STAGE☆04 「ぼっちのこれから」
ここはどう見ても牢獄。通された途端に重い鉄の扉は閉ざされた。
『娘の命の恩人に対して、あり得ない扱いだが、理解してくれるね。ギブン・ネフラくん』
ギブンは氏名を問われ、咄嗟にファミリーネームをでっち上げた。胸の内で女神様に謝りながら。
「あっ、はい……、じゃない。問題ない。……です」
『なるほど、フランに聞いたとおりだね。寡黙で必要以上の会話をしないか』
ギブンの声は「問題ない」以外が、小さすぎて聞かれなかったようだ。
『監視室から失礼するよ。先ずは自己紹介だね。私はエバーランス領を預かる領主、オバート・フォン・エバーランスだ』
これは監禁ではない。いや、監禁なのだが、取り調べは領主様自らが行う。
「ギブン」
流浪の騎士プレーとはなにかを見失っているギブンの、罪状というか理由は不審者だから。
身分証は持っているのに理不尽だ! 心の声は飲み込んだ。
『森での出来事は3人から聞いた。君はレベル10でありながら、死者蘇生の秘術を扱えるそうだね』
ドレスのお嬢様、エバーランス家のメイド長だという銀髪のナビア・ジェシーランドを回復したのは治癒魔法だと誤魔化す事はできただろう。
しかし緑髪のメイド。エレラ・マーベラルの蘇生を最後にしたのは間違いだった。
彼女は誰の目にも明らかに死んでいたからだ。
その事をナビアから聞いた領主、オバートはギブンをこの部屋に通したのだ。
『ナビアは兵役経験者でね。君の戦闘能力はレベルにそぐわないと言っていた。熟練の冒険者に匹敵するとね』
馬車を軽々起きあがらせ、馬の代わりに町まで引いて来る筋力も、普通では考えられない事だと。
「な、なんと言われようと、鑑定通りだとしか……」
『それはそうなのだがね』
神具への信頼は厚く。だからこその尋問なのだが、この場をすり抜けるスキルをギブンは持っていない。天使も応えてくれない。
『君は悪い人間ではない。という娘の言葉がなければ、拷問と言った手をとれるのだが』
ギブンの口から「おい待ておっさん」と出そうになるが、対人恐怖症がひょんなところで役に立った。
『……いいだろう。あとは面と向かって聞かせてもらおう』
あっ、いや、このままで!
とお願いしたいところだが、やはり肝心なところで言葉が出ない。
分厚い扉が開けられて、ナビアの案内で広間に通される。
テーブルには数々のご馳走と、着替えたフラン嬢と中年男性の姿。
「ほぉ、確かになかなかの好青年だな」
「私の言ったとおりでしょ、お父様」
やはりこの人が領主様だ。ギブンの背筋が意識せず伸びてしまう。
「掛けてくれたまえ」
領主様のお許しを頂いてギブンは着席する。
「鎧と剣は返しておこう。我々では君が何者かを量る手はない。この子の神眼を信じる事にする」
「神、眼?」
ギブンの問いにはフラン本人が返してくれる。
「評定のギフトを神様から頂戴してますの。鑑定のように細かく評価できるわけではありませんが、あらゆる事柄の本質を見極める為の力なんですよ」
鑑定では見抜けないものを見通す能力、嘘偽りを看破するギフトということだ。
「先ず君はどこから来たのかな?」
「南の森から」
「あの森を抜けて? 普通なら君のレベルでは命知らずにも程があるが……、嘘ではないのようだね。そうか、南からということは、ウエルシュトーク領の領民なのかな?」
「片田舎、山の中の」
これは前世でのこと。嘘は言ってない。嘘は言ってないが判定は?
