STAGE☆17 「ぼっちと闘技場」
「ギブンさんも魔法剣士である以上、剣技スキルは使えるのでしょうけど、こういうのはご存じですか?」
オリビアは中級剣技ソードスラッシュ、ラウンドディグ、オーガブレイクをコンボさせ、風を切り、大地を掘り起こし、地面に穴を穿った。
当然ギブンも剣技スキルで返す。ガードラッシュの三連打でオリビアの攻撃を受け流す。
「下級剣技でいなしきるなんて、本当にあなたは規格外なのですね」
ブレリアとの訓練で武器の扱い方を少しは学んだギブンだが、それでもA級の剣技は途轍もない。致命打を受けなかっただけでも自分を褒めてやりたい。
「オリビアお前、容赦ねぇな」
「手加減をしていては、トレーニングになりませんから」
「そうじゃねぇよ。技もそうだが、本気で打ち込んでるだろって話だ。一発で殺しかねん力がこもってたぞ」
ブレリアがギブンに代わって抗議をしてくれるが、やるのなら本気でないと意味がないというのも分かる。
「……目は死んでませんね。ではブレリアさん。次は2人がかりで行きますよ」
「はぁ!? お前、あたしの言葉が聞こえてないのか?」
「ギブンさん……」
「聞いちゃいねぇ」
「ギブンさん、あなたまだ何かを隠してますよね」
ギブンの表情が固まり、驚きを隠せない。だけどオリビアが何を言いたいかは直ぐ分かる。
「それでは始めましょう。ブレリアさんも手加減のなきように」
「あ、ああ……」
王都に帰り着いたのはギブン達が先だったのに、既に闘技場の準備は整っており、決闘の話は街中に広まっていて、賭のオッズも上がっていた。
「まぁ、当然だな」
「そうですね。ですが……2:8なんて驚きです。1割にだって届かないと思っていましたのに」
「お前なぁ……、けどこれで」
「ええ、私たちは大金持ちです」
「オッズは3:7になっちまうがな」
このやりとりの翌日、決闘イベントは開催された。
ギブンは闘技場の壇上に1人、王都冒険者ギルドA級とB級の上位冒険者を目の前に、立っているのがやっとの状態だった。近付けば足の震えに気付かれてしまうレベルだ。
「逃げずによく私たちの前に現れたモノだ」
アビセル・セヴァール。A級のランクが付いてはいるが、実力は更に上。エルフ族のナルシスト。
「あんたみたいのがブレリアさんの横に並んでんじゃあねぇよ」
ラビアス・ドゥーアン。B級ランク、ランクアップしたての龍人族。ブレリアに構って欲しくて絡んでくる問題児。
「お前はエバーランスで登録したばかりなのに、あっと言う間にDランクに昇格したんだってな」
ブレリアが馴れ馴れしくするギブンが気に入らないラビアスは、開始の合図を前に大戦斧を振りかぶって、斬り掛かってくる。
「はっ、始め!!」
審判が王都の冒険者寄りなのは仕方がない。
しかしこの奇襲にギブンが対処できるわけもなく。
『おーっと、挑戦者! 開始早々に剣を弾き飛ばされたぁ!!』
風魔法を使った実況中継が、満席の観客を沸き立てる。
当然ただの観客も賭けに乗った人間も、ギブンがDランクでありながら、上位冒険者2人を一度に相手にする無謀者と反感を持ちながら、かのオリビア・シェレンコフがセコンドに付く新人冒険者への興味は半端ではない。彼のオッズを底上げしている。
剣を落とした事で飛び交うブーイングも、歓声に掻き消されてしまう。
しかし女神から賜った剣、“ソード・オブ・ゴッデス”はギブンを装者と認めている。地面に落ちた途端に神剣は主の元へ還る。
『おおー、なんだあの剣は~~~!! なになに、ただいま届いた情報です。挑戦者ギブン・ネフラの剣は、前勇者様のが魔王を討った物なのだとか!? 無謀な挑戦と思われたこの対戦に1つの光明が差しました!』
この実況は今度は歓声の比率を逆転させ、ブーイングの方が大きくなった。
しかし一転、大きな歓声が会場を揺らす。ギブンの前にアビセルが立ったからだ。
「この私に剣で挑むとはいい度胸だ。オリビア・シュレンコフも多くのスキルと、多くの超剣技を持っていると聞くが、私はその更に上をいくのだぞ」
