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エクソシスター  作者: 泰山北斗
色欲ノ章
8/13

救済という名の戦闘

 明朝。

 鬱陶しいくらいの曇天が空を覆う日。

 フランチェスカは戦闘準備を済ませ、教会の扉を開ける。


「……来るのですか?」


 静々と、されど力強い問いかけに、教会の前で座禅を組んでいた少女が目を開き答える。


「はい。ボクの命を賭してでも、この国での暴威は許しません」


 巴は、傍らに置かれた長柄の武器を撫でる。それが決意の証明だとでも言うように。


「いい覚悟ですが、国のためにというのはいささか命を賭すのに不相応な理由ではないですか? 例え貴方が命を落としても、国はそのことを嘆いたりはしませんよ」

「ええ、分かってます。でも、ボクは故郷を失うことが凄く悲しい。ボクに着いてきてくれる者たちとであった場所ですから。だからボクは闘います。この国の妖怪たちのために」


 理由を問おうとしたわけではない。

 覚悟を問おうとしたわけではない。

 そんなことは、座禅を見たときから伝わっていた。

 故にフランチェスカが問うたのは、護るべきもの。何のために闘い、何のために命を賭すのか。それは理由でも覚悟でもなく、折れかけたときに自らを奮い立たせる戦術に等しい。


 フランチェスカは巴の想いを見て、膝を折り、指を絡めて手を結ぶ。

 それは、祈祷のポーズだ。彼女にとって尊敬に値すると判断した者への称賛と敬意のポーズ。主は見守り、人は何かを成す。故にフランチェスカは、神様にそうするように、万感の思いを込めて祈りを捧げた。


