STAGE☆45 「ぼっち女の憂鬱」
前世と異世界の常識の違いは、受け入れるしかなかった。
ギブンと出会ってからは、ピシュも気持ちを共有できる相手ができて、気が休まるようになった。
お喋り下手で、スキンシップを拒まれて、鬱憤を溜めることもあるけど、彼の優しさがささくれた心をホクホクにしてくれる。
彼の良さに気付いた女の人が、自分の他にもいっぱいいて、でもそれも受け入れることにした。この世界の男の人は、多くの女の人と関係をもつのが当たり前と聞いたから。
それでもである!
「今日はちょうど排卵日なんだよ。人魚は人間の倍の時間がかかるんだよ。貴重なんだよ」
「いいから離れなさい! ギブンが困っているでしょ」
「ほらほら、約束だから待ってるんだよ。ピシュもお願いするんだよ」
異世界の生活は慣れてきたけど、ピシュにとって人魚の言動はストレスでしかない。
「そりゃあ日本でも初体験の早い子は、いっぱいいるって聞いた事あるけど、私はずっと入院してたし、バージンだし……」
初恋でもあるギブンとずっと一緒に居たいと思った日から、いつでも初めてを捧げるつもりではあるけど。いざとなると怖いんだものと、心がざわつく。
「魔法全快で戦ったら圧勝しちゃうしな。かと言って競泳は、身体強化したマハーヌと互角に終わっちゃったし」
ビデオチェックがあれば決着もついただろうけど、ギブンの目を信じて、引き分けを受け入れるしかない。
「今日はどこを目指すの?」
「この先に村があるんだ。昨日馬車とすれ違っただろ?」
「ああ、畑荒らしのクレイジーボアね。退治するの?」
聞いた話に寄れば、例年1~2頭は現れるが、被害が大きくなる事のない巨獣は、今年は20頭以上が現れて、畑を滅茶苦茶にしているんだとか。
「できたら野菜を分けて欲しいし、あわよくばクレイジーボアの肉も、分けてもらえるかもと期待してる」
「ギブン、お腹減ったんだよ」
「さっき食べたばかりでしょ!」
おとぎ話の人魚のイメージを尽く崩してくれるマハーヌを見ていると、どうしてもピシュの口から溜息が漏れてしまう。
ギブンはマハーヌにおにぎりを二つ渡した。
彼女に出会って2日、どこかにピシュにも理解できる部分が、きっとあると信じて観察をしてきた。
「……あんなに食べているのに、なんであんなにスタイルいいんだろう」
よく食べるのはいいことだ。
とは思うけど、ピシュからすれば理不尽と言いたくもなるくらい、マハーヌはエロい。
今の自分だって女神様が、ゲームのアバターを元に作り替えてくれた姿でいる、人型として理想の体型に当てはまるのだ。傍からすれば、隣の芝生が青く見えているだけだと言うだろう。
それによく食べるのはピシュも同じだ。腹八分でやめたことはない。
「それじゃあ俺は、ギルドに顔を出すよ。2人は村人から話を聞いて来て欲しい」
人と話すのに、ギブンは1人でいいという。
「大丈夫なの?」
「約束は、守らないとさ」
マハーヌの今回の排卵日を先送りにする条件に、苦手を1つ克服すると約束した。
「ボアの件が依頼になっているかの確認と、請け負いの手続きをしてくるだけだから、大丈夫だよ」
ギブンの引きつった顔を見て、ピシュは苦笑いで見送った。
「それじゃあ私たちは、被害状況を確認に行くわよ」
「はーい、はやくお仕事終えて、ご飯を食べるんだよ」
「ついでにあんたの服を探すわよ。その格好は私たちの生まれ故郷では、お役人に捕まるエロさなんだからね」
マハーヌの頭は?だらけ。
ただでさえ窮屈な水着を脱がせてもらえず、慣れない歩きが続いてお腹も空いてるのに。
文句を言いたいのは自分の方なのに、マハーヌはだぼだぼのシャツ一枚で、人に会うのは失礼だ。なんて言われても、人魚の知った事ではないと、プリプリしている。
「馬車のオジサンが止まったのも、あんたの格好に引っ掛かったからなんだからね」
とは言っても、そのお陰でボアの情報が手に入ったのだけれど。
ピシュとマハーヌはギブンと別れて、一番最初に出会った村人に服が手に入るお店の場所を聞いた。
