STAGE☆39 「2人ぼっちと憲兵隊」
2人は森を抜けて街道に出た。一匹を旅の連れに加えて。
「う~~~ん、このモフモフ感。ハクウちゃんには悪いけど、ピントちゃんの方が私好み。かわいいなぁ♪」
約束通り午前中は魔力をたどって、ピントの両親を捜し回ったが、クーヌフガルーは1匹も見つける事ができなかった。
「お前本当によかったのか?」
乳離れもしてなさそうな(実際は既に何でも食べるが)小動物をテイムなんて、ギブンには抵抗があったけど。
「くぅ~」
ピントもご機嫌だし、深く考える事もないようだ。
王都、中央都、北岸、東部、西嶺、そして南境。
六つに区分される小王国グレバランスの中でも、最も広い南境バンクイゼ。
領主城のある湖畔都市ベルベックは、バンクイゼのど真ん中。
エバーランスから東回りで進む馬車も、そろそろ到着している頃だろう。
「このまま順調なら、3日後にはたどり着けるだろうね。……ちょっと早いけど、これくらい時間を掛けたら、怪しまれないだろう」
歩いて向かうと書いてもらっているから、失礼にならない程度に時間を掛けなくてはならない。
「ピシュ?」
ピシュは人の話を聞いているのか、どうなのか? ピントとじゃれ合って返事をくれない。
「……言っておくけど、今朝の事は俺、絶対に謝らないからね」
そりゃあ抱きつかれた事に驚いて、力一杯押しのけたら、テントから転がり出たのは悪いとは思っているけど、無意識とは言え約束を守らなかったのはピシュなのだから。
「つーん、ギブンは私のこと好きって言っておいて、実は嫌ってたなんてショッキングな事があったんだもん。私だって謝らないんだからね」
この流れはギブンが折れるパターンだが、ここはグッと堪えて、自然にピシュの機嫌が直るのを待つ。
「この地響き、馬かな?」
「つーん」
「ピシュ、今はその時じゃあないよ。怪我をしたらバカらしい。道を逸れるよ」
彼女の左腕を取って、引き摺るように向きを変えさせる。
「……えへへっ、ギブンから触ってくれたぁ~」
ギブンはデレるピシュの頭をポンポンとする。前世ではこういうゲームもプレーした事がある。
地響きの正体は馬の大群。しかも先頭の馬に乗るのは見覚えのある顔。
「見つけたぞギブン・ネフラ。南回りが正解だったか。俺はついているな」
男の乗った馬が引く荷車の上にも、知った顔が2人。
「……見覚えあるけど、なんて名前だったっけ?」
ピシュはあまり一緒にいなかったからか、3人の名前を思い出せない。
「えーっと、ビビリのキザ雄とケバイ高ビーに寸足らずの三下だったかな」
「マジキザ・ビビリスだ。ちゃんと覚えていないというか、キサマなにかバカにしているだろう」
「タカビィ・ケヴァイよ。微妙に違うのも気になるけど、姓と名が逆よ」
「誰が寸足らずで三下だぁ! スタンラ・サンシタだっての。人が気にしてる事をよくもぉー!!」
馬と荷台から降りてきた3人は、ギブンとギブンの左腕に両腕を絡ませているピシュを囲む。
その他にも数騎の馬には制服姿の憲兵が、10人くらいはいるだろうか。
「大人しくするんだ。お前は第二王子ゼオール様が自ら指名手配した。ビレッジフォーまで連行しろとの命だ」
憲兵は国の安全を守る機関、各王子が召し抱える騎士団とは違う組織だ。
「ここは既に南境です。第一王子ラフォーゼ様にはグラアナ公爵家のサイン入りで紹介状を送っています」
「なんと! グラアナ家だと!?」
ギブンたちに話しかけるのは、憲兵隊の隊長と思しき男。ピシュが公爵家の名前を出してきたことに顔を顰める。
「ゼオール様のご用件は、ラフォーゼ様とグラアナ家との面談の跡にしてください」
ピシュはオリビアに言われた通りに、騎乗の憲兵に告げた。
そして懐からグラアナ家の紋章の封蝋がされた手紙を取り出した。
「中を確認させろ」
マジキザが口を挟んでくるが、聞く耳を持つ必要はない。
「それはグラアナ家に楯突くということか? マジキザ・ビビリス」
憲兵のまとめ役らしき男の言葉に、冒険者はたじろいだ。
