出会
六歳になった。
相変わらず毎日魔術の練習と魔力を増やすというのは続けている。
今日の魔術の練習も終わり、魔力を使い切ろうと思う。
でも、今日は少し違う方法を使う。
実験も兼ねてだ。
まあ、基本的には蝶を出して消費するのだけれど、少しやり方を変えてみる。
今日作り出す蝶は一匹だ。
この一匹に残りの魔力をほとんど入れる。
早速やってみた。
並の大きさの蝶にできる限りの魔力を入れた。
まあ、少しは残しているけど。
で、この蝶、私が取り込む事もできるのだけれど、その時に余った魔力は戻ってくるんだよね。
だから、それを使った実験をしてみる。
この大量に魔力を込めた蝶は、多分明日まで存続している。
そこで、その蝶を取り込んで残りの魔力を戻したらどうなるのか、という事だ。
ん?蝶が何処かに飛んで行く。
私はそれをなんとなく追いかけてみる事にした。
蝶はぱたぱたと飛んで行き、やがて七五三をした神社までやってきた。
何処まで行くのだろうかと思いながらまだついていく。
蝶は神社の横を飛んでいき、裏にまわる。
すると、そこにはなにかが居た。
なんだろうと思い近づいてみると、そこには傷ついた天獣の子供がいた。
頭から尾の先まで一メートル程で、真っ白い綺麗な毛をもった天獣の子だ。
天獣というのは緋楽にいる魔物の一種で、真っ白な毛が特徴の狼と鳥の間みたいな見た目だ。
体と頭は狼で、そこに鳥の翼と尾がついたような姿をしている。
天獣はかなり強い魔物だ。
そんな魔物の子供が何故こんな所に居るのか分からないが、見過ごす事はできない。
「えと、大丈夫?」
「クルル⋯⋯。」
声をかけると弱々しく此方を向いた。
警戒させないように、少しずつゆっくりと近づいて行く。
上から見下ろされると恐いだろうからしゃがんで目線を低くしていく。
「大丈夫、恐くないからね。」
「クルル。」
手が届く所まで来れたので、そっと触る。
手のひらで撫でるのも警戒されるので、手の甲で撫で、敵では無いと思わせる。
「痛いよね?」
「クルル。」
んー。
さっきからどうにも私の言葉を理解しているような気がするのだけれど。
まあ、それはおいておこう。
まずは、この子の怪我を治してあげなくては。
一応治癒魔術も練習していたからね。
此処は誰も居ないので、無詠唱で使う。
背中から横腹にかけてそこそこ深い傷があり、これが一番酷いのだろう。
この怪我だと、中位でも治せるかどうか分からないな。
私はまだ中位までしか使えないのだ。
でも、しないよりは絶対に良いので治癒するけど。
私はその傷がある箇所に触れた。
その瞬間びくっとされた。
「大丈夫、怪我を治してあげるから。じっとしていてね。」
「クルル。」
私が触れた所がぽうっと光る。
その瞬間傷が治っていく。
この一番酷い傷は少し残ったけど、他の細かい傷は大体治った。
さっき蝶に魔力を注ぎまくった所為で魔力がもうほとんど無い。
なので、その蝶を取り込んで残りの魔力を回収する。
よし、これでもう一度治癒魔術をかけられる。
またぽうっと光り、少し残っていた傷が全て治った。
「よし、これでもう大丈夫だよ。」
「クルルルル。」
天獣の子が私に寄ってきた。
感謝されているのだろうか。
「よしよし、いい子。あ、そういえば君、お母さんは?近くに居る?」
「クルル⋯⋯。」
天獣の子は首を左右に振った。
あ、やっぱり言葉理解している。
そしてこの子お母さんとはぐれたのか。
うーむ、どうしたものか。
その時、ふと収納魔術の事が頭に浮かんだ。
収納魔術とは、魔力を使って作り出した異空間に物を入れる事ができる魔術だ。
無属性魔術にはよくある事だが、この収納魔術には、下位と中位と上位しか無い。
下位は生き物は入れられないし、物を入れていても外と同じように腐ったりしてしまう。
中位は生き物を入れる事ができる。
ただし下位同様食べ物とかは腐ったりする。
上位は入れた物を腐りにくくする事ができる。
収納魔術と保存魔術を重ねがけしているのだ。
どれだけの期間保存できるかは魔術師の技量による。
ちなみに、容量は使用者の魔力に依存する。
と、いう事は。
中位の収納魔術使えればこの子保護できるよね。
でも、収納魔術というのはかなり難易度が高い。
なので使い手はとても少ないのだ。
そんな難しい魔術を使えるかというのが問題だ。
その時、天獣の子がこちらを見つめているのに気がついた。
つぶらな瞳でじっと見ている。
「⋯⋯。」
「⋯⋯。」
可愛い!
こんな可愛い子を見捨てるなんてできない!
よし、意地でも収納魔術を習得してみせる!
「ちょっと此処で待っていてね。魔術教本持ってくるから。」
「クルル。」
私は蝶を作り出し、この子を見ていてと指示する。
そのまま走って家まで帰った。
そして上級者向けの魔術教本を持って神社まで走る。
「はあ、はあ。疲れた⋯⋯。」
「クルル?」
天獣の子が首を傾げながら見てくる。
可愛い!
よし、収納魔術を習得するぞ!
