STAGE☆22 「ぼっちの再スタート」
1人になってしまった。
エバーランスの町を出たはいいが、どこへ行こうか悩むギブンは、ここへ来た時のことを思い出す。
「そう言えば、どこから来たのかと聞かれて黙っていたら、先代勇者が余生を過ごした地がどうとかって、言われたな」
実際は、レベルにそぐわない剣と防具を見て、勇者の遺産と勘違いされたのだが。
「西嶺ウエルシュトークだっけ、勇者のお墓参りってのも悪くないか」
週に2本しかない乗合馬車で、5日はかかるという道程。
エバーランスの南にあるゲネフの森を、真っ直ぐ抜けて断崖絶壁を降りたら南西に進み、林道に出たら道なりに西を目指せばたどり着くと、ギルドで聞いたことがある。
「この森も久し振りだな」
ランクD以上でないと危険と言われる森だったが、初心者だった2ヶ月前に10日間の野宿を経験した。
森の中を全て見て回ったわけではないから、マップは埋まってないが今回は通り抜けるだけ。
ハクウに乗って飛べば、今日中には西嶺に着くだろうけど、急ぐ理由があるわけでなし、ハクウと一緒に徒歩の旅を楽しむくらいはしてもいいだろう。
「北の海に向かった時は強行軍だったしな。ノンビリするのも悪くない」
ギブンはふと思い付き、剣を片手に簡単な小道を作りながら森を進む。
一振りで切り倒した木は異次元収納に入れて、森を焼かないように注意しながら、火魔法で雑草を掃除する。
「魔法で土を掘り起こして固め直しただけでも、少しは歩きやすくなるもんだ」
いつかエバーランスに戻る日が来て、今日のようにノンビリと歩けるのなら、道はあったほうがいいと思い付いたのだ。
強力な魔獣が棲息する森、小道を作っても誰も使わないかもしれないが、もしも冒険者が使ってくれるなら、荒れることもないだろうくらいの思い付きで作り続ける。
「5日は掛かると思ったんだけどな。意外と道を作るのが楽しくて、夜通し歩いてしまった」
もうすぐ日が昇るが、ギブンは森を抜けた岸壁を下りる前に仮眠をとった。
木陰で仰向けになると、ハクウがお腹に乗ってくれて、心地よく眠ることができた。
「う~ん、なんだ? 夜は明けたよな?」
ほんの少しの間、ノンレム睡眠をしただけだったのだが、辺りは真っ暗になり、生温かく生臭い空間に閉じ込められていた。
「なるほど、大蛇の腹の中だったのか」
ハクウが魔獣を切り刻み、外に出たギブンは体に染みついたニオイを、水魔法で洗い流した。
「火魔法と水魔法を組み合せればお湯も出せるし、やっぱり魔法は便利だな。次の町で少し勉強するのも悪くないな」
次元収納から食材を出して調理をし、朝食を済ませると、十分な睡眠時間を取ったわけでもないのに、ギブンは先に進むことにした。
「崖を削って坂道にしようか」
前世ではシム系のゲームも遊んだ。実際にやってみるのも楽しいものだと知る。
崖下の森も同じように切り開き、エバーランスを出て3日で、目指していた街道に出ることができた。
「この道を使えたらショートカットは出来るけど、やっぱり森の魔物は冒険者じゃあないと、危なくて歩けないよな」
エバーランス側でも作って置いてきた立て看板を、南西側のここにも立てて置いた。『この道危険、強力な魔物に注意』と。
見渡す限り人通りはない。
勝手な真似をしたが、ギブンが咎められることはないだろう。
西嶺ウエルシュトーク領は第二王子ゼオール・アウグス・グレバランスが治める領土。
中央区のエバーランスとの領界は、ゲネフの森の断崖絶壁。
ここまで来れば騎士団長アランド・ゲーゼの御家の威光も届きはしない。
最寄りの集落、ビンラット村には昼過ぎに到着した。
「情報収集をするのなら、ゲームだと酒場がいいんだよな」
酒場はまだ他の客の姿はなかった。
カウンターの中の男に声をかけると、店主は冒険者ギルドマスターを兼任していた。
四苦八苦して質問するギブンに、マスターは我慢強く相手をしてくれた。
「こんな片田舎の小さな村に、騎士団の駐屯地なんてあるわけないだろう」
という事だ。
「冒険者登録をし直したいだって? そいつはここから馬車で2日ほど中央に向かった町まで行く必要があるぜ」
最低限を聞き出すのに、果実酒を3杯飲む必要があったが、次の目的地は決まった。
「あん、一晩泊まりたいだと? この村には宿屋なんて立派なもんはないが、あんたみたいな冒険者が利用できる空き家ならいくつかあるぜ。村長のところに行けば銀貨一枚で泊まれるはずだ」
村長宅は村の中央にある、他よりは大きめの家だと教えてもらい酒場を後にした。
「どちら様ですか?」
ノックをしたら女の子が出てきた。10歳くらいだろうか?
