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本松くんはちょっと気狂い  作者: 柏木砂陽
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ウロボロス

僕のクラスに本松天斗くんという子がいました。本松くんはちょっと変わった子で周囲から気狂い扱いされています。これから書くお話はそんな本松くんに纏わるお話です。


三小(第三小学校)には2時間目と3時間目の間に少し長い休み時間(いわゆる業間休み)があります。僕はインドア派で、校庭で騒ぐ男子生徒達に混ざることなく教室からぼうっと校庭を眺めていました。


授業で溜まりに溜まった鬱憤をボールにぶつけ、ドッヂボールに勤しむクラスメイト達を眺め、気障にため息をつく僕は天上から下々を見下すような気持ちでした。なんと馬鹿らしいことを熱心にしているのだろう、と。僕が彼らより下の人間であることを知るのはまだ先の話です。


業間休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒たちが教室に戻ってきます。先程まで静寂に包まれていた教室が徐々に騒がしくなってゆくのはとても不愉快でした。


ある程度生徒が戻ってきたタイミングを見計らい、担任の先生が教室に入ってきます。50代ほどの中年の女性教諭なのですが、ドッヂボールに混ざっていたようです。汗をかき、少し息がきれています。馬鹿な先生だ、と僕は嘲笑しました。(この時最も嘲笑に値するのは、紛れもなく僕なのですが、「この先生が馬鹿だ」という評価は現在も変わっていません。年齢に不相応なことをして、自分を若くみせるババアはいつ見ても、馬鹿なババアです)


教室をぐるりと見渡し、先生は呟きました。呟いたと言っても、教室にいる生徒たち全員に聞こえるくらいの大きな声です。聞かせる独り言といったほうが正しいかもしれません。


「本松さんがいませんね」


知らねえよ、とでも言わんばかりに生徒たちは何の反応を示しませんでした。むしろ、ドッヂボールを邪魔されて不機嫌だった男子生徒たちが、より大きく騒ぎ出す始末。仕方なく、先生は僕の名前を呼び、本松くんを連れてくるよう指示しました。


僕は行きたくありませんでした。なぜなら、本松くんは「キチガイ」だからです。当時の僕は「キチガイ」の意味を理解していませんでしたが、言葉の響きや、用いる際のニュアンスやシチュエーションからあまり良い意味では無いと察していました。


しかし、それを断り、「てめえが行けよ、クソババア」と先生を罵るだけの度胸を僕は持ち合わせてはいませんでした。僕は「わかりました」と聞こえるか聞こえないかくらいの声で言い、校庭へ向かいました。


「ほんまつ、ほんまつ、ほんまつてんと〜」


僕は本松くんの名前を呼びながら、校庭を探し回ります。ふと見上げれば、校舎のすべての窓から人がこちらを見下ろしているような気がして、僕は必要以上に下を向いて本松くんを探しました。蟻を探しているみたいだと、思いました。


そんな非合理的な探し方をしたせいで、だいぶ時間がかかってしまいましたが、本松くんを見つけることができました。本松くんは校庭の隅で、ブロックを剥がしていました。ブロックの下にはダンゴムシやミミズなどがたくさん這っています。


「気持ち悪い。なにしてんの?」


僕の問いに本松くんは体をぎゅるりとひねり、こちらに顔を向けます。そして、その羽虫が沢山とまっているみたいな、にきびだらけの顔をぐしゃりと歪ませ微笑みました。


「ウロボロスを作っているんだ」


「ウロボロス?」


僕は素っ頓狂な声をあげました。本松くんは「うん、ウロボロス」と楽しそうです。本松くんはミミズを二匹ひょいとつまみあげました。そして、その二匹のミミズをぱぱっと固結びして繋げてしまいました。


「ウロボロス」


本松くんは満足気です。僕は苦笑いを浮かべながら、「それはウロボロスじゃないよ」と言いました。


「え、ちがうの」


「ウロボロスはドラゴンなんだよ。ミミズなんかじゃねえよ」


「ミミズはドラゴンじゃないの」


「ミミズは小さいだろ。ドラゴンはもっと大きいんだ」


突然現れたやつにケチをつけられた本松くんはちょっと不機嫌な様子。そんな本松くんを見て僕は少し愉快になりました。


「じゃあ、これ繋いだらウロボロスになる?」


そう言って、本松くんは先程のミミズより大きなミミズを手に取り僕に見せつけました。僕は驚いてしまって、蛇口をひねった音みたいな悲鳴をあげ、その場に尻餅をつきました。


「ばか。やめろよ、きしょいだろ」


「でも、大きいでしょ」


「でかいからなんだよ。それを繋いでも、ウロボロスにはならねえよ」


「嘘つき。大きいのがドラゴンって言ったじゃん」


そういうと、本松くんはとうとう泣き出してしまいました。それはそれは大きな泣き声で、校庭中に響き渡る大轟音。結果として、僕は本松くんを泣かせた罪で先生にこっ酷く叱られるのでした。


やっぱり、本松くんは気狂いです。

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