少し歪んだ三角関係なカンケイ。
歪な三角な関係は歪な形で今世において、一応の終止符が打たれた。
――、愛している。ずっとずっと、引き取られた君の事を見ていた。僕が君のたおやかな心を包み、周りから壊されぬ様に気を使い育てたのに。このまま手元に置いて、ずっと守りたかったのに。後追いをするなんて、しかたがないなぁ。
待ってておくれ、直ぐにいくよ。
……、愛人の子として産まれた私。お母さんの所から引き取られたお父さんのお家。小さい頃からずっとずっと、庇ってくれた、お兄様。唯一、あの家で大切にしてくれた。その事には、とても感謝をしているけれど。どうしてなの?やっと、『お屋敷』から出れるのに、邪魔をするなんて……。私の幸せを想っていたのではなかったの?
もう私の人生は終わったの。彼の元にいくわ。
――、地位なんか無い。中古で買った軽四で通う、小さな町工場が職場。安アパート住まいだけど。愛している愛している。子どもは沢山作ろう、未来を語って……。幸せにしたいと、それだけだったのに。妹と別れろ。唐突に何だ?おかしい人だ。こいつ……。
ああ……、金が有るって何でも出来るんだな。君を遺して逝くのは、心配だ。ずっとずっと側にいて、守りたかったのに。
三つの魂がぐるぐる絡み合う。複雑に。それぞれの想いは冥府の焔にポゥポゥと焼かれても、浄化され消え逝くことはなかった。更に研ぎ澄まされ、愛の純度を高めていった。
過去の記憶がある限り、無垢なる赤子になれない、冥府から追い出され、輪廻転生の輪から外れる、憐れなモノ達。ふうわふうわと、現世を漂い仮初めの間、真新しい無機質な物に宿る三つの魂。
三つのパーツで他愛もないひとつの物。日々使っていたであろう、品々を見つけては、想いのままに宿るモノ、三つ。
最初に取り憑いたのは、ポリプロピレン製のお弁当箱。恋人の後追いをした妹が生前、百均で見つけたそれ。長方形の容れ物に、汁漏れ防止の白いパッキン、蓋の構造。
……、ごましおを振ったご飯に卵焼き、ウインナー、唐揚げ、ほうれん草のおひたし……。お料理は上手くないけれど、毎日お弁当を詰めて、いってらっしゃいって送り出して。私も同じお弁当を持ってパートに行って。
妹の他愛もない夢、未練が残る。
容器にひそりと宿る妹。勿論、兄は妹を覆い尽くす、『蓋』に宿ったのだが。
――、は?『パッキン』が邪魔だ!
勿論、パッキンに宿ったのは、兄が人を雇って葬り去った恋敵。妹が愛している男。
恋人の意思は強い。蓋と容器の間で、ガッチリ頑張る彼の存在。容器の妹と日中は密着、親密、二人の世界を過ごす。
――、クソぉ!ようやく誰も咎められずに、触れられることが出来るようになったというのに!