「グ、グラアナ家がなんだ! 俺はゼオール様からお前を、何が何でも捕まえろと言われている。死ななければ何をしてもいいともな!」
「マジキザ・ビビリス、私は知らんぞ。ラフォーゼとグラアナ家がどう動いても憲兵隊はお前を擁護しないぞ」
各地方のどんな騎士よりも強い権限を持つ憲兵でも、王子の威光には敬意を表さないわけにはいかない。
「本当にやるつもり? こっちも後ろ盾があるから、本気で相手する事になるけど?」
「随分と元気が良いのね、お嬢ちゃん。いいわよ、魔法使いとしての年季の差をみせてあげるわ」
「おばさんが無理すると、ギックリ腰になっちゃうよ」
「だ、誰がおばさんですって!?」
先ずは舌戦を制するピシュ、一気に一触即発の状態になる。
「そんな鎧着てちゃあ、あたいのスピードにはついて来られないよ」
スタンラがフットワークの強さを自慢してくるが、ギブンは彼女と、ついでにマジキザの事も気にせず、ピシュの方ばかりを見ている。
「このマジキザ様が嘗められたもんだな。商隊で見た俺達が本気だったと思っているなら、直ぐに後悔する事になるぜ」
ギブンは大きく溜め息をもらした。
こんな連中を見ていると思いだす。前世でギブンにちょっかいを出してきた煩わしい連中を。
しかしこの世界でギブン・ネフラとなった今。他人を必要以上に気にして、オドオドと怯える必要はないのではないかと。
「ご託は良いから、早く掛かって来なよ。俺達はラフォーゼ第一王子様を、これ以上待たせるわけにはいかないんだからさ」
ギブンにはもう光魔法の吹き出し入らない。そう思える切っ掛けになった彼らには、感謝することにしよう。
マジキザ達は二手に分かれた。
魔法使いは魔法使い同士で一騎打ちをする。
ピシュが魔法使いとして、どれだけの実力があるのかを計るいい機会だ。
タカビィ・ケヴァイは冒険者レベルEの魔法使い。
同じくEランクのピシュ。
DランクでもA級魔獣と戦えるギブンと、いい勝負をするピシュに、並みの魔法使いが敵うはずもない。
「いいね。頼むよピシュ」
ギブンはピシュに、可能な限り手の内を見せないようにお願いした。
もちろん身の安全が1番だから、必要なら全力もありとも言ってある。
ただそれは万が一もない杞憂でしかなく、ピシュは相手を傷つけることなく屈服させた。
「な、な、な、なによ。どうして火球で地面に大穴が開けられるの!?」
それはただの火球ではなく、燃焼性の高い土球を作って、それを燃やして飛ばしたのだ。いわゆる簡易手榴弾と言ったところ。爆発で地面が抉れるのは当然だ。
「今度は外さないけど、どうする?」
タカビィの魔法は10発以上打っても、何一つピシュに届くことなく、魔法障壁にかき消されている。
「第二王子様の使いを殺めたくはないけど、事故はいつ何時だって有り得る話よね」
ピシュのこの脅し文句が程よく聞いて、タカビィはワンドを投げ捨てた。
「おっと、あっちは片付いたみたいだな」
ギブンの前には息切れをした冒険者が2人。
「もう終わりか?」
「バ、バカを言え! まだ、これからに、決まって、るだろ」
スタンラは仰向けで寝転がり、息も絶え絶え、動こうとしない。
スピードに加え、スタミナにも自信ありといった様子だったが。
「ひ、人の心配をしている場合か? お、お前だ、って、もう立ってるのが、やっとだろうに」
マジキザは強がるが、誰の目にも勝敗は明らかだ。
ギブンは先にスタンラとの追いかけっこに付き合っただけで、息切れはしていない。
後はマジキザの攻撃を、一歩も動かずに受け流していただけ。
打ち返しを少し強めにしていたら、マジキザの体力は、あっという間に底を尽いたようだ。
「もう、終わりでいいんじゃないか?」
「ほほぉ、では降参すると言うことだな?」
面倒臭い。
ギブンは膝に手を付く、マジキザの首根っこを掴んで宙に舞う。
「な、な、な、何を!?」
「面倒だから落とすんだよ。死なない程度の高さから」
マジキザもいくらかは魔法が使えるようだし、自力で何とかするだろう。
ギブンが想定する半分の高さまで来たところで、マジキザは降参した。