「貴方の決意に敬意を。助力に感謝を。共に逢着(ほうちゃく)するこの試練が、きっと貴方の糧にならんことをお祈り致します」


 祈りを祝福するかのように、雲間には穴が空き、穴からは光が穿たれる。

 教会を含む周囲一帯だけが陽の光に照らされ、何も描かれていなかったキャンパスに絵の具を投じるように、景色が彩られていく。


「では、行きましょうか」

「はい。最後まで、貴方と共に闘います。シスター・フランチェスカ」


 二人は歩みを揃えて歩き出した。

 淫気が蝕む色魔の居塔へと。


  ◇


 例の廃ビルから数十キロ離れた、町のランドマークでもあり、展望台にもなっている港の塔の頂上に、彼女はいた。


「へぇ、来たんだ」


 展望エレベーターで上れるところまで登り、どこか虚ろな人の目を盗んで頂上まで登ってきたフランチェスカと巴に向けて、レヴィが振り返らずに言った。


「それが私の使命ですから。それと、随分雰囲気が変わりましたね」

「吸ったからね。何百、何千人の精気を」


 以前のレヴィの身体が十歳前後の少女の身体だったのに対し、今はすっかり大人の身体へと成長、いや、変貌していた。

 弾けんばかりのバストとヒップ。引き締まったウエスト。

 全体的に細身と感じさせながらも、局部や情欲をそそる部分の肉付きは程よい。

 まさしく、完璧な造形と言わざるを得ない色欲の悪魔がそこにはいた。


「で? 一応訊くけど、何しに来たの?」

「ええ、一度お茶でも、とお誘いに来た次第です」

「……ん!? シスター!? 何を言ってるんですか!?」


 巴の驚愕などどこ吹く風。シスターは持参したポットからカップにお茶を注ぎ、レヴィに差し出す。やけに透明で、眩いほどに光り輝いている気がするお茶を。


「随分直球な聖水の飲ませかたね。ま、いいよ。飲んであげる」


 言うが早いか、一歩踏み出したレヴィは刹那の内にフランチェスカの眼前へと迫り、丁寧にカップを取った。上品さすら感じる優雅な所作で。


「いいのですか? 承知の通り、聖水でございますが」

「いいのよ。このくらいしないと、退屈で死にそうなんだもの」


 香りを楽しむ余裕すら見せる色魔に、フランチェスカと巴の背筋に悪寒が走った。


「んくっ……。ふぅ、あぁ、きくぅ……んあぁ、身体が、痺れるぅ……」


 妖しく、艶やかに、身を捩って身体を走る電流に耐えるレヴィを見て、隙と判断した巴は流麗な動作で無意識の内に攻撃の態勢を整えた。


 ――獲る。


 下半身に力を込め、最大最強の踏み込みからの大上段を決めようとした巴を、フランチェスカが制止した。


「シスター! 何故ッ!?」

「やはり、効きませんか。落ち着いてくださいミス巴。あれは演技です」

「……ま、バレてるよねぇ」


 何事も無い。ただ、単純に効果が無い。

 通常、悪魔が聖水を取り込めば人界に滞在するための身体を維持出来なくなるか、高位の悪魔であっても数秒間動けなくなるくらいの効果は見られる。最初に闘ったときは正にそれで時間を稼いだのだから。


 だが、今のレヴィはあの時と比べても格が違う。たった一日で大規模の人間から欲望という名の力の源を搾取し、糧にして、昇華した。

 これほどの悪魔が現れるのは有史を数えても両手があれば数えられるほどだ。なぜなら、聖水とは本来、悪魔に対する人類側の最終兵器だったのだから。最終兵器すら効かないというのなら、あとは災害が過ぎるのを祈って待つのみだ。


