STAGE☆21 「ぼっちに事情聴取」
「ようこそ騎士団へ、私がエバーランス騎士団団長のアランド・ゲーゼだ」
騎士団長が副団長と共に取調室に入ってきた。
「アランド・ゲーゼ。お前がいくらお貴族様でも、冒険者ギルドに対して発言権がないことくらい、分かっているのだろうな」
「当然だ。冒険者ギルドマスターはこの国では、騎士団長と同一の身分となる。貴殿は年長者でもあるし、それなりに敬意を持って遇しているつもりだ」
冒険者ギルドの問題に口を挟むなと言われても、今回の件に関しては、国守を負かされる騎士団として、見逃せないと判断しての呼び出しだと説明される。
「この件で設営した幕舎に、私は兵を指揮する為に滞在したが、昨夜の突然の地揺れの後に、町に帰ったはずの冒険者を目撃したのだよ」
それはギブンが横穴を塞いで、町に戻る時の話だろう。
「明け方になって地揺れの被害を確認させた結果、火口丘に繋がる穴は全て崩れていたと報告があった」
昨日、ギブンが1つの穴を見つけた後、騎士団によって他の通路を2本探し当てていた。その全てが通れなくなっていたのだ。
「キサマがあの場にいなければ、ただの自然現象と思っただろうが、あまりにタイミングがよすぎたので、念のために話を聞かせてもらおうと思っての事だ」
巨大サラマンダーの件は騎士団預かりとなったのに、どうして1人で舞い戻ったのかと問い質される。
「事と次第によっては、ギルドの責任について協議しなくてはならないからな」
ギブンがギルドの依頼を元に動いたとあれば、問題を預かる騎士団として、厳正な処断を下さなければならない。
まさか昨日の行動が、ここまでの大事になろうとは。
「おはようございます」
「おお、ご足労傷み入るフラン嬢」
今回の事情聴取でウソ偽りを口にしないかの判定に、フロワランス・フォン・エバーランス領主令嬢にも立ち会ってもらう必要があった。
「さて、聞くところによるとお前は人と話すのが苦手という事だが、一応注意はしておこう。ここで虚言を吐けば、法の下の裁きを受けてもらう事になるぞ」
ここまでの話の流れを黙って聞いていたギブンは、自分の行動の浅はかさを実感した。
そもそもフランの神眼がなくとも、ギブンの対話能力で嘘や言い訳を吐いたところで、通用することはない。
『この光魔法は俺の考えが吹き出しになるようにできています。この魔法の使用は認められますか』
ギブンが人との会話が苦手だと、理解している師団長の承諾は直ぐにもらえた。
これでしどろもどろも少しは押さえられるが、そもそも性格の問題なので、吹き出しも分かり易くまとめる事はできておらず、事情聴取はかなりの時間を要した。
偽証無しで顛末をまとめれば、ギブンは町に戻った後、騎士団預かりとなった案件にも関わらず、サラマンダーという魔物に興味を持ち、討伐に向かったがそこには巨獣が抜け出せる道もなく、人を襲う恐れは極めて低くかったことと、2匹の子供を確認したことを打ち明けた。
包み隠すことなく暴露したところ、そこにいる全員が深い溜め息を吐いた。
「フラン嬢、この男のここまでの話だが……」
「嘘偽りは感じませんでした。ありませんでしたが、嘘ではないとすると」
「そうだな、おいギブン、お前なぁ。確かにオリビアは1人で戦わせると言っていたが、相手はサラマンダーだぞ。しかも異常発達した種だ。そんな無茶を勝手にするんじゃあねぇよ」
アグニエ副師団長がフランの意見を書き留め、ギルドマスターは呆れかえる。
ギブンが話し終えるのを待って、アランド師団長が口を開く。
「それで全部ではないだろう?」
今朝、下山前にワラブキド火山を頂上まで登り、魔獣の様子を見に行ったというアランドはその場にいるはずのサラマンダーの姿を、確認できなかった事をギブンに突きつける。
お嬢様が同席している以上、嘘を吐く事はできない。
無駄と知りながら、ギブンはサラマンダーとその子供をテイムした事を隠して、身に覚えはないと堂々と宣言した。
お嬢様はギブンの偽りの言葉を聞き流してくれた。
いや、フランは本当にギブンの嘘に気付けなかった。
理屈は簡単。
以前ギブンが本当のステータスを偽ったのと同じスキルで、偽証を成立させているのだ。
「それよりもアランド師団長、なぜあなたは火山のサラマンダーを見に行ったなんて、そんな嘘を吐いたのですか?」
「事情聴取はその対象から、如何に効率よく情報を聞き出すかが重要なんですよ。これはブラフという技術の1つですよ、お嬢様」
