公爵令嬢イライザの失恋~妹に婚約者も王妃の地位も何もかも譲ったけれど妹の元婚約者からは真実の愛を捧げられました~
◇◇◇
「ククール!レオン殿下がいらっしゃってるなら早く教えてよ!お待たせしちゃったじゃないの」
今日は約束をしていなかったのに、わざわざイライザに逢いに来てくれたのだろうか。逸る心を抑え、応接室のドアの前に立つ。
しかし、イライザが来たというのに、ドアの前に立つ護衛はちっともドアを開けてくれない。
「……どうしたの?殿下がいらっしゃってるんでしょう。早くドアを開けてちょうだい」
「いえ、そのう。殿下は少々お取り込み中のようでして……」
変に歯切れの悪い護衛の言葉を不審に思ったイライザは、思いきって自分でドアを開け放つ。
次の瞬間目に飛び込んで来たのは、妹マリーが、イライザの婚約者であるレオン殿下と抱き合っている姿だった。
イライザの姿に気が付いた二人は、気まずそうにさっと離れる。
「……マリー、どうしてあなたがここにいるの?」
「そ、それは……」
「イライザ、理由は俺から話す」
しかし、黙って二人の顔を見つめていたイライザは、くるりと踵を返して走りだした。
「お姉さま!?」
「イライザ!?」
階段に足を掛けたところで、後ろから追いかけてきていたククールも焦って声をかける。
「イライザ様!階段を走って降りると危ないですよ!」
しかし、その次の瞬間、イライザの体は宙を舞っていた。
「きゃ、きゃーーーーーつ!!!お、お姉さま!お姉さま!」
「イライザ!しっかりしろ!」
「イライザ様!早く!早く医者を呼ぶんだっ!」
そこで、イライザの意識はプツリと途切れた。
◇◇◇
「何も……覚えてないと言うのですか?」
デモン公爵の言葉に、レオン王子は息を呑んだ。
「ええ。残念ながら、幼いときの記憶しか思い出せないようで。殿下のことも思い出せないと……」
「そんな……」
「イライザはこのまま領地で療養させる予定です。残念ですが、レオン殿下との婚約は破棄させて頂きたい」
「……分かりました」
「殿下には色々と思うこともおありでしょうが、元々二人の婚約は両家の結び付きを強めるためのもの。幸い我が家には娘がもう一人おります。王命に従い、妹のマリーとの婚約を進めてもよろしいでしょうか」
「……はい」
「マリーも、それでいいな」
デモン公爵は、隣で小さくなっているマリーにも承諾を促す。
「で、でも、それではお姉さまが……」
「言っただろう。結婚の予定は来年に迫っている。今の状態のイライザに殿下との結婚は無理だ。お前とて公爵家の娘。イライザのためにも、立派に役目を果たしてこい」
「……はい」
複雑な表情を浮かべる二人の顔を、公爵本人もまた、複雑な顔で見つめていた。
「イライザは当面ククールに任せることにした。あいつは、優秀な男だ。お前と結婚させ、ゆくゆくは二人に公爵家を継がせようと考えていたのだがな……全く、上手く行かんものだ」
◇◇◇
「見て!ククール!羊の群れだわ!」
長い髪を靡かせ、嬉しそうに振り返ったイライザを、ククールは呆れた顔で見つめる。
「もう!いつまでも膨れっ面しないの。ククールまで私に付き合わせちゃったのは謝るから」
「どうしてあんな真似をしたんですか」
「あんな真似?」
イライザはこてんと首をかしげる。
「……わざと、階段から落ちたでしょう」
ククールの言葉に、今度はチラリと舌を出した。
「バレてたか」
「バレてたか、じゃありません!打ち所が悪かったら死んでたんですよ!」
「いやね。私があれしきのことで死ぬわけないじゃない。落ちたっていってもたいした高さじゃないわ。小さい頃よく一緒に階段から飛び降りて遊んだでしょう」
「その度に俺は旦那様から大目玉でしたがね」
「アハハハ!お父様ったら本当に心配性なんだから」
小さい頃から気が弱く大人しいマリーと違い、イライザは明るくお転婆な少女だった。
ときには害のない可愛い悪戯を仕掛け、身分の低い使用人にも気さくに話し掛ける。そのお茶目な性格は、公爵を始め、使用人皆にも愛され慕われていた。
でも、ククールは知っている。その明るさが、彼女なりの精一杯の優しさであることを。
マリーの出産で公爵夫人が儚くなり、火が消えたように落ち込む公爵や使用人たちを、幼い彼女なりに元気付けようとしていたのだ。
そして、妹のマリーを、母親の分まで誰よりも可愛がり、慈しんできたのは、他ならぬイライザだった。
「レオン殿下のことも。思い出せないなんて、嘘ですね?」
「どうしてそう思うの?」
「……そんな顔して、この俺が分からないとでも思っているんですか」
「そっか。ククールにはバレちゃうか」
レオンの名を出したとき、一瞬見せる瞳の翳りを、ククールは見逃さなかった。
「当たり前です」
「だってね。二人には幸せになって欲しいもの。私がいなくなれば、愛し合う二人が結婚できるでしょう?」
「そのためにあんなことを?」
「うん、まぁ。ただ、本当に失神しちゃうなんて思わなかったけど」
てへっと笑うイライザに、ククールはイライラを隠さない。
「だからって、なんで二人のためにあなたが犠牲にならなきゃいけないんですか!」
「えー、考えたこともなかったな」
クスクスと笑うイライザを、ククールは思わず抱き締める。
「ククール?」
「あなただって、レオン王子が好きなくせに」
ポロリとこぼれた涙を、ククールはそっと拭う。
「仕方ないじゃない。恋は、早い者勝ちじゃないもの」
「レオン殿下はあなたの婚約者だったでしょう」
「そんなの、単に私が公爵家の長女に産まれたってだけでしょ。家同士の結婚でも、愛し合う者同士が結ばれたほうがいいに決まってるじゃない」
「あなたはお人好し過ぎます」
ポロポロと涙をこぼすイライザをククールは黙って抱き締め続ける。
本当に、レオン王子は見る目がない。こんなにも愛おしく、優しいこの人を愛さないなんて。
「いつか、また恋をするわ。今度は、私を愛してくれる人と」
「ええ。そうですね」
それが俺であればいい。それまでずっと、この手を離さない。
ククールは抱き締める腕にそっと力を込めた。
――――月日が巡り、何度かの春がきて、やがて全てが思い出に変わる頃。
イライザはククールの腕のなかで眠るようになった。
「公爵、この書類ですが……おや、眠ってしまわれましたか」
「今眠ったところなんだ。しばらく寝かせてやってくれ」
「ああ、さすがの奥様もお疲れですね」
ククールの愛する妻は、先ほどまで元気に走り回る小さな怪獣を追いかけてすっかりくたびれていた。
「全く、お嬢様を見ていると、小さい頃のイライザ様を思い出します」
「奇遇だな。俺もだ」
レオン王子に嫁いだマリーにも、もうすぐ二人目の子どもが生まれるらしい。きっとマリエッタのいい遊び相手になるだろう。
安心したようにククールの膝にもたれ掛かり、小さな寝息を立てるイライザを、ククールは蕩けるように優しい眼差しで見つめる。
イライザの二度目の恋は、終わらない。
おしまい
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