STAGE☆41 「2人ぼっちの水中冒険譚」
広大なフルベリア湖を見ていると、北岸の海を思い出す。
ギブンとピシュは漁船に乗せられて湖の真ん中へ、漁船の後ろからは大きな商業渡船が付いてくる。
渡船を貸し切りにして、第一王子様とグラアナ公爵家に上級貴族参列する、大宴席が設けられる予定。憲兵隊も同乗している。
彼らが眺めているのは当然、漁船のギブンとピシュ。
「見せ物にされてる……」
「ピシュの新しい水着のお披露目だね」
「そ、そう言う言い方をしないで。ギブンなのに生意気だぞ!」
温泉用の水着は、男女とも無地の白だった。
少女に可愛くないと駄々をこねられて、ベルベックの町で色々見て回った。
湖畔の都市だけあって、水着を置いてるお店も多く。
ギブンは一着を、ピシュは8セットくらいビキニの水着を買っていた。
「ピシュは肌が白いから赤がよく似合うね。青も緑も良かったし、俺も目の保養をさせてもらってる」
こういう時はゲームを思い出して、相棒が機嫌良くしてもらえるチャンス。
と言う打算は読まれているが、ピシュはそれでも嬉しくて、水着の赤に負けないくら頬を染める。
「ウルボア貝って、いうんだっけ?」
「ああ、食物図鑑によると、大きさが2メートルほどある二枚貝で、300㎏にもなるって。見た目もオオシャコ貝によく似ているようだよ」
違いがあるとすれば、ウルボア貝は自ら近付くモノを襲い、栄養にされてしまうという事。
「ようは食材であって、敵となる魔物ということだ」
「深い場所にあって、大きくて重くて凶暴でって、誰がそんなのを捕ってこれるって言うの? やっぱりただの嫌がらせじゃあないの?」
嫌がらせをされる理由が思いつかないギブンは、首を傾げる。
「ピシュ、俺が使う魔法泳法はできそう?」
「えっ? うん、問題ないと思う。簡単そうだし」
「捕獲は風魔法で俺の異次元収納に入れればいいし、難しい仕事じゃあないよ。たぶん」
入水後、再度ピシュに魔法の使い方を説明する。
「もう、分かってるって、体を風魔法で覆って、圧縮した空気で水を取り込み、足の方からジェット噴射するんでしょ。任せてよ」
やはり魔法の扱い方はピシュの方が上である。
『うわぁ、早い早い! 前世でこれができてたらオリンピック選手にもなれたよね』
魔法世界だったらなんて妄想は、ギブンにも経験がある。
『ねぇ、ねぇ、これって水上よりも会話しやすいんじゃあない?』
水中での会話は、2人の風の幕を風の管で繋いで可能にしている。
「ピシュ、灯火をお願いして良いかな? 回収は俺が担当するから」
どちらも自分でやれるけど、仕事を分担しないとピシュが怒り出すかもしれない。
『潜れば潜るほどに魔獣が大きくなるね。大きさも魔力も』
「うん、けど必要以上はやっつけないでね。襲ってくるヤツと、図鑑に美味しい。って書いてるの以外はスルーするから」
獣肉はそこそこ在庫があるが、海魚肉のストックはとっくになくなっている。
ゲネフの森の川魚はいくらかあるが、大きな湖の大きな魚、2人分の補給はしておきたい。
『美味しいより襲ってくるのがほとんどなんだね』
「漁船に護衛の冒険者が乗るのも当然か」
漁船の護衛をすると、討伐した魔物もゲットできて、割と実入りがいいらしい。
漁師や冒険者に恨まれないように、必要最小限の捕獲に留めなくてはならない。
「それじゃあ、メインに取り掛かろうか」
『なに、こいつ!? 他の魔物より凶悪じゃない?』
ウルボア貝は水魔法が使える。魚並みに移動して、重量と強度を武器に向かってくる。
『ないないない!? シャコ貝に触手なんてなかったよね』
水を切り裂く勢いで振り回される触手は、ギブンの風刃で斬り落とす。
手をなくした貝は、推進用のジェット噴流を攻撃に転用。金属をも切り刻める水の刃が襲い掛かる。
ピシュは水槍で貝殻ごと粉砕、一匹目を片付けた。
『これを10個も捕ってこいなんて、やっぱりかなりの嫌がらせじゃん!』
そう、ウルボア貝は危険度が高く、水深も深いことがあって誰も捕獲しようとしない。
そうして放置されると数が増え、さらに驚異度は災害級にまで成長する。
なので数年に一度は、大勢の最上級冒険者によって、大討伐が実施されるのだ。
「浮上はしてこないけど、湖の生態系が崩れるからな。とは言ってもこの貝、底物だから逃げるのは簡単なんだって。冒険者の実力を計るのには、ちょうどいいってさ」
ギブンの実力は、オリビアの手紙を信じるなら2~3匹の討伐はできて当然、頑張れば5匹は捕らえるはずと、オリビアの兄、オーゼが推察した。
