STAGE☆14 「ぼっちの約束」
海が明るくなってきた。
この勢いを利用して海上に出て、魔力弾を打ち込む。
それが確実だと思うのだが。
「魔物がとんでもない数いるな! ダメだ、勢いを殺される」
溜まらず一度深くへ戻り、周囲の魔物を水魔法でやっつけながら考える。
「ちまちま戦ってたらゲートに届かない。でも水の魔法は今、使い始めたばっかだし……。可能な限り近付いて、俺が使える最大の魔法を全力で打つか」
ギブンが使える魔法で、最大の魔力量で打てるモノとなると。
「火魔法か、水の中だけど……。火を魔力だけで生み出すのって、どれだけの力が必要なんだ?」
あまり迷ってもいられない。
咄嗟の機転で、収納から野営用の火打ち石を取り出して、剣に打ち当て火花を散らす。
そこに呼び寄せられた火の妖精の力を借りて、膨らんだ炎を最下級の火魔法、火球を最大出力で放出した。
最大推進力で12mまで近付いての極大魔力弾。近くにいる魔物が蒸発する。
ギブンは全力で海底を目指す。
「よし! ゲートの反応が消えた」
上は顧みず、ギブンはどんどん下へ潜っていく。
「こっちなんだよ」
「マハーヌ?」
大きな音が水中に響き渡ったので出てきたようだ。
人魚の泳ぐスピードはまだ知らないが、マーマンと同じなら、ギブンが連れて行く方が早い。
男は手を伸ばす。人魚もそれに応える。
「行くぞ!」
風の結界があるから自分に近い方が安全に違いないと、ギブンはマハーヌを抱きかかえ、全力で人魚の住み処を目指す。
「はっ、はやはやはや! 早すぎるんだよぉ!?」
水の流れに目を回すマハーヌが、ギブンを強く抱きしめる。
「うわっ!? なんだこの衝撃は!」
海流を押しのける、魔力を伴った暴流に飲み込まれる。
「きゃぁーーー!」
驚くマハーヌの頭を抱え込み、風の結界を維持しながら水流の調整。
ギブンは火魔法に匹敵する、風魔法と水魔法の制御を覚えた。
「あそこなんだよ」
水の奔流を抜けだし、一気に海底へ。
「明るい……」
「ここには魔力を吸う岩石があるんだよ。あれには灯火を吸収させているんだよ」
エバーランスの町で見せてもらった事がある。街灯にも使われている魔石だとか。
「あれ? ここって空気が」
「うん、そうなんだよ。ここでは胸一杯に空気を吸い込めるんだよ」
人魚でもエラ呼吸より肺呼吸の方が楽なのだとか。
この世界の海の底には、こういった場所が所々にあるそうだ。
「マハーヌ!」
「エララ!? 無事だったんだよ。良かったよ」
「あなたこそ! ……そちらは?」
「助っ人を連れてきたんだよ」
ピンク色の鱗の人魚が現れ、ギブンを助っ人と知り、騒動の起きている場所に案内した。
「惨いな」
マーマンの死骸の数に対して、人魚の被害者の数が非常に多い。
「雄が頑張って戦ってくれたのですが、時間稼ぎにしかなりませんでした。私たち人魚は戦いに慣れてないんです」
女性達は奥の宮殿に避難していると言う。エララは危険を顧みず、見当たらないマハーヌを探ていたのだとか。
「隠れて!」
ギブンは索敵スキルで、大群が直ぐ側にあるのを察知する。
2人は遠回りで王宮へ向かうようにと、なんとか伝える事ができて、ギブンはマーマンの大群へと突っ込んでいく。
なんだお前はと言っているらしいマーマン。ギブンには翻訳能力が備わっているが、知能の少ない魔物の言葉までは理解できない。
一歩間に合わず目の前で、仲間を庇って殺されてしまう人魚の男性を見て、マーマンは敵として再認識すると問答無用で斬り掛かった。
海中でも何十匹と倒したが、マーマン如き風壁を解いたギブンの敵ではない。
立って戦う時もマーマンの手には銛。魔法も使うが威力もそこそこ。
「上で戦った連中の方がましだった気がするけど……」
実はマーマン、肺呼吸が得意ではなく、ここでは動きが鈍くなる。
人魚がなぜ、あんなに簡単に殺されるのかが謎だが、どちらにしてもギブンは敵を瞬殺するのみ。
「もしかして数の差か?」
確かにマーマンの連携は厄介だが、向かってくる個体を一撃で斬り殺せば、順番に捌いてもらおうと行列を作る魚の群れでしかない。
