STAGE☆16 「ぼっちの摸擬戦」
「決闘はともかく、やるべき事を終わらせましょうか」
ギブンと王都冒険者の立ち会いは後回し。
オリビアがその場をまとめ、港町フォートバーンの被災復興に戻った。
戦闘を終えた冒険者達はそのまま、北岸ガラレット領主アレグア・ルブラン・グレバランス第三王子に命令された兵士&騎士と共に、復興作業を手伝う依頼を受けて働いている。
「お~い、陽がかげり始めたぞ。浜辺の掃除は明日にも終わるだろう。腹減ったぞぉ~」
「ええ、そうね。そろそろ戻りましょうか、ギブンさんも。とは言っても、グレバランス王国は穀物の貯蔵があるからお米はありますが、ここのところの兵糧の消費で、おかずになる物があまり残ってません」
この地方ではお米を炊いて、食する文化がある。
最悪でも塩むすびは食べられるが、できたらおかずが欲しい。
「あ、あのぉ……」
「あっ、そうそう私考えたんですけど、ギブンさんって、文字は書けるんですか?」
「えっ? えーっと、……はい、書けます」
「だったらこれ、私からのプレゼントです」
手渡されたのは羽根ペンと便箋。
なるほど筆談をしようと言う事か。
早速ギブンは筆を握り、干物を食べてみないかと2人に勧めてみた。
大量の食糧を必要とするこの場面で、冒険用の物を提供するわけにはいかない。
しかしこの海の戦いで、ついでに作ったマーマンの干物なら、手持ちの全てを渡しても問題ない。
「おお! ちょっと気になる臭みだが、美味いぞこれ」
ブレリアには好評のようだ。
「ええ、この異様さはちょっとどころではありませんが、味は確かにいいですね」
オリビアもギリギリのようだが、食べる事ができそうだ。
睡眠時間を短くして、マーマン肉をせっせと乾かした甲斐がある。
ギブンのお裾分けもあって、冒険者と兵士の腹は満たされた。
「ええ!? あれ、マーマンの干物だったんですか?」
「すげー、あいつ等食えたんだな」
『マーマンは毒を浄化する代わりに身が臭くなるんです。だから海の中で血肉を洗って、火と風の魔法で天日干しするように乾かして、食べられるようにしました』
「なるほど、干物にしたら旨くなったってことか」
マーマンに毒を残っていると、死ぬか腹痛を起こす恐れがある事を告げて、生産方法をメモに残した。
「こんなことなら、焼き払うべきではありませんでしたね」
それでもギブンの持ち合わせで、復興に体を動かす者の食欲に耐えることができ、3日で予定していた全行程を終える事ができた。
「今日は、王都からの支援もあって、旨い肉にもありつけたが実質、あの干物があったから頑張れたのは間違いないな。なぁ、オリビア」
「ええ、あのニオイも慣れれば、うま味に感じるようになりましたし、もうこれで口にできなくなると言うのは残念です」
明朝3人は王都へ向かう。
その王都でアビセル・セヴァールとラビアス・ドゥーアンとの正式な決闘を行う事になる。
『その事ですが……』
ギブンは筆談を覚えて思っている事を、正確に2人に伝える術を得た。
『俺は対人戦闘の経験がありません』
「ああ、そうなのか。そいつは困ったな」
オリビアはまだギブンの戦いを見た事ないのに自信満々だが、ブレリアはちゃんと心配してくれる。
「そうだな、あたしも一度、お前の実力を見たい。オリビアと2人で相手になってやるよ」
王都までの道程で適当なスペースを見つけたらと、オリビアも首を縦に振る。
だがギブンは慌てて手を振る。初の対戦相手がこの二人というのに、安心と不安が入り交じり葛藤する。
『ちょ、ちょっと待ってください』
「えっ、今のなんですか?」
ギブンは否定を紙に残すのではなく、声の替わりに光の精霊が応えてくれて、口の中の考えを光る文字の形で、宙に浮かび上がらせてくれた。
オリビアはギブンの頬を手で挟んで、開いた口の中を覗き込む。
「お前、いつもはあたしに、したないのなんの言っておいて、今の自分の姿は気にならんのか?」
「あっ!? いえ、これは違うのですブレリアさん。いや、でもあなただって気になるでしょ?」
「それはそうだが、……そんでギブン、何か言いたかったんじゃあないのか?」
『ああ、はい。俺、本当にあの王都のお二方と、戦わないとならないんでしょうか?』
考えた事を空中に浮かべるのは、意外と簡単だった。
これで無駄に貴重な紙を使わなくて済みそうだ。