ギブンもここの生活をいくらか経験して、年長者相手なら少しは落ち着いていられるようになった。
けれど同年代、特に年頃の娘とは、まだまだ目を合わせることもできない。
いや、この子は同年代と言うには、まだまだ幼いのだけれど。
「きゃっ!?」
唐突に光魔法の吹き出しを見せて、警戒されるかもと考えはしたが、受け入れてもらえなければ村を出ればいいと開き直った結果、驚かれはしたが少女は優しく対応してくれた。
「あいにく父は隣村まで行っていて留守ですが、私が案内しますね」
村長宅の隣にある小屋に連れてこられた。
「宿代わりになると言っても、ベッドと棚くらいしかありません。テーブルとイスくらいは置ければいいのにって思うんですけど」
家具職人兼大工は、最低限のベッドと棚しか作ってくれないのだと言う。
「この村の大人はみんな、冒険者さんを毛嫌いしているもんで」
それは家具屋だけではなく、ギルドマスターでもある酒場のマスターも一緒だ。冒険者であるギブンにアタリがきつかったように感じたのは、どうやら勘違いではなかったようだ。
「もちろん理由はあります。聞きますか?」
ギブンが首を縦に振ると、村長の娘、シーラ・レンネはベッドに座って、数年前に起きたという、とある事件について語り始めた。
この辺りは元々ギルドを置く必要もない、平和な片田舎の小さな村でしかなかった。
盗賊団が近くの山に居つくまでは。
『村が襲われたの、か?』
「うぅうん、盗賊が村に来る事はなかったらしいよ。あいつらの狙いは街道をいく荷馬車だったんだって。この村を襲ったところで、1度奪えば2度はないから、ってお父さんが言ってた」
シーラ幼かった頃に起きた事件について、詳しく教えてくれた。
「大人達は悪いと知りながら、馬車が山へ向かうのを黙って見送っていたんだけど、ある日、どこかの商人が領主さまに被害届を出して、冒険者がやって来たの」
その冒険者が問題だった。
盗賊は20人程度いたそうだが、それに対して冒険者の数は6人。
「当時は行商人向けの宿があったんだけど、到着初日は冒険者もそこに泊まったの」
ただのチンピラの集まりである盗賊では、連携プレィがとれる冒険者に敵うはずもない。
『盗賊を退治して、一件落着、ではないのだな?』
「その通り! 冒険者は依頼を終えても、村から出て行かなかった。宿を占拠して食事代も支払わず、年頃の女の子を部屋に連れ込むようになったの」
女の子を連れ込んで何をしていたかは教えてくれなかったと、不満げにシーラは言った。
「村の大人たちじゃあどうにもならなくてね。しばらく好き勝手にされていたんだって」
それで当時、村長になったばかりのシーラの父は馬を走らせ、ウエルシュトーク領主に直談判。
無法状態だった冒険者は逮捕されたが、その時に全力で抵抗されたもんだから、村の被害も半端ではなかった。
逮捕を終えた騎士団は撤退、国は復興支援を何もしてくれなかった。
「宿屋は焼け落ちて、豊作だった田畑も滅茶苦茶にされたんだって」
村人の努力で数年をかけて復興したビンラット村に、今さらな領主様の命を受けたという役人が、報告書をまとめていった。復興の助成は必要なしと。
お見舞い金の1つも出さずに、酒場に無理矢理冒険者ギルドの受付を置いて、一件落着とされてしまったそうだ。
なんて過去があれば、村人の冒険者への態度が、厳しくなってもしょうがない。
「その頃の事を覚えていない私なんかにも、くどいほどに冒険者の悪行ってのを擦り込まれたわ」
と言う割には少女の、ギブンへの対応が優しいのは気になる。
「もう小さい子供じゃあないんだし、人柄くらい自分で判断するわ。あなたは悪さをするような人じゃあないでしょ」
この子には危機感を覚えさせる必要がありそうだ。
「……数日ぶりのベッドだぁ」
シーラが家に帰ったので、ギブンは軽く仮眠を取った。
「暗くなってきたな……」
目を覚ましたギブンは床板に直に座り、昨日まとめて調理しておいた、温かいシチューを取り出して、夕食を取り始める。
「こんばんは~」
『シーラさん?』
「隣町まで行ったお父さん、今日は帰ってこないんです。お母さんも一緒で、今日の夕飯は妹と2人だけだから、ご一緒しませんかってお誘いに来ました」
言葉は礼儀正しいが、表情は明らかにギブンのシチューに注意が向いている。
数日分のつもりで煮込んだシチューは、3人で食べても十分足りる。
姉妹のディナーに一品が追加された。




