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古都の暁月  作者: 夜桜
1/1

 1 はじまり

よろしくお願いします

 豪華絢爛たる宮の一室にて、紫月(しづき)は東宮妃の額に浮かんだ汗を拭った。


 これで山は越えただろうか。


 ふぅ、と息を吐く。


 東宮妃が住まう藤桜宮で、しがない呪術師である紫月がこうして東宮妃付きの女官の()()をしているのには訳がある。  


 



 




 「起きろ、紫月。もう日が昇ってる」


 聞き慣れた声に起こされ、意識が覚醒する。


「ん、おはよぅ、父さん」 


 目を擦りながらのっそりと紫月は起き上がった。

 声のした方を見ると、既に質素ながらも朝食の準備がされている。ふわりと香り立つ味噌の匂いが食欲をそそる。


「全く、寝坊助だなぁ紫月は。一体昨日はいつまで起きてたんだ?」

「大体丑一刻ぐらい?…、ていうか、兄さんにこそ言われたくないんだけど。いつも寝坊するのは兄さんでしょ」


 兄、(あさひ)が揶揄う様に言った言葉にツンとして紫月は返した。


 今日はたまたま、遅くまで本を読んでいたから、寝坊してしまっただけだ。普段、旭の方が寝汚い癖にそう言われるのは少し、いや、かなり腹が立つ。


「はは、まぁそう拗ねるなって」


 と、旭は軽く笑い飛ばす。

 じと、っと旭を睨みながら汁物をすすった。


 うん、美味しい。


 お湯に味噌をといて、菜葉を入れて煮ただけのものだが、美味だ。贅沢は出来ない暮らしだが、ご飯は美味しいに限る。


 ウチは、陰陽師の様な仕事をやっている。陰陽寮に所属している訳ではないので、正式な陰陽師ではないのだが。基本的にまじないを込めたお守りを売ったり、頼まれれば祈祷もやっている。端的に言ってしまえば呪術師、というやつだ。父、源蔵は大変優秀な腕を持っているので、貴族などもわざわざウチを訪ねてくる事もある。


 まぁ、父さんは無愛想かつ対人関係は不器用なのであまり繁盛はしてないのだけれど。


 紫月も大概無愛想なのだが、そこは父さんの背中を見て育ったので似てしまった、ということだろう。

 今のところ食い扶持には困ってないので無問題だ。

 紫月や源蔵と比べて、旭は愛想がいい。接客の類は全て旭に任せきりだった。


 とはいえ、呪術師としての仕事の本分はもちろん、呪いに関する事だ。これに関してはまだ紫月に部がある。源蔵と同様に呪術師だった母の血を濃く受け継いだ為か、紫月の呪術に関する才は目を見張るほどだ。


 パパッと朝食を済ませ、食器を片付ける。

 もうそろそろ、お客さんがくる時間だ。


「いつもありがとうねぇ。源蔵さんのところのはよく効くから助かるよ」


 最近、肩凝りや体の怠さがある、と言っていたお婆さんが笑顔でお守りを受け取って帰る。


「いえいえ、こちらこそ毎度ありがとうございます。お大事に〜」


 旭がニコニコと笑いながらそのおばあちゃんの背を見送った。


 此処には色んな事情を抱えた人がやってくる。慢性的な体の不調に悩む人も、或いは色事に悩む人も。人を呪うような事は受られないけれど、そういった人達が笑顔で帰っていくのを見ると嬉しくなる。


こんにちは、源蔵さん。いつものお札をいただけるかしら?」


「あ、いらっしゃい、紅葉(こうよう)さん」


 中流階級の奥方である紅葉の来訪に、紫月も表に出る。

 紅葉は源蔵が呪術師を始めるより前からの知人らしく、こうしてわざわざ下町にあるここまで訪ねてきてくれるのだ。


 ちなみに、紫月が読み書きができるのは紅葉のおかげである。幼い頃よりの付き合いである紅葉は、紫月や旭のことも大変かわいがってくれて、我が子のように接してくれた。昨日紫月が読んでいた本も紅葉が持ってきてくれたものである。