教本によるとまずは、異空間を作る為の詠唱をする。
次に空間の出入口を出現させる詠唱をする。
最後に出入口を閉じる詠唱をするらしい。
よし、まずは異空間を作るところからだ。
「『我が言の葉によりて、この世と異なる空間を作り出す。その空間は我が魔力の行き届く限り広く、高くなり、我の呼び掛けに応じて開閉される。異空間作成。』」
詠唱が終わった途端目には見えないけれど空間が空いた気がした。
けれどそれは十秒と経たない内に消えてしまった。
でも、諦めない。
この子を守ってあげるために!
もう一度だ。
「『我が言の葉によりて、この世と異なる空間を作り出す。その空間は我が魔力の行き届く限り広く、高くなり、我の呼び掛けに応じて開閉される。異空間作成。』」
また空間が空いた感覚があった。
今度はそれを維持しようとしてみる。
どうすれば良いか分からないけれど、魔力を使ってその空間に干渉し、閉じないように拡げる。
これで良いのかは分からなかったけど、十秒程経つとその空間が安定したように感じられた。
ふっと力を抜いたけど、その空間が閉じたような感覚は無い。
もしかして成功した?
いや、まだ喜ぶのは早い。
これからその空間を開けて閉めてみる必要がある。
「『我が言の葉によりて、我の作りし異空間を開かん。そこに繋がる扉を顕現させよ。異空間開扉。』」
その瞬間、目の前に黒い円形の穴が開いた。
これが収納魔術の出入口なのだろう。
試しに落ちていた石を入れた。
そして穴に手を入れる。
でもさっきの石は何処にも無い。
失敗したかとも思ったが、試しにさっきの石を想像してみた。
すると指先になにかが当たり、取り出してみるとさっきの石だった。
なるほど。
取り出す時には想像すれは良いのね。
イメージとしては四次元ポケ○トか。
で、次は閉めてみる。
「『我が言の葉によりて、我の作りし異空間を閉じん。この扉を消却せよ。異空間閉扉。』」
するとさっきまで有った穴が消えた。
ふむ、とりあえず下位はできたかな。
いや、無詠唱でもう一通りやろう。
数分後。
収納魔術の下位なら無詠唱で使えるようになった。
さて、次は中位だ。
これができればあの子を保護できる。
「『 我が言の葉によりて、この世と異なる空間を作り出す。その空間は我が魔力の行き届く限り広く、高くなり、我の呼び掛けに応じて開閉される。中には生命をも入り、生活を享受する。異空間作成。』 」
やはり目には見えないが空間が空き、閉じてしまわないように維持する。
三十秒程維持した所で安定したようなので力を抜いた。
おお、これってできたんじゃない?
早速無詠唱で開いてみる。
すると先程とは違い白い円形の穴が開いた。
これは使用者も入れるらしいので入ってみる。
中は一面真っ白でただただ殺風景。
ドラ○ンボールのあの空間みたい。
でも、これであの子を保護できる!
よし、早速入れてみよう。
「おーい。⋯⋯あ、そういえば名前決めてなかったね。呼びずらいし、まずは名前を考えようか。」
うーむ、何がいいかな。
白いから、鈴蘭から取って鈴とか?
うん、結構良い気がする。
「よし、君の名前は鈴。どう?」
「クルルルル。」
うん、気に入ってくれたっぽい。
「よし、鈴、ここに入ってくれるかな。このままだと不都合が多いから。」
「クルル。」
鈴はとことこと異空間に入ってくれた。
「よし、いい子だね。」
「クルルルル。」
私も中に入って鈴と戯れる。
天獣の子なんだけど、子犬のように甘えてくる。
可愛い。
「さて、そろそろ帰らないと。鈴、悪いけど此処に居てくれるかな。」
「クルゥ⋯⋯。」
「うっ。そんな寂しそうにしても駄目だよ。ごめんね。」
「クルル。」
「ふふ、ありがとう。じゃあね。」
「クルル。」
そうして私は外に出た。
穴を閉める時に鈴が寂しそうにしてて可哀想だったけど仕方が無い。
今度両親に飼っても良いかお願いしてみようかな。
その夜、私は夕食の一部を下位の収納魔術に入れて鈴の為に取っておいた。
ちなみに、下位と中位の収納魔術を別々に作る事ができた。
一つだけの時と二つ合わせた容量は変わらないので、半分ずつにしている。
「ごちそうさまでした!」
「今日は良く食べたわね。」
まあ、鈴の分を取ってるからね。
寝る前、私は鈴に会いに収納魔術の中に入った。
「鈴、ごめんね、お腹空いてるでしょ。ほら、ご飯少しだけど持ってきたから。」
「クルル。」
今日のおかずだった野菜炒めと焼き魚、漬物を持ってきた。
「おいしい?」
「クルルルル。」
「そっか。良かった。」
別に鈴が言いたい事が分かった訳では無いけれど、なんとなくそんな気がしたからだ。
それにしても、天獣って何食べるか分からなかったけど、持ってきたもの全部美味しそうに食べてるんだよね。
雑食なのかな?
「明日からは森で動物でも狩ろうか。」
「クルルルル。」
なんとなく肯定してくれた気がした。
よし、明日の予定は決まったな。
魔術の練習を午前中にして、午後からは森へ行って動物を狩る。