青、愛より出でて
露店通りの客は、一言で表すならば富裕層が多い。
例えばそれはこの辺で権力を持っているのだろうと分かりやすい華美な服装であるとか、蓄えがありそうな冒険者然とした格好とかだ。
考えるまでもない、生活必需品は大抵が商店通りで揃うのだから、露店に求められているのは住民にとっての非日常というわけである。
さて、そんな中にあって俺たちは少数派だ。
まず服装。我が家は基本的に乳白色の麻の服で統一している。
今日に限ってはエリンが赤の、ナタシアが紫のワンピースで着飾ってはいるが、なんにせよ男連中が白一色だ。
装備のしっかりした冒険者やら、装飾品に身を包んだ富裕層に紛れて、活気づいた露店を眺めに参った貧困層、みたいな顔して混ざってゆく。
「んー。なんか今日は宝石?が凄いな」
「宝石をいっぱい体に生やしたドラゴンが倒されたんだってよ!」
「なにそれ、どこ情報だ」
「テスラにーちゃんと話してた時!そういうの話してた人いたから!」
クレドは元気に教えてくれる。
なるほど、知らない人の会話が聞こえていたのか。
俺が知る頃の日本みたいに、電子端末を手にしていれば情報など幾らでも飛び込んでくる世界ではない。
なので、意外と周囲の会話に耳を傾けて盗み聞きするのは役に立つスキルなのだが、俺は感覚として未だ根付いていないようだった。
クレドとしては打算や企みがあってそうしている、というわけではないのだろう。
単に面白い話が聞こえて来ないかな、くらいの気分なのかも知れない。俺も参考にすべきか。
露店は、ずらりと並んだ一行が何列か並んだつくりになっている。
今日は三行だが、多い日は五行くらいになって露店通りがパンク寸前になる事もある。
そういう時は人混みに溺れるハメになるので、子供たちを連れて訪れるのは控える日だ。
今日はかなり余裕がある。向き合った露店の列同士には二メートルくらいの隙間が設けられ、子供たちを見守りながら歩くのも成立する程度の人だかりだ。
「ネックレス……」
ぽわぽわと浮かれた顔をしているナタシアが小さく零した。
視線の先には、ルビーだろうか?赤い宝石をあしらった金のネックレス。
「買いたいのでもあった?」
「ううん、見てるのが好き……」
そんなやりとりを聞きつけたエリンが、服の裾をくい、くい、と引っ張ってくるので視線を向ける。
そこにはきらきらした笑顔が待ち受けていた。
「わたしはイヤリング欲しいよ!パパ様!」
「安いのなら買ったげるよ」
「いらなーい!」
いらないんかい。
にこぉーっ!と笑顔の花が咲くエリン。
定期的にこういう緩いボケをかましてくるので、俺も察しつつ軽くノッてみるのだ。
「ん!おとぉさん、びーだま!びーだま!」
「あっ、こら。走るなってば!」
駆け出したミィルは少し先の露店で立ち止まる。
話題のドラゴンに便乗してか宝石を取り扱う店が多い中、その露店だけは今日も今日とてビー玉をずらりと並べていた。
パッと見て驚くのは、俺がかつて馴染みのあった模様入りのビー玉が、記憶の中とほぼ変わらない見た目でそこにある事だ。
「いらっしゃいなぁ。お前んトコのチビはまったくビー玉大好きだぁねぇ」
「ご無沙汰してます。俺も好きだったんで、見てると懐かしいですよ」
ビー玉おじさんこと、行商人のおじさんだ。
前線の後退した頭はそれでもまだ元気に白髪を生え揃わせ、ミィル曰く撫でるとふわふわらしい。
皺の刻み込まれた顔は気の良い笑みを浮かべて、普段は煙草らしきパイプを咥えている。
子供の姿が見えると気遣って火を消してくれる優しいおじさんだ。実際はおじいさん、と呼ぶべきお年頃だろう。
「聞いたかい、人っ攫いが出てるとよ。気を付けるこった」
「知人から聞きました、ありがとうございます。それでその……」
「ああ……まだ、見つからないねぇ」
俺の問い掛けを全て聞くまでもなく、おじさんは答えてくれた。
すぐに見つかるとは思っていなかったが、かれこれ探し始めて一年が経とうとしているのか。
「焦るのは勿論だがね、これに関しちゃ気長に待っとくのを勧めるよ」
「よろしくお願いします」
子供たちはビー玉をつまみ上げて、透明なものから模様入りまで空に透かして眺めていた。
折角なので俺もひとつ拝借し、空にかざす。
青い煙のような筋が三本入ったビー玉に、空の青い部分を重ねて覗き見ると、不思議とそれぞれの見分けはつくものだ。
「青は藍より出でて藍より青し……」
「買うなら一袋サービスだ」
「じゃあ買います」
ざらざらと革袋にビー玉が詰め込まれてゆき、代金と引き換えに受け取る。
そして袋からひとつずつ取り出し、子供たちに渡しておくことにした。
「行くのかい」
「昼食、まだなんですよ。おじさんもいっしょにどこか行きます?」
「もう食っちまった、今日は店じまいまでずぅっとこのままさ」
少し残念だが、予想していた事だったので軽く会釈してその場を後にする。
「またなーおじさん!」
「ばいばーい!」
「し、失礼します」
「びーだま!」
子供たちもそれぞれ別れの挨拶と共に手を振りながら、或いはビー玉に夢中になりながら、商店通りの方へと歩き始めた。
この微妙な時間帯だと、かえって食事処は混雑しているかもしれない。
いっそのこと露店通りで屋台でも探して買い食いしようか。
そんな事を考えながら街中を歩くこの瞬間は、なんだか純粋に満ち足りた感じがするのだ。
「愛より出でた青、ってトコかねぇ」
ビー玉を空にかざしながら呟かれた若者の言葉。
それを耳にした老人は一人、同じ様にビー玉を掲げながら呟いた。