STAGE☆117 「ぼっち男の観察記」
勇者ジオウは姿を消した、後方の3人の気配を追って、ギブンが道を隠すために動かした岩を剣で粉砕した。
「おおっと、これは僥倖」
後衛を分断してみたはいいものの、そこからどうやって勇者を孤立させるか、まだ何のプランも浮かんでいなかった。
けれど勇者は独りで、まだエレメントと戦っている他の仲間を置いて、隠し通路に入ってくれた。
ギブンはこのチャンスを逃すことなく、ジオウが粉々にした岩を、他のメンバーに気付かれる前に元へ戻した。
「オリビア達には悪いけど、もうしばらくエレメントと遊んでいてもらおう」
勇者が単独で進むのは、後衛の3人を隔離したのとは別の道。
「15階層くらいでいいかな。ここまで来た勇者なら、多少は手荒にしたって問題ないとは思うけど、……とりあえずワイバーンでもぶつけてみるか」
ダンジョンは30階層まで設定されてあるけど、その実ハリボテのようなもので、20階層くらいでよかったのに、ピシュの込めた魔力量に応えて、無駄に広い空間が生まれてしまったのだ。
ここに入った瞬間にそれを感じ取ったギブンは直ぐにバサラと念話を交わし、自作自演で3姉妹を欺き、この状況を利用して勇者パーティーをおびき寄せた。
「これがダンジョン生成の法具か。この中にいれば仲間とも自在に繋がる。って、勇者パーティーに組み込まれてるからか? オリビア達と繋がらないじゃないか」
新しい玩具にはしゃぐギブン。
「ここでババーンとレッドドラゴンだの、ブルードラゴンだのを呼び出せればなぁ」
法具を持つ手をくるくる捻って、四方八方から眺めてみる。
「このゲームは魔王サイドで進めると、勇者を打ち破る罠を構築するシミュレーションゲームになる。っていうのなら、ゴール寸前なんだからドラゴンくらいは呼び出せると思ったんだがな」
テンケからの情報やエミリアの偵察を元に考えて、勇者達は順調にロールプレイングゲームを攻略してきている。
最終局面となる魔王城に到着するまでは、勇者パーティーである限り、死んでも生き返るらしい。
勇者が敗れたとしても、セーブポイントからやり直しができるようだ。
「向こうはゲーム特有のチートが発動してるのに、こっちは元のゲーム設定のまんまでないようなのは、いったいなんでなんだ?」
ギブンは首を傾げているが、この世界の魔王はピシュなのだから、魔王の法具をギブンが使える事がおかしいのだ。
「そろそろ着いたかな?」
ギブンは15層に移動した、勇者対ワイバーン戦を間近で観ようと。
少し細工して他よりも天井の高くて広いエリアへ変更する。
「ワイバーンとってはこれでもまだ狭いだろうけど、別にここで勇者を倒したい訳じゃあないしな」
ピシュが戦って勝てると判断すれば、勇者にこれ以上ちょっかいを出す必要はない。
「ノーマルのワイバーンと、魔法力の高いレッドワイバーン、オリハルコンより硬い鱗を持つ、格闘戦に特化したブラックワイバーン。これくらいでいいか」
狭いダンジョン内を飛び回る3匹を前に、勇者は驚く様子も見せずに剣を抜いた。
「お手並み拝見だな」
普通、ワイバーンを単独で討伐するなんて、考える冒険者はいない。
しっかり装備を調え、戦闘訓練を積み重ねた王国兵士だって、一匹相手に討伐部隊を編成して対処にあたるもんだ。
緑色のお馴染みワイバーンの鱗だって、ダイヤモンド並みの強度を持っている。
その鱗は翼にも付いている。それを勇者は一振りで大きく裂いた。
「剣に風の魔力を纏わせたのか。すごい斬れ味だな」
勇者の持つ聖剣はどんな魔法も吸収し、剣戟に上乗せできる特殊効果を持つ。
それは持ち主自身が込めた魔力でも同じ、勇者は風刃の魔法を剣に吸収させた。
「飛べないワイバーンに、これ以上できる事はないか」
他の2体がフォローする間もなくワイバーンは倒された。
「それじゃあ次は、魔法対応力を見せてもらおう」
レッドワイバーンは可能な限り距離を取り、高い位置に制止して火球を連続で飛ばした。
1つ1つが中級以上の火球。
「なんだ、今のは!? ……あの鎧が魔法を掻き消した?」
ギブンはレッドワイバーンをもう一体投入。高濃度の魔力共鳴で赤飛竜は最上位の火炎弾を、雨のように勇者へ浴びせた。
「今度は剣と魔法で払いのけたか。と同時にレッドワイバーン2体を瞬殺」
魔法を掻き消す鎧の能力には限界があり、高濃度の魔力で生み出した魔法攻撃には対応しきれない。それが分かっただけ、レッドワイバーンは良い仕事をしてくれたと言える。
