STAGE☆15 「ぼっちの珍味」
大物退治を終えて、落ち着いたギブンは頭を悩ましていた。
マハーヌを人魚の住み処まで送り届け、お願いされたマーマン退治も果たした。
念のためにレヴィアタンを始末した後に、海底まで潜って索敵をしたが、戦闘が続いている様子はなかった。
約束を果たした事を本来なら、マハーヌに報告するべきなのだろうけど、1つ重要な事を思い出してしまった。
「いや、人と話すのも難問だけど……」
まだ残る掌の温もりが鮮明になる。
「お、女の子を、全裸の女の子を抱きしめてしまったぁ~~~」
厳密には下半身が魚の女の子だが、一糸まとわぬ姿だった事に違いはない。
残念ながら、鎧越しに女性の柔らかい体を感じられなかった事を悔やむ。
頭を抱えた時に右手は彼女の髪に、左手は彼女の背中に触れていた。確かに左手はまだマハーヌのすべすべな肌の感触を覚えているが……。
「ああ、思い出してしまったぁ! は、恥ずかしい……」
ギブンはもしかしたら仲良くなれていたのかもしれない、人魚との再会を諦めて住み処から離れていく。
「そうだ!」
気持ちを切り替えたギブンは、しばらく海中を泳ぎ回った後、浮上した海の上は暗闇の世界になっていた。
「もしかして、俺を探してたりするかな? オリビアさんとブレリアさん。……そこまで俺の事を気にしてやいないか」
腹の虫がなった。
異次元収納というのは便利なモノで、生の食材が腐る事はないし、調理済みの料理が冷める事もない。
きちんと意識すれば、収納物を別けて整理しておく事もできて、ニオイなんかも遮断する事ができる。
「海の中で血は綺麗に洗い流してきたけど、きついニオイはやっぱり残ってるな」
状態異常無効化を持つギブンは迷うことなく、マーマンの肉を食ってみた。
「げほげほ、腐臭は無効化してくれないんだな。けど、我慢できないレベルじゃあないか」
いや、かなり我慢はしている。15歳のギブンは前世の生活で、あまり好き嫌いを言わずに出されたモノは食べてきたけど、それは両親であっても食べられない理由を説明できなかったからである。
本当はニオイのきついモノは苦手なのだが、そんな暮らしのお陰で、これもなんとか飲み込む事はできた。
「う~ん、味はいいんだよな。人魚肉を食ってなくても。今度は人魚肉を食った方」
それはニオイさえ気にしなければ、いままで食ったどんな料理よりも美味だった。
自動再生される体を活かして、状態異常無効スキルを停止して食べてみる。
「……大丈夫だな。やっぱり問題はニオイか。そうだ! 乾燥させたらどうだろうか?」
本当なら天日干しをしたいところだが、いまは夜。しかし早く確かめたい。
「風魔法と火魔法で乾かしてみるか」
食物図鑑には色んな調理法も乗っているが、そもそも記載のないマーマンをおいしく食べる方法は分からないけど、干物の製造方法は載っている。
「よし、乾いたな。さぁ、どうだろう……。おお、上手いぞ! この程度の臭みなら、食べられる人も多いんじゃあないかな」
内臓を取って塩水で洗い流し、水分を抜くだけで、人が食べられる程度に臭いを消せる。
「今日はここで野営だな。明るくなったら合流しよう」
ギブンはテントを出して就寝した。
砂浜ではいくつもの松明の火が見えるが、疲れ切っていたギブンが気付く事はなかった。
陽も随分と高くなってきた。
ギブンは兵士や冒険者が集まる浜辺に足を向けた。
「ヒドイもんだな。釣り船が全滅じゃあないか」
多くのマーマンが上陸し、かなり暴れ回ったようだ。
たくさんあった木造船はバラバラになっていて、形をほとんど保っていない。
「ギブン!? 無事だったか! いったい今までどこにいたんだ!!」
離れたところから、大きな声がかけられる。
そちらを向くまでもない。聞き慣れたその声は。
「心配したんだぞ! っておい、なんで無視するんだ」
ブレリアの声の圧力に緊張してしまって、目を見る事ができない。
「お前、そんなに強いのに、なんでいつも弱腰なんだよ。全く……」
目を合わせず、真正面に立って礼をするギブンの姿に、ブレリアは毒が抜かれてしまう。
「なんだお前、傷1つないじゃあないか。すげぇヤツだとは思っていたが、ホントにやべぇな」
