STAGE☆28 「ぼっちの夜」
「ネフラージュ様から諫められた私は、今度あんたのサポートに失敗したら……」
「失敗したら?」
「大天使への道が、絶たれてしまうのよ」
大天使への道? つまり失敗したら将来、希望の道に進めなくなると言う事か。
「いい、あんたはこの子のご機嫌を取って、ずっと側にいるのよ。さもないと」
寝ているギブンに悪戯でもしようというのか?
「起きてるこの子の体を利用して……」
思った以上にヤバい事を考えていそうだ。
「ラッキースケベであんたを悩殺させるわよ」
「悩殺って……。ピシュが起きている間は、何もできないって言ってただろう?」
「何もじゃあないわよ。気を抜いている時に、手を操ってオッパイを揉むくらいできるんだからね。私の仕業だって直ぐにバレちゃうけど」
この天使は考えているようで何も考えていない。ダメ天使……駄天使だ。
「それで、俺は何を責められているんだ? 緊急事態だって言うのなら教えてくれないか?」
「本当にダメダメな子。この子の泣いている理由なんて決まってるでしょ。あんたの後ろに見える女の影が気になってるのよ」
「女の、影? ……もしかしてオリビアさんとブレリアさん?」
「名前なんて知らないわ。けどそれだけじゃあないでしょ? エルフとか人魚とか」
ギブンには出された種族に覚えがあった。しかしそれが何だというのだろうか?。
「これだけの教えてあげたんだから、後は自分で考えなさい?」
さっぱり分からない。しかしそれよりもだ。
「なんでダテン……、天使様がウルエラとマハーヌの事を知っているんだ?」
「ダテンって何よ。私は堕ちてなんかないわよ! 大天使になった私は神さまへと昇華されるんだから」
堕ちたなんて言ってないが、正解を教えるわけにもいかない。それよりもウルエラたちの事である。
「だから名前なんて知らないっての。私は命を司るネフラージュ様の使徒。あんたに纏わり付いた恋の思念を見過ごしたりしないわ」
ギブンに纏わり付く思念?
まさか有り得ない。ギブンの天使に対するダメ度が急勾配で上がった。
エバーランスの2人とは、それなりの時間一緒だったから、生まれた絆を感じなくもないが、後の2人があの時間で何を感じたというのか。
「駄天使の言う事だからな。当てにしなくていいか」
「あん?! なんか言った?」
にしても機嫌が悪い時以外は、〝あなた”と呼ばれていたギブンは、いつの間にか〝あんた”呼ばわり、また随分と距離を詰めてきたものだ。
「まぁ、いいわ。今回は私が何とかしてあげる。いいわね、ちゃんとこの子の気持ちを、繋ぎ止めるのよ」
天使は静かになった。ピシュの表情も穏やかになり、心地よい寝息がギブンの耳に届く。
陽が昇れば直ぐに出発だ。遅れるわけにはいかない。ギブンも横になった。
ギブンは早朝から何度も何度も頭を下げて回る。
集合時間に遅れたのだ。と言ってもこの世界に時計を持っているのは大商人くらい。
多少の遅れなら誰も何も気にしない。
つまり丁寧に頭を下げないといけないと言う事は、ギブンが豪快に寝坊してかなり遅くなった証拠。
依頼人フビライは、ピシュの同行を快く許可してくれた。
同行だけでなく、ちゃんと冒険者として護衛の契約もできた。
ピシュの機嫌は、朝起きるとすっかり良くなっていた。
駄天使は約束を守ってくれたようだ。
ただ時々、モゾモゾしているのは、何かを聞こうとしているのかも、と思いながら聞けないのは、ギブンの今まで通りだった。
結局天使には聞けなかった。
ギブンが知り合いに女性がいるからと、それがどうして機嫌を損ねることになったのかを。
自分から聞くことなんてできやしない。ピシュから言われるまで、様子をみる他ない。
「ギブンさん。ちょっといいですか?」
『フビライ殿? なにやら困りごとのようだが』
旅団が停まり、商人の影武者が顔を覗かせた。これまではなかった事だ。
「それがですね。どうやら私はあなた達を優遇していると、他の冒険者から反発を受けているようで、ボイコットが起きているようなのです」
討伐対象を討つよりも、馬車にへばりついて、賊の1人も倒さない奴が一番ボーナスをもらった。
と訴えてると言うが、ギブンも全く盗賊を倒していなかったわけではない。
なにより荷物に被害を出さない、商人にとっては一番大事な部分で、多大な成果を上げたのだ。
