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エクソシスター  作者: 泰山北斗
色欲ノ章
3/13

フランチェスカという淑女

全部ルビ振ってみたけど、金輪際やらない。

 ()()ますと、そこは電車(でんしゃ)(なか)だった。


 身体(からだ)見下(みお)ろすが、そこにあるのは修道服(シスター服)()成熟(せいじゅく)した自分(じぶん)身体(からだ)で、なんとも寝覚(ねざ)めの(わる)(ゆめ)()ていたなと、(あたま)()()てて(かぶり)()る。


無力(むりょく)自分(じぶん)とは、(いま)(ちが)って可愛(かわい)らしいものですね」


 皮肉(ひにく)めいた言葉(ことば)(つぶや)き、すっかりと筋肉(きんにく)()いた自分(じぶん)(うで)腹筋(ふっきん)(さわ)って(すこ)()()む。


「あの()兄様(にいさま)(さが)しに()かなければ、(べつ)人生(みち)もあったのでしょうか……」


 (ひと)()ちてみるものの、(まった)意味(いみ)()問答(もんどう)なので、思考(しこう)をすぐに()()える。(たと)えばと過去(かこ)()(かえ)っても、夢想(むそう)しても、(かえ)ってくるのは現実(げんじつ)という結果(けっか)だけなのだから。


 (ほど)なくして、電車(でんしゃ)終点(しゅうてん)へと辿(たど)()いた。


 目的地(もくてきち)へと到着(とうちゃく)したフランチェスカが、電車(でんしゃ)()りてクッと()びをするその仕草(しぐさ)に、すぐさま構内(こうない)視線(しせん)(あつ)める。

 その(ことごと)くが好奇(こうき)なものでは()く、(した)しみと(あこが)れを()(そな)えた、親愛(しんあい)敬愛(けいあい)といった視線(しせん)だ。


「ご、ごきげんよう。シスター、フランチェスカ」


 その視線(しせん)(うち)の一つ。(おさな)げがあって(すこ)野暮(やぼ)ったく、されど気品(きひん)(かん)じる(たたず)まいをしている学生服(がくせいふく)()少女(しょうじょ)が、緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちでフランチェスカに挨拶(あいさつ)()わしてきた。


「はい、ごきげんよう。……あら、前髪(まえがみ)(すこ)()りまして?」

「は、はいっ! その、ありがとうございます!」


 少女(しょうじょ)歓喜(かんき)(あふ)れた表情ひょうじょうで、()()()すようにしてお(れい)()うが、すぐにハッとなり(たたず)まいを(もど)して(くち)()()てる。


「っ、失礼(しつれい)しました。(わたくし)ったら、はしたない」

「まだまだ少女(しょうじょ)ですもの。それくらいの(ほう)が、かわいげがありますよ」

「いえ、シスターに(くら)べたら、わたくしなんて……」


 日本(にほん)学生(がくせい)は、と()うか日本(にほん)少女(しょうじょ)は、どうしてこうも自分(じぶん)卑下(ひげ)したがるのだろうかと、フランチェスカは常々(つねづね)(おも)っていた。筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とは()わないが、こうも女性(じょせい)らしさを()くした(わたし)(まつ)()げるのか、と。


 フランチェスカも彼女自身(かのじょじしん)卑下(ひげ)しているのだが、自分(じぶん)のことは(たな)()げるというのは日本(にほん)()最初(さいしょ)(まな)んだことだ。その(ほう)がコミュニケーションは円滑(えんかつ)(すす)むのだとか。


 とはいえ、その心情(しんじょう)をハッキリ(くち)()したことは(すく)ない。うっかり(くち)()せば、何故(なぜ)(うら)めしい(かお)全身(ぜんしん)(とく)(かみ)(むね))をジトッと()られるからだ。つまるところ(さっ)したわけだ。


貴方自身(あなたじしん)卑下(ひげ)するものではありませんよ。(わたし)とて貴方(あなた)(うらや)むことはありますよ」

「えっ、そう、なのですか……?」

(つや)やかな(かみ)(おんな)()(やわ)らかさ、ぷるんとした(くちびる)も、手入(てい)れが()(とど)いている(はだ)も、貴方(あなた)努力(どりょく)(かん)じられ、そして綺麗(きれい)であろうとした貴方自身(あなたじしん)(かがや)きです。自信(じしん)をお()ちなさい、ミスアズサ。(わたし)貴方(あなた)尊敬(そんけい)します。それが間違(まちが)いではないと、(わたし)(しん)じさせてください」


