君の笑顔のためなら
燃えさかる炎が黒煙を吐きながら辺り一面をオレンジ色に照らす。
建物だったそれは炎の中でガラガラと崩れ落ちる。
脅え震える幼い妹を抱き締めて二人でただ揺れる炎を見つめていた。
この炎の中で母さんを殺した父親が苦しみながら焼かれている。
父親は悪魔なんていう品のいい言葉では言い表せない位クソったれで最低で鬼畜で変態で惨めで矮小な奴だった。
あの男は欲望を我慢出来ずに妹を産んだばかりで体の弱った母さんを無理矢理乱暴して殺した。
それから毎日の暴力が始まった。
俺は「目付きが気に入らない」から殴られ「態度が悪い」から蹴られ「泣くな」と首を絞められ「何となく楽しいから」指を折られた。
痛くても苦しくても辛くても俺は耐えた。
妹がいてくれたからだ。
妹が産まれて初めて見た時、俺を見て笑ってくれた。
その笑顔は天使のようにとても可愛くてとても愛おしくて、俺はサラと名付けられたこの妹を護ると決めた。
父親は俺を散々殴って疲れるか気が済むと酒を飲みに出て行く。
そうすると隠れていたサラは泣きながら俺の傍まで来て抱き締めてくれる。
俺の血でサラが汚れてしまうのは少し気が引けるけど俺も「大丈夫だよ」と安心させるように言って抱き締める。
そうすると心だけじゃなく本当に身体も癒される。
サラは誰にも教わる事もなく癒しの魔法が使えたのだ。
癒しの魔法は『聖女』しか使えないらしい。
ほとんど家を出たことの無い筈のまだ五歳のサラ。
たまに俺も知らない事を知っている。
不思議だったけどきっとサラは本当に天使かもしれないと思っていた。
ある日サラは俺に『秘密』を教えてくれたんだ。
サラは十七歳で一度死んで何故か三歳からやり直しているらしい。
本当は七歳の時に癒しの魔法が使えるようになって聖女となる筈だったが、前の人生を覚えているので五歳の今でも使えるのだという。
そしてサラはこれから起こる未来を教えてくれたんだ。
前の人生では俺はこれから一年後に殺される。
あの父親の暴力によって。
それから更に一年後、サラはアイツの暴力に曝され挙句の果てに乱暴されそうになり教会に逃げるのだ。
教会で俺と母さんに祈りを捧げていた時に癒しの魔法に目覚めて『聖女』となり、王都の教会へ移った。
救いを求める沢山の人々に癒しの魔法で怪我や病気を治療をしたという。
その力と民衆からの名声に目を付けられ好きでもない王子と婚約させられる。
民衆が望んでいるから、それが救いになるからと絆された。
王子と結婚するには沢山勉強しなくてはいけない。
だからサラは沢山勉強したのだ。
好きでもない王子を好きになる為にいっぱい努力したのだ。
なのに王子は浮気をした挙句に冤罪をかけられて、救ってきた人々に裏切られ、罵倒され、絶望して処刑された。
そして目が覚めると何故か三歳になっていたのだという。
信じられない話だった。
でも俺の可愛い天使な妹が嘘をつ筈は無い。
俺がサラを信じない理由なんて無いのだ。
怯えながら、涙を堪えながら話すサラ。
サラは勇気を出して話してくれた。
誰だってこんな話は信じられないだろう。
もしかしたら兄である俺も信じてくれないかも知れない。
サラの味方は俺だけなのだ。
怖かっただろう。
記憶が戻って二年の間、ずっと苦しくて怖かっただろう。
俺はサラが少しでも安心できる様に震える小さな身体を強く強く抱き締めた。
勇気を出して話してくれたサラを称えた。
「違うの。本当は誰にも話せなかった。でも私はお兄ちゃんを失うのが怖くなったから...もっと早く話せばよかったのに、ごめん、なさい...」
大きな瞳からぼろぼろと大粒の涙を流すサラ。
「怖かったろうに、勇気をだして話してくれてありがとう、サラ」
だから俺はもう死なない。
俺の未来を変えてやる。
そしてサラを護る。
前の人生でサラを裏切った奴もこれからの人生でサラを傷付けようとする奴らからも絶対に護ってみせる。
そう言って涙を拭うとサラはやっと笑顔を見せてくれた。
その笑顔はやっぱり天使のように愛らしくて、俺はこの笑顔を護りたい。
いや、護らなくてはいけない。
絶対にだ。
この日から俺達はこの家から逃げ出す計画を立てた。
俺はサラのお兄ちゃんだけどまだ七歳の子供だ。
お金も無いし、力も無いし、知識も無い。
だから前の人生で十七歳まで生きたサラの知識が重要となった。
この家から逃げた後、前と同じ様に教会へ逃げるのはダメだ。
『聖女』にされてまた浮気バカ王子と婚約させられるかもしれないからだ。
それ以外だと父親に捕まる可能性が高い。
それなら父親を殺すしかない。
実行するのは俺一人だ。
絶対にサラの手は汚させない。
俺はサラにこの事は言わずに魔法が使えるようになれるか相談してみた。
魔法ならば筋肉の無い子供でも大人に勝てる。
それに俺は魔法が使えるようになると確信していた。
サラに癒しの魔法をかけてもらった時に自分の中にも似た何かがある事に気付いたからだ。
サラはそれが魔力だと教えてくれた。
魔法は基本的に、火・水・風・土・光・闇と系統がある。
但しサラの使う癒しの魔法はどの系統でもない特殊魔法というものらしい。
人は魔力があれば必ず得意属性がある。
普通は一つの属性だけだが、貴族や魔法使いの家系には二属性や三属性が得意属性になる人もいるという。
俺は闇属性だった。
闇属性は影を操ったり気配を消したり出来る。
俺にとってはちょうど良い魔法だった。
俺は毎日隠れて特訓した。
殴られぼろぼろになってもサラに治療して貰って毎日特訓した。
半年もすると俺はサラ一人位なら影の中に潜り移動出来るようになった。
準備は出来た。
この闇魔法さえあれば逃げるのは簡単だ。
食べ物を盗むことだって出来る。
悪い事?