『それで彼らは何を?』
「それほどの実力があるのなら、次に問題が発生した時は、ギブンさんだけで解決してみせろと。こちらは冒険者にいなくなってもらっては困る身、損益の出ない要求は聞くしかないのです」
「私が手伝う分には問題ないですよね」
「もちろんです。ですが本当にお二人で大丈夫でしょうか? 彼らはあなた方が降りるならちゃんと働くとも言っております」
『分かりました。我々だけで何とかしよう。だがもう何も起こらない事を祈ってくれ』
ピシュも本物の雇い主の馬車に乗せてもらい、ギブンと打ち合わせをする。
「ギブンって、ハクウ以外の召還獣もいるんだよね」
今朝、宿を出たところで召還したハクウを、ピシュはただの猫として嬉しそうに抱きかかえていたが、大きな虎になると言ったら、更にワクワクし出したけど、遅刻している身で詳しく紹介をしてやる事はできなかった。
『襲われた時に正体を明かすから。他のみんなもね』
できることなら喚びだすのは子サラマンダーまでにしたいが、場合によっては……。
「次は私も本気出すから、アテにしてくれてもいいよ」
『もちろんだ。キミがいてくれるから安心して、俺も全力を出そうと思える』
しかしそんな前フリみたいなイベントがあったからと、上手い具合に問題が発生する事はない。
「穏やかな旅になるのは有り難い事です。まぁ、このまま本当に何もないままですと、他の冒険者の方々のストレスが溜まるのでしょうが」
更に前フリを上乗せしてしばらく走ると、フラグの回収が始まる。
『この反応は……』
「魔物だね」
ギブンとピシュの探索スキルが、高い魔力を持つ一団を捕らえた。
『フビライ殿、我々はここで降りる。キャラバンはそのまま先へ進んでくれ』
「えっ? 魔物が出たのですか?」
この街道で魔物が発生したという報告は受けていない。斥候隊は一刻ほど前に、ここを通過しているはずなのに。
「うん、それもね、数がね、半端ないんだ」
『何らかの魔物が……200近くいる。盗賊のように、荷物を欲しがりはしない』
「どちらかというと、人間だろうね。食べるための」
「あわわ、あわわ、だ、だ、だ、本当に大丈夫なのですか?」
「私たちを信じて、先に行っちゃって、フビライさん」
にしても数が多い。これは経験上。
『魔物の巣、ゲートが発生したのだろう』
「ゲート? それはなんなのです?」
『話は後だ』
ギブンは馬車から飛び出した。そしてフビライの馬車が停まる。
「片付けたら追いかけますけど、合流はビレッジフォーになるかも」
「いえいえ、こちらのことは気になさらず、お気を付けて」
ピシュがハクウを抱えて外に出ると、馬車は走り去った。
「あれって、なに?」
『ファングアントとグランドアントの群れだ』
「蟻?」
鹿のようなサイズのファングアントと、像のようなサイズのグランドアント。
顎の強さと強烈な酸を注意すれば、どうにかなるだろう。
ハクウはギブンと契約した事で、状態異常無効化を取得しているが、サラマンダーはどうだろう? などと悩んでいる暇もない。
ギブンは親子のサラマンダーを喚びだして、火炎で虫を焼き払わせる。
「ひやぁ~、お母さんサラマンダーっておっきいね。私も負けらんない」
虫だから火に弱いという読みは間違っていない。
唯も火球の連弾で巨大な蟻を燃やしてしまう。
この程度なら100や200が襲ってきても2人の敵ではない。
『気を付けろ、援軍だ』
「なによ、それぇ~、そうか、ゲートが出現したんだもんね」
蟻の次は蜂、強力な麻痺毒は、弱った人間は死に至るほど強い。
しかもニードルビーは、体から針を切り離して飛ばす事ができる。何度でも。
『ハクウ、任せていいか?』
空を飛ぶ相手をホワイトウイングタイガーに任せて、蜂の向こうから襲ってくる、新たな虫にギブンは剣を向ける。
「カブトムシ!? なんでこんなに昆虫縛りなの?」
この状況はあの北の海の現象に似ている。
このままだとあの時のように、もっと強力なモンスターが出現するかもしれない。
『ピシュ、俺は虫を相手にする。キミはゲートの場所を特定して、可能なら潰して欲しい』
「分かったよ。大きい魔力の固まりを探せばいいんだよね」
ここに他の冒険者がいない事を、ギブンは女神様に感謝した。