「少々面倒ですね。聖水が効かないとなると、地道に削っていくしかありませんか」

「一発貰うだけで致命傷の怪物を相手取って地道に、ですか……」


 刹那、ズアッと圧が放たれた。

 フランチェスカと巴は身震いすら許されず、咄嗟に回避行動を取った。


「うんうん、反応いいね二人とも。そうでなくちゃ」


 なんてことは無い。レヴィはただ腕を広げただけだ。

 それでも危機察知能力が抜群のフランチェスカは愚か、少しのぺっとしている巴にすらも横っ飛びの回避行動を取らせる殺意の密度。

 二人は幾度ともない確信を更に深める。目の前にいる存在はバケモノだと。


「やりますよ、ミス巴」

「分かってます!」

「さぁ、来なさい」


 最初に動いたのは巴だ。

 懐から幾枚かの札を取り出し、〝傷の絆〟による盟友を召喚する。


「顕現せよ、流浪の夜叉。穿て、狩猟の神」


 ズズズ、と空間を歪めて出てきたのは、天狗と美人。


「フハハハハ! 我、復、活!」

「あら、巴御前。お久しぶりね。大戦以来かしら?」


 呼び出したのは、一度レヴィに瞬殺された夜叉天狗の崇徳と、弓を携えたアイヌの狩猟女神ハシナウウクカムイ。


「あはっ! バケモノが増えた!」


 歓喜の声を上げながら、レヴィは右腕を触手状にして無造作に振るう。全員しゃがんで事なきを得たが、塔の避雷針がどこかへと飛んでいった。


「……ん? ちと見た目が変わったかのう。ボインになっておる」

「あれ、やばいわよね? 日本の妖怪でもないし、平安時代でもあんなの見たことないわよ」


 崇徳とハシナウウクカムイがレヴィを視認し、方や見た目に戦慄し、方や内包する絶大な力に戦慄する。


「瞬殺されるのは勘弁してよ。呼び出すのだって制限があるんだから」

「分かっとる分かっとる。まあ、今回はそう簡単にはやられんじゃろう。我が愛刀雄黒(おぐろ)まで持ち出したんじゃから」


 崇徳は前回と違い、黒塗りの大刀を所持している。禍々しいほどの怨嗟のオーラが漏れ出ている大刀に、フランチェスカが顔をしかめた。


(わたくし)、自信ないわよ? 多分一発で霧散しちゃう」


 謎の自信を持っている崇徳に対し、ハシナウウクカムイはどこか億劫そうに言った。


「そこはほら、遠くからぴしゅぴしゅやってよ。ボクも薙刀持ってきてるし」

「あー、あれ、神経削るのよね」

「神様なのに?」

「そう、神様なのに。……(わたくし)の神経削れたらどうなるのかしら」

「ぬしら! 話し込んで飛んでくる攻撃を全部任せる気じゃあるまいな!」

「「あ、ごめん」」

「これだから女はっ! すぐ尻に敷こうとするから嫌いなんじゃ!」


 触手の薙ぎ払いを角度を逸らすことでなんとか凌いでいた崇徳が必死に叫ぶと、一人と一柱は素直に謝って、行動を開始した。


「あらあら、賑やかになりましたね」

「お恥ずかしいところを」

「ってゆーか誰じゃい!? 怪我するぞ!」

「問題ありませんよ。私、貴方よりかは強いですから」

「ほう、いい度胸じゃい。これが終わったら決闘じゃ!」


 崇徳は一度バックステップを取り、もじゃもじゃのあごひげの先端が触手に削り取られた瞬間、レヴィに突貫した。

 振り下ろされる、大上段の大刀。レヴィの触手は間に合わない。


「獲ったぁ!」

「左手が空いてるでしょ、お間抜けさん」


 レヴィは左手を瞬時に変形させた。

 その形状はまるで、コロッセオの猛牛の如き雄々しき角だ。


「ぬぅ、ここには強い女しかおらんのか!」

「グチグチ言わない」


 巴に窘められ、崇徳は口を紡ぐ。

 崇徳の影に隠れてレヴィに接近していた巴は、薙刀で下段を狙う。


 ――ガキンッ、と音を立てて、薙刀の刃が止められた。


「鳥の足っ!?」

「お嬢、避けぇ!」


 気付いたときには、右腕から伸びた触手が、多角的に巴と崇徳を包囲せんと迫っていた。


 ――ドパンッ!