傷一つ残ってないのはスキルのお陰だが、ギブンと別れた後に、オリビアから聞かされたオーク事件の話で、ますます彼に興味を抱き、〝魅力”とかも関係なく、人生発の好意を抱いた男性にブレリアは擦り寄ろうとする。
「ちょっとブレリアさん!」
「ちっ、うるさいのが来ちまったか」
好奇の目も気にせず、ギブンに抱きつこうとするブレリアを押しのけて、A級冒険者は人目を憚らず男に飛びついた。
「お、お前! あたしを押しのけて、それはないだろ!!」
「良かった良かった、本当に良かったです。本当に心配してい……、ギ、ギブンさん? ギブンさん! ごめんなさぁ~い」
強烈なタックルと、あまりの緊張に男は気絶してしまった。
立っていられない男をお姫様抱っこにし、オリビアは後方の臨時本部へ連れて行く。
「ちょっ、ちょっ待てよ」
後片付けはまだまだ残っているのに、冒険者のまとめ役が2人も抜けたのは大きな痛手、すぐさま他の上級冒険者2人が連れ戻しに来る。
「まさかオリビア・シュレンコフがさぼりとは、驚きだね」
オリビアにも見劣りしない美貌を持った冒険者エルフ72歳。
「アビセル・セヴァールさん、A級冒険者のあなたがいれば、私1人が少しの間いなくても問題ないでしょう」
「だとさ、行くぞB級」
手足の鱗を見れば、一目で彼女が獣人族と分かる19歳。
「B級はお前もだろう、ラビアス・ドゥーアン」
王都の冒険者ギルドTOPのアビセル・セヴァールはいつも威圧的で高圧的、実力はS級に匹敵すると認められているが、ランクアップを見送られる嫌われ者有名人№1。
「君ほどの人を独り占めするに値するのか? そのヒョロっとした小僧は?」
ラビアス・ドゥーアン。彼女も王都の冒険者で、ブレリア以上の問題児として有名。相手が権力者であっても関係ない。彼女の興味の基準は、遊べる相手になるかならないかで決まる。
「ビックリだよ。アタシと遊べる数少ない武闘派が、まさかちょっと顔のいいだけの優男に靡くとはね」
王都上位冒険者の2人はオリビアもブレリアも苦手なタイプで、はっきりと嫌いだと公言している。
「ええ、あなたなんかより、よっぽど魅力的な方ですよ」
「はん、お前なんかに、こいつの良さが分かってたまるかよ」
2人は自分の事よりもギブンを悪く言われた事に機嫌を損ねる。
「う、うぅ、うぅ~ん……、ああ、あれお二人ともご無事でしたか、良かった……」
目を覚ますギブンはまだ朦朧としている。いつもより気さくに振る舞えている。
「ごめんなさい、ギブンさん。私はあなたを1人にするべきではありませんでした」
「全くだ。お前の判断は間違っていなかったのだろうが、結果としてこんなに心配する破目になったんだからな」
「あら、ブレリアさんだって、ギブンさんを侮っていたじゃあないですか」
「それはお前が、あたしに大事な情報を教えなかったからだろう」
「いえいえ、そもそもなぜ私だけが知り得た情報を、あなたにお渡ししたのですから、もっと感謝してくださいな」
「この!? 化けの皮を自ら剥ぎとりやがったな。あたしがギブンの〝魅力”に惹かれている事まで見抜いておいて、お前よくも!」
このやりとりの間に意識がハッキリとなるギブンは、2人の剣幕にまた怯えて縮こまってしまう。
「大体さっきのはなんだ! あたしが先に抱きつこうとしていたのを、あとからやって来て、人を押しのけておきながら、ギブンを抱きかかえるとは」
「早い者勝ちと言いたいのなら、抱きついたのは私の方が先ですわ」
2人の醜い奪い合いを見せつけられていた、王都冒険者の堪忍袋の緒が切れた。
「なんと嘆かわしい。この俺が認めた美貌を持ち、実力もあるあなたが、そのような下劣なヤツを、まさか本気で好いているのか!?」
「アタシら龍人に匹敵する虎人のお前が気にするようなヤツか? そいつが」
オリビアとブレリアは2人を睨んだ。
「あなた達はギブンさんに勝てはしません。なんなら今すぐ戦ってみてはどうでしょう?」
「オマエらはギブン1人に負けるだろうぜ。なんなら今から戦ってみたらどうなんだよ?」
その挑発は効果覿面。
アビセルとラビアスはギブンを力ずくで立ち上がらせ、宣戦布告をした。
事態の飲み込めないギブンに変わって、オリビアとブレリアが「望むところ」と応じた。




