STAGE☆02 「ぼっちと検問」
ギブンが森の中をさまよい続けて5日。
自動地図作製スキルのお陰で、同じ場所に捕まったりはしないが、最初の方角を間違っていたため、樹々の壁を抜けたそこは断崖絶壁、そこから見下ろしてあるのは遠くまで続く森林地帯。
スタート地点に引き返し、森を潜り抜けた場所は整備された街道。
「あれが最初の町か。あそこなら獣肉や薬草なんかも、買い取ってもらえるかな」
女神のくれたスキルポイントで食性図鑑を取得したことで、食べられる物かどうかが見分けられるようになった。
図鑑はやはりかなりの高性能で、毒草も煎じれば薬になることが分かった。道具があればギブンでも薬に調合可能な情報だ。
「スキルポイントの空きは後1つか。慎重に選ばないとな」
ポケットの中に小袋が入っていた。金貨が300枚と銀貨が100枚、銅貨が50枚。
「これも女神さまの施しかな。相場は分からないけど大金だよな。……この袋も便利道具なのか」
大きく天辺が平らな岩を見つけ、並べた貨幣はかなりの重さになる。
「いくらでも入るし、重さも大きさも拳大の石以上にはならないな。なくすわけにはいかないし、大事に次元収納に入れておこう」
その袋はギブンから3メートル離れただけで、手の中に戻ってくる刻印がされている事を知るのは、まだしばらく後の話。
「これだけあれば、町の中に入るのに通行税を取られるとしても、心配はないよね」
と安心して町に向かったが、問題は金額ではなく、門番の問いかけに答えられないコミュニケーション能力不足なことだ。
「な、な、なんで?」
「何でってお前、簡単な職質にも答えてくれないんだから、詳しく聞かせてもらうのに、詰め所に来てもらうのは普通じゃあないか?」
「そ、そ、そ、それは……」
「安心しろよ。お前さんみたいなのは時々いるんだ。もうすぐ鑑定スキルのある騎士様が来てくださるから。それでお前さんのステータスを見てもらえば、検問は終了だ」
喋らなくても済むなら本当に助かる。
通行税の銀貨1枚は収め終わっている。
ここが終われば次は身分証明書の作成、それは銅貨5枚で作ってくれるらしい。
面倒でもそれで街イベントを迎えられる。そう思っていたのだが。
「俺の鑑定スキルよりも、お前の隠蔽スキルの方がレベルが高い。スキルを無効にしろ」
門番の兵士とやってきた騎士に挟まれて、ギブンはタジタジながらも、言う事を聞こうと頭を回転させるが。
「やり方が分かりません」
正直にそう告げようとしたのだが、どうしても口から出ようとしてくれない。
スキルは思っただけで使えるが、どうすれば使わなくできるかは分からない。
「これも規則だからここは通せない。他ならお前さんを見てくれる所もかもしれん。悪いが他所をあたってくれ」
追い出されてしまった。
どうするか相談しようにも、ピシュは応えてくれない。
「しょうがないか」
次の町を見つける前にスキルを自由に扱えるよう訓練しよう。
「おーい、あんた」
対人恐怖症をどうにかしようとは、微塵も思わないギブンに、後ろから声がかけられる。
「受け取り忘れとか、勘弁してくれよ」
追いかけてきた門番はそう言って、銀貨1枚を返してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「おっ、なんだ喋れるようになってきたか?」
「あ、ええ、いや、えっ……」
「ははは、なんかよう分からんが縁があったら、また会おうぜ」
ギブンは森とは反対方向へ街道を歩き出す。
「また森だ。でも道がある。ここを抜ければ次の町があるのかな?」
今までの自分を知らない世界なら、どうにかなると思った対人恐怖症。
こんな事なら赤ん坊からやり直せばよかった。
いっそのこと記憶も無くしていれば。
「それってただの生まれ変わりだよな。転生ボーナスとか関係ないヤツ」
せっかくあれやこれやと、女神様が用意してくれたのに、なにも活かせないまま。
「いいや、いつかは克服するんだ! ……なんだか騒がしいな」
進路方向から土煙を上げ、猛スピードで馬車が走ってくる。
「立派な馬車だな。どこかのお金持ちが乗ってるんだろうな」
