STAGE☆05 「ぼっちのギルド試験」
冒険者ギルドは3階建て。
入り口を潜ると直ぐは、冒険者のたまり場となっている。
「なんだ、なんだ! こんな所にメイドさんがなんのようだ?」
「俺たち今日はもう上がりだから、遊びに行こうぜ」
「こんな時間に油売って、首にでもなったのか?」
ガラの悪さにギブンは内心萎縮しているが、流浪の騎士はこんな事に怯んだりしない。
ゴロツキのような冒険者に睨みを利かせた。……つもりだったが。
「おお、そっちの美人の兄ちゃん。俺たちと一緒に飲もうぜ」
「こっちこいよ。奢ってやるぜ」
メイドさんよりも人気が高い事は、誰の目にも明らか。
「流石ですね。ギブン様。残念ですが先にカウンターへ参りましょう」
いやいやなにも残念などではない。
それにそんなことよりも、エレラの機嫌が若干悪くなった気がした方が気になる。
「いらっしゃい。あら珍しいわねエレラ。エンザとは仲良くやってる?」
なにを言ってくれているのだ、この黒髪の受付嬢は!?
ギブンの堪忍袋の緒は切れる寸前。
「あはは、彼とはもう終わっちゃった」
「えっ、なに、なにがあったの?」
顔見知りの軽口を明るく返す彼女を見ていると、自然と涙が溢れそうになるが、辛うじて堪える。
「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃあなくて」
「分かってるわシーナ。街の噂には耳聡くても、貴族様の事はすぐには伝わってこないでしょ」
大丈夫よと言われても、シーナはエレラの顔を真っ直ぐに見られない。
彼女は一言断って、他の受付嬢と代わってもらった。
「悪気はないのです。シーナも私もエンザとは幼い頃からの付き合いなんです」
だからこその日常的なやり取りか。ギブンは反省をする。心の中でシーナに謝罪した。
「……そう、それは大変だったわね。騎士様もありがとうございます。お嬢様やエレラ達を助けてくださって」
代わって受付に立った赤髪の少女、フィーヴィーにエレラは事情を説明する。
「ギブンさんは騎士様ではないのですか。レベルは10ですか……。失礼ですが冒険者になるのはもっと東にある街で」
「平気よフィー。ギブン様は数字では語れない実力者なのよ」
「詳しく聞かせてもらうわ。お二人とも奥の部屋へ」
フィーヴィーは受付を臨時に、依頼報告のカウンター嬢に任せ、奥の個室に2人を通した。
「ふん、ふん」
10分の間フィーヴィーは相槌を打ちながら、ずっとギブンを眺めていた。
「あなた、私の話をちゃんと聞いてたんでしょうね」
「なっ、ちゃんと聞いてたに決まってるでしょ。えーっと、エレラの話は間違いないんですよね」
「ああ、間違いない」
「そうですか。それでは手続きの前に、このエバーランス周辺について、説明させてもらいます」
フィーヴィーがレベル10と聞いて、難色を示したのには理由がある。
「この辺りは100年前まで、魔王の居城があった場所なんです」
つまり出没する魔物は並みの強さではなく、ランクの低い者ではとても依頼を熟せるもんじゃあない。
「冒険者になるには、登録試験となる依頼を受けてもらいます」
適性を見極め、今後も依頼を任せられるかの試験。
この町で受けられる登録試験はS、AからFまであるランクのD相当。
その試験に合格しても、なれるのは最下級のFランク冒険者だという。
それ故にここで試験を受ける者は皆無に等しい。
「ゼロではないのか?」
上級冒険者が連れている若者が数年に一度、パーティーで依頼を受けて試験に挑むことがある。なるほどなるほど。
「それでギブンさんにも、どなたかが同伴なさるので?」
「いや、俺は、一人、で……」
「そんな事は前例がありません。基本冒険者が依頼を受けるのは自己責任です。ですが失敗確実となれば、依頼受諾を拒む権利がギルド側にはあります」
もしかしてここで手詰まり? まだ冒険は始まっていないのに。
「ギブン様は南の森を五日もさまよい、ようやくこの町にやって来たのよ。ずっと南の国から」
「えっ、あの森で五日も!?」
「なにか?」
「い、いえ、今ある依頼で試験に使えそうなものは、あの森でのクエストばかりなんです」
つまりギブンはあの森に入り、依頼を達成できる可能性があると言う事だ。
「因みにどのような……」
手元に置いてある資料から、フィーヴィーは3枚の用紙を提示する。
「1つは森のほぼ中央にある湖に生息する、アベハタという魚を50匹釣り上げる事」
森の地図は完全には埋まってはいないが、森の中央の湖なら地図に記入済み。
あそこで釣りをした覚えもある。
「1つは森を抜けた岸壁辺りに生える貴重な薬草、クラウセン20束」
それはもしかして完全に道を間違えて出てしまった山岳地。
眺望を楽しんで振り返った足下にあった、あれの事か?