服屋さんと言う物はなく、紹介された雑貨屋で、マハーヌのサイズに合わせた下着と、婦人用のブラウスとズボンを手に入れた。
「……これならいいの?」
「本当は1番上と2番目のボタンも止めて欲しいんだけどね」
「窮屈なのは、もういやなんだよ」
上の下着もヒモを足してもらって、ようやく着られたのだ。これ以上はもっと都会にいかないとどうしようもない。
頭を抱えるピシュだが、マハーヌは胸元から目を離せない男性村人を集めてくれた。
「やっぱり被害は大きいみたいね」
「クレイジーボアはあの森に住んでいるみたいなんだよ」
その森はアントボアという、地球の猪サイズの魔獣の生息地で、それは村にとっても重要な食料源なのだが、クレイジーボアが多く出没するようになってからは、小型獣の姿を見なくなったと猟師が言っていた。
「2人ともどうだった?」
「お帰りギブン。うん、結構いい話が聞けたと思うよ」
「そうなんだ。あれ? マハーヌも着替えたんだ。……その、魅力的なの選んだんだね」
ギブンは目線を逸らしてマハーヌを褒めた。裸はじっくり観察できるくせに。
「おお! ギブンはこういうのが好みなんだよ。そうか、それではしょうがないから、この服は着ててもいいんだよ」
「ギブン! ちゃんと言ってやんないと、後々厄介になっても知らないんだからね」
「あはははは……」
ここのギルドは、村長がマスターを兼任していた。
クレイジーボアの大量発生は村からの依頼として、ギルドに上げられていた。
書面を起こしたのは、ギルドマスターの村長本人。
「依頼達成は早い者順。一頭につき大きさにかかわらず金貨2枚。地方の小さな村としては、頑張った方じゃあないかな」
ただそれも、都会にいる冒険者としては、危険に釣り合う金額とは言えない。
「一応、俺も記名をしてきた。明日からは獣狩りだ。この村にも宿屋はあるそうだから、チェックインしに行こう」
「ちぇっくいん? とは何の事か聞きたいんだよ」
「ああ、気にしないで。宿を取るって意味で、俺とピシュの故郷での言い方だから」
マハーヌは機嫌を損ねるが、それ以上は何も言わなかった。
「はぁ~、なんでどこに行っても、一部屋しかとれないんだ」
ギブンは1人、野宿しようとしたのだが、2人がしがみついてきたので諦めた。
村に唯一の食堂へ行き、食べたいだけ食べて良いというと、マハーヌは軽く10人前を平らげ、ピシュも対抗しようとしたが、2人分でギブアップした。
「酒場もないんだね」
「ああ、そうみたいだな。ここでもいくらかは置いてるみたいだけど」
「いいよ。今日はやめとく。明日早いんだもんね」
ピシュは憂さ晴らしもそこそこに、溜め息を吐いた。
「疲れた?」
「うぅうん。疲れは感じてないよ。というか魔力が底をついた事がないから、こっちに来てから疲労感が出た事はないんだ」
気疲れは色々してきたけど、精神の回復は魔法ではどうにもならない。
「やっぱり顔色がよくないな。早めに宿に帰った方がいいんじゃあないか? マハーヌ」
「なに?」
「まだ食べたいのかな?」
「食べてはダメなんだよ?」
「そうじゃあない。お金を置いていくから、1人で食べてもらっていいかな?」
「むっ、まさか私を置いて、2人で夜の営みをするつもりじゃあないのか? なんだよ」
マハーヌは目の前に並べられた3人前を、急いでかけ込み、一緒に飯屋を出て宿に向かった。
「人魚にも発情期ってあるの?」
ピシュはギブンがいるのにも関わらず、ストレートに人魚に聞いた。
「獣の様なか? それはないんだよ。私はまだ経験はないけど、興味はずっと持っていたからな。早く体験したいんだよ」
それなのにギブンに拘って、適当に相手を選んだりしない。
今の格好で誘えば多くの男が惹かれるだろうに。
それもまたギブンへの想いからなのだろうと、ピシュは受け取った。
「ギブン、ハクウちゃんにお願いをして、2人を連れてきてもらえないかな?」
ピシュは意を決して、マハーヌとの問題を解決しようと考えた。




