STAGE☆36 「2人ぼっちと湯煙旅情」
「なんだお前達、水着なんて持ってたのか?」
「ブレリア!? なんでこんな所に?」
ピシュはブレリアさんを、呼び捨ているのがギブンは気になる。
「ああ、こちらの用件を済ませて、晩飯食ってからハクウに連れてきてもらった」
「ハクウちゃん、帰ってこないから心配してたんだよ。私もギブンも」
小さくなった子虎サイズの魔獣はピシュに抱かれて、ノドをゴロゴロ鳴らしている。
「あたしらは領主へ報告した後は、またお前達に合流するつもりだったから、ハクウには残ってもらったのさ。満腹にして撫でてやったら、大人しくしてくれてたからな」
やはりブレリアに手懐けられていたようだ。
「おーい、なにしてんだオリビア」
「だ、だってそこには、ギブンさんもいるのでしょ?」
「そんなの最初から分かってた事だろ。自分から脱いでおいて、今さらなにを言ってんだ」
ブレリアに手を引かれて、アワアワと慌てるオリビアは、火の光が届くところに出てきた。
「わ、私はあなたと違って、男性と湯を共にするのはまだ3回目なんですよ。いいから離しなさい! この破廉恥女」
隠せるタオルもなにも持っておらず、大きくてバランスのいい肢体が晒されている。
「……ギブン、なにマジマジと見てるのよ!」
ピシュに指摘され、ギブンは後ろを向いてお風呂に口元まで浸かる。
「それにしても、こんないい女が裸になってるのに、少しは興奮してみせろよ」
……確かに魅惑的な2人の全裸を前に、人見知りのギブンが落ち着いているのは、なぜなのだろう?
ピシュは少し考えて、ある仮説を導き出した。
「ギブンって、まだ思春期を迎えていないとか?」
引き籠もりで人との接点を持とうとせず、また環境も彼に人付き合いを強要してこなかった。そう聞いていたので、或いはと思ったのだが。
「思春期かぁ。確かに自覚はないかも」
前世で性的ニュアンスに触れるのは、漫画アニメくらいでしかなかった為、初めての裸では驚いたが、今はその時の衝撃を感じなくなっている。
「そうか、ギブンはまだまだお子ちゃまだったのか。もったいない事だな」
「だ、だからって自分から見せるようなマネを……、いいから離しなさい! ブレリアさん?!」
「お前も立派なもん持ってるんだ。それそれそれそれ」
「や、やめなさい!? 私にそんな性癖は! あぁ、あぁ、あぁ……」
ギブンは見えない背中側で、なにが起こっているのかを想像して、今さら興奮してきた。
「それでブレリア、さっき第一王子がどうとか言ってなかった?」
ピシュはブレリアの悪ふざけをヤメさせて、自分たちもお湯に浸かって話を戻す。
「ピシュってブレリアさんと、随分仲良くなったね」
ギブンもみんなの方を向く。
「まぁね。本当はオリビアさんとも、もっと仲良くしたいんだけどさ」
濁り湯の温泉に、あごまで浸かるオリビアも少し落ち着いた。
「なぜ? 私とブレリアさんはどう違うのです? 私だって仲良くして欲しいですよ」
「ホント!? だったらあなたの事もオリビアって呼んでいいの?」
「もちろんです。もちろんです。あなたならきっと、このデリカシーのない人よりうまくやっていけます」
「お前はいつも一言多いよな」
3人は笑顔を交わし合った。
「それでは第一王子の件ですが、その前に……」
王族とも接点があると言うオリビアが、ギブンに質問をする。
「ギブンさんはゼオール様をどう感じました?」
「第二王子ですか? 野心家ではあると思いますが、道中で聞いた評判はかなりいいんですよね。牢屋であったあの人が、本物とは思えませんでした」
「お前の見る目は正しいよ。ウエルシュトークの連中が見てるのは第二王子本人じゃあないからな。牢屋で見たってのは、きっと本物の方だろう」
ギブン達は会っていない、この西領で政治を預かっているのは、ゼオール王子の4歳したの妹、リナミラ・アウグス・グレランス第三王女殿下。
ゼオール王子の影武者を勤める男装の令嬢は、嫁ぐことなく一生を兄に捧げたブラコン王女。
領主としての才覚は、ゼオール王子よりもかなり高いと影で噂されている。
「しかし頭のキレは、ご兄弟の中でゼオール様が一番でしょう。完璧とされるラフォーゼ様よりも悪知恵が働くとも言われていますよ」
オリビアがそこまで言うのなら、会って話をする価値はありそうだが、果たして庶民目線で話の通じる相手なのだろうか。