「戦ってもらわないと困ります」
「そうだな、勝手に決闘を決めたのは悪いが、あたしらの面子を潰さないでいてくれたら、夜伽を約束してもいいぞ」
「なっ! ブレリアさん。だからそう言う、迂闊に淫らな言葉を口にしないでください」
2人の面子。
自分が上手く考えている事を伝えられなくて、世話になったと言うよりも、振り回された方が多いけど、確かに恩を感じていないわけではない。
『分かりました。お二人のために、この一回だけはできる限りの事はします』
「本当か!? そんじゃあ前金代わりに今晩」
『あのブレリアさん、申し訳ないけど俺、まだまだガキだから、そう言うの分からないし、したくないんだ』
「そうなのか、その気もないのに無理強いはできねぇな。だが、初めてはあたしとだからな」
それも「遠慮します」と心で返事をし、ギブンは稽古を付けてもらう前に、口頭で対人戦についての共助を一晩かけて受けた。
明くる朝は王都への帰路につく。アビセル達は最終組、初発のギブンたちとは到着予定時刻も差がある。
途中3人は眠る時間の方が多かったが、御者に頼んで適当な草原を見つけてもらい、約束通りギブンはオリビアとブレリアとの修行を開始する。
「そんじゃあたしからだな。あの龍女の武器は大戦斧だ。でっかい斧を振り回す。戦闘スタイルはぶっちゃけ、あたしと一緒だ」
「あの人はブレリアさんに憧れていて、コツコツとマジメに依頼をこなしてきたんですよね。この人の素行が悪くてランクアップさせてもらえず、Bランク止まりになった頃から、絡んでくるようになったんですよね」
「説明なんていらねぇよ。オリビアにも同じ事を言われたが、あたしなんかに拘ってるから強くなれねぇんだよ。さて、お喋りはここまでだ。行くぜ、ギブン!」
斬首剣を抜いたブレリアが走り出す。
大きく重い剣を軽々振り回すスピードも半端ではなく、一振りの一撃も尋常ではない。
今まで戦ったどの魔物よりも強いのは間違いないが、女神から過剰なギフトを受け取ったギブンには物足りない動きに思える。
「大剣技スキル、グレートプレス」
これだ。魔物が使う事のないスキルを用いた攻撃。
魔物にも注意しなくてはならない魔法攻撃はある。
だがそれは獣が本能のままに振り回す、動きの読みやすい物だ。
こちらの動きの虚をつく冒険者の必殺の一撃が飛んでくる。ド素人のギブンが致命傷を回避できる軌道ではない。
(スピードだけでは、躱しきれない攻撃があるんだな)
心の声に、光の精霊が反応しないでいてくれるのは本当に助かる。
〝奇跡の鎧”がなければ、即死だっただろう袈裟斬りの傷。ギリギリのところでギブンの肋骨を折る程度で留めてくれた。
「へぇ、自己修復する防具か。いいモン持ってんな。確か先代勇者の遺産だったか?」
それについては女神様に確認したいと思っているが、天使がギブンの声に応えてくれない以上、勇者の物で通すほかない。
「だが、武器にばかり頼ってちゃあ、魔物の大群や、ましてや対人戦闘じゃあ、取り返しの付かない事になりかねないぞ」
ブレリアのスキル攻撃は、彼女たち獣人特有の身体強化も兼ね合わされて、ギブンの剣技では捌く事ができないほど激しい。
「かあ、タフだなお前! 思わず本気で打ち込んじまった。なのに目立った傷が1つもないなんて、本当にナニモンなんだよ、まったく」
自動治癒スキルは、死亡時に限定しているが、確かに大きな傷はない。ギブンは強くなっているのだ。
この戦いでも多くの経験値を稼がせてもらい、魔法剣士としてのスキルも成長した。
魔物相手に魔法はかなり使えるようになったが、足りなかった武器スキルがどんどん増えていく。
「剣技スキル、ソードスラッシュ!」
横凪する剣の攻撃有効範囲が倍に伸びて、バックステップで距離を取ろうとするブレリアに届く。
「くっ! やるじゃないか」
両手持ちでの斬首剣で受けきりはしたが、手は痺れて大きく体力を奪われた。
「それまで!」
「お、おい待て! あたしはまだ一撃も食らってないんだぞ」
「剣を落とす寸前、立っているのもやっとの状態で、後はただ打たれるだけの人形になりたいのですか?」
「くっ!」
これで一勝をもらえたという事か。
なんとなくギブンは対人戦闘というものも、少しだけ見えてきた気がする。
「では次は!」
A級冒険者の実力。ギブンは正体の知れない高揚感を覚え、改めて剣を握りなおす。




