STAGE☆19 「ぼっちの独り立ち」
相手はマンティコア、人喰いである。
馬車には護るべき領主令嬢と、非力な御者や馬もいる。
オリビアとブレリアは、心強い従者を手に入れたギブンを信じ、馬車をエバーランスに向けて走らせた。
手枷のないギブンは、30ほどの群れで近付いてくるマンティコアに向かった。
「近くにゲートの反応はないな」
ギブンは海の上にあったゲート間近まで寄った時に、その魔力を解析して索敵検索のスキルに記録した。
「こいつらはどこからか流れてきた群れなのかな?」
もしそうなのだとしたら、自然界に生息していた獣の群れを一つ狩り尽くすと言うのは、なんとなく気が引ける気がするが、ここからだと人里はそう遠くない。
「食料にもならない魔物を狩るのはイヤだけど、放っては置けないもんな」
人面獅子がギブンを襲う前に、ハクウが先頭の一匹の頭を殴り潰した。
「すごい力だな。ハクウに襲われなくて本当に良かったよ」
中級魔獣ウイングタイガーの上位種であるホワイトウイングタイガー相手では、中の下である魔獣マンティコアが敵うはずもない。
ギブンが手を出す事もなく、魔獣の数は3分の2になった。
「まずい、あいつら逃げるつもりだ」
ギブンの考えをアストラル界から読み取って、ハクウは空を駆けて逃げる群れの前に立つ。
二手に分かれるマンティコアの片方には、ギブンが同じく空を駆けて、飛び越えて斬り掛かる。
この世界に来てこれまでは、女神様からのギフトで勝利してきたが、オリビアやブレリアに少しだけ教えてもらった剣の使い方と立ち回りの仕方で、もっと楽に戦えるようになった。
いまや格下と感じるマンティコア相手ならスキルに頼る事なく、傷を負わない戦い方を実戦する事もできた。
「でもこいつは心掛けるだけじゃあ、上手くいかない事もあるよな」
1番注意していたはずの毒シッポ攻撃を、左二の腕にくらってしまった。
当然、状態異常無効化のおかげで問題にはならないが、本当ならこれでゲームオーバーだ。
「俺だって、ネットゲーム界では、それなりに名前も売れてたんだ」
コントローラーと体を動かす事をリンクさせられずにいたが、体の扱い方を覚えれば、ゲーム経験を活かせるようになる。
「もう終わりか、もう少し暴れたかったな」
ハクウの方も片付いている、戦える相手はもういない。
「……戻るか」
「うぅぅぅぅぅ!」
「ハクウ?」
唸る相手に気付いて目を向ければ。
『オリビエさん、ブレリアさん……』
フランお嬢様の護衛という仕事があるはずの2人が、なぜここに?
「そのお嬢様からお願いされたのです。エバーランスとして、あなたをこんな所で失うわけにはいかないと。これは領主様の名代を務めるお立場のお嬢様からの依頼です」
「あたしらは必要ないと言ったんだがよ。冒険者として直接依頼を受けた以上、優先度はこっちって事になるのさ」
しかしこの結果では報酬をもらうわけにはいかない。
なにせ現場に到着したら、討伐は終わっていたのだから。
「ちょっとだけだけど見たぜ。あんな立ち回り方をいつ覚えたんだよ。もしかしてあたしら相手に手を抜いてたのか?」
「ブレリアさんも気付いてるのでしょ。ギブンさんはここで覚えたんです。そうですよね」
『はい、はい……』
「これで分かったでしょ? ブレリアさんも私の誘いに乗りますよね?」
「……いいだろう。確かにこのまま近くにいるのは、プライドが許さなくなるな」
2人が何について話をしているのかは分からないが、真剣な目を見れば分かる。
戦う時と同じ目をする2人は何かを決意したのだ。
「とにかく戻りましょう。あなたも馬車に乗ってくださいギブンさん。フラン嬢が待ってますよ」
ギブンは領主の屋敷を追い出された。
フランが国王と婚約した事で、使用人以外の他人を置いておく事はできないと。
ギブンはフランを屋敷まで送り届けたら、ギルドに顔を出すように言われていたが、なんだかそういう気分になれない。
と言ってもこの世界に来た当初は、連日野宿を経験している。いざとなれば……。
「オリビアさんの話を聞いてからでいいか」
今回の北岸遠征の報酬は一律で、それはもう王都で受け取っているから、特に今日行く必要のないギルドだったが。
まだオリビア達は顔を出していなかったので、受付嬢のフィーヴィーに声を掛け。
ギブンは筆談の光魔法を使わず、悪戦苦闘しながら塒を探さなくてはならないと伝えると。
「それならギルドが経営する宿の一室を、ご利用になりませんか?」
フィーヴィーは冒険者の多くが利用する宿を紹介してくれたのだ。
