STAGE☆33 「2人ぼっちと上級冒険者」
オリビア達はエバーランス冒険ギルドの登録を解消して、流浪の旅を始めていた。
登録無しのデメリットなんて指名依頼を受けられず、仕事をする前に保証金を依頼人に預けなくてはならないということだけ。冒険者としてやる事は全く変わらない。
保証金は依頼達成時に返してもらえるし、クエストを失敗しても預けたお金が戻ってこないだけ。
エバーランスの筆頭冒険者2人の替わりに、王都のアビセル・セヴァールを後釜に置いてきた。
貴族であるエバーランス騎士団長、アランド・ゲーゼとの掛け渡しをすると言えば、アビセルはひょいひょいやってきた。
「ギルマスの出した条件はクリアしてやったんだ。あたしらの要望は文句なしに通ったぜ」
2人の現状を教えてもらい、ピシュの簡単な自己紹介が済むと、目的地はもう目と鼻の先。
「あれが問題のダンジョンですね」
穴に近付くとゴブリンが群れで襲ってきた。
お喋りはここまで、ゴブリンを退治して中に入ると、ギブンとピシュは索敵スキルを使う。
中はかなり広い横穴だらけの洞窟だった。
この場所は元々近くの集落の住民が、山林の恵みを自然から分けてもらいながら、日々を暮らしてる。
2週間前には、こんな穴は無かったという。
オリビア達が依頼を受けたのは、その集落にあるギルドだ。
「地下空洞にゲートが発生したパターンだな。湧いて出たモンスターが空洞の許容を超えて穴を開けたんだ」
ブレリアは以前、ダンジョンの穴が、地上に開く瞬間を目撃した事がある。
「この感じ、ダンジョンの出口は、ここを入れて3つだね」
ピシュは改めてギブンのスキルを羨ましく思った。
魔法使いだから敵に近付かれたらフリになるからと、ただ単に防衛のために選んだ索敵検索スキル。
地図スキルと合わせる事で、ダンジョンの形やその出口まで探知できるなんて、ギブン以上に前世ではゲーム廃人をしていたのに、その工夫ができなかったことが悔しい。
「2人とも引き返した方がいい」
「2人って誰の事を刺していますか? 私とブレリアさんの事ですか?」
ギブンはオリビアに向かって首を縦に振った。
「俺とピシュは自動回復のスキルがある」
転生者である事は証せないが、信用できるこの2人だったら、取得スキルの一部なら話してもいいとギブンは判断した。
「それで今まで、無茶な戦い方をしてきたんですね。とても特殊で貴重なスキルを持っているのは分かりました。けど、私は引き返しませんよ」
「あたしもだ。自分の力量も計れない新人みたいな、無様な死に方はしねぇよ」
ギブンはブレリアの言葉が耳にいたい。スキル頼りで無様な戦いをしていた自覚は、将来消えてはくれないだろう。
「だが、状況の確認もせずに逃げ帰ったら、もう冒険者でなんていられねぇ。引き際を見極めてる力は、お前が真似できない経験値の差だって教えてやるよ」
確かに2人は新米でも盲目でもない。
冒険者として上位に登る2人の言葉に、新米を脱皮したてのギブンが口を挟むもんではない。
「分かった、行こう。けど俺の前には出ないように。ピシュ、殿を頼む」
「うん、わかった。みんなを後ろから援護する」
先ずは出口付近にいるゴブリンを倒す。オークは奥の方、前世では絶対口にしたくないが、こっちの2人はダジャレなんて文化を知らないから、気にする必要はない。
「ふぅ、ゴブリンもこんだけいると大変だな」
最下級の魔物でも、ゴブリンは連係の仕方を知っている。数が増えると厄介な相手になる。
「ブレリアさん、回復魔法が使えたんだね」
「あん? ギブンには言ってなかったか? あたしは今は闘士みたいな戦い方をしているが、本来のジョブは聖戦士。回復と補助魔法が得意なウォーリアだ」
オリビアも剣士ではあるが、火魔法は得意としているし、簡単な土魔法も使える。
近接戦闘で彼女に土を付けられるのは、王宮の近衛騎士長と第一王子ラフォーゼ・ウルグランド・グレバランス様だけだと言う話を聞いたことがある。
エバーランスの冒険者2人にゴブリンが束になったところで、魔物の骸が増えていくだけ。
「俺、前には出ないでくれ。って言ったはずだけど」
「いえ、ギブンさんがゴブリンの巣を潰した話は聞いてすし、どんな戦い方をするのか見せて頂くのもいいのですが、万が一のために力を温存してもらうのが妥当でしょう」