 スッとアズサ少女(しょうじょ)(ほお)()でると、ボッと(あか)くなった。ついでに百合(ゆり)(はな)()いた。


 遠巻(とおま)きに()ていた(おな)学校(がっこう)(かよ)学生(がくせい)たちは「あ、()ちた」「あれホントにうっとりするよね」「(わたし)、あれで(おとこ)()への興味(きょうみ)()えたんだよね」「()かる」とかいろいろ()っているが、フランチェスカには()こえない。()こえないったら()こえない。


「あ、え、う、……っ! し、失礼(しつれい)しましゅ!」


 盛大(せいだい)()み、ベルが()った電車(でんしゃ)へと()()んでいった。


 (まど)からは、(ほお)()()ててぶんぶんと(おと)()りそうなくらい(くび)()っているのが()える。


日本(にほん)(おんな)()はああいうところが可愛(かわい)らしいんですよね。本当(ほんとう)に」


 くすりと微笑(ほほえ)みを()かべ、フランチェスカは(ふたた)(ある)()した。


 (えき)()ると、すぐに(おお)きく荘厳(そうごん)(もん)()える。


 (セント)クオーレ女学院大学(じょがくいんだいがく)中学部(ちゅうがくぶ)高等学部(こうとうがくぶ)(よう)するエスカレーター(しき)学校(がっこう)であり、(ちょう)()くほどのお嬢様(じょうさま)学校(がっこう)。いわゆるミッション(けい)学校(がっこう)でもあり、施設内(しせつない)には教会(きょうかい)併設(へいせつ)されている。


「シスター。ごきげんよう」


 教会(きょうかい)()かっていると、中学部(ちゅうがくぶ)生徒(せいと)から(はな)しかけられた。


「ごきげんよう」

「また今度(こんど)、お(はなし)()いて(いただ)いてもよろしくて?」

「いつでもどうぞ。教会(きょうかい)でお()ちしておりますよ」


 ()()り、(ふたた)(ある)()す。


「シスター・フランチェスカ。ごきげんよう」


 今度(こんど)高等学部(こうとうがくぶ)生徒(せいと)だ。


「はい、ごきげんよう」

「どちらへ行っておられたのですか?」

「すこし所用(しょよう)隣町(となりまち)まで」

「それはお(つか)(さま)です。(おも)そうな荷物(にもつ)ですね。あ、そうだ。荷物(にもつ)教会(きょうかい)までお()ちしましょうか?」

(かる)いものなので結構(けっこう)ですよ。お心遣(こころづか)感謝(かんしゃ)いたします」

「……そうですか。失礼(しつれい)しました。ではまた後日(ごじつ)


 三歩(さんぽ)ほど(ある)く。


「シスター」


 (こえ)をかけられた。

 ……数分後(すうふんご)


「はい、()をつけてお(かえ)りください」


 一歩(いっぽ)


「シスター、ごきげんよう」

「……はい、ごきげんよう」


 数分後(すうふんご)


「では、また教会(きょうかい)でお()ちしています」


 五歩(ごほ)くらい。


「し、シスター。えっと、その……、ご、ごきげにょう!」

()()いてくださいね。()って()べたりしないので」

「た、たべっ……! シスターがっ、(わたくし)を、()べ……っ!」

「あ、あの……?」

「さよにゃらー!」


 (もん)(くぐ)ってから教会(きょうかい)までそれほど距離(きょり)があるわけではないが、辿(たど)()くまでごきげんよう&世間話(せけんばなし)(あらし)で、結果(けっか)三〇(ぷん)()かってしまった。(した)ってくれるのは純粋(じゅんすい)(うれ)しいのだが、流石(さすが)(すこ)(つか)れてしまう。


