町に入ろう
目の前に門が見える。まさに城壁のようなものだなと思いつつ歩いていると
「身分証か何か持っているかい?」
と男が話しかけてきた。警備隊のようなものだろう。
「いや持ってない。他の方法で入ることは出来ないか?」
これを聞いて、男は少し難しい顔をした。
「ここじゃなければあるんだが...ここはこの国で唯一魔の森に接しているところで警備が他より厳しいんだ。だから厳しいな。」
「ならここには入れないのか?」
そうだったら少し面倒だな
「いや、そんな事は無いんだがな...ただその方法が少し特殊なんだ」
?特殊?
不思議に思ったのが顔に出ていたのだろう。男が説明してくれた。
要約すると、嘘発見器にかけるらしい。そういったものがたまにダンジョンから出てくるのを買い取って使っている、と言っていた。
分かったと伝えると男が不思議そうな顔をして、
「へぇ、意外だな。だいたい君みたいな人は自分のことを隠そうとするんだ。この世の中身分証を持ってない人は少ないからね。持ってないのは脱走奴隷か犯罪者かスネに傷のあるやつばっかだからさ。」
「別にやましいことはないからな。やましい事が無いなら街に入れない方が大変だ。」
少しおどけたように言うと男もつられて笑っていた。
「おっとすまない。話がそれてしまったね。じゃあその魔法機を取ってくるから待っててくれ。
あとあれを使うときは警備隊長以上の人の同行も必要だからついでに呼んでくるよ。」
そう言って返事も聞かず走って行ってしまった。
やれやれ、この間に中に入られたらどうするのやら。
少ししたらすぐに男が帰ってきた。一緒に来た男がおそらく警備隊長だろう。極道のような怖さではなく仕事に誠実であろうとしてきたことで身についた鋭い目を持っているようだ。
実際こちらの様子を伺っているように見える。
日本にいた時はこんなこと分からなかっただろうからこれも閻魔様のおかげだろう。
「待たせてね。この人がこの街の警備隊長のトムさん。
隊長この人がさっき話した男で名前は...」
チラチラとこちらを見ているので名乗ってくれということだろうな。
「コウだ。今夜は宿で寝たい。よろしく頼む」
男はその鋭い目でこちらを見つめながら
「この街バルミニアの警備隊長をしているトムと言うものだ。あらかじめ言っておくがこの街に危害を加える、又はその予定があるようならその場で捕縛するからそのつもりで。」
「分かった」
そう答えると警備隊長のトムが懐から丸い水晶のようなものを取り出してこちらに渡してきた。
「それが今回使う魔法機だ。それを持った状態でこちらの質問に答えてくれ。」
「分かった」
「ではまず一つ目の質問だ。君の出身地は?あぁ嘘をついたらその水晶の光が弱くなる。完全に消えたら真っ赤な嘘。弱まった程度だと嘘では無いが隠してることがある。というふうにわかるから、そのつもりで答えてくれ。」
う〜ん。やはりこの質問が来るか。馬鹿正直に日本と答えるか?いや待て。俺は一度向こうで死んでいて生き返ったのはあの荒野だ。ならここに来る途中に考えた設定でイケるな。
「実はよくわからないんだ。俺は捨て子だったらしくて拾われた身だったんだが、拾った男が剣が好きだったらしく、小さな頃から教わってきたんだ。それで最近になって、"そろそろ独り立ちだな"って言われていたんだが昨日、"俺を見つけろ"という声を聞いてそこから意識がないんだ。起きたらここの東にある荒野の洞穴の中にいて、今の装備と諸々が置いてある状態だった。
だから俺がどこで住んでいたかも知らないし、ましてや出身地なんかは余計分からないな。」
水晶の光は少し弱まったようだが許容範囲のようだ。
トムさんが話を続ける。
「なるほど、出身地は分からないというのは本当そうだな。しかし、あの死の荒野を抜けてきたのか。あそこは命知らずな冒険者が入っては這々の体で逃げ帰ってくるような場所でかなり危険なんだよ。」