「あら紫月ちゃん。少し顔色が悪いようだけど、大丈夫かしら?」


 そういった紅葉のうしろに、ひょこっと顔が現れた。

 紅葉の息子であり、紫月の幼馴染みである結弦(ゆづる)だ。


「ほんとだ。大丈夫?」


 少し心配そうに言った二人に軽く首を振って笑う。


「全然大した事ないですから。昨日、少し夜更ししてしまったんです」


 紫月がそう言うと二人は安心したようにわらった。


「それなら、いいのだけれど…。あら、そうだわ。今日は市で見せ物があるんですって。なんでも、天朝の方からやって来た芸人がいるとか。結弦と二人で行って来てはどうかしら?」


 天朝、とは此処黎明の国の海の向こうにある国だ。芸術肌の人物が多く、そういった方面で天朝の右に出る国はいない。


 紫月は紅葉の言葉に一も二もなく頷いた。

 天朝の芸人が見れる機会なんて此処都でも少ない。


「はい、見に行って来ますね!」


 元より店番は旭の担当であるし、今日は紫月一人抜けようとも大事ないだろう。


 さてどんな見せ物なのかと思って市にやってくると、向こうの通りから黄色い声が上がった。


 あれ、天朝の芸人じゃない?


 流石に芸人に対して恋する乙女みたいな声は出ないだろう、と思って半分好奇心、もう半分は野次馬根性で見にいってみる。

 

「うわぁ」


 そこで目にしたものに、思わず声を漏らした。


 人だかりの先にいたのは、凄まじい美人だった。紺色の髪を緩く纏めて、流している姿はたとえどんな華やかな女性でも霞んでしまう。前髪が軽く左目にかかっていて儚げな雰囲気を纏っているその美人は未亡人の様な気さえ感じる。


 あっ、でも男性なんだ。


 その美人はなんと男性用の着物を着ている。身長も女性にしては高すぎた。


 なんて勿体無い…。


 そんな感想が、つい溢れた。


 女性だったら、傾国の美女になれたのではないか、とも思うほど美貌である。


 いや、国を滅ぼされても困るのだが。


 そこで紫月はある事に気づいた。


()()()()()()()()()


 今は姿は見えないが取り憑いている、という痕跡がはっきりと残っている。その人に憑いていたのは女の霊だろうか。なんとなく、執念の類が女性っぽいのでそう思っただけだが。


 やれやれ、モテる男は大変だなぁ。


 知らず知らずのうちにため息が出た。


 まぁ呪ったのは素人だろう。精々が相手に疲労と倦怠感、酷くて無気力になる程度だ。このまま憑かれ続ければ最悪の事態になるかもしれないが流石にそうなる前に陰陽師にでも除霊を頼むだろう。


 見たところこの人相当育ちが良いお貴族様っぽいし。


 紫月が祓うまでもない。というか、此処で祓えば不審な目で見られる。


 そんなのはごめんだね。


 薄情かもしれないがそれが現実である。面倒ごとに首は突っ込みたくない。

 

 私がそこを立ち去ろうとすると、さっきの言葉が聞こえていたらしい、結弦が「良いの?」と、問いかけてくる。


 私は軽く頷くと、口を開いた。


「うん、別に命に関わるようなものじゃないし。第一、下手に首突っ込んだら父さんに叱られちゃう」


 当初、源蔵はあまり紫月に呪術を教えたがらなかった。この道は普通のそれからは外れている。そこに紫月を引き込むのを源蔵は良しとしなかった。それでも、今紫月が呪術を習い、扱っているのはひとえに自衛の為である。物怪や(あやかし)、怨霊に襲われた時、対抗手段を持っているのと持っていないのでは生存率が段違いなのだ。


 そういう訳で、紫月はあまり自分からは積極的に被呪者に関わっていく事はない。


 まぁ、依頼されれば話は別だけど。


 とはいえ、紫月も呪術を生業にしようと考える程には呪術への興味は持っている。それが、複雑で奇妙で有れば有るほど良い。


 紫月の呪術への好奇心。それは幼子の抱く探究心と同様で、尽きる事は無い。


 この出会いこそが紫月の運命を変えるものだったとはまだ知らず、紫月は面白いものがそこらにないか、と思いながらぐぐっと、背伸びをした。

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