STAGE☆29 「ぼっちの大乱闘」
蟻の相手はサラマンダー親子に任せた。
『いや、蟻程度なら、ヒダカとライカだけでいけるか』
子サラマンダーの火焔があれば、グランドアントだって簡単に焼いてしまえる。
『ピシュ、ハクウとのコンビで蜂は倒せそうか?』
「あんな攻撃、飛べる私たちには当たらないし、状態異常だって無効にできるんだから、心配しなくていいよ」
ピシュは風魔法で蜂の羽を引きちぎる。
ハクウもピシュが気に入ったようで、すでに連係プレーも完璧になっている。
『任せたぞ』
戦闘と索敵を同時にこなすピシュは、ビクトリーサインをする。
カブトムシの相手はコマチにやってもらう。
まだ百や二百残っている蟻や蜂に比べると、カブトムシは3体のみ。
「怪獣戦争だな。巨大カブトムシ対巨大サラマンダー」
ギブンはこの場を、ピシュに任せて、彼女が見つけてくれたゲートへ向かう。
この分なら、北の海の時みたいに、デカ物が出てくる前にケリが付けられそうだ。
しかしその算段は、ゲートに魔法を打ち込んだ瞬間に崩れてしまう。
「よし、ゲートの消滅をかくに……ん? 間に合わなかったか」
ゲート消滅直前、最後に出てきたのは人の形をした何者かと、羽の生えた大蛇。
「人間か、脆弱な存在が一人で俺の前に立つか」
その雰囲気には覚えがある。
「魔族……」
ゲートを生み出し、魔界から凶悪な魔物を送り込んでくる張本人。
「ツァール、ここは俺が暇潰しに遊んでやるから、お前は近くにいる人間共を滅ぼしてこい」
以前に会ったことのある魔族は、ギブンを嘗めていて実力を見誤り、一撃で滅んだ。
そう言う増長をこいつはしてくれそうにない。
それよりもだ。
「来い! ヴィヴィ」
ゲネフの森で、一カ所だけ寄り道をした場所は湖だった。
「なに? キサマにも眷属がいるのか」
ヴィヴィはギブンの思考を読んで、羽蛇を追っていった。
名付けまえにハクウが暴れた事があって、北の海で初めての従者契約で、仲間になったレヴィアタンを召還してヴィヴィとした。
「まさかレヴィアタンと二度も戦うとは思わなかったけど、あれだけの力があれば、羽蛇にも負けないだろう」
名前さえ付けてしまえば、ちゃんと言う事を聞いてくれるし、従者契約の魔力共有で相互的に強くなる。
「俺も最初の魔族を相手にした時よりも、強くなっているんだ。……たぶん」
「ぶつぶつと、いつまで待たせるんだ! まぁいい。我が眷属共はまた魔界から喚べばいい事。おい人間、俺は慈悲深い男だ。痛みを感じるま!?」
「えっ?」
魔族というのは、どこまでも人間を見くびる愚か者なのか?
相手がまだ言葉を続けているとは思ってなかったギブンは、目を瞑って格好を付けている魔族を、決闘開始前に横凪ぎしたソード・オブ・ゴッデスで、上下真っ二つに斬ってしまった。
「えーっと、終わったのかな?」
いや、まだ終わりではない。魔人が眷属と呼ぶ魔物が残っている。
ギブンはハクウの空中歩行を共有し、自ら宙を歩いてヴィヴィを追いかけた。
遠くにキャラバンが見える。さらにはヴィヴィの姿。
レヴィアタンが空を飛べると知って驚いたが、今回は本当に助かった。
「あれ? ヴィヴィだけ? 羽蛇は? なに? 食べちゃったのか!?」
流石は悪食のレヴィアタン。何はともあれ、これで一安心。
「ではない。あの煙は? まさかキャラバンが!」
ギブンはレヴィアタンの能力で自らも飛べるようになっているが、ヴィヴィに乗って急行した。
「なんだよ。1人でやるって行ってたくせに、どこへ行きやがった、あの透かした鎧男は!」
「まずいよ、マジキザ。あいつら玉砕覚悟だ」
「マジキザ、スタンラ、盗賊は私たちを皆殺しにするつもりよ」
「……潮時だな、ずらかるか」
実力者を演じる余裕もないマジキザ達は、キャラバンを離れた。3人が抜けて残りの冒険者は2人。
襲い来る盗賊の数もこの旅でも一番多い200弱。
フビライの影武者が乗る馬車も燃え尽きた。
野盗は1人1人はいつも通り、さほど強くはない。
腕っ節だけで剣を振るい、魔法もほとんど使えないゴロツキは冒険者の敵ではない。
ただし冒険者1人に10~20人が襲いかかってきて、あっと言う間に護衛は動かぬ肉の塊になる。
「はっ、はぁ~~~! 護衛はもういねぇ! 承認を蹂躙するぞ!! ぐわっ!?」
「なにっ! 水魔法だぁ~!? まだ冒険者が残ってやがるのかぁ?」
「お、おい、あれはなんだ?」
ギブンは燃える馬車の火を水魔法で消火して、ヴィヴィを盗賊に嗾ける。
