積み上げたもの、積み上がってしまったもの
一応、血が出てたり人が死んでいたりするので、苦手な方は読む前に一時停止してね。作品としてちょくちょくそういう表現が顔を覗かせますよ。ダメならすぐやめようね。
そこに俺の期待した最強など、ありはしなかった。
「にーちゃん!きょうはどうする!?なにたべる!?」
「はいはいはーい、わたしチーズがいいでーす」
「う……ウチはそれなら、野菜をフォンデュに……」
「フォンデュってなんだっけ?あ!チーズつけるやつだ!とろーりしたの!」
俺は何も出来ない、本当に何もしてあげられない。
それどころか邪魔になってしまうだろう、せめて寄り添うくらいしか出来ることはないのだ。
「おなかすいたぁ、おとぉさん」
「よし!じゃあチーズ買って帰って、お鍋洗って晩御飯の準備するぞー。あっ、あとパンも買わないとな。野菜はあるし」
はーい!という声がいくつも重なって俺の言葉に続いた。
その暖かな光景が、そして居心地の良さが、どうしても喉につかえて素直に嚥下できない。
子供たちの和気藹々とした声と共に、沈みゆく夕日に向かって歩き出す刹那、一人後ろを振り返る。
そこにはたくさんの死体と、それによって作り出された血だまりが水玉模様みたいに広がっていた。
そう、そこに俺が期待した都合の良い最強などありはしなかった。
力を授ける奇跡そのものを得てしまった俺は、子供たちを血なまぐさい世界へと導いてしまったのだ。
「―――おとぉさん!」
「ごっは!?」
カーテンの隙間から朝を知らせる太陽の暖かな光が差し込んでいた。
耳を澄ませるまでもなく、小鳥たちのさえずりが少しやかましいくらいに響いている。
けれども叩き起こされるほどにうるさくはない、そんな穏やかな朝の訪れだ。
なので俺を起こしたのは、やんちゃな子供によって繰り出された腹部への一撃である。ジャンピングお尻スタンプ攻撃。
「お゛ぇっ!がっ、げっほ!ぅえっほ!ちょ、なんか出るかと、思った……!」
「だってー。おとぉさんすやすやーだから」
視界に映ったのは、ミルクティーを彷彿とさせるふわふわしたブロンドヘアの男の子で、名前をミィルという。
別にミルクティーの色だからミィルと名付けたワケでも無ければ、そもそも俺は彼のお父さんでもない。
親しみを込めてそう呼ばれているだけだ。
「あのな、おとぉさんはムキムキの腹筋してるワケじゃないからな、優しく乗っかってな?」
「ふっきん、なーに?」
「お腹の筋肉だよ」
「きんにくー!」
きゃっきゃと騒ぎながらミィルが体を跳ねさせる。
勿論俺のお腹が下敷きになるので、短い間隔で、ウッ……と短い悲鳴を漏らす事となるのだった。
少しの間だけ腹筋に頑張ってもらい、ミィルのボブカットヘアがふわふわ舞う光景を眺めてから、彼の小さな身体を抱っこして起床する。
寝室から廊下に出ると、更に二人の子供が待ち構えていた。
「にーちゃんおはよ!はらへった!」
元気溌剌といった雰囲気の少年、クレド。
明るい赤をしたちくちくヘアながらも、それでいて撫でるとふわふわで、子供の不思議さを感じる。
「はやく、いこ……!」
喋りがちょっとゆったり気味な焦げ茶のロングヘア、ナタシア。
こっちはもう髪を撫でるのが憚られるくらいに手触りが心地良い。多分これはシルクだ。
「ごめんごめん。やっぱ寝るのって最高のリラクゼーションだからさ」
「なにいってるかわかんねー!」
ぎゃははは、と心底楽しそうに笑いながらクレドに太腿の裏側あたりをべしべし叩かれる。
やっぱり子供は大人視点で見るとツボが浅いというか、聞きなれない言葉はとりあえず面白いのだろう。
あと太腿がメチャクチャ痛い、叩き方が上手すぎる。ぺちん、とか可愛い音じゃなくてスパーン!と響く音が廊下を抜けてゆく。
「えと……今日は、お野菜のスープ……ですよ……」
ナタシアは出会ってからずっと、俺を何と呼んだものか迷ったままになっているらしかった。
あの、だったり、えっと、であったり、そういうワンクッションを置く事で俺を呼ぶのだ。
「ありがと。冷めないうちにみんなでいただきます、しようか」
片手で子供を抱くのにも慣れたものだ。
ミィルを左手だけで支えながら、フリーになった右手でナタシアの頭をぽふぽふと、髪を乱さない程度に撫でつける。
高級感あふれる手触りは今日も健在だ。
ついでにニッコニコの笑顔で頭を差し出してきたクレドの頭も、わしゃわしゃ撫でてから廊下を歩き始めた。