サーチできた数は72匹。数分後には食えない魚の切り身だけが足元を埋めていく。
「まだゴブリンやオークの方がましだったよな」
ギブンがエバーランス北の森近くで、ゴブリンを退治した頃に発生したこの海のゲート。
発生したマーマンは計り知れない。
とは言え、ギブンがここに到着する前から、兵士や冒険者が退治を始めていた。
「これで解決でいいのか?」
いやゲート事件は、そんな簡単に解決するものではない。
「でっかい反応がこっちに向かってくる。なんだこれは?」
大きさはサメやエイの比ではない。
「シロナガスクジラが、大体この何かくらいの大きさだよな」
ここにいては、人魚の住み処を壊されてしまう。
ギブンは風壁を張って、謎の魔力へと上昇する。
急いで浮上するが、人魚の住み処を出てものの十数秒で、目標の巨大生物と遭遇する。
「食物図鑑に載ってるみたいだな。……レヴィアタン。へぇ、かなりの美味と書いてある」
レヴィアタンの狙いはギブンじゃあない。いや、ギブンだけじゃあなかった。
「すげー食いっぷりじゃあないか。サメもエイもマーマンも見境なしかよ」
食物図鑑には人魚の項目があった。
この世のモノとは思えない美味しさで、マーマンが好んで狩りをする。
その事を知る人間が食したところ、たちまち血肉が爛れて朽ちた死骸になったと記載されている。
人魚の肉には毒がある。それはどのような生物をも死に至らしめる。ただ唯一、マーマンを除いてとある。
「もしかしてマーマンが腐臭を撒き散らしてるのって、人魚の肉を食ってるからなのか?」
それよりも食べ物にならないマーマンが食物図鑑に載る理由が、人魚肉にまつわる事柄で分かるなんて、全く持って驚きである。
「もしかしてマーマンって、人魚の毒を浄化できるのかも、でないとレヴィアタンでも人魚の毒で死ぬって言うのに、マーマンを平気で食せるのはおかしいよな」
これが終わったら、人魚の住み処で切り刻んだマーマン肉を回収してみよう。
と、余裕をかましている暇はない。
巨大な体は鯨か大蛇か、巨大な体に長い尾、トゲトゲの表面は無数の鱗に覆われて、見た目はかなり堅そうだ。
「一体どこからこんなバケモノが現れたんだ? ……もしかしてゲートからか。俺の火魔法で掻き消したんじゃあなかったのか!?」
あのゲートは間違いなく魔界に繋がっていたはずだ。
オークの巣で出てきた魔族は間抜けにもギブンに倒されたが、間違いなく目の前にいる魔獣なんかより巨大な魔力を有していた。
「あの時はラッキーにもあの魔族は油断して、俺の攻撃を無防備で受けてくれたけど、このレヴィアタン、倒せない相手とは思わないけど、手ごわそうだ。戦い方を工夫しないと」
ゴブリンの巣でも、オーガを相手にした時も、オークの大群を相手にした時だって、自動治癒のスキルが発動しなければ、ギブンはあっさりと殺されていたに違いない。
だけどもしあの巨大なバケモノに食われ、腹の中でじわじわ溶かされていくのだとしたら。
最初は生きていられるかもしれない。けれど溶かされ続けて魔力が底をついたら。
「食われて死んで、最後はケツから。冒険者はいつでも死と隣り合わせだとしても、その結末だけは絶対に回避したいよな」
レヴィアタンは大きく口を開け、巨大な咆哮と共に水の固まりを吐き出す。
水圧をモノともせず飛んでくる水塊は魔力量も半端ない。
しかしギブンはついさっきだが、水魔法を今できる最大にまで強化した。
水塊に潰されないよう、強く念じて水流操作をする。
「悪いけど、この水塊はもらうよ。この圧力を利用すれば、俺の水槍だって」
水槍は最下級の水魔法だが、魔力量次第で最強の槍となる。それもこの水塊を利用すれば。
「鋼鉄をも貫く!」
レヴィアタンは大きく吠えると強い衝撃が生まれるが、振動は強化された風壁に吸収される。
「こいつも使ってみるか!」
頭に新魔法が浮かんだ。分類場は風の中級魔法。しかしギブンが使えば。
「水の槍で鱗が随分削られたよな。そこを狙えば、こいつでダメージを与えられるかも。いくぞ! 風砲!!」
空気の固まりが、防御が薄くなったレヴィアタンの腹部に直撃した。




