STAGE☆43 「2人ぼっちの未来計画」
今のピシュが何を考えているかは、ギブンにも分かる。
正直に言えば、いま包囲されている盗賊に、ピシュを傷つけられる者はいない。
ピシュが傷つくとすれば、それは心の傷。
例えばここでレヴィアタンを召還すれば、盗賊達は蜘蛛の子を散らすように逃げていき、流血なしで無事解決となるだろう。
ただそれでピシュが納得するとは思えない。
では次に、ギブンが自ら俊足で、彼女にナイフを向ける男を倒したなら?
召還獣を呼び出すよりは、好感度を上げられるかもしれない。でもそれではピシュがわざとらしく盗賊に捕まった、この悪ふざけの着地点が見つからない。
気不味くなるのはダメだ。既にピシュの顔は後悔している表情をしている。
必要なのは言葉だ。彼女の心を掴む言葉。胸に染みる行動が求められている。
「お、俺は乙女ゲーなんてしたことないから、どうしていいか分からない。ピシュ、降参だ」
なに言ってんだこいつ? と言う盗賊全員からの視線。前世でもっとも忌み嫌った悪目立ち。
だけど少女がどう感じたのか?
ピシュは思わず吹き出してしまい、気味悪がっている盗賊達を風魔法で一網打尽にした。
「ギブン、それ反則だよ」
「反則はどっちだよ。言い方が悪かったのは謝るけど、そっちの早とちりもあったんだからな」
「分かってるわよ。だから今のは私からも降参する。痛み分け、イーブンね」
やはり彼女の笑顔には癒される。
「とにかく怪我がなくて良かったよ」
「怪我なんてすぐに治っちゃうから心配いらないわ。それよりもあいつら、私の胸を鷲掴みにしたのよ。どう? 腹立ってこない? 私の全てはあなたの物なのに」
ギブンがジトッとした目で少女を眺める。
「……ピシュって、よくそんなセリフを、照れもしないで言えるよね」
「私はしっかり、ギャルゲーもやってきたもんね」
ギブンは初の試みとして、盗賊の耳を切り落とす。を経験した。
この世界で旅の冒険者を続ける以上は、魔物退治に次いで避けて通れない道だ。
ウエルシュトークの大盗賊団全滅のニュースは、フビライが憲兵隊に報告している。
もちろん証拠付きで。
こういった確かな情報が、盗賊を減らす一役になるのは間違いない。
「わ、私もやっておいた方がいいかな?」
「別にいいよ。だってピシュはずっと俺といるんだろ?」
男は急にこういう言葉の意味を意識するようになる。
これまでも何回かは、同じようなセリフを吐いた覚えがあるが、ゲームのプレーでなく気持ちを込めた結果だと思う。
「ギブン……それはプロポーズですか?」
「そ、それは……。だってオリビアさんやブレリアさんも、同じように想ってくれているなら、もっとちゃんと選ばないと」
ここ数日心にあった蟠りが、形になって口から飛び出した。ギブンが一番驚いている。
「えっ?」
「えっ?」
なにかおかしなことを言っただろうか?
