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異邦人付き合い

 ハジニアル村、と書かれた看板に見送られながら、俺たちは草原に一本伸びた白い道をゆく。

 道として整備されているわけではないが、かつての村民が何度も踏みしめる中で出来たのであろう道だ。

 子供たちは時折、手を繋いだ横一列から散り散りになって草原を駆けまわり、追いかけっこをしながらはしゃいでいる。

 奥手で物静かなナタシアでさえ、満面の笑みで駆けまわっているくらいだ。年相応、というやつだろうか。

 ミィルも以前はよく転んでそのたび泣いていたのに、ここ最近はすっかり走るのが上手になったようだ。

 子供は成長が早いんだな、としみじみ感心する。

 身長としては、一番小さいミィルが百十センチくらいだろうか?

 ナタシアとエリンは百三十から百四十くらいだろう、ナタシアの方が背が高い。

 クレドが一番大きくて百五十センチ半ばくらいに見える。

 一年くらい前なら、ナタシアとクレドの背丈がほぼ横並びだった気がしたのに、成長期だろうか?

 それにエリンとの身長差がもう少しあった気もする。

 クレドとエリンの身長がぐんぐん伸びているのか、はたまたナタシアの背が伸び悩んでいるのか、或いはその両方か。

「あー!街に馬車入ってってる!」

 ようやく街が見えてきた頃、ぴょんぴょん跳ねつつそちらを注視していたクレドが元気に吠えた。

 俺たちが住むハジニアル村と違って、行商人なども出入りするしっかりした街である。

 名前はロシーヌ城下町。区画がそこそこ綺麗に整理されており、また中央にはやたらと大きな池があるのが特徴。

 気にした事はないが、貯水池の類なんだろうか。

 どっしりと構えられた商店の並ぶ区画と、行商の類が許可を得て露店を開ける区画があるのも特徴だ。

 名称としては商業区と行商区、だそうな。

 商業区についてはそこそこ馴染みがあって定着しているが、行商区は呼ばれ方がまちまちだ。

 個人的には商店通りと露店通りという呼び方を好んでいて、我が家ではそれが浸透している。

「ビー玉のおじさんはまだ来てないだろうから、商店通りを見に行こうか」

「おとぉさん、おんぶしてー」

「なら俺もぉー」

「そんなパワフルじゃないから勘弁して」

 ミィルが左側から足に引っ付いて甘え、クレドが右肩に掴まってぶら下がって遊び始める。そこそこ重い。

 小さいとはいえ、小学校高学年くらいを相手にじゃれ付かれてるようなものだ。

 無限の体力と程々の体重、そして寝つきの良さを内に秘めた健康児を支えるのは、俺の筋力不足な体にはちょっと荷が重い。

 子供特有の寝つきの良さは、このフルパワー稼働を眠くなるギリギリまで行う事で、燃え尽きるように就寝するからなのだろう、と最近は思う次第である。

 よく寝てよく遊ぶ。そしてよく食べる。

 これはつまり最大限筋肉をいじめる筋トレみたいなものではなかろうか?

