STAGE☆25 「ぼっちと再会」
中央都市レングランドに到着したギブンは、冒険者ギルドに顔を出した。
吹き出しを利用せずに、登録を済ませるのにはかなり手間取ったが、これでウエルシュトークで冒険者としての活動が可能になった。
登録をする前に受けた依頼についてもなんら問題はないそうだ。
「ビレッジフォーまで雇われてくれませんか?」
フビライから指名依頼の書類を出してもらい、ここのギルドを通して改めて仕事を請け負った。
キャラバンの出発は2日後。
1件の露店に入り、昼食を取りながら思い出す。馬車の中でギブンのハンバーグを食ったフビライの、あの言葉を。
「あなた、異世界人ですね?」
「……異世界?」
「ああ、申し訳ありません。ご存じでないならお忘れください」
思わぬワードを聞いて、焦って声が出てしまった。
それがかえってフビライには、ギブンが不審がったように見えたみたいだ。
『いや、興味深い話だ。異なる世界……』
誰かに止められているわけではないが、自分は異世界から来た存在だというのを、誰にも知られたくないとギブンは考えている。
「はい。昔、私にこの“はんばーぐなる”物と、味も形も違いますが、どことなく同じように惹かれる料理を食べさせてくれた人がいたのです。その御人はそれを“めんちかつ”と呼んでいたのです」
『その人が異世界人だと?』
「ご本人が仰っておりました」
他に証明するなにかが有ったわけではないが、フビライには確信があり、それは今も変わりない。
『俺も昔、そういった人に作り方を教わった』
と誤魔化した。
フビライはギブンに料理を教えた者こそ、異世界人だったに違いないと納得した。
「出発までの間をどう過ごすかだな」
ギルドで聞いたところ、この都市にも冒険者が格安で泊まれる宿があるのだとか。
カウンターで空き部屋があるか調べてもらったところ、明後日まで借りられる部屋が1部屋だけあった。ギブンは早速予約した。
しかしまだ入室はできない、使えるのは夕刻という話。
受付嬢に時間潰しなら、近くに市場があるから見に行ってみてはと勧められたので、行ってみることにした。したのだが、前世でも買い物のほとんどは、ネットショッピングに頼っていて、ブラブラ歩き回るなんてしたことはない。
食べ歩きをするのも悪くないが、特にお腹もすいてはいない。
1日かけて歩き回るなら、見どころがたくさんある観光都市だとも聞いたが、それこそ1人で見て回る気にはなれない。
本当に目的なくブラブラして、小腹が空いたので屋台で茶粥を食べて、ここでもお米が手に入る事を知った。明日にでも補充しておこうと決めたあたりで、入室可能な時間となった。
宿屋はギルドの隣にあり、フロント係もギルドの受付嬢が兼任していた。
部屋の事を確認しなかったのは、確かにギブンの落ち度ではあるが、入室した瞬間にパニックを起こしてしまった。
「きゃーーーーーっ!?」
「ひっ!?」
渡された鍵で開く扉を潜ったら、先約が着替えをしていた。
ギブンはフロントで相部屋であるなんて、聞かされていない、はずだ。
「はやく閉めなさいよ!!」
その声とギブンが閉めた扉の音がかぶった。
しばらく直立不動で待っていると、着替えを終えた先約者が勢いよく扉を開けて、厳しい顔で聞いてきた。
「何かご用ですか?」
やはり見間違いではなかった。
同年代の女の子の裸を真正面からマジマジと見てしまったことに、気絶しそうになるギブン。
「あ、あのぉ~」
『す、すまない。この部屋に宿泊するギブンという』
「えっ? 相部屋って、男の人なんですか? うそでしょぉ~!?」
女性は慌ててギルドのカウンターに走っていった。
ギブンも部屋の扉を施錠して後を追った。
「そうだった、私から男の人でも構いませんっていったんだった」
ギブンがカウンター着いた時、先約者は膝と手を床についてうなだれていた。
「はい、それでギブンさんに確認したら、あなたも女性でも構わないと仰ったので相部屋をお願いしたもので、今さら言われるとは思っておりませんでした」
ギブンは相部屋になるとは聞かれたが、相手が女性と言われた記憶がない。
しかしこれはいつもの事で、前世から人に声を掛けられるだけで、意識が半分飛んで、聞き流すなんて日常茶飯事だった。
『では俺は余所へいこう』
「なんですか、この光る文字?」
ギブンは麻痺していた。慌てると黙るのが普通だが、代わりに吹き出しが漏れ出すようになっていることに気付いていなかった。
