STAGE☆54 「ぼっち男の処遇」
「それはそうと、ギブン・ネフラ」
「な、なんでしょう。ジオート様」
「キミは勇者を名告る気はあるか?」
「いえ、全く全然、金輪際お断りします」
「躊躇なく即答をするのだな」
王子の酒の勢いは止まらない。無礼講の言葉は信じているが、ギブンは二度と2日酔いにはならないようにと、状態異常無効化スキルを全力で行使している。
「お前は時期的に言っても、勇者である可能性が高いのに、大陸の南の地、はじまりの村、ゴート国の勇者に大きな顔をさせるでないわ!」
「はじまりの村? ゴート国?」
「そうだ、歴代魔王は人間国に攻め入ると、真っ先に我が国を襲い、居城を建てる。なのにあんな辺鄙な田舎町になんかに勇者が現れるなぞ、神は何を考えておいでなのか」
神様に対して不敬な言葉だが、ここはスルーしておく。あとでピシュ天に聞いてみたい話ではあるが。
「他の大陸には魔王の噂も聞かんと言うのに、なぜ我が国にのみ魔族が現れるのか……」
ここから大陸中に魔物が拡がり、経験値を溜めて魔王に挑む。
歴史によれば勇者が魔王軍に負けたことはないらしいが、その被害はいつも、とんでもないことになる。
「もちろん最も被害が大きくなるのはわが国だ。長年をかけて城塞都市には強力な結界を張る技術も生まれたがな、周辺の村々まで守れる技術は確立していない。小さな集落は全て踏みにじられてしまう」
すべての集落に砦を気付いた時代もあったが、魔導士の育成は簡単ではなく、主要都市を守り切るのが精一杯なのが実状である。
「間に合わないんだよ。勇者が南から順に冒険を続け、このグレバランスに来るまでは待ってられんのだ」
「まさにRPGだな」
「なんだその、あーるぴ……とは?」
「ああ、いえ、失礼しました。気にしないでください」
こっちの話ですとギブンが言えば、話は軌道修正される。相手が酔っ払いで助かった。
「魔王はおおよそ300年周期で降臨するとされていて、前回からはたったの100年。もしも本当に魔王が現れたのだとしたら、勇者の噂は本当の事になる」
「もしかしてジオート様は疑っていたのですか? 南の勇者を」
「私だけではないさ。ラフォーゼ兄様やアレグア兄様もだ」
アレグア・ルブラン・グレバランス第3王子様のこと。
「この件に無頓着なのは、ゼオール兄くらいのもんさ」
他の王子様と扱いが違う。第2王子様、兄弟の仲でも問題児扱いか?
「しかし魔族が暗躍をしているという話だからな。魔王の事も勇者の事も、考えないわけにはいくまい」
魔物の大量発生も事案が増えている。
これはもう疑いようもない。というのが王家の見解だそうだ。
「それで話を戻すが、キミは勇者を名告る気はあるか?」
そう言われても、2つ返事でOKが出せる話ではない。
ギブンは返事を渋り、仲間の意見も聞きたいので時間が欲しいと願った。
酒の席でもあるし、王子も無理強いはせずに首を縦に振ってくれて、ギブンは寝室に向かった。
みんなギブンの帰りを寝ないで待っていた。人魚以外は。
昼近くまで寝て、昼食はまたジオート王子に誘われ、大広間でギブンのパーティー全員と食事をする。
「どうだ、答えは出たか」
「もう……、ですか? と言いたいところですが、みんなと話し合って決めてます」
「そうか、それは素晴らしい」
王子は眉間に皴を寄せ、こめかみに手を添えている。どうも二日酔いでおいでのようだ。
「まだしばらくは、フリーランスで通そうかと思います」
「なぜだ?」
「その方が、魔族に目を付けられないように思うので」
それはバサラの意見だった。
やはり魔族側でも勇者は気になるもので、色々と情報収集もしているらしい。
魔人であっても人間と変わらない魔力しかない者もいる。
平和な時代にも、人間界に紛れ込んでいる魔族は少なくないらしい。
ほとんどが人間に馴染んで、故郷を捨てようなのだが、中には間者を続ける者も、少なからずいるのだとか。
以前バサラが。
「だから私はお前達と行動を共にして、間者を見つけたら魔界に連絡させるのだ」
従者になったばかりの頃、魔人は高らかに宣言してくれた。
「そんなことが……、今までもそんな輩もいたと言う事か」
ジオート様は頭を下げて考え込む。
当然バサラが魔人なのは秘密である。つい先日には、彼女の持っていた通信用の魔石を、ギブンに預けてくれた。
バサラも立派なパーティーの仲間になったと思っている。
「魔族にギブン・ネフラの存在は、知られない方が得策か……」
ジオート王子も納得してくれて、なんとか勇者を名告るのは拒むことができた。
ただフリーランスとしてのU級冒険者の誕生した際は、魔族打倒の宣伝材料にしていく事となった。
