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聖女は見捨てた

作者:


 

 私が聖女だと神殿で、告げられてから、もう何年経っただろうか。魔王と戦うべく旅立ってもう何年だろうか。昔は高かった世界も今じゃ近く感じる。

 

 「聖女様、お務めご苦労様です」

 

 労りの言葉を受けながら世界をめぐって、苦しむ人々を生き物を救ってそうやって、私は神様の告げたように聖女へとなる。

 

 ──でも、本当は気付いてた。

 

 「聖女様」

 「聖女様!」

 「ありがとうございます、聖女様」

 

 いつの間にか、聖女が私になって本当の私が消えたことに。ねぇ、私の名前はなんだったかな。ねぇ、旅立つ前はどうやって生きていたっけ。

 

 もう記憶が朧気だ。もう、私は消えてしまうだろう。

 

 「魔王!覚悟しろ!!」

 【煌びやかで美しい魔王城の玉座に座るのは黒い服に身を包んだ、魔王。】

 乱暴で、野蛮で、最低の勇者。彼は唯一魔王を殺せる剣を振れる勇者。救ってやるからなんて、生きて帰って結婚しようだなんて、聖女に告げる勇者。

 

 「愚かな者よ、真実も知らぬままに、私を殺そうだのと」

 【彼は勇者を馬鹿にしたように見下す。己が無力を知るといいと暗に告げるその瞳に勇者は雄叫びで返事をする。】

 

 はじめはこの世界が輝いて見えた。旅に出てからどれもかれもが美しく感じた。でも、現実はどうだろうか。魔物、魔族、魔獣だからと言って屠り、殺し、癒すことも許されないこの世界など、

 

 『神様がお許しになるわけがございません』

 

 目の前で苦しむものを救わせてくれない神様など。

 

 「やるぞ!」

 【勇者は剣を強く握りしめて立ち向かう。それに魔法師と賢者は返事をして同じように魔王を睨んだ。】

 

 信じることが出来るわけが無い。

 

 

 私は同じに見えた。

 

 魔物と動物が。魔族と人間が。魔獣と聖獣が。同じに見えた、ううん、同じだった。みんな苦しんでいて、死ぬ時にはみんな赤い血を流していた。

 

 

 子供だっていた。きっと私たちが旅をしなければその土地で幸せに暮らせていたんだろう家族を殺した。

 

 そう、殺したの。

 

 その自然で生きていた者達を悪だと決めつけて、殺して、手放しして讃えた。

 

 助けてとこの子だけはと叫ぶ母ですら勇者は切り捨て、魔法師は燃やし、賢者は見下した。

 

 「っあああ」

 【魔王の放った魔法が、勇者の左腕を焼く。ひどい匂いが辺りに広がるが、勇者はそれでも逃げようとはしない。】

 ずっと、頭から離れない。ずっと幻影が消えてくれない。憎らしげにわが子を抱いてこちらを見る母親が。

 

 「呪われてしまえ!悪魔!」

 

 そう罵った声が耳にこびりついて離れない。

 

 「聖女様、癒してください!」

 【魔法師が魔法を展開しながら聖女に声をかける。その間も魔王は攻撃の手を止めはしない。】

 

 癒し、とはなんだろう。なぜ私が聖女だったんだろう。

 

 

 救いたかった、守りたかった、立派になったねと、私を捨てた者達に認めて欲しかった。そんな打算が私に罰を与えたのだろうか。

 

 「聖女様…?」

 【聖女は動かない。震える手で自分の手を握りしめたまま。動かない】

 

 殺したかったわけじゃなかった。救いたかったんだ、聖女なら出来ると思った。

 

 そうだ、思い出した。私は孤児だった。親に捨てられ、スラムでゴミを漁り、毎日毎日生死をさまよいながら生きながらえていた孤児だった。

 

 物心ついた時から私とともにいた仲間達はみんな流行病で死んでしまって、残った私が神殿に連れてかれて聖女だと告げられた。

 

 死ぬのは惨めだ。

 死ぬのは怖い。

 

 仲間達を目の前でなくしたからこそ、私は死の恐怖を知っていた。だから聖女になってそんなことを無くせられたらと思い、旅に出た───というのに。

 

 戦って、殺して。戦って、殺して。追いかけて殺して。ずっと、ここまで殺してばかりだった。魔物を魔族を魔獣を。救えたのは選ばれた者達。人間という存在だけだ。

 

 ああ、分かってしまった。何故こんなに苦しくて迷ってるのか。

 

 あの頃の私たちだ。生死をさまよいながら生きながらえていたあの頃の。何もしてなくても悪だとされ淘汰されたスラムの子。本当は気づいてた、あの流行病ってのも、本当は誰かが私たちの使う井戸に毒を流したせいだって。

 

 

 それでも私は口を閉じた。真実を知っても、知らなくても、私は口を閉じた。

 

 救いたかった、守りたかった。

 

 もう、もう…──誰かにゴミのように捨てられたくなかった。だから、仕方ないって目をそらしてたんだ。

 「…。」

 【魔王はゆったりと私を見た】

 

 哀れんだような目が私を射抜いて、私の隠れる場所を消していく。気づいたんだろうと分かったんだろうと、その目が私を攻める。

 

 気づきたくなかった、分かりたくなかった。だって、だって。

 

 

 

 

 

 

 特別になれるって、信じていたの。

 もう、捨てられることはないんだって、ほっとしていたの。

 

 

 「私はもう誰も癒せられません」

 

 でも、それはもう要らないよ。

 

 気づきたくなくても、気づいたから。

 分かりたくなくても、分かったから。

 だから、私は捨てるしかなかった。

 

 

 魔族も人だ。

 魔獣も魔物も生き物だ。

 

 私たちと少し違うだけの、同じものだ。そんな彼らを癒させてくれない神様なんていらない。救えないハリボテの聖女なんて、捨ててしまおう。

 

 私はもう聖女じゃない。昔の名前もなくしてしまった私にはもう何も無い。

 

 でも、それでも祈ろう。私に聖女になるように告げたレスターファニルではなく。全てを創造した神、マーマリナスタリア様に。

 

 どうか、どうか、私が奪った者達に救いを。私に罰を与えていいのです、この魂を貼り付けにして八つ裂きにしてもいいのです。だから、かの魂たちを導いてください。

 

 

 「何を言っているんだ…?」

 

 困惑した様子で勇者が私を見る。少しだけ申し訳なくなって目を伏せながら首を振る。

 

 もう、やめよう。この冒険譚はおしまい。勇者も、魔法師も、賢者も、聖女もここで死ななければならない。

 

 死ぬことで彼らに詫び、一時的でも安息を与えなくてはならない。だから。

 

 

 「私はもう、誰も癒しません」

 

 自分を否定し、まず、殺そうと思う。これで私が無益な殺しをしなくてすむのだと思うと、少し、ほっとした。

 

 

 

救えない聖女の話が書きたかった。

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