フランチェスカという淑女
全部ルビ振ってみたけど、金輪際やらない。
目を覚ますと、そこは電車の中だった。
身体を見下ろすが、そこにあるのは修道服を着た成熟した自分の身体で、なんとも寝覚めの悪い夢を見ていたなと、頭に手を当てて頭を振る。
「無力な自分とは、今と違って可愛らしいものですね」
皮肉めいた言葉を呟き、すっかりと筋肉の付いた自分の腕や腹筋を触って少し落ち込む。
「あの日、兄様を探しに行かなければ、別の人生もあったのでしょうか……」
独り言ちてみるものの、全く意味の無い問答なので、思考をすぐに切り換える。例えばと過去を振り返っても、夢想しても、帰ってくるのは現実という結果だけなのだから。
程なくして、電車は終点へと辿り着いた。
目的地へと到着したフランチェスカが、電車を降りてクッと伸びをするその仕草に、すぐさま構内の視線を集める。
その尽くが好奇なものでは無く、親しみと憧れを兼ね備えた、親愛や敬愛といった視線だ。
「ご、ごきげんよう。シスター、フランチェスカ」
その視線の内の一つ。幼げがあって少し野暮ったく、されど気品を感じる佇まいをしている学生服を着た少女が、緊張した面持ちでフランチェスカに挨拶を交わしてきた。
「はい、ごきげんよう。……あら、前髪を少し切りまして?」
「は、はいっ! その、ありがとうございます!」
少女は歓喜に溢れた表情で、身を乗り出すようにしてお礼を言うが、すぐにハッとなり佇まいを戻して口に手を当てる。
「っ、失礼しました。私ったら、はしたない」
「まだまだ少女ですもの。それくらいの方が、かわいげがありますよ」
「いえ、シスターに比べたら、わたくしなんて……」
日本の学生は、と言うか日本の少女は、どうしてこうも自分を卑下したがるのだろうかと、フランチェスカは常々思っていた。筋骨隆々とは言わないが、こうも女性らしさを無くした私を祭り上げるのか、と。
フランチェスカも彼女自身を卑下しているのだが、自分のことは棚に上げるというのは日本に来て最初に学んだことだ。その方がコミュニケーションは円滑に進むのだとか。
とはいえ、その心情をハッキリ口に出したことは少ない。うっかり口に出せば、何故か恨めしい顔で全身(特に髪と胸)をジトッと見られるからだ。つまるところ察したわけだ。
「貴方自身を卑下するものではありませんよ。私とて貴方に羨むことはありますよ」
「えっ、そう、なのですか……?」
「艶やかな髪、女の子の柔らかさ、ぷるんとした唇も、手入れが行き届いている肌も、貴方の努力が感じられ、そして綺麗であろうとした貴方自身の輝きです。自信をお持ちなさい、ミスアズサ。私は貴方を尊敬します。それが間違いではないと、私に信じさせてください」
スッとアズサ少女の頬を撫でると、ボッと赤くなった。ついでに百合の花が咲いた。
遠巻きに見ていた同じ学校に通う学生たちは「あ、堕ちた」「あれホントにうっとりするよね」「私、あれで男の子への興味消えたんだよね」「分かる」とかいろいろ言っているが、フランチェスカには聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
「あ、え、う、……っ! し、失礼しましゅ!」
盛大に噛み、ベルが鳴った電車へと駆け込んでいった。
窓からは、頬に手を当ててぶんぶんと音が鳴りそうなくらい首を振っているのが見える。
「日本の女の子はああいうところが可愛らしいんですよね。本当に」
くすりと微笑みを浮かべ、フランチェスカは再び歩き出した。
駅を出ると、すぐに大きく荘厳な門が見える。
聖クオーレ女学院大学。中学部、高等学部を擁するエスカレーター式の学校であり、超が付くほどのお嬢様学校。いわゆるミッション系の学校でもあり、施設内には教会も併設されている。
「シスター。ごきげんよう」
教会へ向かっていると、中学部の生徒から話しかけられた。
「ごきげんよう」
「また今度、お話を聞いて頂いてもよろしくて?」
「いつでもどうぞ。教会でお待ちしておりますよ」
手を振り、再び歩き出す。
「シスター・フランチェスカ。ごきげんよう」
今度は高等学部の生徒だ。
「はい、ごきげんよう」
「どちらへ行っておられたのですか?」
「すこし所用で隣町まで」
「それはお疲れ様です。重そうな荷物ですね。あ、そうだ。荷物を教会までお持ちしましょうか?」