 教会(きょうかい)(とびら)()けると、()(まえ)訪問者(ほうもんしゃ)がいた。


「あ……」


 (すこ)自信(じしん)()さそうな、高身長(こうしんちょう)でスラッと()()まった身体(からだ)だが、前髪(まえがみ)()(かく)れた独特(どくとく)雰囲気(ふんいき)(はな)高等学部(こうとうがくぶ)生徒(せいと)だ。(かみ)(した)からは、男性(だんせい)見間違(みまちが)えられてもおかしくはない中性的(ちゅうせいてき)顔立(かおだ)ちが垣間見(かいまみ)える。


「ようこそ。なにかお(こま)りですか?」

「あの……えっと」


 笑顔(えがお)対応(たいおう)すると、彼女(かのじょ)何故(なぜ)一歩(いっぽ)()()き、間合(まあ)いを()った。


 その間合(まあ)いの()(かた)は、まるで戦闘(せんとう)()れているかのような足取(あしど)りで……

「あっ! シスターが(かえ)ってきました!」

「本当ですかっ!?」


 教会(きょうかい)(おく)(ほう)から(こえ)(ひび)いた。


 その(こえ)(おどろ)いたのか、小動物(しょうどうぶつ)のように(かた)をビクつかせ、目隠(めかく)女子(じょし)は「失礼(しつれい)します」と(ちい)さく(つぶや)いて()()ってしまった。


「はぁ、教会(きょうかい)ではお(しず)かに」

「あら、すみません。ついはしゃいでしまいまして。(だれ)もいませんし、(ゆる)してくださいませ」


 ピクッと、フランチェスカの(まゆ)(うご)いた。


 その生徒(せいと)(そば)まで()くと、(あご)をクイッと()げ、視線(しせん)()()()くし、(うえ)から()(のぞ)()むようにして()った。


「なんども()いますが、教会(きょうかい)(かみ)御前(おんまえ)です。(つつし)みなさい」

「ふぁ、ふぁい……すみません」


 大声(おおごえ)()した高等学部(こうとうがくぶ)であろう少女(しょうじょ)は、(かお)()()()め、()(うるま)ませて(うなず)いた。


「……いいなぁ」


 ポソッと、もう一人(ひとり)女生徒(じょせいと)(つぶや)いた。


貴方(あなた)もですよ。ここは治外法権(ちがいほうけん)ですが、目立(めだ)った校則違反(こうそくいはん)はするものではありませんよ」

「は、はい! ありがと、あ、いえ……すみませんでしたっ」


 なぜかうっとりしながら、もう一人(ひとり)生徒(せいと)素直(すなお)服装(ふくそう)(ただ)した。


(わたし)仕事(しごと)()まっていますので、(なに)相談(そうだん)があるのならまた後日(ごじつ)にお(ねが)出来(でき)ますか?」


 生徒二人(せいとふたり)はこくこくと(うなず)くと、教会(きょうかい)から静々(しずしず)()()った。


 フランチェスカはまさかあの二人(ふたり)(おこ)られるために制服(せいふく)着崩(きくず)しているとは(かんが)えも()かず、毎回(まいかい)こんなやり(かた)(ただ)していた。お嬢様(じょうさま)学校(がっこう)問題児(もんだいじ)という認識(にんしき)だが、普段(ふだん)成績優秀(せいせきゆうしゅう)品行方正(ひんこうほうせい)清廉潔白(せいれんけっぱく)娘等(むすめら)だ。(なに)を、とは()わないが、大事(だいじ)何か(せいへき)(ゆが)めてしまったことに()わりは()い。


「それにしても、あの()は……」


 (おも)()すのは、教会(きょうかい)()(ぐち)()っていた目隠(めかく)女子(じょし)のこと。


 間合(まあ)いの()(かた)がやけに()れていて、こちらを射刺(いさ)す、(ため)すような視線(しせん)は、一般人(いっぱんじん)のものとは(おも)えなかった。敵意(てきい)()いと()かっていたので臨戦態勢(りんせんたいせい)()らなかったが、(わか)れた(あと)(あと)()不思議(ふしぎ)さを(かん)じさせる()だった。


 (えき)時然(ときしか)り、校内(こうない)生徒(せいと)であればだいたい名前(なまえ)把握(はあく)しているフランチェスカだが、それはあくまで相談(そうだん)()生徒(せいと)と、毎週(まいしゅう)ミサに()敬虔(けいけん)信徒(しんと)だけ。流石(さすが)教鞭(きょうべん)()(こと)()いフランチェスカは、教会(きょうかい)()生徒以外(せいといがい)名前(なまえ)(おぼ)えることは()かった。


