光秋桜
「鈴、野営の為に川とか安全が確保しやすい場所を探そうか。」
「ガルル。」
すると鈴がとことこと歩いて行った。
何らかの意図があるのだろうから、後について行ってみる。
暫く歩くと微かに水が流れる音が聞こえた。
川があるのだろうか。
更に歩くと川が見えた。
本当に川見つけちゃったよ。
「すごい!ありがとう。」
「ガルルルル。」
水の匂いでも嗅いでいたのだろうか。
それにしてもすごいな。
「じゃあ鈴、此処で野営しようか。」
「ガルル。」
周りから適当な薪を拾ってきて魔術で火をつける。
そこに先程倒した牙猪の肉を串に刺して焼く。
肉には街で買ってきた塩と胡椒をかけている。
暫くするといい匂いがしてきた。
「ガルルルル。」
「もう少し待ってね。」
鈴も早く食べたいようだ。
肉が焼けたら小刀を使って切り分ける。
この小刀は先程牙猪から牙を剥いだり解体したりしたのとは別の物だ。
「鈴、できたよ。」
「ガルルルル。」
鈴も美味しそうに食べている。
私も食べようか。
ちなみにおにぎりもある。
うん、美味しい。
野生の猪よりも美味しい。
魔物の肉は動物よりも美味しいとは聞いていたけど本当に美味しい。
魔物の肉は美味しいものはとてつもなく美味しいが不味いものは吐いてしまう程に不味いらしい。
その後魔術で出した温水で体を拭き、服は同じ物を着た。
そして収納魔術の異空間に入る。
もちろん鈴もだ。
今日は此処で寝る。
この異空間、結構快適なのだ。
気温はほぼ一定だし湿度も丁度いい。
そして出入口の穴をとても小さくしておけば外から魔物等が入ってくる心配も無い。
収納魔術かなり便利。
普通の天幕より快適だし。
この中にござや布を敷いて、と寝る準備をしていると、鈴が服を引いてきた。
「どうしたの?」
「ガルルルル。」
鈴は寝そべって尾で自分のお腹の辺りを叩いている。
「そこに寝てもいいの?」
「ガルル。」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。ありがとう。」
さっきまで準備していた寝具を鈴の傍に寄せて鈴に体を預ける。
鈴の体温は丁度よく、とても気持ちいい。
そのまま私は眠りに落ちるのだった。
翌朝。
異空間から出て川の水で顔を洗う。
川の水は冷たく目が覚めた。
続いて異空間から出てきた鈴に声をかける。
「鈴おはよう。」
「ガルルルル。」
鈴は昨日の残りの肉を焼いて食べ、私はおにぎり等を食べて準備を整える。
「鈴、今日は山道だから私は歩いて行くよ。」
「ガルルルル⋯⋯。」
鈴が少し寂しそうだ。
「魔物も出てくるかもしれないしね。」
「ガルル。」
鈴を撫でてから出発する。
で、薬屋のおじさんの話だと山の中腹辺りにあるって事だったよね。
なら中腹を探し回るしかないか。
出発してから三時間程経った頃、鈴が警戒したような唸り声をあげた。
「ヴヴー。」
私もすぐに魔術を使えるように構える。
すると鈴が見ていた方向から黒狼がゆっくりと出てきた。
黒狼か⋯⋯。
厄介だな。
黒狼はその名の通り黒い狼の魔物で、普通の狼よりも二回り程大きい。
そして狼だからなのか集団で狩りをする。
今も周りを囲まれている。
階級的には五級の魔物だったはずだ。
鈴は天獣で普通なら黒狼が天獣を襲うどころか逆に黒狼が狩られる方なので逃げてもおかしくないのだが、襲ってきたのはまだ鈴が成長途中だからか。
「鈴は前に居る黒狼をお願い。私は後ろの奴らをやるから。」
「ガルル。」
鈴が黒狼に突っ込んで行ったのを確認して私も後ろを向いてとりあえず氷矢を十本広範囲に発射する。
その内三本が命中したようだ。
それに怒ったのか黒狼が六匹飛び出してきた。
私に飛びかかってきた二匹を避けながら氷矢を三本ずつ、計六本撃ち込む。
空中でそれらを避ける事もできず二匹は絶命する。
残り四匹。
先程のを見ていたからか黒狼はこちらを窺っていて攻撃してこようとしない。
ならば此方からやるだけだ。
風矢を飛ばし一匹の脳天を貫く。
風魔術は不可視だが避けられない事はない。
だから私は風魔術を使う時は速度重視で撃っている。
あの黒狼も避けようとしてはいたが遅かった。
残りの三匹は私の視線が脳天を貫かれた黒狼に向いている内にと三匹で時間差をつけて飛びかかってきた。
最初の二匹と同じ事をしたのはやはり知能の低い低級の魔物だからか。
私は最初と同じように三本ずつ計九本の氷矢を撃ち込んだ。
三匹共絶命しどさっと地面に落ちる。
後ろを振り返って鈴の方を見れば最後の一匹を光の矢で絶命させたところだった。
えっ、光の矢?