「軽いものなので結構ですよ。お心遣い感謝いたします」
「……そうですか。失礼しました。ではまた後日」
三歩ほど歩く。
「シスター」
声をかけられた。
……数分後。
「はい、気をつけてお帰りください」
一歩。
「シスター、ごきげんよう」
「……はい、ごきげんよう」
数分後。
「では、また教会でお待ちしています」
五歩くらい。
「し、シスター。えっと、その……、ご、ごきげにょう!」
「落ち着いてくださいね。取って食べたりしないので」
「た、たべっ……! シスターがっ、私を、食べ……っ!」
「あ、あの……?」
「さよにゃらー!」
門を潜ってから教会までそれほど距離があるわけではないが、辿り着くまでごきげんよう&世間話の嵐で、結果三〇分も掛かってしまった。慕ってくれるのは純粋に嬉しいのだが、流石に少し疲れてしまう。
教会の扉を開けると、目の前に訪問者がいた。
「あ……」
少し自信の無さそうな、高身長でスラッと引き締まった身体だが、前髪で目が隠れた独特な雰囲気を放つ高等学部の生徒だ。髪の下からは、男性と見間違えられてもおかしくはない中性的な顔立ちが垣間見える。
「ようこそ。なにかお困りですか?」
「あの……えっと」
笑顔で対応すると、彼女は何故か一歩身を引き、間合いを取った。
その間合いの取り方は、まるで戦闘に慣れているかのような足取りで……
「あっ! シスターが帰ってきました!」
「本当ですかっ!?」
教会の奥の方から声が響いた。
その声に驚いたのか、小動物のように肩をビクつかせ、目隠れ女子は「失礼します」と小さく呟いて出て行ってしまった。
「はぁ、教会ではお静かに」
「あら、すみません。ついはしゃいでしまいまして。誰もいませんし、許してくださいませ」
ピクッと、フランチェスカの眉が動いた。
その生徒の側まで行くと、顎をクイッと上げ、視線の逃げ場を無くし、上から目を覗き込むようにして言った。
「なんども言いますが、教会は神の御前です。慎みなさい」
「ふぁ、ふぁい……すみません」
大声を出した高等学部であろう少女は、顔を真っ赤に染め、目を潤ませて頷いた。
「……いいなぁ」
ポソッと、もう一人の女生徒が呟いた。
「貴方もですよ。ここは治外法権ですが、目立った校則違反はするものではありませんよ」
「は、はい! ありがと、あ、いえ……すみませんでしたっ」
なぜかうっとりしながら、もう一人の生徒も素直に服装を正した。
「私は仕事が溜まっていますので、何か相談があるのならまた後日にお願い出来ますか?」
生徒二人はこくこくと頷くと、教会から静々と出て行った。
フランチェスカはまさかあの二人が怒られるために制服を着崩しているとは考えも付かず、毎回こんなやり方で正していた。お嬢様学校の問題児という認識だが、普段は成績優秀、品行方正、清廉潔白な娘等だ。何を、とは言わないが、大事な何かを歪めてしまったことに変わりは無い。
「それにしても、あの子は……」
思い出すのは、教会の入り口に立っていた目隠れ女子のこと。
間合いの取り方がやけに慣れていて、こちらを射刺す、試すような視線は、一般人のものとは思えなかった。敵意が無いと分かっていたので臨戦態勢は取らなかったが、別れた後も後を引く不思議さを感じさせる子だった。
駅の時然り、校内の生徒であればだいたい名前を把握しているフランチェスカだが、それはあくまで相談に来た生徒と、毎週ミサに来る敬虔な信徒だけ。流石に教鞭に立つ事の無いフランチェスカは、教会に来た生徒以外の名前を覚えることは無かった。
「何か用があれば、後日相談に来ることでしょう。今はやるべきことをやりましょう」
教会の奥の扉を開き、しっかりと施錠する。
そこは執務室のようになっており、本の日焼けを防ぐために窓とカーテンは常時閉じられている空間になっている。端の本棚の前に立ち、本を押し込むと、本は奥の空間へと吸い込まれていき、ガタンと音を立てた。
本棚が音を立てて動き出し、地下へと通じる秘密の通路が開通した。
「しかし、要りますか? これ」
普通にカーペットの下の床下へと続く扉じゃダメだったのだろうかとフランチェスカは常々疑問に思っていたが「戦国の世から代々受け継がれてきた秘密の仕掛けだから!」と何度も力説され、取り壊すわけにもいかずに使っているが、どうしても「無駄では?」としか思えなかった。
男のロマン云々は、異国のシスターには通じなかった!