『どうする? 王子様の無茶ぶりに応えて10匹にする?』
「いや、そもそもオーゼさんの設定だって、A級冒険者としての認定なんだって。今の俺はC級もいらないってのに、あまり期待に応えてもね。渡すのは3匹でいいんじゃあないかな」
『ギブンがそれで良いんなら、私は別に反対はしないよ。けど……』
いつまでもギブンが侮られているのは面白くない。
「うん、ありがとう。ウルボア貝の大討伐はいつも、20匹を超えるかどうかって話だったな」
『どう見ても50匹は超えてるよ』
「50匹程度じゃあ、ゲートが発生した訳じゃあないよな。異常発生の理由があるはずだけど」
今は異常発生の原因をつきとめる時ではない。
「15匹を残して狩り尽くそう。貝の中身だけを異次元収納に入れて、貝殻は捨てていこう」
この程度の魔物、ヴィヴィに掛かれば、あっと言う間に狩り尽くしてくれる。
ギブンは動かなくなった貝の貝柱を切って、殻を外して食用にできる部分を剥ぎ取る。
『なにこれ!? おっきい真珠だよ』
「ピシュ、3個は触らずに置いておいてよ。他は好きにしていいから」
『分かってる、分かってる♪』
ヴィヴィが相手ではウルボア貝は黙って狩られるだけ、あっと言う間に予定の15匹を残して息の根を止め、ミッションは完了した。
「なんだ、3匹だけなのか?」
「十分ですよ王子。お二人はDランクとEランクの冒険者ですよ」
「いや、俺はサポートしただけで、捕獲は彼女の魔法に頼りっきりでした」
「ちょっ、なに言ってるのよギブン」
ピシュの言葉は王子達には届いていない。風魔法で声を遮断したのだ。
「もぉ!」
この場は、手柄をピシュに受け持ってほしい。
「……お二人の昇格は検討させてもらいます。今日の所はお疲れ様でした」
わざわざ王子と秘書官は、漁船まで降りてきてくれたが、この後に商業渡船の上で宴会があるので戻っていった。
2人も着替えを済ませて、大型船に乗り移る。
船上では様々な料理が並べられて、立食パーティーが始まっている。
ピシュは王子の元に、ギブンは料理人の元に連れて行かれる。
「おお、こっちだこっち」
王子から離れたオーゼは、秘書官の任から解かれて、態度も少し大きくなっている。
「王子はオリビアの手紙に書かれたキミ自慢を、全て見定めるつもりだ」
目の前には高級な食材が並べられて、一流の料理人が次々と調理していく。
「それで? 貝を捌いた事は?」
「ないですよ。山と森の物なら、多少は触った事もありますけど」
「なるほど、ジビエ料理が作れるのか。冒険者だもんな」
旅をする冒険者なら、多少の料理は作れて当然。
「それではウルボア貝はこちらで調理してもらうから、キミはなにか得意料理を作ってくれ」
得意料理でと言われても、今からカレーを煮込む時間があるのだろうか?
だったら簡単な物にした方がいい気もする。
ギブンは大量の玉子をもらって、ふわとろオムレツを続々と量産した。
玉子料理はプロの手によって数々テーブルに並んでいるが、火力調整がキモになるオムレツは多くの招待客の舌鼓を打った。
宴会の後、玉座の間。男3人が顔を向け合っている。
「お前達の実力、オリビアの手紙ほどではないようにも思えるが、少しは認めざるを得ないな」
王子は玉座に肘をついて、頭を支えている。
「いいだろう、2人ともC級に上がれるようにギルドに通しておこう」
注目を浴びる事は、コミュニケーションに繋がるから今までは、なるべくレベルアップすることを避けてきた。
しかしまだ不安は残るものの、この世界に来たばかりに比べれば、ゲーム感覚がリアルに勝つようになってきたギブンも、多少のランクアップはしたいと思うようになっている。
ついさっきまでは、これ以上の昇級はいいと思っていたはずなのに、実際上がって喜んでいる自分に驚きもする。
「それでギブン・ネフラ。キミはまだ色んな物を隠してないか?」
気怠そうなラフォーゼ王子。美貌と知性はどこへやら。
「殿下、地が出てますよ」
「お前は堅すぎなのだオーゼ。この場には我々しかいないのだぞ」
ギブンは時間を掛けてでも、オリビアの手を借りることなく、ラフォーゼ王子に会う努力をしなくてはならなかったようだ。
「……男の嫉妬はみっともないな。私も王族として、政略結婚を受け入れた身だ。今さら彼女を手元になんてムシのいい話だな」
大きな溜め息を吐き出して、王子はギブンに向けていた険しい表情を緩めた。




