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紅い川辺のリグレット

ある日、目を覚ました少年は 目覚まし時計に手を伸ばした。

「うわ、もうこんな時間だ。支度しないと。」

少年の名はタツキ。これから彼女と出かけるというのに、少々のんびりし過ぎたようだ。

ぱたぱたと足音が響く。ラフなジャケットに身を包み、急いで下に下りてきた。

「あら、遅いわね。ご飯、ちょっと冷めたかもよ。」

お母さんが少し呆れ気味に言う。ごめんごめん、と軽く返事を返してパンにかぶりつく。

ちょっとバターが多いんじゃないか、なんて思いながらもくもくと食べ進める。

早めに食事を済ませて、椅子から立ち上がる。ん、なんか足元にいるぞ。

〔みゃーお。んにゃーー。〕

飼い猫のすずらんだ。かまってちゃんだから、しばらく足にまとうに違いない。

「ごめんなー。今日は出かけるんだ。」

そう言うと、すずらんはにゃー…と寂しげに鳴いて、お母さんの足元に行ってしまった。いや、俺が言ったんだけど。

「まあいいや。行ってきまーす。」

爪先をトントンと叩いて、踵を納める。にゃ~、というすずらんの鳴き声とお母さんのいってらっしゃい、という声が後ろから聞こえる。

がちゃ、という音と一緒に眩しい光が視界に飛び込んでくる。本日は晴天だ。雲一つない青空は、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。

紅葉がはらはらと舞い落ちる。赤や茶色の葉っぱが、赤い雨を降らせているみたいだ。

ところどころ彼岸花も咲いている。なんだか赤いものだらけだな…

そんなことを考えている内に、自分を呼ぶ高めの声が聞こえてきた。

「ごめーん、遅れちゃった。」

彼女のセイカだ。薄手のカーディガンをはおって、色は白系統が目立つ。

走ってきたのか、少し息がきれている。

「大丈夫だよ。さ、どこに行こうか。」

セイカは、うーんと唸ってから、思い出したようにこう言った。

「そうそう!私、半田市立博物館に行ってみたい!」

彼女は地域の特色などが好きで、博物館や偉人の生家に興味があるのだそうだ。

「良いよ。どのくらいかなぁ…」

スマートフォンを取り出し、検索してみる。電波状態は良好らしく、検索結果が画面に浮き上がってきた。

「最寄りは成岩かぁ…ん、ちょっと待って、」

検索結果に紛れて、少し興味がある結果を見つけた。

「ねえ、提案なんだけどさ…ちょっと近くにある『矢勝川』っていう所に行ってみない?彼岸花が川辺一面に咲いてるんだって。あのごんぎつねの舞台になったらしいよ。」

「いいね!綺麗なんだろうなぁ♪」

彼女も乗り気だ。こっちの最寄りは半田口駅か。ここは河和口駅が近いから、河和線に乗れば良いだろう。

「じゃあ、出発しようか。とりあえず河和口駅に向かおう。」

彼女はおーっ、と軽く拳を突き出し、レッツゴーゴーなんて言っている。

おしゃべりしながら歩いて行くと、あっという間に駅に付いた。

切符を購入して、ホームで並んで電車を待っていると、目当ての電車が来た。幸い電車の中は空いていて、座ることができた。

たたん、たたんと規則正しく車内が揺れる。しばらく揺られていると、アナウンスが流れた。

“次は 半田口~ 半田口~”

間もなく電車は停車して、ドアが開いた。立ち上がって、外に出た。

「「とうちゃーーく。」」

手をつないで駅の敷地から外に出る。2人でいえーいっとハイタッチして、歩き始めた。

なんだか今日は車の交通量が多いな。紅葉シーズンだし、天気も良いし、大抵の家族は行楽を楽しんでいるのだろう。予感は的中、矢勝川の近くには沢山の人が集まっていた。

「すごい人だねー」

人だかりを見て、彼女は呟いた。ここからじゃ、彼岸花が全く見えない。そこで、もう少し近寄ってみることにした。

「「すごーーい!!」」

川辺を見た途端、2人は思わず軽く叫んでしまった。辺り一面、彼岸花の毒々しい色合いが、褪せることなく続いていた。周りにいた人なんて、比ではない。驚いたことに、この彼岸花は人の手で植えられたらしい。

「思ってたよりもずっと綺麗!」

「真っ赤だなー…」

2人とも、思い思いの感想をこぼす。この景色は、1.2㎞ほど続いているらしい。こんな所に動物が迷い込んだら、毒で全滅してしまいそうだ。こんなに彼岸花があるのに、白いものは一つも見つからない。

「炎みたいだねー」

彼女は瞳をきらきらさせながら彼岸花を眺めている。あと1週間もすると、満開のシーズンは終わってしまうようだ。毎年こんな景色が見れること、近所の人は慣れてしまっているのだろうか。

「写真も撮ったし、そろそろ博物館に行こうよ!」

「おっけー。」

一通り楽しんだあと、次は博物館に向かうことにした。ここから博物館までは徒歩で30分ぐらい。まあ、おしゃべりしながら歩いていたらすぐだろう。

それにしても、こんなに車が混雑していたら事故の一つ起きないのだろうか?