ただ、隠し部屋があること自体はありがたいことなので、感謝して埃っぽい階段を降りていく。電気を取り入れる工事もしていないせいで、明かりは未だに懐中電灯だ。
「まさか日本に、エクソシストの息が掛かった業者がいるわけもありませんし、しばらくは発電機で賄うしかありませんよね」
階段を降りきってしまうと、物置程度の空間があり、中には使い古された作業台とその上に置かれた工具、そして小さな部品と監視カメラのモニターがあるだけだ。フランチェスカはこの秘密空間を、銃の整備をする場所に決めたのだ。監視カメラがあるのは、表の教会に人が来たかどうかを確認するため。
一般生徒に、というか一般人に見られるわけにもいかないので、この空間を知っているのは学校でも、母国のエクソシストと面識のあるらしい理事長ただ一人。フランチェスカの赴任もコネで一発である。
「埃っぽくて落ち着きませんし、手早く済ませてしまいましょう」
トランクを部屋の隅に置き、シスター服の奥まった場所にあるスリットに手を入れ、太腿のホルスターを外して二丁の銃を取り出す。着用しているガーターベルトには、ワンタッチで着脱可能な細いワイヤーが仕込まれており、ホルスターを固定する役目を担っていたりする。
ちなみに、服のスリットは大股で歩かない限り見えないようになっていて、彼女も普段から立ち居振る舞いには気を遣っているため、スリットから太腿を晒すと言うことが無い。つまり、見えなければ、シスター服の中は異次元へと繋がっているかもしれないという証明が出来るのかもしれない。さしずめ、シュレディンガーのスカートの中。シスター服は不思議でいっぱいなのだ。
閑話休題。
カチャカチャと銃を解体し、弾丸を並べてバレルを整備、点検、清掃し、再度組み立てる。一連の作業に無駄が無く、お風呂で身体を洗っているかのような艶やかさすら感じる所作だ。
二丁の整備を終え、銃を置いて秘密の部屋から出たフランチェスカは、執務室の椅子に座り、ノートパソコンを開く。
開いたメモ帳に『報告書』と銘を打った頃にはもう、日は沈んでいた。
◇
「んぅ……」
もぞもぞと、ベッドの上で寝返りを打つ物体が一つ。
気怠げながら目を開けると、既にカーテンの向こう側は明るく照らされており、意識を覚醒させないまま目を擦り、上体を起こした。
パサと落ちる掛け布団。
なんの縛りも無い豊かな双丘を呼吸に合わせて上下させ、微かな衣擦れの音を立ててベッドから立ち上がる、神々しさすら感じる全裸の女性。
フランチェスカは、少しふらつきながらも洗面台に足を運ぶ。パシャパシャと顔を洗い、鏡を見ると、いつもより少し疲れたような自分の顔が浮かんでいた。
「……すこし、夜更かしでしたか」
昨夜、報告書を書いた後、学校に提出する教会の運営管理の書類作成や、教会の清掃を行ってから就寝した時には、既に日付は変わっていたらしく、悪魔との戦闘、晩ご飯を食べていないこともあってか、肌の状態が少し悪くなっていた。
幸い今日は土曜日。通常の業務よりか幾分かは楽が出来るだろう。そう思うと、少し気が楽になった。
バスローブだけを羽織り、朝の日課や朝食を済ませてから部屋に戻る。
純白の下着を身に着けてからベッドに腰を下ろし、足先から、白いストッキングで綺麗な脚を包み込んでいく。ガーターベルトを装着し、ストッキングを留め具で挟んで突起部分を固定する。
ワンピース型の修道服を着て、服の中に入った髪を掻き上げる。最後にウィンプルを頭に付ければ、いつものシスター、フランチェスカだ。
あたりまえのことをしているだけなのに、着替えだけでどこか背徳的だと思わせるのは、彼女の普段の露出の少なさや、キリッとした佇まいのせいだろう。修道服の中まで品のある着込みをするのは、彼女の人柄や上品さ由来だ。着崩せてしまうからこそ、なお丁寧に、という意識がフランチェスカの中には存在する。
今更鳴った起床時間を知らせる時計のベルを一瞬で止め、姿見の前に立つ。捻ってみたり回ってみたりしながらおかしなところが無いかを確認し、確認を終えると、ストームと太いヒールが付いた膝下まであるブーツを履いて扉を開ける。
教会の二階は居住区となっている。そこがフランチェスカの家だ。家から徒歩〇分の職場。家賃は経費。庭園も完備。住居の一階には女学生たちが毎日来ます。条件は教会施設の維持と清掃、付随する書類の作成。そしてシスターであること。そこのあなたもどうですか?