「なるほど、えっと、便利ですね。それではこのままチェックアウトを……」
「まってぇ~! 待ってください。そうなるとあの部屋は私だけで借りるという事ですか?」
「ええ、そうなりますね」
「ぐっ! ね、ねぇあなた。私は本当にかまわないから、お願いだからあの部屋に泊まって」
涙目で訴えかけてくる。相部屋でならないといけない理由があるのだろう。
『しかし俺は……、その……』
「なんなら好きにしてもいいから!」
受付嬢からすれば、少女は明らかに勢いで引き留めようとしている。と分かるのだが、ギブンは完全にフリーズしてしまう。
このままでは埒が明かないと、固まった男の背中を押して、受付嬢は二人を予約された部屋に押し込んだ。
「あの、えーっと、私は冒険者のピシュ・モーガンっていうの。このウエルシュトークを拠点にしようと今日レグラントに着いたばかりよ」
『えっ!?』
「どうかしましたか?」
『……はっ! いやなんでも』
ギブンは既に忘れかけていた、姿を見せないあのダメ天使と同じ名前を聞いて、心を揺さぶられた。
「それじゃあギブンさん。うぅうん、ギブン」
いきなり呼び捨てにしてきた。
「相部屋をお願いしたのは私だけど、この部屋で眠るのに1つだけ条件をのんでほしいの」
天使の顔は知らないが、この子と関係があるとは思えない。名前が一緒なのは偶然だろう。
『その、条件とは?』
「私の分の宿泊費も払ってください」
彼女が相部屋に拘ったのは、出費をケチるためだったのだ。
ギブンは条件をのんだ。先述通り、金には困っていないから。
「私への条件は宿代で相殺ね。あなたは私の裸をみた。お代金を頂いたって事ね」
そうだった。ドタバタしていて忘れていたが、今夜ギブンは苦手な若い女性と部屋を共にするのだ。
裸を見てしまった事にも、宿代以上の罪悪感があり、どんな顔をして一緒にいればいいのかも分からない。
「どうかしたの? 裸を見られた事なら宿代と共に私はキレイさっぱり忘れたわよ。冒険者がいちいちそんな、裸の1つや2つで取り乱したりしていられませんから」
真っ赤な顔をして何を言っているのだか。傍で見ている人がいれば、そう言っていただろう。けどギブンが彼女の緊張に気付くことはない。
「なんなら気持ちいい事する? お金はもらうけど。そう言った場合、女の方がリスクが大きいんだから」
ギブンはキラーワードを耳にして、近過ぎるベッドの距離を魔法で遠ざけて、シーツを被って風の結界を張った。
「ねぇ、ねぇ、起きて。……はやくぅ~、……は、や、く、起きなさいよ!」
「ご、ごめんなさい母さん、あと5分……」
「私は母さんじゃあないわよ。いいから早く起きろぉ!!」
「はん? ……くぅ」
本当にあと5分眠りたいギブンは起きない。
すると左の頬を引っぱたかれて、両方の頬を引っ張られる。
しょうがなく目を覚ますと、相部屋になった冒険者の、ピシュ・モーガンの顔が目の前にあった。
「ひぃ~」
「失礼なヤツね。人の顔を見て悲鳴を上げるなんて。サッサと起きなさいよ」
ギブンはベッドの上で正座をする。目の前にはピシュ、周囲に張った結界は消えていない。
「どうして……」
「そんなの造作もないわ。あなたの魔法の根源は、女神ネフラージュ様なんだから」
「女神様? ……もしかして君は?」
ぼんやりしていた頭がハッキリしてきた。
まだ夜だ、窓から差し込んでいるのは月明かり、仄かな灯りが少女を照らす。
「なっ!?」
「なぁ~にぃ~? この娘のかっこうに欲情でもしちゃったぁ~?」
上下薄い肌着姿に驚き、瞬時に後ろを向いたのをからかわれる。
「おもしろ~い!」
「キ、キミは天使様のピシュなんだな」
ギブンは土魔法をアレンジして重力を操り、薄着の少女に空中の塵から作った大きめのストールを被せた。
「う、動けない」
ピシュを彼女のベッドに座らせて、魔力で拘束した。
「俺をからかって、抱きつこうとするからだ。キミさっき「この娘」って言ったよね。その子はキミとは別の存在だって事だろ? 人の体で遊んじゃあダメだ」
「なによ、コミュ障のくせに! なんで私が憑りついているって分かったのよぉ!?」
どこで覚えてきたんだ、このダメ天使、憑りついてるのか。
「なんでって……」
先ずはそう、その喋り方である。夕暮れ時の彼女との印象の違いは、もう別人としか思えない。
「そもそもその声、急に子供みたいな声になるなんて、不自然でしかないだろう」
「むぐっ」
まさかの再登場をした天使は、第一印象で感じたままの性悪娘だった。




