STAGE☆20 「ぼっちの向上試験」
ギブンが単独で依頼を受けたからと言って、本当に1人で行かせるわけにはいかない。
ギルドマスターは領主の元へ行き、騎士団の派遣を依頼する。
B級の中でも、サラマンダーは特級モンスターだ。
上級冒険者が数人集まっても、討伐出来るという保証はない、特殊な種である。
そんな相手に有能な新人冒険者を差し向けて、みすみす殺させる訳にはいかない。
「相手はAランクの中でも、最上位に匹敵する巨獣という話だ。ギルドの請け負った依頼はサラマンダーの偵察、情報集めが目的だ。だから変な流れになったが、お前が無理をする必要はない」
ギルドマスターはよく依頼書に目を通したところ、討伐なんて文言がない事に気が付いた。
勝手に内容を読み替えたオリビアの目論見は潰された。
「この依頼を達成したところでCランクに上げてやる事は出来んが、情報収集だけでもかなりの危険な以来だ。無理はするなよ」
ギブンの仕事は偵察に切り替えられて、その報告を元に騎士団が殲滅する流れに変わった。
「私はギブンさんならきっと、サラマンダーを討伐出来ると確信しているのに」
「確かにハクウもいるし、簡単には死なないとは思うが、流石にサラマンダーは無理だろう」
ギブンの見届け人に立候補した2人も、大きくなったハクウの背に乗せて目的地に移動する。
「本気で倒させようって言うなら、せめてあたしらは手を貸すべきじゃあないのか?」
「あら、ブレリアさん。あなたの実力でサラマンダーに立ち向かえますの?」
「はっ、発見された個体の情報からしたら、お前だって倒せる相手ではないだろうが」
「うっ、それはまぁ、そうですが……。さっ、3人なら問題ありませんよ」
「だからあたしはそう言ってるんだろうが」
ブレリアはそう言いながらも、特A級に匹敵する個体相手では3人でも不十分と感じている。
ギブンも討伐するつもりはない。
ただ見てみたいという好奇心は抱いている。
ゲームに見るサラマンダーは確かに凶悪な姿をしていた。
どのゲームでもかなりステータスの高いモンスター相手に、様々な加護を受けているとは言え、無理は禁物。この目で見て満足したら引き返すだけだ。
「山が近付いてきましたわね」
途中、領主から騎士団が構えた幕舎へ立ち寄るようにオリビアは言われていた。
「随分と派手な登場だな」
エバーランス騎士団長アランド・ゲーゼは新人冒険者には興味を持っておらず、代わりに副団長のアグニエ・セフィルグと握手を交わした。
「ついさっき設営が終わったばかりでね。まだバタバタしていて、団長の代わりに私が応対させてもらう事になった」
プレートアーマーは厳つめだが、線の細い女騎士様は、オリビアの幼馴染みだという。
「ギブン・ネフラか。君は人付き合い方があまり得意ではないと聞くが、こいつの無茶に振り回されていると死ぬぞ。いや、今日死ぬかもしれない」
オリビアの自己主張の強さと強引さを知る者は彼女を避ける。容姿に騙されて近付く者も、1ヶ月もすれば死に物狂いで離れていく。
「友人と呼べるのは私1人だけだからな」
「失礼な! ブレリアさんという親友が私にはいます」
「……うれしいよ。あたしのことを、そんな風に言ってくれて」
騎士団は既にサラマンダーの居場所を推定していると言うが、ギブンは索敵スキルで目的地を特定している。
「……ここって、まさか、火口じゃあないのか!? ……こっちにあるのって、横穴が、……届いているのか」
ギブンが後ろを向いてブツブツと言っていると、ブレリアが顔を近づけてくる。
「なにか見つけたのか?」
「ひっ!?」
「……まだそんななのか? 正直、傷つくぞ。いや、悪かった。声も掛けずに近付きすぎたな」
ブレリアはゆっくり離れて、何を気にしていたのかを改めて聞いた。
「……と言う事だから、今から確認に行くという事だ」
「バカな、我らの斥候がそんな道があるのに、見落としたりするわけがない」
「そうは言っても、ギブンは今まであたしらにウソを言った事はないからな」
黙っていて教えない事はたくさんあるが、口からウソを言った事がないのは確か。
女神のアイテムについても、周りが勝手に勇者の武器を継承した者と決め付けたもので、これもギブン自身がウソをついたわけではない。
「分かった。では騎士団からは私が代表して、見届け人となろう」
ギブンは2人の上位冒険者と騎士団副団長を伴って、山の中腹にある横穴へ入った。
「王都のある連山の1つ、ワラブキド火山の火口付近に、こんな洞窟があったなんて」