上級冒険者でも苦戦するレヴィアタンに命知らずが挑むが、動かぬ野盗が増えるだけ。
ヴィヴィは一身に盗賊の注意を引き寄せている。だが敵はまだ多く、なかなかキャラバンから引き離せない。
「まずいな……」
「ギブン!!」
ギブンが先を急ぐのを見て、ピシュは機転を利かせた。
『ピシュ、……虫を引き連れてきたのか!?』
「うん、レングラントに来る前にも、盗賊に襲われた話を聞いてたからね。数には数をだよ」
蟻と蜂とカブトムシは合わせて50匹くらい、ピシュにはこれくらいなら、マズいと感じた瞬間にでも間に合う自信がある。
ギブンとピシュは宙空で高みの見物。
ハクウとコマチが虫たちを上手く誘導してくれている。
『ピシュ、みんなを助けよう。今なら蘇生できる人も居るはずだ』
ピシュは再生魔法を使った事はない。
一人目をギブンに手伝ってもらい、要領を掴んだところで二手に分かれた。
『フビライ殿! ……間に合わなくてスミマセンでした』
幸い、依頼主の蘇生には間に合った。
息を吹き返す中年を馬車に戻し、ギブンは他の人に飛びつく。
「あと何人だ? ……この展開はそろそろ止めにかかるか」
野盗の数が減ってくると、逆に虫たちが商人を襲い始める。
蘇生はピシュに任せ、ギブンは虫を退治する。
「盗賊はもう残ってないか……ピシュ?」
「どうだろう? もしかしたら、その辺でこっちの様子を窺ってるかもしれないよ?」
「いるかもしれないけど、もう襲ってはこないんじゃあないか? あれだけ数を減らしたら」
ギブンは念のために、従魔に半径10キロの警戒を命令した。
2人はフビライが起きるのを待って、まずは被害の確認をし、移動は諦めて野営の準備を始めた。
『フビライ殿、すまないことをした』
ギブンが寝坊をしなければ、盗賊には襲われただろうが、魔物に出会す事はなかったのではと後悔する。
「いやいや、あなたはこうして我々を助けてくださった。命の恩人だ」
ギブンは回復魔法があるとフビライに告げて、再生魔法の存在を隠した。
「まさか生き残れるとは思ってませんでした。影武者を引き受けてくれた従兄は亡くなってしまったのに」
ギブン達の蘇生スキルは、死亡からの時間経過と傷の具合によって成功率が変わる。
この時ばかりは、フビライも商隊の皆と食事の場を一緒にする。
「あの3人組の冒険者とは、長い付き合いなのですけどね。うまく逃げ延びてくれていればいいのですが」
助けられた冒険者は4人。土に返した3人はマジキザ達ではなかった。
どこにも姿形のない連中は逃げたものとされた。
生き残りの食事会は寂しい物だった。
「それにしても商材がほぼ無傷で済んだのは、商人として喜ばしいことです。ビレッジフォーに着きましたら、報酬は弾ませてもらいます」
フビライはいつも以上に酒を飲み、明るく振る舞った。
「よかったね」
「そうだな。間に合ったって、胸を張ってもいいよな」
「うふふ、ギブン気付いてる? あなた、私と会話してるんだよ」
そう言えばいつのタイミングだったか、吹き出しを作らなくなっている。フビライの話を聞いている時は、相槌にも光魔法を使っていたのに。
「嬉しいな。ギブンって想像通りの、素敵な声でお喋りするんだね」
ピシュの膝の上で、見回りから帰ってきたハクウが、気持ちよさそうに眠っている。
「ギブンさん、ギブンさん」
「どっ、」『どうなさったか、フビライ殿?』
「ふふっ♪」
ピシュの微笑みを見て、赤くなるギブンは咳払いを一つした。
「なにか良いツマミはありませんか? 私、あなたの料理のファンになりました。レシピは色々頂いていますが、あなたの料理を食べたいのです」
かなり上機嫌な雇い主、酒の肴と言われて1番に思い出すのは。
『こんなのはどうだろうか?』
異次元収納から取り出したのは、北港都市フォートバーンで作ったあれ。
「なにそれぇ~、腐ってるんじゃあないの? ギブンの異次元収納こわれてるよ」
「ほほぉ、なんともクセのある香りですな。なんともそそられますぞ」
『マーマンの干物だ』
「干物? マーマンを乾かしたのですか? ふんふん、この香りがあのマーマンの臭みだとしたら、これは驚天動地ですね。まさかこんなにそそられる、香しい物になるとは……」
鼻をつまむピシュは、最後まで口にする事はできなかった。
しかしフビライとギブンはツマミを囲って、夜遅くまで楽しそうに飲み明かすのだった。
ちなみにこの日が、ギブンが初めてお酒を飲んだ記念日となった。