(なに)(よう)があれば、後日相談(ごじつそうだん)()ることでしょう。(いま)はやるべきことをやりましょう」


 教会(きょうかい)(おく)(とびら)(ひら)き、しっかりと施錠(せじょう)する。


 そこは執務室(しつむしつ)のようになっており、(ほん)日焼(ひや)けを(ふせ)ぐために(まど)とカーテンは常時(じょうじ)()じられている空間(くうかん)になっている。(はし)本棚(ほんだな)(まえ)()ち、(ほん)()()むと、(ほん)(おく)空間(くうかん)へと()()まれていき、ガタンと(おと)()てた。


 本棚(ほんだな)(おと)()てて(うご)()し、地下(ちか)へと(つう)じる秘密(ひみつ)通路(つうろ)開通(かいつう)した。


「しかし、()りますか? これ」


 普通(ふつう)にカーペットの(した)床下(ゆかした)へと(つづ)(とびら)じゃダメだったのだろうかとフランチェスカは常々疑問(つねづねぎもん)(おも)っていたが「戦国(せんごく)()から代々(だいだい)()()がれてきた秘密(ひみつ)仕掛(しかけ)けだから!」と何度(なんど)力説(りきせつ)され、()(こわ)すわけにもいかずに使(つか)っているが、どうしても「無駄(むだ)では?」としか(おも)えなかった。


 (おとこ)のロマン云々(うんぬん)は、異国(いこく)のシスターには(つう)じなかった!


 ただ、(かく)部屋(べや)があること自体(じたい)はありがたいことなので、感謝(かんしゃ)して(ほこり)っぽい階段(かいだん)()りていく。電気(でんき)()()れる工事(こうじ)もしていないせいで、()かりは(いま)だに懐中電灯(かいちゅうでんとう)だ。


「まさか日本(にほん)に、エクソシストの(いき)()かった業者(ぎょうしゃ)がいるわけもありませんし、しばらくは発電機(はつでんき)(まかな)うしかありませんよね」


 階段(かいだん)()りきってしまうと、物置程度(ものおきていど)空間(くうかん)があり、(なか)には使(つか)(ふる)された作業台(さぎょうだい)とその(うえ)()かれた工具(こうぐ)、そして(ちい)さな部品(ぶひん)監視(かんし)カメラのモニターがあるだけだ。フランチェスカはこの秘密空間(ひみつくうかん)を、(じゅう)整備(せいび)をする場所(ばしょ)に決めたのだ。監視(かんし)カメラがあるのは、(おもて)教会(きょうかい)(ひと)()たかどうかを確認(かくにん)するため。


 一般生徒(いっぱんせいと)に、というか一般人(いっぱんじん)()られるわけにもいかないので、この空間(くうかん)()っているのは学校(がっこう)でも、母国(ぼこく)のエクソシストと面識(めんしき)のあるらしい理事長(りじちょう)ただ一人(ひとり)。フランチェスカの赴任(ふにん)もコネで一発(いっぱつ)である。


(ほこり)っぽくて()()きませんし、手早(てばや)()ませてしまいましょう」


 トランクを部屋(へや)(すみ)()き、シスター(ふく)(おく)まった場所(ばしょ)にあるスリットに()()れ、太腿(ふともも)のホルスターを(はず)して二丁(にちょう)(じゅう)()()す。着用(ちゃくよう)しているガーターベルトには、ワンタッチで着脱可能(ちゃくだつかのう)(ほそい)いワイヤーが仕込(しこ)まれており、ホルスターを固定(こてい)する役目(やくめ)(にな)っていたりする。


 ちなみに、(ふく)のスリットは大股(おおまだ)(ある)かない(かぎ)()えないようになっていて、彼女(かのじょ)普段(ふだん)から()居振(いふ)()いには()(つか)っているため、スリットから太腿(ふともも)(さら)すと()うことが()い。つまり、()えなければ、シスター(ふく)(なか)異次元(いじげん)へと(つな)がっているかもしれないという証明(しょうめい)出来(でき)るのかもしれない。さしずめ、シュレディンガーのスカートの(なか)。シスター(ふく)不思議(ふしぎ)でいっぱいなのだ。