「ラフォーゼ様とは少しばかり縁があるので、私が一筆したためましょう」
「あっ、オリビアは付いて来てくれないんだ?」
「申し訳ありません。ちょっと事情がありまして」
そう言われると、ピシュもしつこくは言えない。
「あたしも今は、こいつとコンビを組んでるから、一緒には行けないが何かあれば呼んでくれ。って、連絡の取りようがないか」
都合は人それぞれ、不安は残るがここまで来てくれただけで感謝というもの。
それからブレリアの気持ちも本当に有難い。
「ハクウ、構わないか」
ピシュが抱えるハクウの頭を撫でながら、ギブンはなにかを確認する。
「ブレリアさん。よかったらハクウを預かって欲しいんだけど」
「えっ?」
女性3人が同時に驚いた顔をギブンに向ける。
「いや、俺と従魔は精神界で繋がっているから、魔力を込めてハクウに話しかけてくれれば、会話が可能になるんだ」
魔法は研究すればするほど、面白い現象に気付く事ができる。
とりわけハクウのように、言葉は交わせなくても、気持ちを理解する頭のいい従魔は、いろんな能力を発揮してくれる。
「えぇー! ハクウちゃん、いなくなっちゃうの?」
「いなくなる訳じゃあないよ。ピシュはずっと可愛がってくれてたから、気持ちは分かるけど」
「ぶぅー、またモフモフの可愛い子と契約してよね」
「本当にいいのか?」
ハクウのモフモフの虜になっているのは、ピシュばかりではない。
「ブレリアさんなら安心して預けられるよ」
「そうかそうか」
あまり長湯をしていると逆上せてしまう。
先にギブンが着替え、その間にピシュと一緒に2人の着衣を取りに行く。
「お帰り。それじゃあ3人は大きい方のテントを使ってくれ。俺は着替えのために出した、こっちのテントで寝るから」
ビレッジフォーに売っていた、一番大きなテントは4人用で、分かれる必要はないのだが、目にするのは平気でも、人肌に触れるのにはかなり抵抗がある。
テントの中を見て3人が、一緒でいいじゃないかと言ってくるが、さっさと小さいテントに入って、ギブンは結界を張った。
今回買った二つのテントには、魔法を属性ごと吸収して、長時間持続する素材で作られている。
寝ている間の外からの襲撃を防ぐ物で、王国の騎士団も採用している逸品。
しかも込められてたギブンの魔法は、ドラゴンだって踏み潰せない力を持っている。
「おやすみ、みんな」
「おやすみなさい」
軽快な男の声と、沈んだ女性達の声が重なった。
追っ手が掛かっているかもしれない身だが、ギブンとピシュは歩いて南境バンクイゼへ向かう事にした。
理由はオリビアの書いてくれた手紙を、立ち寄ったエバーランスで南行きの乗合馬車に預け、それの到着までの時間を稼ぐためである。
「オリビアさんも上級貴族だったなんてな」
家名まで変えて冒険者となった10代、二度とその名を使うまいと思っていたのを、ギブンのために利用してくれる。本当に申し訳ない話だ。
2人とはあの温泉で別れた。ギブン達と入れ替わりにウエルシュトークで登録をするという事だ。
エバーランスから南へ向かうとゲネフの森に出る。
「小道が整備されている。なんで?」
腕に自信のある冒険者なら利用できるだろう、程度に考えて作った小道は、幅が拡げられて歩きやすくなっている。少し先に工事現場が見える。
2人は空を飛んで、人影がなくなった辺りで小道に降りた。
「これも領主様の手腕かな? もう崖の近くまで作業が進んでいるとは」
「それもギブンが最初に道にしたからでしょ。やっぱりスゴイのはギブンだよ」
日暮れ頃に崖に出た2人は、見渡しのいい場所で野営をする事にした。
「ここから西を向いたらウエルシュトーク。南に向かうのなら坂道も反対側に造った方がいいかな?」
「それじゃあ明日は朝から、土木作業なんだね」
「ああ、でももう経験済みの事だし、3時間もあれば下まで出られるよ」
ギブンは火を起こして、少し冷めてしまっているボルシチを温め直し、その間にピシュがこっそり買っていた2人用のテントを立てた。
「まさかこんな物を……」
「いいでしょ? 着替えようのは小さすぎるし、けど大きいのは2人じゃあ寂しいもの」
ギブンは手持ちの布のアーティファクトを使うことを条件に了承した。結界なしでは気が休まらないので。




