STAGE☆13 「ぼっちの水中戦」
前世にあった噴射式の水中モーターをイメージして、一度エアドームに取り込んだ水を、ジェット噴射にして推進力を得るギブンに、マーマンは追いつく事ができない。
魔力を温存し、水圧のかかる剣を水平に構えて、魔物を粉砕していく。
しかし数だけはゴブリンやオークよりも多く、マーマンをこのまま相手にしていたら、ゲートが臨界を迎えてしまうかもしれないと思い、方向転換をする。
ゲートの消滅方法はオリビアに教えてもらった。強い魔力弾をぶつけ、ゲートが耐えられなければ消滅するという事だ。
どれだけの力が必要かは分からないが、女神様から貰ったチート能力なら、1人でもやれるはずだ。
「あれも魔物か? サメやエイにそっくりだけど」
サメ型の頭には光る角が生えていて、エイにそっくりな魔物のヒレも輝いている。
「あれは魔力の光? あれがあいつらの武器だな。でもあれって、もしかして食べられるかも」
ギブンの直感は大正解。
サメに似ているブレードシャーク、エイの形をしたエッジレイ、どちらも食物図鑑に載っている。
俄然やる気が出てきた。
「それにしてもこいつらって、旨いのかな?」
本当なら鯛とか鮃とかマグロが欲しいところだけど、とりあえずでも海の魚を食したい。
目標はあくまでゲートだが、立ちはだかる海獣は排除しなくてはならない。
ギブンは風刃で、ブレードシャークとエッジレイを捌く。
切り刻んだ身は異次元収納へ。
しかし目の前の2匹に集中しすぎて、他の魔物に囲まれている事に気付けなかった。
「うぶわっ!?」
サメの体当たりに、風の結界は散り散りにされてしまう。
(やばっ!)
風刃は風壁の中に空気が溜まっていたから生み出す事ができた。
マーマン相手には手が届いていた剣が役に立たない。
それよりも呼吸だ。
しかし結界が消えて新たにエアドームを作り出そうとしても、風の種がどこにもない。
しかもそれなりに深く潜ってしまっている。
ギブンの息が海面まで保つのか。それ以前に魔物の包囲を抜けられるのか?
悩んでいる暇はなかった。
サメの刀のような角と、エイの光るヒレの攻撃を受け、ギブンは負傷する。
いや、怪我の具合なんてたかがしれている。
それよりも今の攻撃で、肺や腹に残っていた空気を全部吐きだしてしまった。
気が遠くなるギブン。
周囲の魔物は尚も男を襲うのだった。
「なぁ、オリビア!」
「どう、されましたか、ふっ! ブレリアさん」
「ギブンのヤローだが、せぇぇい! 1人にしちまったが、ふん! 心配ないだろうか、せいや!」
「心配せずとも、はっ! 彼なら大丈夫でしょう、やぁあああ!」
「なんの根拠があるんだよ! だぁあああ!」
浜辺の防衛を任された2人は、背中を互いに預けながらマーマンと戦う。
単体なら恐れる事はないが、連携を得意とするマーマンは群れになられると厄介だ。
ギブンの食物図鑑にも載っておらず、この魚肉は腐臭を撒き散らし、山のような死骸から沸く死臭は、息もできないほどに濃度を増していく。
「一度下がりましょう」
「同感だ」
2人は1つ後ろの防衛戦に下がり、オリビアが合図をした。
仲間の冒険者達は一斉に砂浜から待避して、打ち合わせ通り、魔法師団が水の魔法で海岸を洗い流した。
「突っ込むぞ!」
ブレリアの号令で、冒険者達は再び砂浜に押し寄せるマーマンを蹴散らしに飛び出した。
意識の遠のいたギブンは息を吹き返していた。
「ここは……」
「ここは海と繋がる洞穴です」
「えっ、誰?」
女性の声? 海と繋がる洞窟? ギブンが横たわっているのはゴツゴツとした岩の上。だけど息はできる。
この洞穴はどうやら地上にも繋がっていて、空気はあるようだ。
「……いたっ!?」
「大丈夫なんだよ?」
ボーッとしていた頭が、痛みでハッキリとしてくる。意識が戻ると同時に治癒スキルが発動して、傷が癒えていく。