「それではこの書類に必要事項を記入の後、この受付に提出してください」
ギブンは書類の内容を確認しながら思った。
知らない仲でもないフィーヴィーでも、筆談するには覚悟が必要なのだと気付く。
ギブンにとってあの2人は、それほど信じられる相手になっているのだ。
「待たせたね」
「待っていたのはあたしだろ」
用紙の記入を終えたところで声が掛かる。
「なんだ、ここの宿に入所するのか?」
「なんなら、私の部屋を使って頂いてもよろしくてよ」
「おいおい、まさかギブンに部屋の片づけをさせるつもりか?」
「私の部屋はそんなに散らかっていません。ブレリアさんと一緒にしないでください」
「あの汚部屋が散らかってないってのは、あまり人様に言わない方がいいぞ」
途端に賑やかになった。
2人はギブンに断ることなく、持ってきた椅子を男の直ぐ側に置いて腰を下ろす。
「あ、あの……」
「ギブンさんにお話があります。と言うのはお伝えしていましたね」
「……はい」
オリビアは一呼吸置いてからブレリアにも目配せをし、今後について話し出した。
「……と言う事で、今からギルドマスターに話をしに行きます。あなたも一緒に来てください」
一方的に話を進めるオリビアに引っ張られて、ギルドマスターの執務室に連れられる。
「アウヴヒム・へルヴィー。あたしたちの請願書は読んでくれたか?」
「ブレリア・アウグハーゲン。お前は相変わらず、礼儀というモノを知らんようだな」
ギルドマスターの手元には、ブレリアの言う書状が開封済みで置いてある。
「本気、なんだな?」
「ええ! このままでは私は日々納得がいかないまま、悶々と過ごすことになります」
「あたしだって、こいつにも追いつけねぇ。ってだけで毎日劣等感に晒されてんだ。オリビアがその気なのにノンビリ構えてはいられねぇ」
アウヴヒムは深い溜め息をこぼし、フィーヴィーは涙する。
「オリビアさん、ブレリアさん、寂しくなります」
「冒険者は基本、ギルドに登録はしていても、所属しているわけではないからな。決意ある連中を引き留める権利はない。お前さん等がその気なら気持ちよく見送るだけだ」
オリビアがブレリアと共に出した請願書。
2人はギブンの実力を認め、エバーランスで最上位と自負する自分たちを、更に高める修行に出るというのだ。
「私の指定依頼でも、ギブンさんがいれば何とかなるでしょう」
結構ギブンも抵抗したのだけれど、2人の勢いに首を縦に振ってしまった。
「ギルド抜きで話を進めるなよな。だがそうか、そこまで考えての計画なら口は挟めんな。期待しているぞ、ギブン」
ギブンは静かに目を閉じた。
「そうなるとお前さんのランクも見直さないとならんな」
何かあった時、代役指名する為には、ギブンがDランクでは困る。
「依頼者も他の冒険者も納得させないといかんからな。と言ってもいきなりAとかBにはさせられん。せめてCランクにできればいいんだが……」
ギブンの功績はほとんど誰にも報せずに済ませてきた。オークの件にしても、成果としての報告はあまり上げられていない。
「ギルマスも王都の決闘イベントの話は聞いてるだろうによ」
「おお、俺も観戦したかったぞ!」
「ギブンは儲けさせてくれたぜ」
「くそーっ!?」
ブレリアとギルドマスターは息が合うらしい。
「だがお前らの報告だけで、ランクアップはさせられんわな」
「つまり彼に、危険な依頼を達成してもらわないといけない。っと」
「そうだな、オリビアが受ける以上の物を、しかも最短でとなると、Aランクの単独達成が必要となるな」
割りと無茶な話だが、ギブンからすれば単独行動は平常運転である。
「Aランクの依頼なら1つ、Bランクは内容次第で1つか2つだな」
Dランクの依頼だと100近くは成果を上げないと、Cランクにはなれないところを、一気に突破するのだ。
オリビアは懐から一枚の依頼書を取り出した。
「お前これ!?」
「平気です。ギブンさんなら」
オリビアのこの強引さには、ギブンは一生慣れそうにない。
しかし今は、この身勝手さが必要なのだ。
「確かに急いで討伐してもらわなけりゃならんが、相手はサラマンダーだぞ」
「大丈夫です。私でも上手くすれば、ひとりで討伐できるんです。彼なら!」
「お前が倒したのって、子供のサラマンダーだったろ?」
「ですから運がよければ……」
「こいつは報告によると、立派な大人のサラマンダーだぞ」
「大丈夫です」
「俺、やります」
ギブンはギルドマスターが眉を顰めるのを余所に、依頼書を受付に出しに行くのだった。