 閑話休題(かんわきゅうだい)


 カチャカチャと(じゅう)解体(かいたい)し、弾丸(だんがん)(なら)べてバレルを整備(せいび)点検(てんけん)清掃(せいそう)し、再度(さいど)()()てる。一連(いちれん)作業(さぎょう)無駄(むだ)()く、お風呂(ふろ)身体(からだ)(あら)っているかのような(あで)やかさすら(かん)じる所作(しょさ)だ。


 二丁(にちょう)整備(せいび)()え、(じゅう)()いて秘密(ひみつ)部屋(へや)から()たフランチェスカは、執務室(しつむしつ)椅子(いす)(すわ)り、ノートパソコンを(ひら)く。


 (ひら)いたメモ(ちょう)に『報告書(ほうこくしょ)』と(めい)()った(ころ)にはもう、()(しず)んでいた。





「んぅ……」


 もぞもぞと、ベッドの(うえ)寝返(ねがえ)りを()物体(ぶったい)(ひと)つ。


 気怠(けだる)げながら()()けると、(すで)にカーテンの()こう(がわ)(あか)るく()らされており、意識(いしき)覚醒(かくせい)させないまま()(こす)り、上体(じょうたい)()こした。


 パサと()ちる()布団(ぶとん)


 なんの(しば)りも()(ゆた)かな双丘(そうきゅう)呼吸(こきゅう)()わせて上下(じょうげ)させ、(かす)かな衣擦(きぬず)れの(おと)()ててベッドから()()がる、神々(こうごう)しさすら(かん)じる全裸(ぜんら)女性(じょせい)

 フランチェスカは、(すこ)しふらつきながらも洗面台(せんめんだい)(あし)(はこ)ぶ。パシャパシャと(かお)(あら)い、(かがみ)()ると、いつもより(すこ)(つか)れたような自分(じぶん)(かお)()かんでいた。


「……すこし、夜更(よふ)かしでしたか」


 昨夜(さくや)報告書(ほうこくしょ)()いた(あと)学校(がっこう)提出(ていしゅつ)する教会(きょうかい)運営管理(うんえいかんり)書類作成(しょるいさくせい)や、教会(きょうかい)清掃(せいそう)(おこな)ってから就寝(しゅうしん)した(とき)には、(すで)日付(ひづけ)()わっていたらしく、悪魔(あくま)との戦闘(せんとう)(ばん)(はん)()べていないこともあってか、(はだ)状態(じょうたい)(すこ)(わる)くなっていた。


 (さいわ)今日(きょう)土曜日(どようび)通常(つうじょう)業務(ぎょうむ)よりか幾分(いくぶん)かは(らく)出来(でき)るだろう。そう(おも)うと、(すこ)()(らく)になった。


 バスローブだけを羽織(はお)り、(あさ)日課(にっか)朝食(ちょうしょく)()ませてから部屋(へや)(もど)る。


 純白(じゅんぱく)下着(したぎ)()()けてからベッドに(こし)()ろし、足先(あしさき)から、(しろ)いストッキングで綺麗(きれい)(あし)(つつ)()んでいく。ガーターベルトを装着(そうちゃく)し、ストッキングを()()(はさ)んで突起部分(とっきぶぶん)固定(こてい)する。


 ワンピース(がた)修道服(シスター服)()て、(ふく)(なか)(はい)った(かみ)(かき)()げる。最後(さいご)にウィンプルを(あたま)()ければ、いつものシスター、フランチェスカだ。


 あたりまえのことをしているだけなのに、着替(きが)えだけでどこか背徳的(はいとくてき)だと(おも)わせるのは、彼女(かのじょ)普段(ふだん)露出(ろしゅつ)(すく)なさや、キリッとした(たたず)まいのせいだろう。修道服(シスター服)(なか)まで(ひん)のある着込(きこ)みをするのは、彼女(かのじょ)人柄(ひとがら)上品(じょうひん)由来(ゆらい)だ。着崩(きくず)せてしまうからこそ、なお丁寧(ていねい)に、という意識(いしき)がフランチェスカの(なか)には存在(そんざい)する。


