STAGE☆27 「ぼっち同士の時間」
2人は昼食後、ギルドに顔を出して依頼を一つ請けた。
お互いの実力を見せ合う為だ。
場所はレングランド冒険者が、よく依頼を受けるフード山の大樹海。
ギブン同様、ピシュの戦闘衣装は女神ネフラージュにもらった物。
天羽のローブと憂知の杖は魔法を強化し、宙に浮く事もできる特殊装備。
2人と使役獣の連携として、後方からの援護攻撃を担うピシュに、先制攻撃をお願いする。
『50匹以上のゴブリンが確認されている巣を、一撃で潰すなんて……』
ピシュが放った火球は、彼女が索敵した魔物の数だけ打ち出され、目標を違わず射抜き、一発一殺で退治した。
『もしかしてずっとこんな感じで?』
「う、うん。最初、ものスゴく喜んでくれたんだよ。なのに解雇の理由を聞いたら、私の所為でメンバーのレベルアップができなかったって。だったらもっと早くそう言えばいいと思わない?!」
たぶんFランクが欲しいのは、経験値より欲しいのは報酬金。
危険な仕事がピシュ1人の労力で終わたなら、それは便利に思えただろう。
しかし後衛の魔法使いばかりが経験値を稼いでも、他メンバーが冒険者として成長できない。
拠点を移した今回、パーティーバランスをギルドから指摘されて、恥をかかされたとメンバー全員から責められたんだとか。
『それにしても、それだけの働きをしてきて、ランクがEなのか?』
「そうだよ。初心者同士が組んだパーティーがDランクに上がるまでは、ギルドが一括査定するのは知ってるでしょ?」
『知らないな。誰かと一緒にギルドカウンターに言った事はない』
なるほど、人と組むメリットとデメリットか。ギブンは想像してみる。
気は楽だったが、何も考えずに流され続けた結果、1人の貴族を警戒して、逃避行をしなければならなくなった。
想像の結果、どっちもどっちだと分かった。想像の結果だけど。
「人間関係って、こんなにしがらみあるものじゃあなかったと、思うんだけどな」
ピシュも小学校に上がるまでは元気な子であった。病気が発覚したのは2年生の時。
幼稚園では元気に走り回る幼女は、健康的でおてんばな子だと言われていた。
『結局、声が大きくて人気のあるやつが、環境を決めるんだし、運が悪かったと諦めるしかないな』
「運が悪いなんてことないよ。だって、ギブンに出会えたんだから」
ピシュといると時々胸がざわつく。
まだまだこの世界に馴染んだとは言えず、寝ている時以外に心落ち着く事のないギブンが、ざわめきで心の波が中和される。
『あぶない!』
「ひっ!」
ギブンの火球が、ピシュの左側頭部の髪を少し焼いた。
「何すんのよぉ~!」
『すまない、だがもう治ったようだし、なかった事にしてくれ』
「絶対許さない。町に帰ったら、新しいお洋服を買ってもらいますからね」
焼けた髪を一撫ですると、綺麗な光沢がよみがえる。自動魔力治癒の恩恵だ。
「で? なんでこんな意地悪したの?」
『後ろを見ろ』
「後ろ? って、ゴブリンじゃん」
特に変わったところのない最底辺魔獣。右手に短剣を握ったゴブリンの頭が焼けた死体。
「なんで? 私が討ちもらしたの?」
『左手の中を見てみろ』
「左手? なにこれ? チャーム?」
魔力が感じられる飾り物には、凝った装飾がしてある。
『アーティファクトだな。隠密の刻印魔法がある』
「刻印魔法なんて知ってるんだ」
『知り合いのA級冒険者に見せてもらったことがある。その時のと同じ模様をしている。恐らく同様の物だ』
それを手にしていたから、ピシュの索敵に引っ掛からなかったのだろう。
「つまり珍しい物をゲットしたのね。これ、売ったらいくらになるのかな?」
ギブンがD級だったから受けられたゴブリン退治と、その巣の探索or壊滅クエスト。
ゴブリンが少数の群れと戦うくらいなら、E級でも任されるクエストだが、それが50を超える巣になっているとなると管轄はD級、報酬も桁外れに上がる。
索敵可能な魔物はもういない。ここは最初に潰したすのように、ゲートが発生しているわけでもない。
レアアイテムがそんなにゴロゴロしているわけもないだろうし、依頼達成と言っていいだろう。