オリビアとまともに会話ができるようになったからと言って、口で勝とうなんて100万年なんたらってやつだ。危なくなったら自ら引いてくれると信じよう。
「すごいね。あの2人」
「うん、直接なにかを教えてもらった訳じゃあないけど、2人といた事で、この世界について色々学んだり、体験をさせてもらったよ」
後方支援のピシュも一度も魔法を使うことなく、オークがいる辺りまで進んでも、ギブンの出番は回ってこない。
ここはダンジョンになっているかもしれないが、準備を整えた冒険者ならE級でもクリアできるゴブリンと、D級以上なら何の心配もないオークしか出てこない。
「この程度なら昼飯前に攻略できそうだな。あたしと腹黒女だけで十分だったんじゃあないか」
「ピシュさんって、腹黒なんですか?」
ここまで戦ってきたのはオリビアとブレリアの2人だけ。
それが嫌みか本音なのか、天然惚けをかますオリビアを放置して、一行は最奥部の大空洞に差し掛かる。
「なんかおかしいですね」
「なにがですか。俺には魔物がウジャウジャいて、ゲートがあるだけの光景に見えますが」
「ギブンさん、本当はそんなに柔らかく話す人だったんですね」
「今はそんな場合じゃあないだろ、脳筋女」
「それはブレリアさんの事ですね。ですがピシュさんもそうなんですか」
言葉に悪意を感じないのが怖い。恐らく悪気もなくマジメに言っているのだろう。
「あの人、私の事をどういう目で見てるのよ!?」
「あいつは文字通りの脳筋、考える頭まで筋肉を動かす神経に汚染されてるんだよ」
ブレリアとピシュは随分と仲良くなったようだ。
「ブレリアさん、よくこんな人と組んでますね」
「ああ、問題だらけというか、ほとんど悪性腫なんだが、冒険者としては一級品だからな。上手く扱うと便利なんだぜ」
「ギブン、よく平気でやってこれたね?」
人に慣れていないギブンには、笑顔でこんな会話をする彼女たちよりも、中級モンスターの方がよっぽど理解しやすい気がする。それは誰彼ではなく女性である3人とも。
「それでだ。ギブンはゴブリンの巣を1人で潰した事あるよな」
非公式にして忘れる事にしたけど、確かに覚えはある。
「北の海のゲート、あれは異例中の異例だった。強大な魔力を出して発生するゲートは、吐き出した魔物にとっても吸収の対象になるからな」
ゲートから順々に出てくる魔物が、その場に留まれないように狭い場所に現れるのが普通だ。
北岸のあれは水生魔獣を吐き出していたので、海上に出たゲートは吸収される恐れがなかったのだ。
「なんにしてもここの魔物とあのゲートを潰せば終わり、だったら一気にやっちゃいましょう。ブレリアさん、行きましょう」
「おぉ、そうだな」
飛び込もうとする2人をギブンは止めた。
「なんか様子がおかしい」
「ギブンこれって、前に行ってたやつ?」
「そうだよピシュ、たぶん……間違いない」
突然に膨れあがる魔力。
「おいおいおいおい……」
異常事態に索敵スキルを持っていないブレリアも反応する。
「なにか出てきましたね。人? 2人いますよ。いえ、3人でしょうか?」
ギブンは同じ魔力を過去2回、感じた事がある。
その時の話をピシュにはしてある。彼女は同じ体験をしてみたいと言っていたが、凄まじい悪寒に体を抱えて縮こまる。
ブレリアも毛が逆立つ思いで、奥歯をキリキリならし。
オリビアは見た目は平気そうだが、額の汗が粒になっている。
「みんな、今度こそ後ろで待っててくれ!」
「なにを考えているのですか! あれの討伐は不可能です。1人でどうにかなる相手ではありませんよ!」
「誰だ!?」
普段は戦闘時に取り乱したりはしないオリビアが、不用意に声を荒げる。
「このタイミングに間に合ったのは奇跡だよ。あいつ等が外に出て、町に行けば災害どころの騒ぎじゃあ済まなくなる」
ギブンは飛び出した。
ピシュもギブンを追って宙を舞う。
残った2人は前に出る事も後ろに下がる事もできない。足を動かせなくなっている。
「あれが……魔族?」
「初めて見るが、……とんでもないな。おいオリビア、あたしらは助けを呼びに戻るぞ」
背中いっぱいに汗をかき、ブレリアはオリビアを引き摺って外を目指した。