 今更(いまさら)()った起床時間(きしょうじかん)()らせる時計(とけい)のベルを一瞬(いっしゅん)()め、姿見(すがたみ)(まえ)()つ。(ひね)ってみたり(まわ)ってみたりしながらおかしなところが()いかを確認(かくにん)し、確認(かくにん)()えると、ストームと(ふと)いヒールが()いた膝下(ひざした)まであるブーツを()いて(とびら)()ける。


 教会(きょうかい)二階(にかい)居住区(きょじゅうく)となっている。そこがフランチェスカの(いえ)だ。(いえ)から徒歩(とほ)(ふん)職場(しょくば)家賃(やちん)経費(けいひ)庭園(ていえん)完備(かんび)住居(じゅうきょ)一階(いっかい)には女学生(じょがくせい)たちが毎日(まいにち)()ます。条件(じょうけん)教会施設(きょうかいしせつ)維持(いじ)清掃(せいそう)付随(ふずい)する書類(しょるい)作成(さくせい)。そしてシスターであること。そこのあなたもどうですか?


「さて、今日(きょう)もお(つと)めを()たしましょう」


 シスターの朝一番(あさいちばん)のお(つと)め。それは勿論(もちろん)……















「ギャアアアァァァァッッ!!」


 醜悪(しゅうあく)な、悪魔(あくま)滅殺(めっさつ)です♪


 悪魔(あくま)とは()っても、先日(せんじつ)()した西洋由来(せいようゆらい)異界(いかい)悪魔(あくま)では()く、日本特有(にほんとくゆう)悪魔(あくま)怪異(かいい)妖怪(ようかい)()ばれる(たぐい)いのものたち。(かい)(また)いだ(こと)によって〝顕現(けんげん)〟する悪魔(あくま)(ちが)って、(べつ)条件(じょうけん)によって〝発生(はっせい)〟しているようで、毎日毎日(まいにちまいにち)()いてきます。


 基本的(きほんてき)にこういう手合(てあ)いは、(とし)(かさ)ねるごとに強力(きょうりょく)狡猾(こうかつ)になっていくので、毎日毎日(まいにちまいにち)(つぶ)しているとそのうち(じゅう)()くても(つぶ)せるようになってきます。


 最後(さいご)一匹(いっぴき)(あし)()(つぶ)し、(あせ)()いたわけではないが(ひたい)(ぬぐ)う。()れやかな(そら)(あお)ぎ、自然(しぜん)表情(ひょうじょう)()れやかになっていく。


今日(きょう)()きていられることに感謝(かんしゃ)し、祈祷(きとう)(ささ)げましょう」


 教会(きょうかい)(もど)足取(あしど)りはやはり(かる)い。フランチェスカ自身(じしん)はこの〝(あさ)のお(つと)め〟と()()悪魔祓い(エクソシズム)を、毎朝(まいあさ)清々(すがすが)しい運動程度(うんどうていど)(おも)っているのかもしれない。


 教会(きょうかい)(とびら)()けようと、ノブを()(つか)む。が……


「……?」


 ほんの(すこ)しの違和感(いわかん)(かん)じ、ほんの(わず)かに感覚(かんかく)のブレが(しょう)じ、ほんの(わず)かな(感覚的(かんかくてき)には空気中(くうきちゅう)二酸化炭素(にさんかたんそ)(すこ)(おお)くなった(くらい)の)空気(くうき)(よど)みを、異質(いしつ)空間(くうかん)への越界(えっかい)を、フランチェスカは(かん)()った。


「――ッ!」


 刹那(せつな)、その()から本気(ほんき)回避行動(かいひこうどう)()った。


 普通(ふつう)人間(にんげん)から()れば、フランチェスカが(とびら)(つか)んだ瞬間(しゅんかん)後方(こうほう)(はじ)()ばされたかのように(うつ)るであろう超人的(ちょうじんてき)身体(からだ)(うご)き。


 そして、その危機感知(ききかんち)正解(せいかい)だった。


「――浮腫縷々縷々(フシュルルルル)


 一言(ひとこと)()えば、(にく)(かたまり)


 ただ、()()しの()(いびつ)()人間(にんげん)のような(うで)(ちゅう)()かぶその姿(すがた)から、ただの肉塊(にくかい)(だん)じるには無理(むり)がありすぎた。異様(いよう)存在(そんざい)教会(きょうかい)(とびら)とその(した)にあるコンクリートの階段(かいだん)(こわ)れていることから、異常(いじょう)(ちから)()っていることが(うかが)える。