やや細い廊下には合計四つの扉があって、俺の寝室に通じるものが側面にひとつ。
その反対側にふたつあって、片方は子供たちの寝室、もう片方が物置部屋。
廊下の行き止まりにトイレの扉があり、その反対は吹き抜けの形でリビングに直通だ。
「おはよ!パパ様!」
器に盛り付けたスープを、ローテーブルに配膳したところだったらしい金髪の少女が出迎える。
てっきりアニメ御用達だと思っていた編み編みハーフアップのセミロングヘア、エリン。
パパ様というワードは元々、ナタシアがおっかなびっくり捻出した奇跡の呼称だったのだが、その響きが面白かったらしくエリンが気に入って使い続けていた。
多分、それもあって余計にナタシアは呼び方に困ったままなのだろう。
でもたまにパパ様と彼女からも呼ばれるので、実は同じく結構気に入ってるのかも知れない。
「おはよう。さーて朝ご飯にしますか」
この辺りの文化としては、椅子に腰掛けるのが一般的だ。
けれどもそんな事情はつゆ知らず、ローテーブルを入手して以来、胡坐をかいた姿勢で食事をするのが我が家の常識になっている。
子供たちも柔軟なので、特に何も言わず適応してくれたのも要因としては大きかった。今思えば、確かにどの子も不思議そうにしていたのだが。
そんな懐かしい光景を思い出す間にも、今を生きる俺達のお腹は減りゆくのだ。
ぐぅぅ、と情けなく音が聞こえて来たので、苦笑をひとつ交えてから高らかに宣言した。
「―――はい!みんな手を合わせて、いただきます!」
子供たちと過ごす時間の大半は、穏やかの一言に尽きる。
保育園なんかにはお昼寝する時間もあったなぁと思うと、それが一番近い表現かも知れない。
俺が教えられる限りで新しい事を学ばせてあげたり、おやつを食べたりお昼寝したり。
彼等だけでも生きてゆけそうな程度に賢い子らではあるが、精神衛生面上、必要になる大人の役を俺が買って出ている状態、といったところだ。
「すごいなぁ本当に。ナタシアもエリンも料理作れるなんて」
「おんなのたしなみ!」
「料理の先生が、いたから……」
エリンは話に聞く限り、親御さんの料理支度を手伝わされるうちに少しずつ覚えたようだ。ご家庭の味。
対照的に、ナタシアは恐らく家庭教師だとか、そういう類の大人が傍にいたのだろう。調味料の分量も丁寧に意識するタイプ。
「にーちゃん!俺だって焼けるよ、肉」
「焼かせたら一番だもんな」
クレドは、ちょっとよく分からないけど肉を焼かせたらピカイチだ。
焼き加減を意識するのが得意なようで、味付けのセンスは女子組に劣るものの、跳ねる油を恐れず的確に食べ頃に仕上げてくれる。
なので子供の手に丁度よさそうな、小さめのフライパンを見繕ったが、肉を焼く時は大喜びで担当してくれる。
「おにりりできるよ」
「ミィルはおにぎり結ぶの上手上手」
彼の言うおにりりとは俺が訂正した通り、おにぎりの事だ。つまりは握り飯。
舌足らずというより、まだ名前に馴染みがなく間違って覚えているのかも知れない。
「また、びーだま!みにいきたい!」
突発的な要求の言語化も子供の特権だ。
特にミィルは街で見かけたビー玉の事をいたく気に入っているらしく、定期的にこんな感じでねだり始める。
「ふーむ。じゃあ街までお出かけしたいひとー?」
はーい!と残り三名が一斉に挙手しながら声を上げる。
これで午後の予定も決まりだ、途中で子供たちがおねむになる可能性も見越して、帰りは夕方ごろと考えるべきだろう。
そうして今日の予定について考えながら食事を終え、お出かけの支度を始める。
「あっそうだ。油のビン持ってきてくれる?」
「もう準備したよ!パパ様零さないでね」
「はいはい、ありがとエリン」
用意させたビンには、料理の時に出る廃油をまとめてある。
子供たちは面倒くさがるどころか積極的に、或いは楽しんで漏斗を差し込み油をまとめてくれる。
お陰様でいつも大助かりだ。
これを街に持ち込んで回収業者に渡すと、安値で石鹸が手に入るのである。
「さて、じゃあ忘れものないなー?はい出発!」
横並びになって手を繋ぎ、家を出て、村の出入り口まで歩く。
そこには小さな門と、左右へ伸びて村を囲う木製の柵があった。
「せーの……いってきます!」
全員が振り返り、留守となる村へと声を掛けた。
そこには廃墟同然まで打ち壊された複数の家屋と、真ん中辺りにぽつんと無事で残っている我が家があった。