 銃声一発。

 フランチェスカが狙いを定めて撃った銀弾は、変形していないレヴィの肩へと当たり、肩から先の右腕を吹き飛ばした。


「やっぱり、一番厄介ね。シスター」


 レヴィは横目でフランチェスカの姿を見ながら舌打ちを一つすると、上空へと飛んで瞬時に腕を再生させた。


「と、飛ばしよった! あの女おっかないのう」

「助かりましたっ」


 崇徳と巴が体勢を立て直し、上空を見上げると、レヴィが一本の光る矢に射貫かれていた。


「光陰矢の如し。ってね。時すら飛び越える矢をバケモノの未来位置に予め射ていると、面白いくらいに当たるのよね」


 どこからともなく声は響くが、ハシナウウクカムイの姿は見えない。どうやら曇天の中に隠れているようだ。


「おお! 相変わらず陰湿な攻撃じゃ!」

天愚テング。貴方の周囲にも放ったから誤射に気をつけなさい」

「じょ、冗談じゃろ……?」


 そんな軽口を交わしている間も、レヴィは一点を見つめている。


「あら、見つかったっぽいわね」

「めんどい。めんどいなぁ……」

「しかもバレてるっぽいわね。そう。既に空は矢の地雷原。どこに移動しても射るわよ。おとなしく地上で闘いなさいな」

「そうね、私はそうしよっかな」


 レヴィが人差し指をクイッと曲げた。

 刹那、塔の下から湧き出る無尽蔵の下位悪魔。それらは一斉にハシナウウクカムイがいるであろう方角へと一目散に飛んでいった。


「矢の地雷原、間に合うかな?」


 下位悪魔たちは次々と落とされていくが、いかんせん数が多い。

 いくら狩猟の神とは言え、武器は機関銃ではなく弓と矢なのだ。数の暴力は偉大だと言わんばかりに、次々と悪魔たちが飛んでいく。


「あ、数多い。ごめんね、巴御前。一旦退くわ。やりたいことをさせてくれない敵って本当に嫌い」

「やりたいことをさせてくれる敵なんざ、最初から敵じゃなかろう」

「戻ってきてね」

「ん、頑張る」


 ハシナウウクカムイの声が遠のき、次第に気配すら感知出来ないほど遠くに逃げていった。


「さて、もう少し上げて楽しもうかしら」


 レヴィは塔の三人を見て、クスリと嗤う。


「まず、一体」

「ぬおっ! 舐めんなぁッ!」


 崇徳の背後を瞬時に取ったレヴィはたおやかな手を翳す。

 以前の崇徳であれば、これで退場だったであろうが、かろうじて反応せしめていた。

 だが、動作までは間に合わない。脳で理解しても、大刀の振りは追いつかない。それでも崇徳が生き残れたのは、レヴィの足を縫い止めるように、光の矢が刺さっていたからだ。


「およ、マジ?」


 一瞬だけ驚愕を露わにしたレヴィを前に、崇徳は大刀を振るのをやめ、爆風を巻き起こした。自分を移動させることが出来るほどの爆風を。


「あの冗談、冗談やなかったんかい。怖いのう」

「おかげで助かったんじゃない。あとでお礼言っときなよ?」

「いけすかんが、しゃーないのう」


 光の矢を無造作に振り払ったレヴィは、なぜか攻撃してこないフランチェスカに疑問符を浮かべた。先程からカウンター狙いで、自らに隙を作って攻撃を誘発しているレヴィだが、それだけが懸念で攻めきれずにいた。

 巴と崇徳が今まで生き残っているのが、フランチェスカの存在そのもののおかげ、ということだ。


「まぁいいか。先にあれをちゃちゃっと片付けよ」


 レヴィは羽を広げた。

 禍々しく、瑞々しく、ともすれば妖艶な羽を広げて、その場の全員に幻視させた。

 淫気など欠片もない、広大な草原を。


「――眠り誘う数え歌(スリーピングシープ)


 刹那、全員を襲うのは強烈な睡魔。

 元来サキュバスというのは、夢の中で精気を喰らう悪魔だ。そして、眠らない生物などいない。即ち、眠らせることが出来れば全てを手込めに出来るというある意味で最強種。


 それが色魔。――サキュバスである。


「纏え、不眠の怪異」


 心地よい眠りを妨げる物があるとすれば、それは痛みか音か、妖怪だ。

 唇を噛んで耐えた一瞬の間になんとか札を取り出し、巴はそれを呼び出した。


「呼び出すでなーい。もう少しで眠れそうだったのであーる」


 木魚達磨。

 不眠症を起こすと言われる日本の妖怪だ。


「それ、五年くらい前から言ってない?」

「うーむ、二百年ぶりに眠れそうだったであーる」

「要するに生まれてから一度も寝てないんだね。この睡魔どうにかして」

「合点承知であーる」


 木魚達磨は自ら弾んで太鼓のような音を奏でた。

 音は波紋となってどこまでも響き、空気すら波立たせて言った。


「儂が眠らぬうちに眠ることは許さなーい!」


 すると、ウソのように眠気が吹き飛んだ。

 しかし、熟睡して覚めた寝覚めのいい物ではなく、けたたましいアラームに穏やかな眠りを邪魔されたときのようにイラッとする寝覚めの悪さだ。


「邪魔」

「うぬ? 甘美な睡眠の予感がするのであーる。それではお嬢、お達者で」


 レヴィが木魚達磨に触れると、四散し、当たりには滑らかな木材が散らばった。


「最悪の目覚めだわ。死んで」


 一瞬で距離を詰めてきたレヴィに触れられて四散した木魚達磨の破片で擦り傷を作りつつ、巴は薙刀を振るう。


「無駄よ。無駄無駄」


 レヴィは真っ向から受け止め、たおやかな掌から爆発を発生させた。

 背後から忍び寄り、奇襲を仕掛けた崇徳を無造作に蹴り飛ばし、触手で絡めて握りつぶした。音もなく散った崇徳に見向きもせず、爆発で空中に浮いた巴を掴んで床にたたきつけ、馬乗りになった。


「貴方、こざかしくて嫌い」

「それはどうも。ボクも貴方のこと、えっちくて嫌いです」

「そんなえっちくて嫌いな相手に、身も心も服従するという気分はどうなのかしら」

「は?」


 ドクン。と心臓が高鳴った。

 感じたこともない動悸が、心臓を裂きそうな程動き、昂ってきた。

 イケナイ。そう思って身体を捩ろうとした瞬間、太腿に痛みが走った。

 レヴィの尻尾が毒蛇へと変わり、何らかの毒(媚薬)を注入したのだ。


「え、うそっ、そんな!」


 巴は驚愕していた。フワフワとした快感が押し寄せ、身体を満たした。

 突如襲い来るのは、心地の良い疲労感。頬は上気し、顔は蕩け、ぼやっとした視界はレヴィを写す。


 ――綺麗……

 ――違う、そうじゃない!

 ――乗られている場所が気持ちいい……

 ――ウソみたいな快感が流れ込んでくるっ!