「もしかしてギブンが煮え切らないのって、1人に絞れないからって事?」
「だってそうだろ? 結婚ってのは、ちゃんと1人を選ばないと!」
「いいじゃん、3人ともお嫁さんで!」
ここは異世界。身分なんて関係なく一夫多妻でも多夫一妻でも可能なのだ。
「多夫一妻ってのは貴族の中での話しらしいけど、一夫多妻はおかしくないそうだよ」
「ピシュはそれでもいいの?」
「それはどうだろう? でもゲームなんかじゃあ、ハーレムって当たり前だったりするじゃない? 主人公が望むなら、アリかなって思うよ」
自分がどれくらい嫉妬するかは、そうなってみないと分からないと言う。
「そうか、けどやっぱりまた、あの2人に再会するまでは、保留にさせてもらうよ」
「……マジメだなぁ。それじゃあ婚約! それで折れてあげる」
ギブンはピシュの求めに応えた。何か渡せる物があるわけではないので、2人はゆびきりをした。
日が暮れる前に河原に出て、キャンプを張る事にした。
ピシュはまた水着になり、1人で水遊びをしていた。
オオシャコ貝は刺身でも食べられると、ギブンは聞いた事があるけど、ウルボア貝は下処理なしだと刃物を入れても煮込んでも堅くなる。
「何をやってるの?」
「酒蒸し。これが正解かどうかは分からないけど、柔らかくできたら、美味しく食べられると思うんだ」
「お酒で蒸すの? 勿体ない」
「あはは、ピシュはもう俺よりも飲むもんな」
残り少なかったマーマンの干物も、隠れて酒のアテにしようとしていたギブンから奪い取って、穀物酒と共に食べてしまった。
「これは調理酒だから、飲んでもあまり美味しくないよ」
「そうなんだ? この世界にもそんな文化があるんだね」
この世界の料理酒の味が好きだという人は多いと聞く。
単にギブンの好みではないというだけ。ピシュが自分で気付くまで黙っていよう。
「なにこれ、美味しそうな匂いなんだよ」
「もう少しだから、鍋ぶたを捕っちゃダメだぞ」
「私はこっちよ」
ばしゃあ! っと派手な音を立てて何かが水から上がってきた。
「ごめんなさい、驚かせちゃったみたいなんだよ。休憩も取らないで泳いできたから、お腹が減っちゃってるんだよ」
たき火に近付くのは、声からして若い女性。
この辺りは割と海抜があって、季節的には夏に向かっているが、泳ぐにはまだ早い。
ギブンとピシュは風魔法にほんの少し火魔法を混ぜる事で、寒さを凌いでいた。
「キ、キミは!?」
「お久しぶりなんだよ。ギブン」
全裸の女の子、目を丸くするのはピシュ。
「だ、だ、だ、誰!? というかなんて格好してるのよ」
「本当に、どうしたんだ、その足?」
ピシュとギブンが驚いている点には大きな違いがある。
「足とかどうでもいいでしょ! あんたも早くなにか着なさいよ」
ピシュはギブンの目を手で隠し、謎の美女に今まで体を拭いていたタオルを投げた。
「なにか着ろって藪から棒なんだよ。……そう言えばここは、人間の住む世界なんだよ。つい忘れちゃうんだよ」
そう言って露出癖の少女は、肩に掛けていた鞄から薄手のシャツを取り出した。
「これでいいの? だったらなにか食べさせて欲しいんだよ」
体を十分に拭うことなく、被った丈の長いシャツ一枚。
「エロいって、私たちはまだ18禁はアウトなんだからね」
ギブンに目をつぶっているように言って、ピシュは自分の水着を彼女に渡して、シャツの下に着るように言った。自分も服を着る。
「これかわいい♪ だけど胸が少しだけ苦しいんだよ」
「ぐっ、いいからご飯食べたいんなら、少し我慢してちょうだい」
胸の先端が分からなくなったけど、それでもまだエロい。
まだピシュは納得いっていないけど、裸に比べれば随分マシである。
「マハーヌ、まさかこんな所でキミに会うなんて」
「覚えていてくれたなんて、嬉しいんだよ」
「覚えていてくれたのはキミもだろ? それより教えてくれ、なんでキミがこんなところに? それよりなによりその足は?」
さっきもギブンは足を気にしていた。
スラッと細くて長い足。顔も小さいからモデルのようにバランスも良い。
「ギブン、こういう子が好みなの?」
「……? よく分からないけど紹介するよ。こっちの子は北の海で出会った、人魚のマハーヌだ」
「に、人魚!? だってそれって……、足があるじゃあない」
「そうなんだ。いったいどういう事なんだ?」
「魔法で人間の足を真似ているんだよ。最近ようやく走れるようにもなれたけど、二本足で立つのって本当に大変なんだよ」
つまりは変身の魔法ということか?
人魚族にはそんなものがあるのか。と、魔法研究にはまっているギブンは少し長考する。
「ちょっとギブン」
「ああ、そうだった。それでこっちは俺の旅の連れ、というか将来を約束した相手だ」
「ピシュだよ。よろしくね」
自分の事を紹介するギブンが照れていると感じて、ピシュはデレデレする。
「将来を約束って、それって繁殖の相手になるということ?」
「ああ、えーっと……」
「もちろんよ! 事情があって御預けだけど、近いうちに必ずね」
ピシュがくっついてきそうになるのを、慌てふためいて回避するギブンに、マハーヌは頭を下げた。
「私の繁殖相手にもなって欲しいんだよ、ギブン」
抵抗するギブンに抱きつこうとする、ピシュの動きが止まった。