 そりゃあ元気に育つというものだ。




 結局おんぶは無しの方向性で、みんなで歩いて商店通りへとやってきた。

 ねだりこそするものの、ぐずりはしない。

 子供たちの聞き分けは大変よろしいので助かってしまう。

 ただ、それが良い事なのかは、いつも悩ましく思っている。

 商店通りでは、木製の籠に入れて持ってきた廃油入りのビンを石鹸と交換し、ついでに食料品を見てまわる。

 なんなら米俵まで並んでいる空間だ、冷凍食品は無いにしても大半の食べ物が手に入ってしまう。

 ただし白米だけは、露骨に値段を吊り上げられていた。

 個人的にはやはりお米を食べたい気もするが、そんな理由だけでお金を浪費するわけにもいかない。なので基本パン食である。

「まったく、誰が吊り上げてるのやら」

「おうおう!そんな意味深な発言、聞かれたらマズイぜ!」

 何の気なしに小さくひとりごちた内容を、耳聡く聞きつけたらしい男の声が後ろから飛んできた。

 振り返った先に居たのは、深い緑色を基調とした布装備に胸当てなど皮装備を交えた姿の若い男。

 両脇に備えられた短剣と、背負われた弓と矢筒が目を引く。

 黒いショートヘアは左右非対称に左目の方だけ短く、そしてその側頭部には痛々しい裂傷が刻まれている。

 彼も日本人であり、俺と同郷だ。

 その独特な傷跡とアシンメトリーヘアを見つけた子供たちが、四者四様の表情を浮かべた。

「テスラにーちゃんだ!いえーい!」

「いえーい!元気してたか!」

 早速クレドは飛び出して、中腰姿勢になった男、テスラとハイタッチを交わす。

 テスラ、という名前は恐らくこちらで新しく名乗っているものだろうと思っている。

 とはいえこの世界で向こうの話に耽っても、大概ロクな事にならない。

 結果、暗黙の了解的に俺もテスラも互いの事情には踏み込んだ事がなかった。

 その為、実際のところ本名なのかはさっぱりだ。

「うう……う、あう……」

 ナタシアはさっそく緊張した様子で俺の背後に隠れる。なんともまあ分かりやすいリアクション。

 別にテスラの事が特別苦手というわけでもないのだろうが、どうしても心を開いた相手でないと難しいようだ。

「テスラにぃちゃん、ビー玉!」

「おぉ?いや俺はビー玉持ってないなぁ……じゃなくてこれから見に行くって話か?」

「そゆこと!それで私たちはパパ様が無駄遣いしないよう付き添いでーす」

 ふふん!と得意げな様子で胸を張る金髪娘。

 これを冗談として意図的にやっているおませさんなのが、エリンだ。

「だってよお父さん。無駄遣いするなよ」

「露店にはビー玉おじさんに会いに行くだけだよ。つーか、無駄遣いするなら米買うわ」

「それは同意」

 武器を装備している通り、テスラはいわゆる冒険者として家業を営んでいるタイプの人間だ。

 野生動物や野盗集団は勿論、俺達からすれば常識外の存在にあたる魔物の類もごまんといて、仕事は尽きないらしい。

 しかしそんな食い扶持に困らない彼でさえ、この相場の白米には躊躇する程度の値段だ。

 ちなみに、俺達が魔物と呼ぶとんでもない生物たちも、基本的には野生動物と認識されている。

 魔物という呼称でさえ一般的ではない。なぜならこの世界は、そういう生物が標準的だからだ。

「ところで……最近、俺のトコでも追いかけてる人攫い集団が、こっちの方に来てるってよ」

 あからさまに声を潜めて耳打ちされる。

 それは悪い知らせだ。

 特に、文字通りハジニアル村で過ごしている俺たちにとっては悩みの種となる話題だ。

「あー、あー……もしも見つける事があれば、報告する」

「頼むわ。しばらく仲間とここいら見とくし、個人的にお前のトコも覗きに行くつもりだけど……」

「ありがと。でも多分、やるしかないだろうから」

 少し溜め息が混じりそうになった俺の声を聞いてか、テスラは申し訳なさの感じられる眉が下がった苦笑で一歩引いた。

「世の中どうにも上手くいかないよな」

「そういうモンだよ、多分」




 その後は、ほんの二分程度だけ他愛のない会話を交えて解散と相成り、テスラは笑顔で手を振りながら人混みに紛れ消えていった。

 本当ならもうしばらく話し込みたいところだが、長々やると子供たちが暇を持て余してしまう。