悪魔(あくま)ではありませんね。自然発生(しぜんはっせい)怪異(かいい)? ……いえ、このような強大(きょうだい)気配(けはい)(わたし)見逃(みのが)すはずもありません。()()まれたものか、召喚(しょうかん)されたもの。つまるところ、式神(しきがみ)というやつですか」


 滅殺(めっさつ)する義務(ぎむ)があるかと()われると、()い。


 だが、こうまで殺意(さつい)()けられ、相対(あいたい)しているのだ。相手方(あいてがた)見逃(みのが)すという選択肢(せんたくし)がない以上(いじょう)、フランチェスカに敵意(てきい)()けて召喚(しょうかん)されたもので間違(まちが)いないだろう。問題(もんだい)(だれ)が、(なん)のために……


()()()


 (かんが)える()などなかった。式神(しきがみ)(なに)かを(とな)えて歯軋(はぎし)りをした(あと)肉体(にくたい)()るわせて突進(とっしん)してきた。かなり(はや)いが、()()えない(はや)さではない。先日(せんじつ)(たたか)ったコウモリの(ほう)(はや)いくらいだ。


 フランチェスカは(あし)前後(ぜんご)(ひら)き、突進(とっしん)(かわ)してすれ(ちが)いざまにカウンターを(たた)きこもうとした。


「――ッ!」


 誤算(ごさん)


 (たし)かに、速度(そくど)ではコウモリに(おと)っているが、コウモリはあくまで物理(ぶつり)法則(ほうそく)(したが)って()んでいた。だが()(まえ)式神(しきがみ)は、物理(ぶつり)法則(ほうそく)ではない(なに)(べつ)法則(ほうそく)飛行(ひこう)しているようだった。


 なぜなら、慣性(かんせい)など(まった)()いと()わんばかりに、半身(はんみ)(かわ)したフランチェスカの()(まえ)急停止(きゅうていし)してその(うで)()るってきたからだ。彼女(かのじょ)()()ければ、転移(てんい)見紛(みまご)うほどの技術(ぎじゅつ)


 一瞬(いっしゅん)だけ、驚愕(きょうがく)した。


 たかが一瞬(いっしゅん)、されど一瞬(いっしゅん)だ。その一瞬(いっしゅん)のせいで回避行動(かいひこうどう)(おく)れ、防御(ぼうぎょ)(はい)るしかなかった。ほぼ反射行動(はんしゃこうどう)として、(うで)十字(じゅうじ)()んで衝撃(しょうげき)(そな)えると同時(どうじ)(きし)むような(にぶ)(いた)みと衝撃(しょうげき)()()けた。


「ぐっ」


 (おも)わず()らす苦悶(くもん)(こえ)


 (うし)ろに()んで衝撃(しょうげき)()がすも、式神(しきがみ)高速移動(こうそくいどう)急停止(きゅうていし)駆使(くし)してどこまでも()って攻撃(こうげき)仕掛(しか)けてくる。着地(ちゃくち)瞬間(しゅんかん)(ねら)った、背後(はいご)からの強襲(きょうしゅう)(すで)()えている攻撃(こうげき)だが、タイミングが絶妙(ぜつみょう)だった。


 ――()けられない。


 いくらフランチェスカでも、ノーガードで攻撃(こうげき)()けてしまえばすぐに(うご)くことは(むずか)しいかもしれない。背骨(せぼね)(きず)()いてしまえば、勝負(しょうぶ)決着(けっちゃく)するだろう。


(ショウ)(ショウ)消雄雄雄雄雄(ショオオオオオ)!」

(なに)を、()(ほこ)っているのですか?」


 ()けられない? なら、攻撃(こうげき)そのものを()してしまえばいい。


 フランチェスカはブーツのヒールで石畳(いしだたみ)()()りを()かせ、衝撃(しょうげき)遠心力(えんしんりょく)()えて(まわ)()りを(はな)った。(まわ)()りは式神(しきがみ)()るった(うで)とぶつかり()い、式神(しきがみ)攻撃(こうげき)簡単(かんたん)()らして()せた。(こえ)ならぬ驚嘆(きょうたん)()式神(しきがみ)からは、意外(いがい)なことに(おどろ)きという感情(かんじょう)露呈(ろてい)していた。