「なるほど、確かに南方には前魔王を討伐された勇者様が、晩年を過ごしたと、語り継がれているな聖地があるね」
領主オバートは、ギブンに都合のいい設定を授けてくれる。
ギブンはYes or Noで答えていき、お嬢様の評定にも引っかかることなく、ついでにプロフィールが完成した。
ギブン・ネフラ、血の繋がりはないが、勇者に縁ある一族の出で、勇者の武具を扱え、レベルにそぐわないスキルを取得している。
15歳、この世界でいうところの成人を迎え、生まれ育った集落を一人出て、修行をしながら旅を続け、ここにたどり着いたということに。武器だよりなので経験値がたまらない事にもなっている。
「それで君は、今後をどうするつもりだい?」
「冒険者になろうと」
「おお、ギルドに登録するのか。それは素晴らしい考えだ」
この世界にもギルドはあった。
「君ならばいずれSランクにもなれるだろう」
冒険者になればランキングが与えられる。
その底辺でも資格をもらえれば、一人で食って暮らすだけなら、やっていける気がする。
宿屋の宿泊費も必要になるから、それなりの収入はいるのだけれど。Sランクなんて必要ない。
そう言えば手持ちの貨幣について。銀貨と銅貨はこの国で使えると、通行料を支払った時に確認できた。でもそれだけでは価値が分からない。
「それではこの町に滞在している間は、我が家に居てくれたまえ」
「はい。……うん?」
お金の事を考えていて聞いていなかった。
「それでは食事の間に部屋を用意させよう」
「えっ、いや、その」
「どうかしたのかね?」
ギブンは対人恐怖症なんて、転生すれば直ると考えていたが、前世同様にままならない事なのだと、直ぐに理解した。
「……なんでもありません」
人慣れするまでのしばらくの間は、一人で過ごそうと決意していたのだが、流されるまま思いに反して、賑やかな異世界生活がスタートする。
一人で異世界生活スタートだと思っていたが、そうはならず領主邸宅で人里での初めての朝を迎えた。
今日の予定は冒険者登録。
冒険者にさえなれれば、ここを出て一人で生きていけるはずだと期待している。
「おはようございます。騎士様」
緑髪のメイドが現れた。
「いえ、俺は……」
「はっ、申し訳ございません。ギブン様は騎士様ではないのでしたね」
「君はエレラ、もう、大丈夫か」
思い出されるのは、彼の遺体の前で泣き崩れる彼女の姿。
「今日の案内役を仰せつかりました」
笑顔は満点。
人付き合いをしてこなかった事もあり、人の心を読む事はできない。その笑顔を信じるしかない。
広間だと思っていた部屋は食堂だった。
領主邸は時に、来客で座席が埋まるほどなので、この広さなのだそう。
「申し訳ございませんギブン様。あなた様のご案内は私がして差し上げたかったのですが、今日は王都で受け取った書状を、お父様と確認をしなくてはならないのです」
「お気になさらず」
お嬢様は寂しそうな笑顔をする。
ここで気の利いた言葉の1つでも浮かべば良かったのだが、言い淀まなかっただけ、進歩したと思って頂きたい。
それで案内はエレラにと仰せつかった。と言うことだ。
「冒険者ギルドは町の入り口近くです。少し歩きますが、はぐれぬようお願いします」
「大丈夫(自動地図作製スキルにはマーカー機能もあります)」
たとえはぐれても彼女の姿は見失ったりしない。
ただなぜか、道行く先々で誰も彼もが避けてくれるので、はぐれようもない。
「流石はギブン様ですね」
なにが流石なのかは分からないが、周りの人は須くギブンの顔を見ていくし、覗き見する人も少なくない。
「ギブン様? お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
見られすぎる辛さが顔色に出ているのだろう。
「大丈夫、気にせず……」
どうしても語尾が尻すぼみになってしまう。
「そうそう、本当に遅れましたがギブン様、ありがとうございました。彼の葬儀は明日の朝に、領主様が司祭様をお呼びくださるそうです」
エレラは俯きかげんだが、はっきりとした口調で報せてくれる。
「午後には町中に広めてもらい、今夜お別れをして、明朝に埋葬されます。あなた様のお陰で、彼のご家族とも、綺麗な姿で合わせる事ができました」
その感謝の言葉に返す事もできず、黙ったままのギブンにエレラは一方的に喋り続けた。
彼女はエレラ・マーベラル。子爵令嬢である。
貴族の彼女がなぜメイドをしているのか?
それは亡くなってしまった御者のエンザとの関係性による。
「彼とは幼なじみで、恋心はお互いが成人する前からあったんです」
しかしエンザが、子爵令嬢と結ばれるには身分に差がありすぎた。
「社交界でお近づきになった、当時はフラン様付きのメイドだったナビアさんの手を借りて、寄り親であるエバーランスのメイドとなり、家を出たのです」
そうまでして一緒になろうとした彼を亡くし、ではどうするのかと問われたエレラは、今後もフランの専属メイドでいたいと申し出たのだそうな。
「こちらです」
「立派だな」
冒険者ギルドは3階建て。
いよいよこの先に、ギブンの新たな人生の舞台が待っている。




