類にサインすると早速魔族が絡むとされる村目指して出発する。
御者はマハーヌ。隣にはギブン。
幌の中では4人が神経衰弱で、夜の順番決めをしている。
何度やっても一度も勝てないマハーヌの代わりはピシュ。
もしもマハーヌを勝たせたら、2番手にしてもらうと、ブレリアに無理矢理首を縦に振らせた勝負だったが、見事最下位になる15歳の乙女だった。




