STAGE☆44 「ぼっち男の苦悩」
「は、繁殖? 子作りってこと?」
言葉が返ってきたのはピシュが先だった。
「だ、ダメだよ。1番は私なんだから」
「うん、大丈夫なんだよ。私も今日、明日にでもと思っている訳じゃあないんだよ」
いつかはと言う話しなら、お願いを聞くのもやぶさかではない。が……。
「もしかして一緒に来るのか?」
「ダメかな? 腕力はないけど、人間には伝わっていない魔法なら、いくつか使えるんだよ。きっと役に立てると思うんだよ」
マハーヌが使えるのは変身魔法だけではない。
人間では女神様の加護がなければ使えない、異次元収納や地図作製のスキルが使えたり、短距離であれば空間移動魔法も使えたりする。
「空間移動か、それは俺も使えないな」
「精霊魔法も水魔法と風魔法は使えるんだよ。あと、身体強化とかも」
2人ほどではないが回復魔法も使えるらしく、それは確かに役に立ってもらえそうだと思えなくもない。
「そもそもの話だけど、なんでこんな所に海で生活する人魚がいるんだ?」
海の底に町を築いて暮らす人魚が、わざわざ淡水の大河を、源流目指して遡上してくるなんて、どんな理由があるというのか。
「いたってシンプルな話なんだよ。人魚の住み処に、私に勝てる雄がいないんだよ」
絶滅が懸念される人魚族は、強い種を育てようとしている。
そこで住処1強いマハーヌが年頃を迎えたので、旅に出られるように変身魔法が与えられて、大陸に強者の因子を求めてきたというのだ。
「なるほどな、それであの海でもキミが偵察に出てたのか」
「そんな私が、人魚の雄なんかと子孫を残すなんて、ありえないんだよ」
1対1なら、逃げ回らなくてよかったのに。と言っている。
「うん? でもキミは、どうやって男の強さを計るんだ?」
「簡単なんだよ。実際に戦ってみればいいんだよ。人間とも戦ったけど、なかなか見つからないんだよ」
赤髪の人魚はギブンの目を瞬きもせずに見つめ続ける。
「俺と戦いたいんだな?」
「うん!」
ギブンはマハーヌに、どんな戦い方をするのかを尋ねた。
「基本は接近戦。魔法で身体強化をするんだよ。精霊魔法は動きながらは難しいから、ただただ殴るんだよ。蹴るんだよ」
その戦い方は人魚のイメージにそぐわないが、シンプルで分かり易い。
「なるほど、それじゃあ俺も……」
「ハンデはいらないんだよ」
右掌をギブンに向けて、男の言葉を遮った。
「いや、キミに合わせるよ。だってそうじゃないと、キミの求める強さを俺が持ってるかが、計れないだろう?」
「なるほど、なんだよ」
話しはまとまり、決闘は明日。今は食事の時間、早く食べて早く寝よう。
ギブンの想像は、鍋の中でどんぴしゃり。
「うん、柔らかくて美味しいよ」
ピシュは穀物酒を片手に、ウルボア貝の切り身を口に運び、上機嫌となる。
「それじゃあ今夜は2人用のテントを2人で、俺はこっちで……」
「なんで別々に? なんだよ」
マハーヌは眉を顰めて、詰め寄ってくる。
「いやだって、このテントに3人は狭いし」
なんというか、居心地が悪そうだから。とは口が裂けても言えない。
「だったらギブンと私が一緒で、マハーヌが1人だね。だってマハーヌは別に、ギブンが好きになった訳じゃあないんでしょ?」
強い男性を求めているだけで、ギブンだから側に居たいわけではないのだから。
「違うんだよ。私は予感があったんだよ。ただの予感だけど、きっとギブンに会えるって信じて、川を上って来たんだよ」
ピシュはショックを受けた。
そうだ。再会の約束がなくてもいつかまた会える。
そう信じてオリビアとブレリアもエバーランスの町を旅立った。
みんなの様な状況になったとして、ピシュは同じことができるのか?
