STAGE☆30 「2人ぼっちの穏やかな日」
キャラバンは山岳都市ビレッジフォーに到着した。
山岳国である西嶺ウエルシュトークは、どの領地よりも盗賊が出没する。
フビライのキャラバンも数回にわたり、多くの野盗に襲われた。
どこかからか情報が漏れただろうと、疑いが立つ襲撃者の数。その分、今回の討伐報酬はかなりの高額となった。
討伐の証明は、倒した相手の右耳を切り落として持ち込む事。
ギルドには必ず鑑定士がいて、体の一部から非道を行った者を判別する。
その事実をギブンとピシュは知らなかった。
戦闘が終わると直ぐにフビライに呼ばれて、馬車に入っていたから、冒険者達が死んだ盗賊に何をしていたのかを見た事がない。
「これはあんたらの取り分だ」
命の恩人と聞かされては、無知な2人を笑ったり、報酬をくすねたりはできなかった。
ただし今回は働きに応じてではなく、全てを合わせて均等に分けられた。魔獣のコアや素材も一緒くたにして。
「あの人達、ちゃっかりしてたね」
「別にいいよ。揉め事が起きるなら、俺は金を払ってでも回避したいからね。ピシュが納得できないって言うんなら、1人でどうにかしてね」
ギブンはピシュ相手なら緊張しないことを自覚した。でも他の人は無理だ。
彼女だから喋り方だって、ムリヤリ騎士プレーにしなくてよくなっただけである。
「私もね。魔物の解体は最初は抵抗あったけど、二ヶ月も経つと慣れるもんだなぁって思うよ。けどそれが悪人でも人間となるとねぇ。流石にハードル高すぎると思う」
「うん、俺もそうだよ。だから盗賊の討伐量は、もらえただけラッキーだったと思うんだ」
ビレッジフォーにたどり着いた時点で、依頼は達成された。
今頃フビライは、領主である第二王子に謁見している事だろう。
今晩は依頼主が大きな会場を借りて、祝杯を交わすと言っていた。
その時間までは自由時間。最終報酬もその会場でもらえる事になっている。
「ねぇねぇ、この近くにさ。温泉があるんだって」
「ああ、そんなこと言ってたね。フビライさんが」
「行ってみようよ。まだお昼にもなってないし、日帰りで入りに」
長旅でお風呂に入るのは難しい。
商隊は男性ばかりで、数少ない女性はみな冒険者だった。
と言うかピシュ以外には、あの3人組の魔法使いと暗殺者だけだった。
あっちの2人はどうしていたか知らないけど、ピシュは濡れタオルで馬車の中、隅っこで体を拭くのがやっとだった。
「男の人は女の子の目なんて気にもせずに、全部脱いで頭からお湯かぶってたけどさ」
「いや、俺も流石に人前では、堂々と全裸にはなれなかったよ」
「でも上半身は平気だったじゃん」
「……見たんだ」
「えっと、お、お返ししただけだよ。私のも見たんだから」
「それは宿代で手打ちにしたんだろ? いつまでそれ言うの」
それはそうだけど、よくよく考えたら、二晩の宿代と数回の食事代が、乙女の裸に釣り合うとは、どうにも思えないからで。
「だ、だからギブンが全部見せてくれたら、私のも全部見せてあげる」
「キミ、時々そんな風に言うけど、俺は望んでないからね」
ギブンだって女の子のあれこれが、気にならないわけではないけれど、こうして1つのハプニングをいつまでも引き摺られるなら、一生知らなくてもいいと、本気で思っている。
「……ギブン、あなた自分の事を、俺って言うタイプじゃあないでしょ? 無理してない?」
「ま、まぁ、そうだけど。そう言うのは普段から気を付けておかないと、うっかり地が出た時に怪しまれるから、もう僕と言うよりも俺の方が言いやすいから」
ギブンはピシュの提案にのった。2人は軽く情報を集めて温泉へ向かう。
天然温泉は無料で入れる場所が多いが、せっかくだから2人は宿屋が経営している、日帰り温泉に行ってみる事にした。
温泉へは歩くと半日かかると聞いたので、町を出たところでハクウに跨りひとっ飛び。
「そう言えばお昼どうしようか?」
「いつもギブンのお料理だけど、たまには宿屋さんで食べようよ。しっかり食べ比べしてやる。いしししし!」
「キャラバンではプロの料理も食べさせてもらってただろ。へんな言い方しないでよ」
ピシュは早々に、料理はからっきしである事を白状した。
いつもいつもと言うが、ギブンが彼女の前で、料理を作ったのはたったの一度だけ。
道中の森で作ったストックも、そろそろ尽きそうになっている。
「じゃあ昼は温泉宿で食べて、夜は祝杯会だし、……明日、予定がなければ料理するから……」
「それじゃあ……」
「うん、俺、料理作るから、どこかで時間潰しててくれる?」
「なんでそうなるの!? 私にお料理おしえてよ!」
2人は遠くの景色を眺めながら、何を作るか相談した。
「ギブン、見えてきたよ!」
目的地に近づき、空から見える宿を確認する。
出発前にビレッジフォー冒険者ギルドの掲示板で、温泉宿の案内を見つけて、3軒の宿を紹介していた。でも実際はそれらしい建物が4軒。
「あまり過ぎた贅沢もよくないよね」