見る見る間に近付いてくる馬車は、ギブンとすれ違ったところで転倒した。
「えっ、えっ、もしかして俺を避けようとしてとか?」
いや、道幅は十分、御者もたいしてこちらを気にしているようではなかったはず。
「あ、あのぉ~」
声をかけた馬車から顔を出したのは、人間の首筋に歯を突き立てた化け物。
「もしかして、ゴブリン?」
ゴブリンが噛み千切り転がったのは人の頭。
「ひっ!? あの顔って御者だよな」
あまりもの衝撃シーンなのに抵抗はない。
描写のえぐいゲームも数多くやってきたからか、人と喋る時のように取り乱したりはしない。
ギブンを見て飛びかかってきたゴブリンを、女神様から頂いた剣で切り裂いた。
「ゴブリンって、ゲーム通りに野蛮な連中なんだな」
一応の危機を脱し、馬車に近付く。
「こんなに立派な馬車を無人の状態で、御者が勝手に動かしたりしないよね」
横になった天井部分に耳を側立たせてみる。
「物音はなしか」
ギブンは馬車を起こす。筋力4442は伊達じゃあない。
ステータスは初期振り分けで4200。女神の加護で+100。
最初の森の中で食用の獣や魔物を討伐して、上がったレベル分の筋力は更に+142。
お陰で大きな馬車も、軽々と立たせる事ができた。
「俺ってスゴイ」
なんて言っている場合じゃあない。
馬車の中には3人が倒れていた。1人はドレス姿、2人はメイド服。
「リアルメイドさんだ。って喜んでいる場合じゃあないよ。……薬草じゃあ無理そうだな」
取得した自動魔力治癒スキルで、どうにかならないか試してみる。
「って、どうやればいいんだ?」
今までの簡単な作業ではない。ちゃんとスキルをコントロールしないといけない。
ステータス覧やMAPは念じれば見る事ができた。
しかし隠蔽スキルはどんなに念じても、発動停止する事ができなかった。
もっと的確に扱う方法があるはずだ。
「こういった時、ゲームではどうしたっけ?」
目の前に浮かぶステータス欄を眺めていたら、ふいに手が動き出した。
「スキルバーに触れろってこと?」
VRゲームの1つにそう言うのがあった気がする。
ギブンは自動魔力治癒に指を重ねる。項目の文字が反転した。
「よし、まずはドレスの子から」
反転した文字から手を離すと、意識した対象が光を放つ。
「うっ、うう……」
途絶えていた呼吸が戻った。スキルが効いたのだろう。
「あと2人」
同じ要領でスキルを発動するが。
「銀髪のメイドさんは息を吹き返したのに、ドレスの子の下敷きになってた人は、まだ息をしてないぞ」
緑髪のメイドは首があらぬ方を向いている。ダメージが大きいと蘇生できないのかもしれない。
「一度でダメなら何度でも!」
ギブンの判断は正しかった。どうにか3回目で呼吸を取り戻し、顔色も良くなっていく。
「良かった……」
「あっ、ありがとうございます」
「ひっ!?」
ホッとため息をつく後ろから声をかけられ、ギブンの息の根が止まるところだった。
「あなた様が助けてくださったのですね」
先に助けたメイドさんだ。馬車がひっくり返り、壁に思い切り叩きつけられた事を覚えているようで、もう一人のメイドさんにスキルを使うギブンの姿を見て、全てを悟ったようだ。
ドレスの少女もようやく事態を把握したようで、遅れて手を合わせてギブンに感謝の言葉を告げる。
「本当にどうお礼を言ってよいものか」
「あ、いや、その……」
「騎士様?」
どうやらギブンの出で立ちで誤解したようだが、その言葉が男に1つの進化をもたらした。
「回復なさったのなら、なによりです」
学生時代も先生とは、少しの会話ができた。
相手に敬意を抱ければ、受け答えもできたのだ。
自分は騎士、自分は騎士、主人に敬意を示す物。しかしその言葉のマジックも一言で途切れてしまう。
「あの~」
「ひっ!」
ギブンは慌てて外に飛び出す。
「お待ちください」
ドレスの少女が追ってくる。
「来るな!」
ギブンはいきなり大きな声を出した。しかしそれは対人恐怖症だからではない。
「敵が来る!」
ギブンは抜刀した。
馬車が駆け抜けてきた道を、多くの獣が駆ける振動が伝わってくる。