今まで鈴が魔術なんて使ったの見た事ないよ?
しかも光魔術って人には使えない魔術の一つじゃん。
なにさらっとこともなげに使ってるの。
「ガルルルル。」
私が驚いていると褒めてとでもいうように近づいて来た。
とりあえず撫でて褒めておく。
「鈴、ありがとう。よくやったね。」
「ガルルルル。」
「で、さっきのは光魔術だよね?」
「ガルル。」
この短い鳴き声は肯定だ。
「いつから使えたの?初めて見たけど。」
「ガルゥ?」
鈴は首を傾げている。
鈴にもいつから使えたかは分からないのか。
「さっき使ったのが初めて?」
「ガルル。」
さっきの戦闘で使ったのが初めてか。
ならばまだ使いこなせている訳では無いだろう。
これは練習が必要なのだろうか。
でも練習と言ってもなにをすればいいか分からないし実践で経験を積むのが一番いい気がする。
まあ後々必要そうだったら練習していけばいいだろう。
とりあえず黒狼を解体しなくては。
鈴と私が倒した黒狼は十一匹。
これは大変だな。
まず全ての黒狼を血抜きする。
それが終わったら解体していく。
毛皮を剥いで牙を取り、魔石を取り出す。
魔石は基本的に魔物の心臓の位置にある。
鈴が倒した黒狼の中には派手に殺されたものもあり毛皮は取れなかった。
そういったものは魔石と無事ならば牙や爪、そして肉を取る。
剥ぎ取った素材や肉は下位の収納魔術に入れる。
「素材はまだしも肉を保存するために上位の収納魔術も習得したいな。」
たしか上位は収納魔術に保存魔術を重ねがけするんだったよね。
でも私はそもそも保存魔術を使えないし。
ん?でも、保存魔術を重ねがけできるんだったら他の魔術も重ねがけできるんじゃない?
例えば冷却とか。
「一つやってみるか。」
黒狼の解体も終わったので試してみる。
まず下位の収納魔術に水魔術の一種である冷却をかけてみる。
言うのは簡単だがやってみると上手くいかない。
そもそも魔術に魔術をかけるってどうするんだ。
いや、魔術にかけるのではなく中に入っている肉が冷えればいいから中を冷却すれば良いのか。
やってみるが、できたと思って力を抜いた瞬間冷却が解けてしまう。
うーむ、持続させなけば意味が無い。
その後試行錯誤したができず、結局水魔術で作り出した氷を肉と一緒に異空間に放り込んだ。
氷室方式だ。
氷が解けてきたら入れ替えよう。
やはり無属性魔術は難しい。
「鈴、待たせてごめんね。行こうか。」
「ガルル。」
鈴を撫でてから歩き出す。
暫く歩くとお腹が空いてきたので黒狼の肉で昼食にした。
食後はこの山で採った果物を食べた。
すっきりとした甘さで美味しい。
昼食から一時間程経った頃、遠くに仄かに光る花を見つけた。
「もしかして!」
私は駆け出した。
薬屋のおじさんに聞いていた光秋桜の特徴と一致したからだ。
そして近づいてみると本当に光秋桜だった。
「よかった⋯⋯!」
「ガルルルル!」
私は生えていた光秋桜を十本程根っこごと採取した。
それを中位の異空間に入れておく。
此処にはあと五十本以上光秋桜が生えているけど全部採ってしまうのは駄目だ。
残しておかないともう此処で採れなくなってしまう。
「よし、鈴帰ろうか。」
「グルル。」
そこから麓までの最短距離を通って帰った。
多少無茶をしても魔力や狐人の身体能力でなんとかなる。
少し怪我をしたけど治癒魔術で治した。
急いだお陰か日が暮れるまでに昨日野営した川まで戻ってこられた。
今日も此処で野営だ。