「うぅうん、私だってそれくらいの信念はあるんだから!」
「どうしたの、ピシュ?」
「な、なんでもない。なんでもないよギブン」
希望だけでここまでやって来たマハーヌの想いを、ピシュは押し出せそうもない。
「ギ、ギブン。大きいテントがあるじゃない。それを使いましょう」
「……わかったよ。けど俺は入り口近くで寝るからな。2人は2人で話し合って、どちらが奥で真ん中を決めてくれ」
食後の運動と酔い覚ましに、2人は川を往復する勝負をした。
「かったぁ!!」
「あ、ありえないんだよ。人魚が泳ぎで人間に負けるなんて……」
「ふふぅ~ん、泳ぎの勝負じゃあないよ。これはれっきとした魔法勝負だったんだから」
「なっ、そうだったのかぁ!? なんだよ」
マハーヌは気付くのが遅かった。でも勝負は勝負。負けは受け入れないといけない。
人魚は枕を涙で濡らした。
朝ご飯の後、手頃な平原でギブンとマハーヌは対峙した。
「手を抜いたりしたら、今すぐお日様の下で、子作りをしてもらうんだよ」
「そういう条件なら戦わないよ。けど約束する。本気で戦うし、きっと勝つのは俺だと宣言しておくよ」
ギブンは剣と鎧を次元収納に入れて、昔遊んだボクシングゲームを思い出した。
「やっぱりハンデをもらってもいいかな?」
「なんなんだよ? おかしな事なら聞かないんだよ」
「そっちから始めてほしい。俺はこんな戦い方を知らないからさ」
魔法対戦になったピシュとの戦いも初めてだったろうに! 魔法使いの少女は少しだけ嫉妬した。
「いいよ! でも一発で終わったら仕切り直しなんだ、よ!」
ピシュの視界からマハーヌが消えた。
「流石なんだよ。私のステップに目が追いついたのは、ギブンが初めてなんだよ」
マハーヌの右ストレートをギブンは右前腕で受け止めて、左の膝で彼女のボディーを狙う。
マハーヌの体は前傾姿勢のまま。迫る膝を避ける方法はない。
いや、ギブンが腕で受け止めるために、重心を前に移動した事で、膝はマハーヌの腹に辛うじて触れた程度。ダメージはない。
双方の攻撃力が交わったポイントを中心に、90度反時計周りに位置を変え、お互いの力を利用して2人は離れた。
次の攻撃も仕掛けたのはマハーヌ。
またもお互いの手が、足が届くクロスレンジで、力の抜けた攻撃とフェイントを打ち合い、空振りだらけのスタミナ勝負をする。
「ふぅ……、体力はギブンが上なんだよ」
「スピードはキミの方が速いな」
「こんな戦い方も面白いけど!」
「そうだな。次の一発で膝をつかせてやるよ」
2人は同じタイミングで同じように力を溜める。
呼吸法も全く同じ、「はぁあああああ!」とオーラが体を光らせ、ピシュが眩しさに目を背けた瞬間、2人は同時に動いた。
「……勝負あったの?」
「ああ、ギリギリだったけどな。ピシュ、マハーヌを回復してやってくれ。おそらく内蔵が破裂したから血を吐いたんだと思うから」
ギブンも結構ダメージを受けたのだろう。
倒れそうになるマハーヌのおっぱいを二の腕で受け止めて、手はお尻を触っている。
「……不可抗力だよね」
「あ、当たり前だろ! 俺もボロボロなんだって。だからって彼女を放り出せないだろ」
ギブンとマハーヌの怪我は直ぐに治った。
それでも体力の全てを使い切ったマハーヌは目を覚まさない。
ギブンも魔力回復を最優先し、その場にへたり込む。マハーヌに膝枕をして。
「むう……」
「機嫌直してくれよ。これだけ強かったら、旅の邪魔にはならないって、証明できたんだから」
「そんな事は心配してないよ。ギブンの事だから、マハーヌが自分を護れるようなら、連れて行くつもりだったんでしょ?」
そこまで思っちゃいないが、目を覚ましたマハーヌが付いていくと言えば、反対はしない程度には思っていた。
しばらくして目を覚ましたマハーヌが、「手を抜いたんだから、子作りの約束を守ってもらうんだよ」と言ってきた時は、川に沈めて捨てていこうと考えるギブンとピシュだった。