「1つはクレイジーボアという魔物です。通常のイノシシの5倍以上の大きさで、非常に凶暴な獣です。その肉と魔石が必要という事です。数は大型の物であれば一匹で十分ですね」
食物図鑑のスキルがなかったら、どれがどんな物かを知る事はできなかった。
その魔物なら何度も遭遇している。
「それって本当にDランクの依頼?」
「クレイジーボアはランクCの魔物ね。他の物も場所がゲネフの森でなければ、低ランクなんだけどね」
あの場所でとれる素材は、遭遇する魔物次第で難易度は跳ね上がるのだ。
「依頼品は、ここで出して、よいのか?」
「はい? えっと、素材の受け渡しは、受付カウンター左手の、依頼報告のカウンターですが?」
「なら、カウンターへ」
首を傾げるフィーヴィーとエレラ。ギブンの試験の話は保留して、カウンターへ移動する。
「この上で、よいだろうか?」
ギブンはカウンターテーブルの上にある、素材置きのトレーに、異次元収納の中の獲物を引き出した。
「ええーっ!? アベハタ72匹、クラウセン58束……」
最後にクレイジーボア7頭は、足下に出して置いた。
「生け捕りでないとダメか?」
「いえいえいえいえ、これで十分です。と言うか十分すぎます」
「解体は?」
「こちらで行います。完璧です。完璧すぎますよ。ええーっ!?」
驚きを隠せないのはフィーヴィーだけではない。
ギブンの魅了を受けて、彼が気になっていた冒険者もまた、冒険者登録に訪れた新人の成果に歓喜の声を上げた。
「ど、どう? ギブン様はスゴイ方でしょ」
と言うエレラもまた、目を丸くして冷や汗を流している。
「合格か?」
「えっ? そう、そうですね。依頼は達成されましたが、今までこの様な形の合格者はいませんので、この事をギルドマスターに報告して、合否を決定してもらいます」
これでうまくいったと、安堵した分だけ、ギブンのショックは大きかった。
よろめいて、その場で尻もちをつくと、その様子を見たその場にいる全員が寄ってきて、ギブンを支えようと手を差し伸べた。
いきなり大勢に囲まれてギブンは硬直する。
「ああ、ああ、あああああ……」
「ギブン様、お手を」
目の前の手を選び、ギブンは立ち上がる。
「あ、ありがとう。エレラ」
「はい」
正気を取り戻したギブンは2階へと案内された。
「私がギルド長のアウヴヒム・へルヴィーだ」
禿頭の厳つい親父を前に、相手はたった一人なのに、ギブンは立ったままで気を失いそうになる。
「お前さんか、トンでもないルーキーってのは?」
「ギブンだ。ギブン・ネフラ」
「おお、よろしくなギブン。でなんだが、お前さんの冒険者登録だが……」
なぜここで間をおくのか?
「合格だ!」
だからなぜそこで間をおくのか?
「そうか、助かる」
「いや、助かるのは我々の方だ。お前さんのポテンシャルは計り知れないと、メイドが持ってきた書状にも書いてあったしな」
そんなものを預かっていたのか。
「と言うことで、お前さんは試験抜きで合格だったんだが」
つまりあの様な長々とした手続きを、受ける必要はなかったということか。
何はともあれ、これでギブンもエバーランス冒険者の仲間入りだ。
この後、ゲネフの森で採集した獲物を全て換金しようとしたら、「ギルドの金庫がパンクします」と、フィーヴィーに一部を除いて突っ返されてしまった。
その話を聞いた領主様が、しっかりと査定して買い取ってくれたのだった。