なに!そんなところだったのか。閻魔様も大変な場所に飛ばしてくれたものだ。冒険者の実力が分からないからあれだが、例えで出てくるあたりある程度の実力がある集団と考えてもいいだろうな。しかし不穏な固有名詞が聞こえたな。
「死の荒野?」
「死の荒野のことも教えずにあそこに置いていかれたのか。よく生きていたな。
死の荒野は、はるか昔、もっと大陸が荒れていた時代に、あの辺りには広大な森があったんだ。そこに火の島の竜たちがやってきてあそこを荒野に変えていったんだ。
あそこでエルフが禁呪を使おうとしていただの、誰かが竜の卵を盗んであそこに逃げ込んだなど理由は諸説あるがはっきりはしていない。
あの荒野には宝が眠っているとかいう噂もあるから、冒険者たちが向かうんだけどな。」
男が教えてくれた。こいつ今まで空気だったな
なるほど、そんな場所だったのか。今度行ってみるのも手かもしれないな。
そんなことを考えていたら、男がなおも続けている。
「しかし、あそこから素手で出てくるなんてすごいなぁ。あそこの周辺にいる魔物も最低Dランクだから弱くないんだけど。」
「ん?素手じゃないぞ?俺は大剣使いだからな」
俺が答えると本当に不思議そうな顔を二人ともしている。
何かおかしいことを言っただろうか
「だって、そんなもの持ってないじゃないか?」
男は、バカにされたと勘違いしたのか少し語調を強めて聞いてくる。
しまった。俺今アイテムボックスの中にいれてたや。デカくて走るのに邪魔だったし。
「すまない。ついうっかりしていた。今出そう。」
そう言ってアイテムボックスからアビスを取り出す。
しかしこの大剣黒いな。黒光りしているよ。これが魔力を通すと紅く染まってまた良いんだよな。
「お前今それをどこから出した!」
「えっえっ、何が起きたんだ?」
トムさんは一瞬惚けた顔をしたがすぐに問い詰めてくる。男は何が起きたか理解が追いついていないようだ。
俺は特に感情をこめるでもなく
「アイテムボックスを持っているからな。そこから取り出した。」
と教えてやる。トムさんはまた惚けた顔をして
「アイテムボックスだと?そんなもの国宝級じゃないか」と呟く。
それを聞いて後悔した。閻魔様がついでのように置いていったからこの世界では普通にあるものだと思ってしまった。まさか国宝とはなぁ、めんどい事に巻き込まれたくはないなぁ。
この時俺はコレがフラグというものだと後で気づいてかなり後悔することになったが、それはまた後の話
「多分だけど、ダンジョンとかで見つけたものを置いて言ったんじゃないかな?
と言うわけであまり気にしないでくれると嬉しい。水晶も光ってるし、次の質問に移ろう。」
少し強引に話の流れを変える。そうしないといつまでも終わらない気がしてきた。周りも結構暗くなってきている。
やっと気を取り戻したトムさんは咳払いをして
「そうだな。ここまでの質問で君があまり常識通りではないことが分かったから、詳しいことは経過観察としよう。だがこれだけは答えてくれ。
君はこの街に危害をもたらす気はあるか?」
少し低いトーンで聞いてくるトムさんはかなり緊張しているようだ。しかし、返答次第ではすぐ動けるように準備はできている。警備隊長としてこれは重要だろう。街に危険分子を入れるわけにはいかないだろうから。
だから俺も正直に話す。
「この街の人に絶対危害を加えないと言ったら嘘になるかもしれない。襲われたりしたら力で応じるだろうしな。だが現時点では危害を加えるつもりは皆無だ。」
水晶が光っている。
それを見たトムさんは好々爺とした笑顔を浮かべる。この人50くらいかと思ったら60くらいのように見えるな。おそらくこの好々爺としたのが素なんだろう。
「では身分証の代わりに銀貨5枚だな。魔法機の使用料もあるから少し高いが。街で冒険者ギルドで登録すれば次回からタダになるから覚えておきなさい。」
ここで俺は気づいた。
「金とんのかよ!」
無一文コウは人生最大のピンチである。
次こそ街に入リます。申し訳ないです。