第七話「俺、既に魔法使い!?」
「じゃあ、これを持って」
そう言って一本の包丁が渡された。
「よし、今日からご飯の手伝いさせるが、教える気は無い。分からなかったら聞けば教える。自分で見つけるのが料理だサン、分かったかい?」
淡々と4歳児に言い放つ父。
完全なる突き放しである。
うちのお父様は料理に関してはスパルタ方式
見て盗めが基本、ただ疑問に思ったものは聞くと教えてくれるけど同じ事を二度聞くとあからさまにテンションが下がる。
それでも俺はラルクの料理が学びたかったからモウマンタイ。
要は軍と同じ位の厳しさなのだから。
そんなの生前に経験済みだ。
「はい!」
「よし、じゃあまずーー」
ラルクのお料理教室が始まった。今に始まった事じゃないが包丁を持っての実戦は初めてだ。
ラルクのお料理教室の内容はこうだ
壱.最初にラルクと同じ作業をする。
弐.その中で何故その作業が必要なのか疑問に思った事を聞く
参.一回目なら丁寧に教えてくれる。二回目なら冷めた目でもう一度最低限を教える。三回目は知らない。まだない。
※ もし怪我をした時はユリが治癒魔法で治してくれる。
肆.出来上がり
と言う流れだ。
三回目がまだ未経験な理由は簡単、二回目のラルクの目が怖かったから必死で覚えた。
あれは肉親にする目じゃないよ!!怖くて泣きそうになったよ!!ちょっとパンツ濡れたのは内緒だよ!!
――――
「パパ、これ、どうしてこんな切り方するの?」
今日はラルクとシチュー作り
現在人参を切っている最中
「あぁ、それはな、シャトー切りと言って具の角を丸く削るように切っていくんだ。具は角があると具同士でぶつかった時に具がぼろぼろに崩れるんだよ。丸いと具同士でぶつかっても崩れる部分が少なく崩れにくくてシチューなんかのスープに持ってこいの切り方なんだ。無駄を無くしたかったら切った具はブイヨンを作るときに使うと余った部分も使える」
「じゃあこっちのお肉に火を着けるのは?」
「それはフランベだな。ノウフェザーの肉は生臭くてそのまま入れると料理の風味を壊すんだ。その匂いを消す為にリキュールやコニャックの風味を肉に移しアルコールを飛ばす為に火を着けるんだ。今回はさっぱりした風味を付けるためにジンを使っているよ。」
ノウフェザーってあの鶏の事か
それにしても流石ラルク先生、どんな些細な疑問にもきちんと意味があると答えてくれる。
実に頼もしい。
ある程度慣れてくると練習項目が変化した。今まで二人で一つの料理を合作で作っていたのだが、今度は一人で同じ料理を真似ながら作る作業に変わった。
――つまりラルク無しだ。そうすることで自分の荒さが目に見えて分かった。
自転車の補助輪を外した感じに似ている。上手く走れていたと思っていたのにいざ外すと全く走れなかった。
ラルクがどれだけフォローしてくれていたかわかる。
頑張ろう。
――それから一週間が経った。
俺はある程度慣れてなんとか転倒せずに走り出せそうにまで成長していた。
「……出来た!!」
「上出来だ、よくやったなサン」
「うん!!」
俺は自分の作った料理を見る。
――うん、今日はまだ"まずくなさそう"に見える。
初めて作ったときは真っ黒なダークマターだった。おかしいな俺はハンバーグを作っていたはずなのに食卓に並んだのは暗黒面もびっくりの原型が何かわからないナニカだった。
おかしいラルクの作業を真似していたのに、何故だ。
聞くと火加減を間違えていたようだ。まぁ真っ黒だし熱が原因なのか当たり前か……
そんなナニカを見てもラルクは"よくやった"と言ってくれた。どんなにまずそうでもラルクは出来上がった事を褒めてくれる。"やることに意味がある"と暗に言ってくれる。良い先生だと思う。
――ただ
「……パパのが食べたい」
「あぁ、自分のを食べたらな」
「……はぃ」