「さぁ~て、この法具で生み出せる、最高位魔獣であるブラックワイバーンとどう戦う?」
いかに研ぎ澄まされた剣でも傷1つ付けられない鱗、例え魔法を付与したところで一撃とはいかないはずだ。
「聖剣の力も凄まじいのだろうけど、オリビア並みの剣技に魔法付与、まさかあんなに軽くブラックワイバーンの体に傷をつけるなんてな」
強固なだけでなく、魔法の通りにくい鱗を持つ黒飛竜の爪攻撃をあっさり弾いて、竜の足を簡単に斬り落としてしまう。
「ゴールの魔王城も、もう目と鼻の先だもんな。これくらいできて当然か。……もう少しデータが欲しいところだけど」
「ミラウ! コアンナ! フスフさん!?」
ジオウは仲間が消えた事に気付き、迷わず単独行動を取る。
「こんな所に隠し通路が?」
戦っているみんなに声を掛けることなく、勇者は通路に入っていく。
まさか砕いた岩が直ぐに修復して、通路を塞ぐとは考えもせず、援軍は断たれたことを知らないまま、どんどんと奥へ向かう。
「長いな。どこまで続いているんだ?」
まさかこの時点で魔法に掛かっていて、時間の感覚が狂わせられている事に気付いていないジオウは、自分が15層まで潜っている事に気付いていない。
「広いな。それに高い。……彼女らはどこなんだ?」
ここまで3人の気配を追ってきた。この先にいる事は間違いない。
と思わされているジオウが、自分を疑う事はない。
「また横穴? 道は間違っていなさそうだけど、そんなに離されてるのか? 3人を攫ったヤツは何者なんだ?」
悩んでいる間はない。走り出すジオウの頭上を何かが通り過ぎる。
ダンジョンはどこでもそうだが、天井も壁も床の全ての岩肌が等しく光を放っている。
だから頭の上を何かが通り過ぎても、そのものの影はどこにも浮かばない。
けれどジオウは気配察知を持っている。上を向くとそこには。
「こんな狭いところにワイバーン!?」
勇者パーティーはワイバーンの群れとの戦闘経験がある。
「って、色違いがいるなんて聞いた事ないぞ」
15階層には障害物がなく拓けている。
だからと言ってワイバーンが3匹も飛び回れるほどの広さはない。
赤と黒の2匹は翼を畳んで着地、高みの見物といったところだ。
「緑のワイバーン、あれが相手か……速いな。それになんて旋回能力だ」
旋回能力も高いが、速度を全く落とすことなく、壁に足をついて方向転換することもできるようだ。
「時間を取られる訳にはいかないんだ!」
ジオウは剣を抜く。聖剣レベンデェート、レベルが100を越えて挑んだ女神アブローシュアンの試練。見事にとっばして授かりし剣。
魔力を込める事で、その破壊力を爆発的に向上させる特殊な剣。
「悪いが直ぐに終わらせる」
飛んでくる飛竜に向かって上段の構えから振り下ろす。どう見たって届くはずのない高さにいる相手の翼を、勇者は見事に切り裂いてみせた。
「翼を無くせば飛ぶ事はできないだろう」
飛べなくなった飛竜はまだ戦意を失っておらず、ジオウは今一度、風刃の魔力を聖剣に込めて振り放った。
剣から飛び出した風の刃は、飛べないワイバーンの息の根をとめた。
「俺1人でもやれたじゃんか。これなら群れで掛かってこられても、全然問題ないんじゃあないか?」
以前は5人がかりで、全員が死に戻りをしてしまったワイバーンに1人で圧勝することができた。
「次はどっちだ!」
自信に満ちた顔を上げ、動かずにいた2匹を睨む。
先に動いたのは赤い方だった。
「魔法!? しかもこれは、かなり強いぞ!?」
レッドワイバーンが口を開けて、大きな火球を生み、こちらに向けて吐き出してきた。
「この程度なら!」
女神アブローシュアンからの更なる賜り物。どこまで耐えられるのか、試してみるのも悪くはない。
「すごいな。これってミラウの防御魔法よりも、強いんじゃあないか?」
今度はこちらの番だ。先ほど同様に風を纏わせようとした、その時!?
「レッドワイバーンが2匹だと!? いったいどこから?」
2匹のレッドワイバーンは協力して、更に大きな火球を生み出した。
「この魔力の強さは、上位クラス」
ジオウは地面を蹴った。あれを鎧が持つ女神の加護だけで防ぎきれる保証はない。
剣戟を、魔法を、2匹のレッドワイバーンに乱れ撃ちする。
「剣も魔法もガランドやミラウには敵わないけど、俺だって」
降り注ぐ火の雨を払いながら、今度はこちらからレッドワイバーンに反撃する。
敵以上の手数で押し切り、2匹の赤飛竜は消滅した。
「今度はお前だぁ!!」
ジオウは聖剣レベンデェートにありったけの魔力を込めて、ブラックワイバーンに斬り掛かった。