「少しペースを速めてアレグア兄様に会ってくれ。数日前に書状だけは先んじて送っておいた。そこには新勇者誕生と書いてしまったが、その辺はまた私の書状を持たせるからうまく説得してくれ」
先走る王子、困ったものである。
「そうだ、キミは騎龍を持っていたな」
「騎龍? ああ、はい。ヒダカとコダカの事ですね」
それは子供のサラマンダーの事である。
「馬車を用意させよう。いちいち野営の準備も大変だろう。結界魔法を使えるのなら、幌馬車は便利だぞ」
そうなると寝る場所を、彼女たちと分けるのが難しくなりそうだけど、ギブン以外が受け入れてくれるかは……、たぶん聞くまでもない。
「今日は疲れをとって、明日にでも出発してくれ。必要な物資があるなら、こちらで用意させよう」
「肉や野菜もですか?」
「うん? なんならウサギ肉も持っていくか?」
「ああ、それはその……」
「まぁいい。なんでも言うくらいは言ってみよ。できる限りは応えさせるさ」
お言葉に甘えたギブンだが、欲した物のほとんどは調味料。特に変わった物を注文はしなかった。
しかしそれを見ていたジオート様直々に「なぜそれを欲する?」と聞かれて、その説明にかなり時間を取られてしまった。
話の中でギブンが料理を作る流れになり、食したいという王子のために、夕餉に何かを振る舞う事になった。
「王子、今日はゆっくりするといい。って言ってたのに……」
こっちに来て結構自炊してきたが、地球でやって来た料理にどんな食材があうかは、けっこう研究も進んでいる。
「東部はお米がよく取れるところだからな。……丼物を出してみようかな」
大量のウサギ肉を利用して、玉子とじの他人丼にみそ汁風のおつゆ、漬け物はお城にある物を添えた。
お茶はギブンが手に入れた茶葉を、緑茶に焙煎してストックしている。
「あまり豪華な物ではないですが、ウサギ肉の玉子とじ他人丼セットです」
「ふぅむ。確かに見慣れん料理だな。けど……、ふむ、お前たち! この料理の作り方は覚えたのだろうな?」
王宮料理人に抜かりはない。
彼らは丼の作り方とお茶の焙煎方法を聞き、みそ風の調味料と茶葉の産地も書き留めていた。
試作もちゃっかり済ませている。
「なんだ、お前は食べないのか?」
同じ物を作れなくてはならないのでと、ギブンは食事会前に3人前ほどを食べさせられている。
ぺろりっと一杯を食べてしまったジオート様はお代わりをし、今度は料理人が作った一杯が差し出された。
「ふん! どうだギブン・ネフラ! 私の料理人の方が上手く仕上げたぞ」
それはそうだろう。
子供が趣味で続けていた料理の腕と、プロの料理人の実力を比べられても困る話だ。
食事会後、今日はアルコール抜きでお開きとなり、お風呂に入って寝室へ。
「えっと、この人達は?」
「寝るまでの間だけでも、可能な限りの料理を教わりたいそうよ」
異世界人はピシュも同じだが、彼女は料理経験はほとんどなく、入院生活も長かったという事で、ギブンほども多くの料理を口にしていない。
この世界で彼に出会って、初めて食べた向こうの料理も多いと言っていた。
「俺、一人でか……」
今日はゆっくりと体を休め、明日は朝から北岸を目指すという話は、いったいどこへ行ったのだろう。
昼前まで寝ていたからまだまだ余裕はあるし、なんなら徹夜したって構いはしないけど。
「あなた次第じゃない? 明日からは馬車移動なんだし」
「馬車で移動中に寝ていられるんだろうか?」
ピシュは王子様からもらった馬車を見ている。
乗り心地は、乗合馬車とは比べものにならないくらいに良いと言う。
オリビアが言うには足回りは、特権階級が使う豪華な馬車にも匹敵するようで、幌馬車としてはかなり特別な作りだそうだ。
後はブレリアが絶賛していた寝具。
これもまた王族用だというから、ジオート様にはお礼のしようもない。
「これも恩返しか……。最悪俺も、明日の晩まで起きてても平気だろうし」
なんて言い方をしたものだから、料理人達は遠慮なくギブンを調理場に連れて行く。
料理人達は和洋中と様々な試作をし、その度に味見をするギブンは、眠気を感じることなく朝を迎えた。
欠伸が止まらないまま馬車に乗ると、領都の城壁が見えなくなる前に、ギブンは眠りについてしまった。
心配していたヒダカとライカも馬車を引く事に抵抗を感じず、と言うか楽しんで引いてくれているようで助かった。
御者は経験のあるブレリアとバサラが交代で行い、ギブンが起きる前には、ピシュとマハーヌもレクチャーを受けて、3日目には1人で手綱を握れるようになっていた。
オリビアとギブンも覚えようとしたが、剣士はその気性から暴走が恐れられ、男は気の弱さが災いして、2匹のサラマンダーから交替を求められてしまった。
手綱の指示が曖昧だと、かえって疲れるのだそうだ。