「えっ、人魚!?」
「えーっと、私はマハーヌって言うんだよ。この海の底に住む人魚なんだよ」
上半身が人間で下半身が魚。人の形をした魚、マーマンとは違う。美しい容姿に思わず見とれてしまう。
「って、は、はだ、か……」
「なんなんだよ? ちょっと聞きそびれてしまったんだよ」
「ああ、いや、その、……気にしないで、いや、気にして、肩まで、水に、浸かって……」
「あっ、そうだったんだよ。人間はこれが気になるって言ってたんだよ」
男は目を背けるように穴の中を眺める。灯火の光。ギブンのモノではない。
「これは、君が?」
「うん、そうだよ。私が出したんだよ。でも精霊魔法はあまり得意じゃあないんだよ」
赤髪の人魚は鱗も赤い。この色合いはもしかして鯛なのでは。
幼い顔をしているが、胸元は立派な大人の体をしている。
不埒な事を考えるギブンは、意を決して「いったいどうなったのか、教えて欲しい」と早口で聞いてみた。
「うん、あなたは魔物を2匹退治したんだよ。でもその後の攻撃で気を失ったんだよ。だからここへお連れてきたんだよ」
マハーヌに助けてもらえたお陰で、始まったばかりの第二の人生を終えることなく済んだのは幸運だった。
「君は、ここで何を……って、君も怪我をしているじゃあないか!」
再生でマハーヌの怪我を急いで治療する。
「あっ、ありがとうなんだよ」
「おれこそ、ありが、とう」
下手をすれば自分だって死んでいたかもしれないのに、そもそもどうしてあんな所にいたのか?
「あなた、すごく強いんだよ。お願いだから、魔物から私たちの住み処を救って欲しいんだよ。さっきのは油断だよね? でもあなたは、あの海獣より強いはずなんだよ」
そうだ。魔物の脅威にさらされているのは、何も人間の町だけではない。
「住み処を救って欲しくて、浜辺で戦っている人達にお願いしようと、必死に泳いでいたら、あなたを見つけたんだよ」
肩を振るわせている。
魔法を使えると言っても、この数の魔物を片付ける自信はないようだ。
「俺は、ゲートを、消滅させる」
「えっ、それじゃあ私たちは……」
「それから、海底に、潜る」
目線さえ外していれば喋れる。ギブンが少しは人と向き合えるようになれたのは、あの2人の冒険者のお陰だと感謝した。
「じゃあ!」
マハーヌの表情が明るくなる。勢いを付けて跳びはねてギブンに抱きつく。
体勢を維持できずギブンは水の中に落ちた。
「ご、ごめんなさいなんだよ」
「いや、いい。時間が、ない」
ギブンは洞穴内の空気を使って、風壁を唱えて、再びエアドームの中に入った。
先ほどのは油断という寄り、邪念が招いた失敗だ。
食材は確保した。
後は冷静になって戦い方も変えてみる。
ここは海の中なのだから、利用するのは風でない方がいい。
触媒の乏しい風刃ではなく、無限に広がる海の恵みで戦うべきだった。
「いけ、水槍!」
最初に倒したマーマンから得た経験値で、水魔法のレベルを上げて新しいスキルを取得した。
一撃でエッジレイを貫き、その後ろにいた同じくエッジレイとブレイドシャークを一気に撃沈した。
「こいつも試そう。水刃!」
切れ味抜群の水の刃で巨大魚を捌いていく。
「流石、流石なんだよ」
洞穴辺りでギブンの戦いぶりを見て喜ぶマハーヌの姿が見える。
ギブンをまた包囲しようとしていた魔物達が散開する。
「まずい! 水槍連弾!!」
一匹のブレードシャークがマハーヌを見つけて、襲いかかろうとするのを、粉微塵になるまで貫き続けた。
マハーヌは驚きのあまり、動けずにいたが、ここにいてはギブンの足を引っ張ると知り、洞穴内に身を隠してくれた。
「油断は禁物だ。けど一気にゲートを潰して海底に向かうぞ」
ギブンはジェット噴射を全開にして、光り輝く海面を目指した。