 さらに追撃(ついげき)体制(たいせい)一瞬(いっしゅん)(ととの)えるも、式神(しきがみ)高速移動(こうそくいどう)距離(きょり)()り、こちらの様子(ようす)(うかが)っている。

 

「とはいえ、〝聖孔(しょうこう)〟が(ひら)いていない(わたし)では、素手(すで)(たお)すのは無理(むり)ですし、道具(どうぐ)()りに()こうにも、この異質(いしつ)空間(くうかん)はあれを(たお)さない(かぎ)()られないでしょう。……気乗(きの)りしませんが、仕方(しかた)ないですね」


 聖孔(しょうこう)とは、簡単(かんたん)()えば人体(じんたい)(ねむ)(ちから)開放(かいほう)する(あな)だ。

 本来(ほんらい)悪魔(あくま)には(けが)れのエネルギーが宿(やど)り、人間(にんげん)にも(せい)(けが)れ、どちらかのエネルギーが宿(やど)る。悪魔祓い(エクソシスト)生業(なりわい)とする(もの)(けが)れのエネルギーを(もち)い、(じゅつ)()(ざん)によって悪魔(あくま)滅殺(めっさつ)する。だが、フランチェスカの家系(かけい)、サルバトーレ()だけは、圧倒的(あっとうてき)(せい)のエネルギーによる暴力的(ぼうりょくてき)()(ざん)悪魔(あくま)(けず)(ころ)す。


 だが、フランチェスカの家族(かぞく)は、その極意(ごくい)(おし)える(まえ)彼女(かのじょ)(まえ)から姿(すがた)()した。五歳(ごさい)のあ誕生日(たんじょうび)事件後(じけんご)、とある軍人(ぐんじん)()()られて訓練(くんれん)をしていたので、聖孔(しょうこう)(ひら)(かた)()らず、悪魔(あくま)滅殺(めっさつ)するのに(せい)のエネルギーが宿(やど)った道具(どうぐ)(たよ)らざるを()ない。


 道具(どうぐ)使(つか)わなければ悪魔(あくま)(たお)せない。それでも彼女(かのじょ)は【聖女(せいじょ)】の()(かん)する、最強(さいきょう)悪魔払いの修道女(エクソシスター)だ。


 フランチェスカはシスター(ふく)のスリットに()()れ、もぞもぞと(うご)かしている。それを好機(こうき)()ったのか、式神(しきがみ)(ふたたび)加速(かそく)した。


 ――ヒュッ


 ()こえたのは、そんな()()けそうな風切(かざき)(おん)


 いつの()にかフランチェスカがスリットを(まさぐ)っていた(うで)をあげて()まっている。もう()ける必要(ひつよう)など()いと()わんばかりに。そして、式神(しきがみ)はフランチェスカの(よこ)(とお)()け、慣性(かんせい)(したが)って盛大(せいだい)地面(じめん)()(かえ)し、()()ちていた。


「これだから、あまり使(つか)いたくないんです」


 フランチェスカはそれだけ(つぶや)くと、(すこ)(ある)きにくそうにしながら、(もと)(もど)っている教会(きょうかい)(とびら)()けた。


 式神(しきがみ)亡骸(なきがら)は、(ぎん)弾丸(だんがん)()()かれたかのように()()っているが、傷口(きずぐち)弾痕(だんこん)ではなく、(なに)かに()()けられたかのように(うす)直線(ちょくせん)(はし)っているだけだった。

 自分用補足設定


 悪魔のエネルギーを-500として、一般的なエクソシストは-xの力で掛け算をして、悪魔のエネルギーを0+nまで削る。xの値が大きいほど成功率は上がり、逆に小さすぎると掛け算は一方的に拒否される。


 フランチェスカの聖のエネルギーは足し算であるため、掛け算とは違って攻撃を当てる度、強制的な足し算を行い、徐々に0+nまで削る。


 悪魔のエネルギーが0に近づくにつれ、エネルギーが削られて弱体化する。とどのつまり戦いが長引けば長引くほどフランチェスカは有利に戦える。


以上

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