チョコレイトスモークと雪の夜
雪が降っているのを見たのは、随分と久しぶりだった。
今冬に入ってからは間違いなく初めてで、思い返してみると去年も、こんなに積もる程だった日は、無かったように思う。まぁ、只単に僕が忘れているだけかもしれないけれど。物覚えが良いほうじゃないという自覚はあるから、かなり怪しい。
高校を卒業して、専門学校に通うために東京に上京してきてから、こんな風に雪を目にする機会は明らかに減った。僕の住んでいた地元もそれ程頻繁に降っていたわけではないけれど、それでもこっちよりはよく降っていたと思う。
今日、僕は休日なこともあり一日中カーテンも締め切ったまま部屋に引き篭もっていて、外の天気や日の沈みとは無縁で。
だから、雪が降っていることに気付いたのは、0時もとうに過ぎた夜中で、寝巻きの上にダッフルコートを着て、煙草を吸いに外に出た時のことだった。
インターネット繋がりの知人から、明日は東京は雪だそうだ、という話をほんの少し前に聞いていて頭の片隅には入っていたけれど、それでも、実際にそれを目にした瞬間は、かなり吃驚した。
外に出た目的も一瞬忘れてオートロックの出入り口を抜けて、ぎりぎり屋根の残る自動ドアの前まで出てきたところで、何をするでもなく数秒、そのまま見入ってしまった。
薄く積もった一面の白色と、暗闇と照明灯を支えにして主張を強める大粒の雪。
時刻のこともあってか車の跡も残っていなくて、只一面が黒と白で塗りつぶされていて。
柄にも無く素直に、綺麗だと思った。風景に見惚れるような、そんな人間じゃないのに。
少しだけ眺めてから、コートのポケットに手を入れて煙草と100円ライターを取り出して、最後の一本になるそれを悴む指先で口元へ運んで、火を点けた。
吸い慣れた甘い、チョコレートの香り。
痺れるような寒さと、モノクロな風景に足されて浮かぶ煙と、空気に漂う雪独特の匂いの中に溶けていくそれがとても心地よく感じられて。
久しぶりに、煙草を美味しいと思った。本当に、久しぶりに。
二回灰を落とした所でふと足を踏み出すと、玄関口の雪に滑って転びそうになった。
気にせずそのまま次の一歩を踏むと、ぎゅむ、と水気の少ない、しっかりした雪を踏む感触がして、不思議と、懐かしいというよりは初めて味わうような、奇妙な感覚を覚えた。
きっと僕にとっては、この普段と違う光景が特別なもののように思えているんだろうな、と少し思った。積もった雪に喜んではしゃぐ子供と、何も変わらない。
コートの肩に落ちた雪が溶けるのを感じながらほんの少し佇んで、すぐに屋根の下に戻った。明日は仕事なのに電車はどうなるのだろうとか、休みになれば楽なのにとか、知人から雪のことを聞いたときに考えていたことは、最早どうでもよくなりかけていた。結局はそういうわけにも、いかないのだけれど。
そのまま屋根の下で、少し上向きに景色を眺めながら、煙草の残りを吸った。
呆けるようにいつもよりも長く持っていたせいか、指先にほのかに熱が伝ってきて、空気の冷たさとはっきり分かれていた。
雪で火を消して、最後は景色を惜しまずに、部屋に戻った。
ポケットの中から出した煙草の空き箱を握りつぶしてゴミ箱に捨て、直ぐに暖房の電源を切った。今の外に触れた後では、何となく、澄んだ寒さを暖房で塗り潰すのが、酷く勿体無いように思えたからだ。
今日は仕事だとわかってはいたけれど、思うままに点けっぱなしのパソコンの前へ座って、テキストエディタを立ち上げた。
布団に入るのには、まだ少し早そうだと、柄にもなく悪くない気分に浸りながら、素直にそう思った。
夜中の出来事。
1月18日午前2時前後(大体)の実体験な部分が大半。
こんなの書いてる暇があったら本題のほうさっさと進めろ間抜けが!というありがたい指摘や説教は、甘んじて受けます。むしろ励みになりますのでください。
風邪を引いたら馬鹿もいいところなので皆は暖かくして寝てくださいね。