スキルもなしに言葉巧みに言い逃れをするトーク術は、ギブンが一番欲しかったものだが、最初のスキル選択で選ばなかったのもギブンだ。
「もういいんじゃあないか? サラマンダーがいつまで大人しくしているかは分からんが、火山ガスを攻略する方法はないんだろう? 動きがあるまでは静観するしかあるまいよ」
ギルドマスターであるアウヴヒム・へルヴィーの提案を、アランドが了承して聴取は終わった。
アグニエはフランを領主邸に届けると言って出て行き、アランドとアウヴヒムは領主に提出する書類を作成するからと部屋を移した。
残された3人の冒険者も詰め所を出て、町の定食屋に入った。
「ギブンさん。嘘を吐きましたね」
オリビアが唐突に言い出した。スープを口に含んでいたギブンが吹き出しそうになる。
なんとか踏みとどまったが、かなり激しく咳き込み、その姿を見たブレリアも、「ああ、やっぱりか」と言い出す。
『どうして?』
「なんとなくです。立場上、フラン嬢が間違った事を口にするとは思いませんが、あなたを見ていて、根拠のない確信を抱いたんです」
「正にあれだな、女の勘ってやつだ」
サラマンダーは舞い戻ったギブンの前に、子供を連れて仁王立ちした。
火口丘に戻ったのは、命令を受けもしていないハクウの意志だった。
ハクウの考えている事をなんとなく感じる事のできるギブンは、目を合わせたサラマンダーがテイムを望んでいると教えられた。
騎士団は入ってこられないままかもしれないが、なんらかの方法を見つければ、魔獣親子を討伐しにやってくるかもしれない。
サラマンダーが望むのであればと、ギブンは特級認定された強力なモンスターを仲間にした。
『親である巨大サラマンダーはコマチ、子供はヒダカ、ライカと名付けました』
隠し事は話してしまえば、気も楽になる。
今後、本当にサラマンダーが居なくなった事を、騎士団が気付いたとしても、神の眼が保証してくれたギブンを、改めて招集する事はないだろう。
こうして一連の問題は、後回しにされた形で終結となった。
「なったのだがな……」
騎士団長は、王宮への報告書に、ギブン・ネフラは危険分子だと付け加えたことを、ギルドマスターが教えてくれた。
「そこでなんだが……」
『ギルドマスターからの提案、ですか?』
今のままでギブンを筆頭に置く案は採用できない。
オリビアとブレリアにはこれまで通り、エバーランスの為に働く冒険者を続けてもらう。
「お前が良ければ、町を離れてはどうだ? 変なしがらみに巻き込まれるより、別の町で改めて冒険者としてやっていく方がいいだろう」
確かに言われてみれば、ここまで関係をもった人間の中で、あの師団長がもっとも苦手なタイプだ。
これ以上絡まれるというのは、考えるただけでも気が重くなる。
『分かりました。今日中に町を出ようと思います』
「そんなに急がんでも、と言いたいところだが……」
『顔を合わせたら、それだけで難癖をつけられるって事ですね』
「すまんな。本当ならお前ほどの冒険者を手放すなんて、勿体なくてしょうがないが、貴族様ってのは権力のないモノには容赦がないからな。だが国王宛てに送られた危険分子って話だけは、直ぐにも解消しておくから安心てくれ」
王宮の誤解は解けても、アランドの歪んだ目を改めさせるのは簡単ではない。
せめてランクアップをしてやれたらいいんだが、というギルドマスターの顔色は渋い。
「お前ならどこかのギルドに登録すれば、すぐにランクアップするさ」
なんて慰めの後、移籍許可証を持ってきた、フィーヴィーから涙の別れの挨拶を受け、ギルド本部の外で待っていたオリビアとブレリアに捕まる。
『お二人ともご存じだったのですか?』
「お前が来る前にギルマスから聞かされた」
「いつ、出発なさるのですか?」
『これから、直ぐに』
「なんでそんな急ぐ必要があるんだよ!」
『あの騎士団長に絡まれるのは勘弁してほしいので』
ギブンの決断は正しいようで、2人とも何も言えなくなり、「せめて門の外まで見送る」と付いてきてくれた。
『では、お世話になったフラン様や領主様にも、お伝え願えますか』
「おお、後の事は任せておけ、心配するな」
ブレリアはギブンと硬い握手を交わし、オリビアは無言のまま抱き着いた。
「お、お前! ずるいぞ!?」
改めてブレリアともハグをし、男はエバーランスから旅立った。