蓋の兄は己にはめ込まれている、白いソレを憎々しげに押し付ける。
その結果、どんなに傾けても汁漏れしないと、その弁当箱は大ヒット商品となった。
夜になれば、パッキンはスルリと外され、それぞれに洗われ孤独な時を過ごす彼ら達。やがてだんだんと古びていき、別の器を探す為に離れて行った。
次に宿ったのは、飲料水に満たされたペットボトル。甘酸っぱいそれは『初恋の味』との、名を背負っていた。
……、花火大会の日だっけ。お屋敷に住んでても、お手伝いさんと変わらない私。ううん。それより酷かった。高校を卒業したら、お小遣い程度の賃金で、こき使われてたわ。遊びになんか卒業したら出してもらえなかった。お付き合いは終わりだって。お兄様が時々に、自分のついでだと言って、お洋服や靴なんかを買いに連れてってくれていたから、それほど惨めな思いはしなかったけど。
妹は兄から向けられ与えられていたそれは、私利私欲のない、無償の愛と信じていた頃を懐かしむ。
……、そう、あの日は、白い下ろしたてのワンピースを着て出掛けたの。貴方もお給料日前で金欠で、だからコンビニで買ったソレを、二人でひとつを分けて飲んだわ。美味しいね、って言って。間接キスになるねって、空一面に広がる花火を見上げて、手を繋いで……。
些か美化された、甘やかな記憶を思い出し、それに取り憑いた妹。兄は今度こそはと、ほくそ笑む位置に陣取った。
青いキャップである。キュッと締り、外界と遮断をしている役目を担う兄。愛しの妹と、一心同体の歓びに浸っている。
――、アイツがいない!いないぞぉ!ククク。
だがしかし、兄の歓びは此処まで。憎し恋敵は妹を纏う、ペラペラな白地に青と水色の水玉模様を散らしている、パッケージに宿っていたのだ。
しかも!ペリリと破かない事には、離れ離れになれない、超密着仕様。内に満たされた甘酸っぱい爽やかな液体が、より一層恋心をくすぐる様に醸し出される。
――、ずっと一緒にいられるね。飲みきりサイズだとそのまま、ゴミ箱行きが多いしね。
……ええ、そうね。ずっと私達は離れずいられるの。邪魔なお兄様なんか、さっさと外されたらいいのに。だから、飲みきりサイズを選んだの。
美味しいよね!いつの間にリニューアルしたんだろ?元々ヒット商品だったのが、飲めばときめく心が蘇ると、更に大ヒットとなる。
キャップ兄は、キュッっと外され、飲み切りサイズのキャップの哀しさ。役目を最初に終える。
――、ああー!どうしてこんな事に!お前たち!お前達は!そのままか?そのまま捨てられるのか!そ!そんなことはさせんぞぉぉ!
兄の怨念が、ペットボトルに宿る二人に作用し、そこから離れ去るを得なくなる。再び、現世をふうわふうわと彷徨う三つの御霊。
その後、彼ら達は様々な物に宿を求めた。
バニラシェイクを懐かしく思い出し、ソレを満たす容器に引き寄せられた妹。今度こそは!兄は透明な蓋に宿ったのだが、極太ストローの位置を手に入れた恋敵に、二人っきりの世界に穴を開けられた。
中身を啜り上げる為に、動かされるストロー、兄はジレジレしながら、妹に大胆に触れる恋敵を眺めていた。
妹は時々に、ポソポソ呟く。
……、私だけの正義の味方のお兄様だったら……、ずっとずっとお兄様として、愛してたのに。
邪な愛にすっかり染まってる兄は無視を決め込む。
――、そんな事はもうまっぴらなのさ、どうにかしてヤツを追い払わないと。
真実の愛と、邪な兄に復讐する事を、存在意義にしている恋人の男は宿る毎に、二人の世界を見せつける事だけを考えている。
――、僕達の愛は、永遠不滅なのさ。そこで指くわえて眺めてたらいいさ。
ムシムシと暑い梅雨明け宣言の前のある日。
彼らは傘に宿っていた。
……、あの日は雨が急に降ってきて。私達の出会いだったわ。相合い傘をしたの。貴方と私。ビニール傘だったわ、私はとっても幸せを感じたの、好きになった瞬間、初めての恋、初恋は叶わないと聴くけれど、もう少しで成就するところだったのに。
妹がひたひたと負の念に包まれていく。ソレを留める恋人。形は変われど、こうして離れず居れるんだから、幸せだよと慰めた。
次こそは。兄はステンレスの柄。己が居ないと妹は駄目だろう、そう思いその位置を、後先考えず、真っ先に確保をしたのだが……。
透明なビニールの妹とそれに密着する骨の恋敵。開かれたその下で、雨粒のラプソディを、悔しい気持ちいっぱいで聴きながら、兄は二人を支えるしかない。
やがて雨が上がり、何処かで置き忘れられる、透明なビニール傘。
ジーワジーワ、束の間に街路樹のセミ。チチチ、小鳥。立ち昇るアスファルトからの水蒸気は、雨が止めば、うかうかする様な熱を含んでいる。空はまだ重い鼠色の雲が垂れ込めている。
ゴロゴロ……。不安定な空模様、三つの御霊は、次の宿を求めてふうわふうわと彷徨い、車と人が行き交う街中を、器を求めて飛んでいる。
終。