「さて、今日もお勤めを果たしましょう」
シスターの朝一番のお勤め。それは勿論……
「ギャアアアァァァァッッ!!」
醜悪な、悪魔の滅殺です♪
悪魔とは言っても、先日消した西洋由来の異界の悪魔では無く、日本特有の悪魔。怪異や妖怪と呼ばれる類いのものたち。界を跨いだ事によって〝顕現〟する悪魔と違って、別の条件によって〝発生〟しているようで、毎日毎日沸いてきます。
基本的にこういう手合いは、歳を重ねるごとに強力で狡猾になっていくので、毎日毎日潰しているとそのうち銃が無くても潰せるようになってきます。
最後の一匹を足で踏み潰し、汗を掻いたわけではないが額を拭う。晴れやかな空を仰ぎ、自然と表情も晴れやかになっていく。
「今日も生きていられることに感謝し、祈祷を捧げましょう」
教会へ戻る足取りはやはり軽い。フランチェスカ自身はこの〝朝のお勤め〟と言う名の悪魔祓いを、毎朝の清々しい運動程度に思っているのかもしれない。
教会の扉を開けようと、ノブを手で掴む。が……
「……?」
ほんの少しの違和感を感じ、ほんの僅かに感覚のブレが生じ、ほんの僅かな(感覚的には空気中の二酸化炭素が少し多くなった位の)空気の淀みを、異質な空間への越界を、フランチェスカは感じ取った。
「――ッ!」
刹那、その場から本気の回避行動を取った。
普通の人間から見れば、フランチェスカが扉を掴んだ瞬間、後方に弾き飛ばされたかのように映るであろう超人的な身体の動き。
そして、その危機感知は正解だった。
「――浮腫縷々縷々」
一言で言えば、肉の塊。
ただ、剥き出しの歯、歪な目、人間のような腕、宙に浮かぶその姿から、ただの肉塊と断じるには無理がありすぎた。異様な存在。教会の扉とその下にあるコンクリートの階段が壊れていることから、異常な力を持っていることが窺える。
「悪魔ではありませんね。自然発生の怪異? ……いえ、このような強大な気配、私が見逃すはずもありません。持ち込まれたものか、召喚されたもの。つまるところ、式神というやつですか」
滅殺する義務があるかと問われると、無い。
だが、こうまで殺意を向けられ、相対しているのだ。相手方に見逃すという選択肢がない以上、フランチェスカに敵意を向けて召喚されたもので間違いないだろう。問題は誰が、何のために……
「阿、愚、羅」
考える間などなかった。式神は何かを唱えて歯軋りをした後、肉体を振るわせて突進してきた。かなり速いが、目で追えない速さではない。先日戦ったコウモリの方が速いくらいだ。
フランチェスカは足を前後に開き、突進を躱してすれ違いざまにカウンターを叩きこもうとした。
「――ッ!」
誤算。
確かに、速度ではコウモリに劣っているが、コウモリはあくまで物理の法則に従って飛んでいた。だが目の前の式神は、物理の法則ではない何か別の法則で飛行しているようだった。
なぜなら、慣性など全く無いと言わんばかりに、半身で躱したフランチェスカの目の前に急停止してその腕を振るってきたからだ。彼女の目が無ければ、転移と見紛うほどの技術。
一瞬だけ、驚愕した。
たかが一瞬、されど一瞬だ。その一瞬のせいで回避行動が遅れ、防御に入るしかなかった。ほぼ反射行動として、腕を十字に組んで衝撃に備えると同時、軋むような鈍い痛みと衝撃が突き抜けた。
「ぐっ」
思わず漏らす苦悶の声。
