STAGE☆103 「ぼっち男と新たな挑戦者」
いよいよ第一回戦も最終戦。
魔王ピシュ=モーガン対騎士兼冒険者オリビア・フォード・グラアナ。
「魔法使いと剣士の戦いか」
「広さが制限された場所でとなると、普通は魔法使いが不利になるでしょうね」
アイシェはギブンの肩に腰掛け、アーモンドのような実をかじっている。
「けれどピシュには、瞬間移動も遠距離発動魔法もあるしな」
審判として公平でいようとするアイシェに、ギブンは忌憚ない意見を述べる。
「さっき以上の面白い対戦が観られるんじゃあないか?」
「ちょっと待ってください!」
突然、大広間の扉が開かれる。
「って、ビギナ?」
魔界にある龍人の里、魔王軍に対抗するために同盟を結んだ、龍人族族長の娘であるビギナが、ギブンの障壁を中和して広間に入ってきた。ギブンが会ったことのある魔法使いで、ピシュに次ぐ実力ある術師だ。
「どうした? 何かあったのか?」
魔族と人間の争いは終結したはず、彼女は何を慌てているのだろうか?
「何かも何も、私も入れてください」
「私もって?」
突然現れて、入れるの入れないのと言われても……。
「もしかして貴女もギブンに入れてほしいの?」
「はい! ギブンさんに入れてもらえるなら、ぜひ!」
今の受け答えに反応したのは、対決中の彼女たち。
「けどもう、イベントは始めちゃってるし、いまさらそんな事を言われても……」
ギブンはみんなのいる方に目をやる。
「いいんじゃあない? 権利は平等、ギブンに関りがあるっていうなら、その子にもチャンスは与えるべきだわ」
試合前で少しピリピリしていたピシュが、投げやりな態度でOKを出す。後ろのみんなも首を縦に振る。
「そいつはかまわんが、どこに放り込むんだ?」
ギブンの隣に来て、バサラが口を挟む。
「バサラ、あなたまだ余力があるでしょ?」
「って、おい! ラージ様の前で……」
「気を遣わなくて構わんよ。確かにさっきの私は不甲斐なかった」
技もへったくれもない。剣を交えた途端にポッキリ折れてしまったのだから。
「まともに戦っていないと言うが、それならそもそも、開始の合図すらなく終わった組があるだろ」
ふてくされる上司を放っておいて、バサラがイベントにかまける事はできない。
バサラは厄介事をテンケに回した。
急な展開に慌てることなく、テンケはOKする。
「途中参加は良いけど、ビギナだっけ? 貴女は使役する魔物とかいるの?」
女性陣が話し合って決めた、魔獣同調する魔物との融合が解けたら負けと言うルール。
「従魔ですか? そんなのはいません」
「それじゃあ武器は?」
急遽参戦することになったラージのための追加ルールに乗っ取る。
「里にいた頃は使ってたんですけどね。剣に呪いが掛かっているなんて思いもせずに。今は魔法で戦っています。炎なら口からも吐けるし」
普通の龍人族はドラゴンブレスを吐いたりはできない。それはビギナの固有スキルである。
「父様はろくな事をしないので、向こうの武器は置いて来ました。こちらで武器を揃えようとは思ってます。剣なら扱えるので」
ここで対戦は一時中断して森に出る。ビギナのための魔物をテイムするために。
「はじめてきた時から思ってましたけど、この森は本当に人間界と思えないくらい、上級モンスターが闊歩してますよね」
「……その喋り方って、窮屈なんっすよね」
「ちょっ!? テンケさん」
「聞いてるよビギナ。俺達にかしこまることはないさ。気楽に接してくれ」
「……いいえ、これもまた私の自然体なんです」
敬語を使う使わない、気を遣う使わないも自然な振る舞いなのだ。
話題を元に戻して、どんな魔物をテイムするかを話し合う。
「それはそうですね、私より強い魔物がいいです」
「……キミはテイムするというスキルをなんだと思ってるんだ?」
弱い魔物となら、最初から逆らわず契約できる。
しかし強い魔物でもテイムは可能である。言う事を聞くまで弱らせるばいいのだ。
「テイムはあなたがしてくれるのでしょ、ギブン」
「そうだけど?」
「あなたは私より強いのだから、私より強い魔物だってテイムできますよね」
確かにギブンならビギナより強い魔物と契約できる。けれど……。
「やっぱり思い違いをしているな。俺が強い魔物をテイムしたとしても、契約者がが格下だと分かれば、従魔にしても従ってくれない。なんて事になるんだぞ」
戦っても勝てない相手だと魔物が理解してこそ、契約者の命令を聞いてくれるようになる。
アミュレットで減退されていたビギナだが、そうでなくても彼女とギブンの実力差はまだ大きい。
「そう、なんですね。……だったらしょうがないです。あのベビードラゴンで手を打ちます」
ビギナが指さしたのは、親子連れのレッドドラゴン。
もしかして親の方を狙っていたのだろうか?