剣の実力差は分からないが、オリビア以上の剣技と聞いて、生まれて初めてのワクワク感が湧いてくる。
今までにない興奮が収まらない。
『おーっと! ギブン・ネフラから突っ込んだ!! 背後から斬り掛かるラビアスの戦斧が空を切る!!!』
「ふん、素人が!」
アビセルは両手持ちの剣を上段に構えて、正面から突っ込んでくる。ギブンのあまりのスピードに、アビセルは一歩下がらされてしまう。
しかしタイミングは読めた。
思わぬギブンのハイスピードに驚きはしたが、引いた一歩を二歩分前に踏み出して、超剣技の横凪は新人の振り下ろしよりも早く、アビセルの間合いに呼び込んだ。
『おー、これは技あり! ワンステップでサイドに回ったギブン・ネフラ、横にした剣をがら空きの胴に入れたぁ!!』
いや、上位冒険者はそんなに甘い相手ではなかった。
アビセルは左脇に隠し持ったナイフを、器用に左手で抜いてギブンの剣に当てた。
相手の力も利用して危機を脱する。
ギブンは間髪入れずに風魔法を使って、ラビアスに向かって飛んだ。
動きを目で追いきれなかったラビアスは、ギブンの速攻を避ける事ができなかった。
『これはクリーンヒットが入ったのではないでしょうか? だがしかし、龍人の強固な体には傷1つ付ける事はできない!!』
と実況は言ったが、ギブンは得意な火魔法を剣に付与し、接触寸前に彼女に冷たい水を浴びせてから強打した。
『おーっと、ラビアスが膝をついた。〝歩く要塞”と異名が付く龍人を、新人冒険者が傷つけたぁ~~~』
だがラビアスが膝をついたのは一瞬の事。
回復魔法を使える彼女にはダメージは残らない。
息も吐かせぬラッシュは終わり、ギブンは距離を取った。
これで2人はギブンを舐めてかからなくなるだろう。
できればその前に終わらせたかったのだが。
「オリビアが言うだけの事はあるな。おい、ラビアス! こうなったら連携をとるぞ。間違っても王都の上位ランク者が、新人に土を付けられるわけにはいかないからな」
アビセルとラビアスの表情が変わる。
「いよいよ、ここからですね」
「ああ、あいつらも名前ばかりのランカーじゃあないからな。いくらギブンでも油断すれば、瞬殺だ」
「ええ、私もそう思ってのトレーニングでしたが……」
「ああ……。ギブン!! そいつらに目に物見せてやれ!」
背中を押してくれる声は、大歓声の中でもちゃんとギブンに届き、左手のひらを対戦相手に向ける。
「なんだ? まさか降参しようってのか?」
「そんなことは認めない。このアビセル・セヴァールが教育的指導をしてやる。痛い目にあって、伸びた鼻っ柱を折るがいい」
左右から挟み込むように、アビセルとラビアスは飛んだ。
2人がかりの攻撃を避ける余裕はない。
ギブンは風の結界で邪魔をするが、流石はB級を上回る実力者は魔法の壁など物ともせず、勢いを殺すことなく飛び込んでくる。
『おー--! 2人の刃が打ち合った! しかしその場にギブンの姿はない!』
風の結界なんかで2人を止められるなんて、端からギブンも考えてはいない。
目眩ましの中に姿を隠し、ギブンは2人がさっきまでいた場所に移り、左手の魔力を更に練り上げる。
「なんのつもりだ!」
「あの魔力……、まさかあいつ! ヤバイぞアビセルの旦那、あいつはもしかしたら……」
ラビアスはようやく気が付いた。
ブレリアがあの優男に入れ込むわけを。
いやそれだけが理由だなんて言うつもりはないが、あの魅力の大きさは、自分たち獣人族には興奮剤となる。
そしてそれだけのステータスがあれば、あれが使えてもおかしくない事を。
「あいつは何をしているラビアス」
「分かんないけど何かが来る。アタシら相手に切り札のように使うんだ。ただの役立たずなんかじゃあないはずだよ」
ギブンの魔法が完成した。
「あれは召還魔法だ、油断するなよ旦那!」
「召喚魔法ぉ!? 本当にあいつは新人なのか? そんな高等魔法まで使えるなんて!」
光が収まり、一匹の魔獣が現れた。