 ――耳朶をくすぐる吐息で際限なく押し上げられる……

 ――これはウソ! 幻覚! 早く、覚めてっ!


「さぁ、キスをしましょう。誓いのキスを」


 レヴィは笑みを浮かべる。


「嫌、だ」

「だぁめ。これでもまだ抗えるのはすごいけど、だめよ」

「僕は、妖怪たちの為に」

「あなたにはのっぴきならない行動理念があるのだと思うけど、快楽の前には無意味よ」


 レヴィは片手で巴の両手を掴み、耳元で囁いた。


「さあ、一緒に溺れましょう。素晴らしい快感の海に」

「……はい」


 巴の口は、勝手に動いていた。


 ――違う、ボクの意思じゃない!

 ――ああ、首に手を回されて……

 ――抗え!

 ――委ねたい……

 ――抗え!

 ――あの唇が、舌が、すぐそこまで……

 ――抗え

 ――早く……

 ――あらがえ

 ――もう待ちきれない……

 ――あらが、え……

 ――早く、きて……

 ――おねがい……

 ――早く、溶かして……


 唇と唇が触れる瞬間。

 ドパンッと、銃声が鳴った。


「ッッッ!!」


 巴から飛び退いてなんとか回避したレヴィだが、羽と尻尾を削られていた。


「手を出さないと思ってたら、そういうこと」


 目を向けたレヴィが見たものは、通常時の数倍の聖のオーラを宿したフランチェスカだった。


「祈ることで、少しなら聖のオーラが使えますので。溜めさせて貰いました。それと、シスターの前での淫行。決して許されるものではありません」

「へぇ、だったらどうする? 貴方も(とろ)かしてあげようかしら?」


 ズアッと、圧が放たれる。

 殺意の籠もった圧ではなく、淫気の籠もった、例の権能。しかも、先日よりも数倍、数十倍へと、身体の感度が押し上げられ、肌に当たる服ですら、身体を撫でる風ですら、感じさせるほどの蕩ける権能。


「堕ちなさい」

「残念ですが、おしまいです。決着を付けましょう」


 フランチェスカは倍増した快感の中、口だけを動かし、悪魔に最もダメージのある、弱点の言葉を呟いた。


「――アンナ・サルバトーレ」

「……へ?」


 ドクンッと空気が胎動した。

 空間が揺らぎ、権能が乱される。


「なんで……」


 レヴィ。……もとい、生まれてこなかった筈のフランチェスカの妹、アンナは頭を抱えて蹲り、嗚咽を漏らして叫びを上げた。


「がぁぁ……違う。それは、わたしの、真名じゃあ、ない……」

「そのストロベリーブロンドの髪、よくお母様に似ていますよ」

「違う! わたしは……そんな、うそっ」

「アンナは、お母様のお腹の中にいた頃から、半身を欠損していた。子どもながらに覚えています。アンナの歪なオーラを」

「その名を、呼ぶなぁッ!」


 アンナは触手を伸ばし、フランチェスカにけしかける。

 だが、フランチェスカに掴まれて、ハンドガン(グロック)を押しつけられ、

 パンッ、っと銃声一発。


「うぎっ、あぁあぁぁぁ……」


 弾丸の中から聖水が溶け出し、触手を浄化する。

 パンッ、パンッ、パンッ。

 立て続けに三発。既に彼女の姿は原型にあらず、いや、むしろ原型に戻っていく。


 半身欠損の少女に無理矢理付けられたようなガチョウの足。牛の角。羊の毛。そして毒蛇。今まで権能で覆い隠していたそれらが露わになり、艶やかな女性の姿から一変、醜悪な醜いバケモノの様へと成り果てていた。


「今から、貴方を救います」


 フランチェスカは、ウィンチェスターを様々な動物が混在している境目へと向けた。


「醜悪な、どこまでも趣味の悪い悪魔は、私の逆鱗に触れました。


 その金の瞳はどこまでも無機質で、無慈悲で、そして優しかった。


「もう家族を、弄ばせたりしない」


 決着の銃声が、曇天の空に鳴り響いた。

赤狐は忘れたわけではありません。彼にもきっとのっぴきならない事情があった事でしょう。

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