巣の中で魔石を回収するのには、それなりに時間をかけたが、夕飯時までにはまだ時間がある。
一度町に戻って、ごくごく簡単な依頼を請ける事にした。
簡単ではあるが、薬草採取の仕事は時間が掛かるし、なにより知識が必要だ。
「私、薬草の見分け方なんて知らないよ」
今日中に終わらせる必要がある依頼に、ピシュがプレッシャーを感じてしまう。
『大丈夫だ。俺のスキルに食物図鑑というのがある。薬草も口にする物が多いからな。今回の採取物ならすぐに見つけられる』
自信を持って言うだけあって、必要数を日暮れ前に採取する事ができた。
「ううっ、ギブンさん。私を見放したりしないでください」
ギブンのスキルは、中級以下の依頼なら、簡単にこなせる能力が満載。
2人はこの日、2件のクエストをクリアして宿に戻った。
「くはぁ~、この世界で前世の食事が取れるなんて、思ってなかったから感動だよ」
ギブンはリクエスト通りにオムライスを作ってくれた。
ここウエルシュトークには、田んぼを耕す農家がある。
エバーランスはパン食メインの文化だったから、ここでお米に出会えた時は泣いて喜んだ。
「おいしかった。ねぇ、これって町から離れても食べられるの?」
『そうだな。雇い主は俺の料理を知っている。作り置きなら出しても問題ない』
オムライスはここで作った。
調理台は2つを並べたサイドテーブル。
調理器具はエバーランスで買い揃えた物を使う。
この世界で日本で口にした料理を、再現するのに一番頭を悩ませた調味料も、この二ヶ月で概ね満足できるくらいには揃えられた。
ビンラット村の村長宅に置いてきた調味料も、この町で補充済み。
加熱は魔法があるから問題ない。
オムライスは今まで作りはしなかったが、初めてでもピシュが満足できる料理に仕上げる事ができた。
「そうか、馬車の中だもんね。調理は無理よね。そうなると出来立ては食べられないのかぁ、残念」
それでも異次元収納に入れた物は、熱々の状態で食べられるのだから、不満はない。
「ごちそうさまでした。……あのね、ギブンに聞きたい事があるんだけど、今晩はまだ寝ないで私のお話、聞いてくれる?」
昨日は早寝早起きをしたが、別段眠いわけではない。
『構わないが』
「……エバーランスで知りあった冒険者って、女の人?」
それはゴブリン退治の時のアーティファクトについて、説明したあの話だろう。
『なぜ気になる?』
「なるわよ、だって! ……ギブンの事だから」
人と、とりわけ若い女の子と話すのが苦手だと言いながら、ギブンが自分から知り合いと呼ぶ相手が何者なのか。
『まぁ、女性ではある。ではあるがあれは……、男性であったとしても、苦手なタイプかもしれない』
「つまり、親しくはなかったという事ね」
『ああそうなのかもな。どちらかと言えば、B級の彼女の方が、まだアタリが良かったと思う』
それは第二の女の存在。
ピシュはかなりのショックを受けた。もしかしたらもっと女の影があるのかもしれないが。
聞きたい! ききたいのだけれど……。少女は頭から布団を被り、動こうとしない。
しばらく眺めていると、ピシュは寝息をかき始めた。
ギブンは気付かないが、少女の目には涙が溢れている。
「明日は早いし、俺も寝ようかな」
「寝かせるわけないでしょ。この子を泣かせておいて」
「……天使様、もしかして毎夜毎夜、俺の睡眠を邪魔するつもりなのか?」
「ふん、出てくるか来ないかは私が決めるの。あんたは黙って相手をなさい!」
何だろうか、敵意むき出しで迫ってこようとするピシュに、思わず魔法を使ってしまった。
「なによ。また拘束の魔法!? 天使様相手にいい度胸ね、あんた!」
「ごめんなさい。思わず、つい」
「ついじゃあないっての。いいから早く拘束を解きなさいよ」
「襲わないって約束してくれたら?」
「襲ったりしないわよ。ただ殴ろうと思っただけよ」
かなり怒ってらっしゃる。そんなにまずい事をしてしまったのだろうか?
「私があんたのサポートに入ったのよ! もしこの子があんたに愛想を尽かせて離れたら、大変な事になるんだからね」
天使はギブンを脅す。その表情はまるで悪魔の如し。