後ろに跳んで衝撃を逃がすも、式神は高速移動と急停止を駆使してどこまでも追って攻撃を仕掛けてくる。着地の瞬間を狙った、背後からの強襲。既に視えている攻撃だが、タイミングが絶妙だった。
――避けられない。
いくらフランチェスカでも、ノーガードで攻撃を受けてしまえばすぐに動くことは難しいかもしれない。背骨に傷が付いてしまえば、勝負は決着するだろう。
「勝、証、消雄雄雄雄雄!」
「何を、勝ち誇っているのですか?」
避けられない? なら、攻撃そのものを消してしまえばいい。
フランチェスカはブーツのヒールで石畳に踏ん張りを利かせ、衝撃を遠心力に変えて回し蹴りを放った。回し蹴りは式神の振るった腕とぶつかり合い、式神の攻撃を簡単に逸らして見せた。声ならぬ驚嘆を吐く式神からは、意外なことに驚きという感情が露呈していた。
さらに追撃の体制を一瞬で整えるも、式神は高速移動で距離を取り、こちらの様子を窺っている。
「とはいえ、〝聖孔〟が開いていない私では、素手で倒すのは無理ですし、道具を取りに行こうにも、この異質な空間はあれを倒さない限り出られないでしょう。……気乗りしませんが、仕方ないですね」
聖孔とは、簡単に言えば人体に眠る力を開放する孔だ。
本来、悪魔には穢れのエネルギーが宿り、人間にも聖と穢れ、どちらかのエネルギーが宿る。悪魔祓いを生業とする者は穢れのエネルギーを用い、術の掛け算によって悪魔を滅殺する。だが、フランチェスカの家系、サルバトーレ家だけは、圧倒的な聖のエネルギーによる暴力的な足し算で悪魔を削り殺す。
だが、フランチェスカの家族は、その極意を教える前に彼女の前から姿を消した。五歳のあ誕生日の事件後、とある軍人に引き取られて訓練をしていたので、聖孔の開き方を知らず、悪魔を滅殺するのに聖のエネルギーが宿った道具に頼らざるを得ない。
道具を使わなければ悪魔を倒せない。それでも彼女は【聖女】の名を冠する、最強の悪魔払いの修道女だ。
フランチェスカはシスター服のスリットに手を入れ、もぞもぞと動かしている。それを好機と取ったのか、式神は再び加速した。
――ヒュッ
聞こえたのは、そんな気の抜けそうな風切り音。
いつの間にかフランチェスカがスリットを弄っていた腕をあげて止まっている。もう避ける必要など無いと言わんばかりに。そして、式神はフランチェスカの横を通り抜け、慣性に従って盛大に地面を掘り返し、地に墜ちていた。
「これだから、あまり使いたくないんです」
フランチェスカはそれだけ呟くと、少し歩きにくそうにしながら、元に戻っている教会の扉を開けた。
式神の亡骸は、銀の弾丸に撃ち抜かれたかのように燃え散っているが、傷口は弾痕ではなく、何かに切り付けられたかのように薄い直線が走っているだけだった。
自分用補足設定
悪魔のエネルギーを-500として、一般的なエクソシストは-xの力で掛け算をして、悪魔のエネルギーを0+nまで削る。xの値が大きいほど成功率は上がり、逆に小さすぎると掛け算は一方的に拒否される。
フランチェスカの聖のエネルギーは足し算であるため、掛け算とは違って攻撃を当てる度、強制的な足し算を行い、徐々に0+nまで削る。
悪魔のエネルギーが0に近づくにつれ、エネルギーが削られて弱体化する。とどのつまり戦いが長引けば長引くほどフランチェスカは有利に戦える。
以上