ギブンの灯火で照らされる岩肌はなんの変哲もないものだ。
騎士団の斥候が入り口を見落としたのは、穴が立ったままでは入れなかったことと、落石が隠していたことだけのようだ。
「それでも穴を見落とすなど、帰ったらきっちり指導をしなくてはならないな」
周囲の温度がかなり高い、魔法の光のいらない明るさの場所に出たところで、ギブンはみんなの足を止めさせた。
穴から出るとすぐにサラマンダーの全容が見える。みんなは身を低くして小声で話す。
「あれがサラマンダーか。想像よりも大きいな」アグニエ
「私が戦ったものの、10倍はありますね」オリビア
「あれの10分の1だとしても、よく戦ったもんだと思うぞ」ブレリア
ギブン達が出たのは頂上近くにできた、サラマンダーが住む火口丘を見下ろせる場所だ。
「よし、意外と広いな。ここなら大勢の騎士で魔獣を取り囲む事ができそうだ」
『待ってください。あそこに対策も無しで降りるのは危険です』
「なっ、なんだその宙に浮かぶ文字は?」
「ああ、あまり突っ込まないでやってくれ。この方がコミュニケーションが取りやすいヤツなんだ」
「ですがあまり外で言いふらさないでくださいね」
アグニエの吹き出しを見た驚きを、ブレリアとオリビアが口を塞いで押えた。
「ああ、あまり知られてはまずい類の魔法なのか? 了解した。誰にも言わないと約束しよう」
サラマンダーは無反応。みんなが胸を撫でおろしたところで、アグニエは口外しないと約束してくれた。
『あそこは火山ガスが充満している恐れがあります』
サラマンダーの足下には、色んな種類の動物の骨が散らばっている。
全てをサラマンダーが焼き殺したり、引き千切ったりしたのなら、どんな動物の骨か判別できるものがあるのはおかしい。
『俺ならスキルがあるので降りることができます』
新人冒険者がなぜそんな上級スキルを持っているのかと、いつものように副団長にも疑問を抱かせるが、オリビアとブレリアが首を横に振って、アグニエの口を塞いだ。
「ここは一度、団長に報告をしに戻ろう。領主様からはギブン殿には期待していいと言われているが、無理もさせるなと言われている」
幕舎に戻っても団長はギブンたちの前には現れず、しばらくして騎士団の撤退が決定した。
ハクウは思った通り、火山ガスくらいでは怯んだりしない。
騎士団と冒険者は町まで帰り、ギブンは契約した部屋に通された。
その夜に1人で町を抜け出して、ハクウに乗って火口から火山丘に降り立った。
所々から吹き出す炎の光が生まれるが、辺りが暗くなったからか、見張りの2人の姿はない。
どうやら外に残された幕舎に戻っているようだ。
「相手は飛べないんだ。いざとなれば逃げられるし、ちょっと戦ってみたかったんだよね」
誰も見ていない今、もし倒してしまったとしても、ギブンの仕業だとは誰も思わないはず。
「見つけた。ここからだと噴煙に隠されているけど、あの窪みの向こうだな」
索敵をすれば、サラマンダーは直ぐ近くにいる事が分かった。そしてその違和感にも気づいた。
「……反応は重なっているけど間違いなさそうだな。まさかの子供までいるなんて。このサラマンダーは素材採掘者がたまたま見つけて、エバーランスに情報を売ったんだよな」
アグニエが帰りに独自の想像力を働かせていた。
あれほど大きくなったのは豊富にある食べ物と、サラマンダーにとっては過ごしやすい気温。あの個体はあそこにずっと居着いているのではないか? と。
「……騎士団が見守るというのなら、この依頼はこれで終了だよな。俺がランクアップされることもないって話だし」
ギブンは火口付近に騎士がいない事をスキルで確認して、地響の土魔法で山を揺らした。
「ふぅ、流石に魔力の消費が激しいな」
火口丘にもかなりの落石があったが目的は果たせた。これでここに繋がる横穴は全て崩した。
「お、起こしちゃったか……」
唾を飲み込み、目が合う巨大なトカゲを前に固まるギブン。
しばらく見つめ合うと、サラマンダーは眠っていた窪みに戻った。
一瞬ハクウに目を向けてから翻ったようにも見えた。
「お前のお陰で戦わずに済んだみたいだ」
本当のところは分からないが、ギブンは納得した顔で相棒に跨り、上昇して火山から出ていく。
火口から飛び去る翼ある猛獣を目撃する影が、明くる日の冒険者ギルドに現れて、ギブンを騎士団の詰め所に呼び出した。
その場にはギルドマスターとギブンだけではなく、オリビアとブレリアの姿もあった。