それは置いておいて、ベビードラゴンのテイムをとなると、結局のところ親ドラゴンもどうにかしなくてはならないと言うことになる。
「俺にレッドドラゴンを屈服させろと?」
未だ戦ったことのない相手だが、生物の頂点に立つドラゴンをである。
中でもレッドドラゴンは、同じドラゴン族の中でも上位に位置する。
ベビードラゴンを手に入れるだけなら、最悪全員で総攻撃をかけて、親を倒してしまうのもいい。
だけどそれはしたくはない。
竜族とは可能な限り事を構えたくはない。
『なにか用か人間、我にそのような敵意を向ける娘を連れて』
上位のドラゴンは人語を介するが、喋れる声帯を持っているわけではない。
「これが念話ってヤツか。とそれよりもピシュ、敵意って……」
「うっ、ついゲーマーとしての血が滾ったというか、ドラゴンスレイヤーって称号、あなただって欲しかったでしょ」
「ああ、うん。それなら分かるけど、今は自重してくれ」
レッドドラゴンの念話は、エリア内にいる離れた場所の仲間に届かせることができるという。
一体と戦うと言うことは、一帯のドラゴンと戦うに等しいのだ。
「ビギナ、他のにしよう。できれば言葉を理解できない程度の……」
「ダメなんですか? あの仔、あんなにかわいいのに……」
ダメだと言われる理由は理解できるが、一度欲しいと思ってしまったから切り替えるのが難しい。
「強さがダメなら、せめてかわいい仔がいいんです。正にあのベビードラゴンのように」
「強さは生まれ持ったものが全て。ではないっすよ」
テンケがギブンとビギナの間に立った。
「最初は弱くても育てて強くする。これもまた一興ってもんっす」
勇者と別れてギブンに拾われ、短い間に成長する自分を実感しているテンケは、得意げに強くなる楽しさをビギナに語った。
「つまりあのレッドドラゴンの赤ちゃんも、私が強くすればいいということですね」
不毛な時間だった。ビギナはもうあのベビードラゴンしか見えていないようだ。
「どうするの、ギブン? 親ドラゴンが仲間に連絡ができないくらい、瞬殺でやっつけちゃう?」
ピシュはまだドラゴンスレイヤーの称号を諦めていない。
「そんなリスキーなことできるわけないだろ。目の前にいるのがファイアドラゴンや、ブリザードドラゴンみたいに、知能レベルが低ければ、その手もアリだろうけど」
それよりなぜ、この魔物の森に上位の竜族がいるのかだ。
確かに上級魔物がウジャウジャいる森ではあるが、最初に数日迷い歩いた時には、このような上位生命体に出会すことも、こんな膨大な魔力を探知することもなかった。
「ここにいるドラゴンはあなた方だけなのか?」
『……うむ、そうだ。我らは名持ちの竜、ウルドラウドに住み処を追われ、この地に逃げ延びてきた』
ウルドラウド、エバーランス冒険者ギルドの書庫でみた、モンスター図鑑で読んだ覚えがある龍の名だ。
「名持ちの竜ウルドラウド、確か北の果てにある大地に唯一体で生きる、凍結竜の二つ名を持つ、最上位の一角にある龍だよな」
『ふむ、その極界の竜がなぜか我らの住み処に現われ、問答無用で大暴れして、仲間を次々に殺めていきおった。半数ほどを失ったあたりで雄が我ら、子持ちの雌を逃がしてくれた。我らは命からがら逃げだし、ここにたどり着いたのだ』
今は産卵期らしく、逃げ出した雌竜のほとんどが卵を抱いていた。
いち早くベビードラゴンを産み落としたこのレッドドラゴンは、更に遠くへ逃げようとして辿り着いたこの森で、ギブン達に出会した。
『……お主とお主、どう足掻いても我では勝てそうにない。どうか見逃してはくれまいか』
戦ってもいないのに、親竜はギブンとピシュに恐れをなしている。
「キミらの住み処っていうのは遠いのか?」
ギブンは閃いた。これならもしかしたらと……。




