序章
私は藤神雪。
ごく普通の高校二年生である。
今日は友達と縁日に来ている。
「ねえ、雪、金魚すくいやらない?」
そう声をかけてきたのは一緒に縁日に来ていた梨乃だ。
「んー、私はいいかな。金魚すくいって、あまり得意じゃないし。」
「そう?なら私だけやってくるよ。あ、雪どっか行きたいとこあったら行ってきて良いよ。時間かかりそうだし。」
梨乃の視線の先を見ると確かに金魚すくいの屋台は結構人が並んでいた。
確かに時間がかかるだろう。
「じゃあ、適当にブラブラしとくから、15分くらいたったら戻ってくるよ。」
「ん、わかったー。」
そうは言ったものの、何処に行くか決めあぐねていた。
何処に行こうか悩んでいると、ふと、ここの神社の社に行こうかと思いついた。
特に行きたい場所がある訳では無いのだ。
少し人が少ない所で休むのも良いだろう。
社まで歩きながら考える。
なんだか、社に行きたいという思いが強いのだ。
なぜ私はこんなにも社に行きたいと思っているのだろうか。
うーむ。
暫く悩んだが分からない。
まあ、直感的なものなので考えてもわからないのも仕方ないだろう。
そうして歩いていると、社に着いた。
そして、ふと、空を見上げた。
紺碧の空には、青い光を放つ大きな月がかかっていた。
そう、青くて大きいのだ。
青いというのは比喩ではない。
本当に、青い月なのだ。
そして、その月は今まで見てきた月とは比べ物にならない程大きかった。
だが、私はその月を、何故か懐かしいと思った。
今まで見てきた月は、何処か違和感があったような感じがしていた。
どこか小さく、頼りない光だと、思っていた。
だが、この月には、そんな違和感は無かった。
むしろ、これが私の見たかった月なのではないかと、そう思えてきたのだ。
ふと、蝶が視界に入った。
紺色の蝶だ。
何気なくその蝶を目線で追うと、いくつもの鳥居が連なる道が目に入った。
この神社には初めて来たけれど、こんなに沢山の鳥居が連なっている道があるなんて知らなかった。
そう、まさに伏見稲荷大社の様だった。
私も 伏見稲荷大社に行ったことはないけれど、写真なんかを見たことくらいはある。
さっき見た蝶が、その道の中へ、鳥居を潜って飛んでいった。
そして、何故か私も行きたいと思った。
別にホラーとかそういうのではなく、ただ、なんとなく懐かしいと、そう思った。
その道に、一歩踏み入った。
最初の鳥居を潜る。
すると、私の中に、さっき見た蝶が入ってきた。
そう、入ってきたのだ。
すぅっと、それはもう、自然に。
だが、嫌悪感は感じなかった。
むしろ、高揚感すらあった。
そして、次の鳥居を潜ると、またしても蝶が私の中に入ってきた。
そのまま、三つ目、四つめと鳥居を潜ると、同時に蝶が3匹目、4匹目と入ってくる。
そのまま歩き続けた。
既に数十匹の蝶が私の中へと入っていた。
それでも、まだ鳥居は続いているので進んでいく。
本当に、怖くはない。
それどころか、早く先に進みたいと思った。
ふと、さっきから私に入ってきている蝶を観察してみた。
紺色の羽を持った美しい蝶で、少し輝いて見えた。
そしてその羽は、精緻な模様があり、とても美しい。
こんな柄の蝶は見た事も聞いた事もない。
それから暫く進むと、自分の身体の違和感に気付いた。
自分の身体を見てみると、透けていた。
半透明なのだ。
縁日に行くために着ていた浴衣や下駄といった衣服も含めて、向こう側が見える程に透けている。
だが、これも先程と同様、特に嫌な感じはしない。
そのまま進んでいると、向こうの方に光が見えてきた。
恐らく出口なのだろう。
自分の身体を見てみると、既にもう見えなくなっていた。
その光が近づいてきて、かなり強い光だと認識できた。
だが、その光の先に行きたいと、心の底から思っていた。
そして今も、鳥居を一つ潜る毎に蝶が一匹入ってきているのは変わらない。
ついに私は、最後の鳥居を潜った。
ここまで、一体いくつの鳥居があったのだろうか。
千を超えているかもしれない。
そこで、光がより一層強くなり、思わず目を瞑った。
否、瞑れなかった。
私の身体はもう無くなっており、今どうやって視界を確保しているのかは分からないが、視界を塞ぐ事は出来なかった。
そこで、私の意識は途切れた。