緑が多めの町には、似合わない光景だ。

なんか疑問が多いな。知らないことだらけだ。まあ、どうだっていいから、頭の片隅に置いておこう。

一人で考えた後、いつの間にか博物館に到着していた。彼女も、周りの風景に見とれていたようだ。

博物館の中に入ると、酢醸造の事など多くの展示物があった。

内容については、長くなるので触れないでおいてほしい。

館内を巡ってあれこれ楽しんだ後、帰る前にカフェに

寄ることにした。

またスマートフォンで調べてみる。相変わらず電波状況は良好だ。そこで、しばらく歩いた所にあるボヤージュというカフェに決めた。どうやら、珈琲がおいしいらしい。

2人並んで歩道を歩く。あっちに着いたら、珈琲でも頼もうか。

口コミにも珈琲がおいしいってあったからなぁ。

彼女としゃべって歩いていくと、アンティークな外観の建物が視界に写った。どうやらここが例のボヤージュらしい。

「何かこじんまりした見た目だねー。」

彼女も同じ事を考えていたようだ。ただの作り物みたいな、物語に出てくるようなカフェ。とりあえず、入ってみよう。

早々に、ドアが上手く開けられないというトラブルが発生した。

やっとドアがあいて、中に入ると…外観に違わず、まるでドールハウスのような店内が現れた。

おまけに、入ってすぐの所にコーヒーを焙煎する機械がある。

「すごーい!!良いにおいがする!!」

確かに、店内はコーヒーの香りが漂っていた。彼女はすっかりテンションが上がっているようだ。

店に入ったのだから、何か頼もう。そう思い、2人で席についた。

「ご注文は如何でしょうか。」

店員さんが注文を取りに来た。はあ、メニューもアンティークに作られている。

「私、ガトーショコラとすっきりブレンドくださーい。」

彼女は早く注文を済ませて、メニューを閉じた。そのまま、メニューがこちらに回された。

「えーっと、じゃあパウンドレーズンとコスタリカください。」

注文を聞き終えると、店員さんは戻っていった。

カタカタ。あちらの方で聞こえる物音が静かな空間に装飾を添えている。そんな中でこの後の事を考えていた。

一通り巡ったのだから、あとは帰るだけだ。でも、未だスマートフォンのデジタルクロックは15:18を映している。

「ねえ、この後、どうする?帰る?」

「うーん、じゃあ、もっかい彼岸花見に行こうよ。もう少し違う角度から撮りたいんだ♪」

おーけい、と空間に音を溢す。周りの人はさほど気にしていない様だが。

でも、この決断が後々に災いをもたらす事を、まだ気づく余地も無かった。

カタン。物音がして、再び沈黙が訪れた。

「お待たせしました。」

そんな声が聞こえて、メニューが運ばれて来た。

珈琲の香りが鼻を擽る。早速一口啜ってみる。

「おいしーい♪」

彼女も感想は同じようだ。ほどよい苦味が口内に広がる。

後味もすっきりしている。一緒に頼んだパウンドレーズンも美味しい。口コミにも頷ける。

考えている間、彼女はガトーショコラを頬張っていた。

若干ほっぺたが膨らんでいる。ハムスターみたいで、可愛い。

こんな感情は、珈琲の香りに流されて消えてしまった。

食べ終えると、早々に会計を済ませて店から出た。

あまり長く居ると、強くなる珈琲の香りに酔ってしまいそうだったからだ。外の空気は、清々しくて気持ち良かった。

「ゆーたーん‼」

「うぇ~い」

上機嫌な彼女と手を繋いで、二度目の矢勝川の見物に向かう。

るんるんという表現がぴったりだろう。微かに首が横に振れている。

ポニーテールがゆらゆら揺れる。日の光に照らされて、ほんのり茶色に見える。


__この辺りからだ。運命の歯車が狂い始めたのは__


ぽたり。頬に雫が落ちる。

どうやら雨が降り始めたようだ。

幸い、目に見えない位の小降りだ。矢勝川は目の前。

彼女はかけていった。つづいて、俺も後を追った。

見物客はさほど減っていない。雨に気づいて、そそくさと人混みから脱け出す人も、何人かいた。

器用に人をかき分けて、彼女は写真を撮りに行った。