「けど折角だから、日帰りなんだし、豪華なところにしないか?」
「ほんとう!? ギブンの奢りなら絶対それがいい」
素直なのは好ましいが、余計な一言が多い。
ギブンは引きつった笑顔で、一番大きい宿に降りるようハクウに念じた。
「一時休館、だって……。ついてないね」
「ガッカリしないで、俺たちは温泉に入りに来たんであって、泊まりに来た訳じゃあないから。ほら、直ぐ隣の味わい深い宿でもいいじゃない」
いつまで突っ立っていてもしょうがない。
空から見た感じでは、一番こじんまりとした隣の宿を覗き込む。
「こっちは開いてるみたいだよ」
ピシュはフロントにいって、食事が取れて温泉に入れるかを聞いてくれた。
「それにしても、あんた達はどうやって来たんだい?」
愛想のいい女将さんは、食事も温泉もOKだと返してくれた。
「それにしても静かですね。こんなにいい天気なのに、観光客とかいないんですか?」
食事の時にピシュは聞いてみた。
「なに言ってんの? 町からここまでの道が、大きく陥没してて通れなかっただろう? おかげでおまんまの食い上げってもんさ」
空を飛んでたから、事故現場を2人は見ていない。
「早く復旧してもらわないと蓄えも無くなっちまうよ。ウチは家族経営だから、宿を閉める必要はないけどね。それでもそろそろなんとかしてもらわないと、食料だって底をついちまうよ」
それで最初の質問。2人はどうやって来たのか? となったわけだ。
昼食に出されたのは川魚と山菜の定食。
「けどお2人さんにはラッキーだったかもね。この時間だと近所の人も温泉に入りに来ないし、定額料金で貸し切り状態だよ」
食後、2人は女将さんお薦めの大露天風呂へ案内された。
この宿には大浴場と他に、少し小さめな温泉が二つあるという話だ。
「はいよ。このタオルを使っておくれ、後でバスタオルを置いておくから。ごゆっくり」
ニコニコと機嫌良く女将さんが出て行き、2人は各々の脱衣所に別れる。
「おお! 確かにこれは絶景だな。露天風呂なんて初めてだよ」
前世でも家族旅行で温泉に行った事はある。
けど人見知りがヒドくて、両親にはいつも家族風呂のある部屋にしてもらっていた。
「気持ちいいなぁ~」
かけ湯をして、簡単に汗を洗い流し、お湯に浸かった。
「あぁ~~~~~」
お約束通りの声が自然と出る。
「えっ!?」
「えっ?」
聞き覚えのある声がして、思わずそちらへ目を向ける。
少女は小さなタオルを握りしめて、固まっている。
「あああ、えっと……、ごめん」
ばっちりとしっかりと見させてもらった後、ギブンは我に返って目を逸らした。
「あ、あ、あ、あははははっ、まさか本当に見せ合うことになるなんて、ね」
ピシュはゆっくりとかけ湯をして、体を洗うことなく温泉に浸かった。
身を低くして、ギブンの隣に並んで下を向く。
「そろそろ座ったら? 体冷えちゃうよ」
「ああ~、うん」
あまりの驚きに、思わず立ち上がってしまった事を気付かせてもらって、静かに腰を落とす。
「……」
「……」
緊張のあまり二人とも言葉が出なくなる。
「ああ、なるほどね。ここは混浴だったんだな」
先に沈黙を破ったのはギブン。およそ3分後の事だ。
脱衣所への扉が二つ、男の文字が入った暖簾と、女の文字の物が各々にかけられている。
「お、男の子の裸、初めて見ちゃった」
「う、うん……」
「……誰もお客さんがいなくて、私たちはたぶん、女将さんにそういった仲だと思われたんだね」
一度口を開けば、それなりに緊張もほぐれる。
「う~ん、なんかさ、ギブンって私の裸を見ても、そんなに狼狽えてないよね。もしかして初めてじゃあなかった?」
「う、うん。前にも一度不可抗力で……」
「えっ? まさか、ホントに? あ~ん、私はただエッチな本なら、前世で持っててもおかしくないかって、思っただけなのにぃ~」
ギブンはここで、人間関係においては、全てを晒す必要がないことを学んだ。
ハプニングの相手が人魚であり、人魚は裸が当たり前なのだと言って、宥めるだけでも結構な気苦労を感じた。これも覚えておくべきコミュニケーション能力だと理解する。
渋々納得するピシュは、背中を流し合う事を提案した。当然ギブンに拒否権はない。
「やっぱり男の子の背中って、思った以上に広いんだね」
「ああ、うう、あああああ……」
おかげでギブンは風呂を出るまで緊張しっぱなし。
癒しの空間で更なる疲労を溜め込んで、帰りのハクウの背中では、ピシュの話も上の空。少女は強く反省をした。
「ごめんね。あれくらいのスキンシップなら、そろそろ大丈夫かなって思ったんだけど」
「大丈夫、もう落ち着いたから。さぁ、約束の時間だ。会場に行こう」
到着した祝杯会上には、キャラバンと冒険者の生き残りが揃っていた。どうやら2人が最後のようだ。
「おお、ギブン殿! ようやく参られましたな。少しお話がありますのでこちらへ」
フビライはギブンとピシュに、別室への移動をお願いした。
まさかそこで、領主からの招待状をもらうとは思ってもみなかった。