 と、そんな気遣いを以ってして早々に切り上げたつもりだったが、歩き疲れていたらしいミィルがおねむになっていた。

「んぃ……びーだま……」

「はいはい、ちゃんと見に行くから」

 おんぶして街中を歩き、はずれの方にあるお昼寝スポットへと向かう。

 この街は、街を囲うものがなく、草原との境界線が非常に曖昧になっている。

 すぐ傍の草原の有り様は、まるで公園のようだ。

 お弁当を持参した親が見守る中で子供が駆け回っていたり、木剣を構えた男達が打ち合っていたり。

「城壁だのもなしに、これだけ平和なのは凄いんだけどな」

 俺たちもそんな人々に混ざって腰を下ろし、膝を枕にしてミィルを寝かしつける。

 恐らくビー玉おじさんが露店通りに現れるまで、一時間から二時間ほどあるはずだ。

「あの、テスラさんのお話……」

 クレドが俺の傍で仰向けに寝転がり、昼寝というよりは休憩し始めたのと同じ頃。

 ナタシアが静かに隣へと座って、それとなく問い掛けてきた。

「そうだな。多分……まぁ、村まで来るだろうから」

「大丈夫じゃない?わたしたち、ちゃんとやれば絶対へーきだよ」

 エリンは余裕ありげな表情で俺の正面に座るが、横隣りのナタシアは難しい顔をしていた。

「絶対そうなる、って決まったワケでもないさ。ただいつも通り、しばらくは気をつけて過ごそう」

 無難で歯切れの悪い返しだが、ナタシアもエリンも頷いてくれる。クレドもしっかり聞いているのが分かった。

 結局のところ、俺が余程の事を言わない限りこの子たちはついて来てくれる、ついて来てしまうのだ。

 それが本当に申し訳なくて、もどかしかった。




「ミィル、起きろー」

「んんんー」

「ビー玉見に行くんだろー」

「みる」

 あれから二時間程が過ぎただろうか。

 太陽は随分と高い所に昇った、そろそろお昼には良い時間だ。

 午前中にお昼寝を済ませる事となったミィルは寝覚めこそゆったりとしているものの、しっかり疲れは取れた様子なのが見て取れる。

 クレドとエリンは一時間くらいゆっくりしていたが、途中で鬼ごっこを始めていた。

 いや、あれは鬼ごっこと呼ぶべきなのだろうか。

 至近距離で鬼が体をタッチしに掛かり、それを回避し続ける。

 タッチされたら攻守が入れ替わって、攻めて攻めて攻め立てる。

 短い刃物の間合いで戦う訓練なのではなかろうか、ただし本人たちはとっても楽しそうだ。

 アレはどちらかというと、スポーツのカバディなんじゃないだろうか。

「ナタシアも。起きてる?」

「ん……んん……」

 二人とは対照的に、こちらは俺の肩へと寄り掛かって眠りこけていた。

 膝枕でも構わないと言ったのに、二人も面倒を見てはきっと足が痺れてしまうからと遠慮されたのだ。

 この子たちはみなそれぞれ、多かれ少なかれ欲求を抑圧しながら生きているのだろうが、特にナタシアの場合はそれが顕著に思える。

「起き、た……おはよう……」

「おはよう。クレドー、エリーン、そろそろ行くぞー」

「よっしゃー!」

 ぱしんっ、と小気味良い音が聞こえてきた。恐らくはエリンの体にタッチしたのだろう。

「パパ様が呼んだのに合わせるのはずるいっ!今のはわたし負けてないでーす無効無効ぅー!」

 悔しそうな表情のエリンだったが、すぐに反論を始める。

 二人の勝負に横槍を入れたようで申し訳ない気分になりつつ、そんな事を言っていると切り上げ時が見つからなさそうなので、保護者権限だと考える事にした。

「どっちもすごいぞー。少なくとも俺なんかソレやったら瞬殺だからな」

「確かに。にーちゃん弱いもんな」

「パパ様にそゆこと言うなし!」

 すぱんっ。今度はエリンがクレドの頭頂部を引っ叩いた音だ。

 叩かれた当の本人はにやけ顔のままに俺の方を見てニコニコしており、気にする様子は無さ気。

 そもそも女の子相手とはいえ、頭を叩かれて首を傾かせるだけで済むその体幹はどうなってるんだ。

 ナタシアが目を擦りながら立ち上がり、ミィルが大きく伸びをして目を覚ます。

 のんびりした空気が漂う草原から街中へと戻り、俺達は露店通りへと向かった。

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