俺は人に酔いやすいから、その場で待つことにした。

ぱたぱた。雨音が強くなる。そう考えていると、彼女が戻ってきた。

何枚か撮り納めたようだ。すごかったー‼とまるで初めてのようにキラキラ目を輝かせていた。

「雨も降ってきたし、帰ろうか。」

わかったー、と彼女は言う。この笑顔、いつまでも守れたらいいのに。雨の日は、時に深く考えさせてくれる。

雨の中、車の通行は一向に減らない。

横断歩道の信号が青に変わった。

彼女は、一足先に2mほど離れた所までかけていっていた

「危ないから_」

気をつけて、と手を引こうとした時。

バァン__

刹那、鈍い衝突音が雨の道路に轟いた。

ぱっと、辺りに広がる紅い花。先程みた、彼岸花を彷彿とさせる。

鳴り響くサイレン。降ってくる悲鳴。虚しく鳴る、雨音。

状況を把握できないまま視界に飛び込んで来たのは、変わり果てた彼女、セイカの姿だった。

ウーウーとサイレンがけたたましく鳴り響く。

警察?が電話をかけている。

記憶?のようなものがぐるぐると巡る。

そんな中、俺はただ立ちつくすしか無かった。


数時間後、気づけば病院のような場所に居た。

横には、母親とセイカの両親が泣き崩れていた。

そして、正面には、

__顔に白い布のかかったセイカが居た。

ぴっ、ぴっ、ピーー。

無機質に鳴る電子音。

近くに置かれている液晶には、上下の波が無くなった

ただの直線が映し出された。

医者の声も、泣き崩れる声も、聞こえなくなって

俺自身も、いつの間にか泣き崩れていた。


その日を境に、俺は感情が無くなった様になった。

様々な気持ちが入り交じる。

悲しみ、自問自答、怒り、哀れみ、あの日の記憶。

気がつけば、雫が頬を伝って落ちていた。

俺はただ、突然紅く染まった記憶に縋り、泣いているしか無かったんだ。


ざあざあ。

ぼたぼた。

ぽたり。

雨の日。今日も涙はメランコリーを訴えて、湿っぽいオノマトペの中渇いた音と染みを残す。

今では嗚咽も掠れ、涙腺は緩みっぱなしだ。

目の前には、絶望感のみが無常を主張している。

泣き続けてもう何日経っただろう。すずらんの鳴き叫ぶ声すらろくに耳に届かない。

あの時、こうしていれば。リグレットが見え隠れする。まるで、今を嘲うように。

かちり。スイッチを押したような音が鳴る。

にゃあ。鳴き声が聞こえて、其処から音が流れ出した。

優しく鳴るシロフォン。優しい声音。それは、あの時のけたたましい音をかき消すように、心に響く。

少しだけ落ち着いてきた。

〔にゃぁーお。〕

もう、大丈夫?そう言ったように聞こえた。

直後、すずらんは駆けだした。今居る3階から1階へ。

〔にゃっ!〕

早く!そう急かすように鳴き声を上げる。

俺は、駆けだしていた。早く行かなきゃ。そんな気がしたのだ。

すずらんの毛並みが銀色に光る。その姿を追いかけ、1階のドアを開く。

其処には、2つの人影があった。

驚いたように目を見開く母と、其処には。

すずらんがその人に駆け寄り、青色の瞳を向ける。

〔もう、分かったでしょう?〕

確かめるように鳴く。

顔を見た刹那、記憶が頭を走り抜けた。

セイカが居なくなっても、よく考えれば葬式にも呼ばれていない。

母にも何も言われていない。

__何も聞いていない。__

気づいた瞬間、やっと訳が分かった。

目の前に居る、顔と体に包帯の巻かれたポニーテールの女性。

それは、見慣れた笑顔を見せて、こう言った。

「久しぶり、タツキくん!」

違う涙が頬をつたった。暖かい、歓喜の涙。

其所に居たのは__

「セイカ!!!!」

どこからともなく、遠吠えが聞こえて、リグレットは、消え去った。

赤はまた、桃色へ変わった。

そう、また未来は戻ってきたのだ。

「にゃーお。ごろごろ。」

猫は、満足げに鳴いて、喉を鳴らした。


___happy,end__


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