どうでも良かった。
罪悪感よりもサラが笑顔でいられる未来を護る事が大切だ。
俺は例え悪い事だろうとサラの笑顔のためならなんでもしてやる。
でもサラは俺が悪い事をしたと知ったら哀しむかもしれない。
天使のように純粋で心優しいから。
だからサラには内緒にする。
そして翌日、俺はサラに告げた。
「準備は出来た。明日、此処を逃げよう」
サラはこくんとうなづいた。
次の日の夜、酔っ払って寝ている父親を起こさない様に静かに扉を開けた。
先ずは俺が、デカいイビキをかいて呑気に寝ているのを横目に扉の外へ出た。
続いてサラが静かに外に出る。
するとクソやろうの目が開いて外にいる俺とまだ家の中のサラを捉えた。
「テメェらっ!何処に行く気だっ!!!」
馬鹿みたいに太い腕を伸ばしてサラが捕まってしまった。
「いやーーっ!お兄ちゃんっ!」
「サラ!!!」
俺は魔法で影の手を実体化して伸ばす。
十数本の闇の手の二本は優しくサラを抱くように巻き付き、残りの闇の手は鋭い槍となってクソやろうを突き刺した。
サラを外まで運ぶ。
俺はサラを抱き寄せて安堵した。
「いぃっいでぇ!くそっ!何だコリャぁ!」
俺はクソやろうに闇の手を突き刺したまま動けないように巻き付けた。
ヤツは苦痛に顔を歪めた。
「てめぇか!てめぇがやったのか!シグルド!」
俺の名を呼ぶクソやろうを無視してサラを抱き寄せたまま踵を返し歩き始めた。
「おっおい!待て!痛ぇっ!げほっ!げほっ!」
煙を吸ったのか咳き込む音が聞こえた。
すれも無視してスタスタと歩けば声が遠ざかる。
カシャン
僅かに聞こえたその音に振り返る。
すると開けっ放しの扉の奥が赤くなった。
あれは蝋燭の火だ。
あのクソやろうはじたばたしてテーブルの上にあった蝋燭台をたおしてしまったのだろう。
「うあぁぁっ!熱いっ!た、助けろ!おい!」
あのクソやろうが何か叫んでいる。
元々殺すつもりだったから特に感情は無かった。
ただ、殺す時はサラが寝た後にするつもりだったのだ。
家の中は煙が充満してもうクソやろうの姿は見えない。
木製のおんぼろ小屋はあっという間に火が燃え広がる。
声にならない叫び声は炎の勢いで掻き消された。
「サラ、見るな」
俺がサラの視線を体で阻もうとすると彼女は強い意志を秘めた瞳を炎に向けたまま首を横に振った。
俺はサラの意志を尊重する。
ならば俺はサラを支えるだけだ。
それは運命を、前の人生に抗うと決めた強く美しいサラの決意だ。
これは前の人生とは違う大きな変化。
半年後、運命が同じならば俺はサラの隣にいない。
しかし俺を殺す筈のヤツは今死んだ。
他の何かで俺を殺す運命があるのなら俺は抗う。
抗ってみせる。
サラ、俺の大切な妹がいつか心から笑顔で幸せになれるように。
ちらほらと村人達が集まりだした頃、俺はサラと共にこの村を離れた。
最後までお読みいただきありがとうございます(*´ω`*)
兄視点の物語が無性に書きたくなって一気に仕上げてしまいました。
誤字脱字ありましたらすみません。