一切の責任は負わない。自分で作ったのだから自分で食べる。それがラルクルール。
自分のを食べるとラルクの作ったのも食べれるからまだ救いはあるけれど……
今日はまだまずくない。
普通だ。戦争の時の非常食に比べたら涙が出るほど美味しい。
うん。
ラルクの料理を食べた後に自分のを食べると何だコレ?食べ物か?って思う位、差があるんだなぁ……
そんなラルクの料理をずっと食べていた訳で―――
―――――ぶっちゃけまずい。いやまずくない普通なんだがラルクの料理の後だとまずく感じてしまう。
ラルクの料理が食べたい。切実に。
見た目、味どれを取ってもラルクの足元にも及ばない。
それでも教えて欲しいと言ったのは俺だ。頑張ろう……
もしかして才能ないのかな……
そう頭をよぎったがそんな事はもう関係ない。俺は頑張ると決めたのだから。
ラルクの教えてくれる事を頭に叩き入れる。技術は数を打つしか向上しない。だから出来るだけ料理を作った。
5歳になるまでそれは続いた。
さて料理の話はそれくらいで良いだろう。
頑張って上手くなろう。
この世界にあって前の世界には無い概念の話をしよう。
つまり"魔法"だ。
こっちも進展があった。
俺がこっちに来て見た魔法はただ一つ、ユリの使う治癒魔法だ。
まだそれしか見たことが無い。使うとその場所がぼんやりと光る、何度も見たからこれは確定だ。最初はただの見間違いだと思っていたが…
他に何があるのかは聞いていないから分からない。そもそも魔法とはなんだ?俺も使えるのか?
治癒魔法は文字通り傷を治して癒す魔法
何故治せる?どうやって治している?
実はユリの手には小人のブラッ〇ジャックが居てこっそり手術でもやっているのか?
……ありえないか
ならなんだ。昔テレビで見た万能細胞かなにかの作用を使って変わりの細胞を補っているとかか?そもそも万能細胞なんて聞いたことはあるが実際に存在するのか?前世なら調べようがあっただろうがこの世界にその知識があるとは思えない。
いや、知らなくても使えるか、パソコンや携帯、テレビなんかの電化製品の殆どは構造がどうなっているか知らない。知らないけど使い方は分かる。もしかしたらそんな感じなのかもしれない。いや万能細胞があればの話だけどね。無いだろうけど
まぁ考えても無駄か。
前の世界では未発見の物質は93%あるって言ってたしその中のどれかに関与する事が出来れば魔法って概念も証明可能なのかもしれない。
夢がひろがりんぐ。
さてその魔法だがもしかしてもう使えるんじゃないのかって思って実践したことがある。ユリがした事を思い出して同じように真似たのだ。
――結論から言うと"出来なかった"。
ちょこっと指先をナイフで切って反対の手で被せるように包み念じた。
何をどう念じれば良いのか分からないから、とりあえず"治れ"って念じてみた。
するとあら不思議、包まれた部分が少し光ったのだ。
(――成功した!?!?)
うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!マジか!?!?俺天才じゃね!?!?と喜びながら包み込んだ手をどけた。
そこにはなんと……!
……血で濡れた指があった。
失敗。
落胆した。そりゃそうだ、持ち上げられてからの失敗、落胆もするさ。
だが待って欲しい。何故光った?
確かに俺は光るのを見た。ユリが使ったときと同じ光を感じた。だが効果は無かった。
もう一度同じ事をした。また光った。
何故?少し考えよう。
考えられるのは――
1.治癒魔法は確かに実行された。ただし何かが足りなかった。MP不足とでも言おうか、MPが足りなかったから魔法が未完成に実行された
2.MPは足りていた。逆に治癒魔法を覚えていない。ただMPをそのまま放出していた
3.上記2つのどちらも足りなかった
4.そもそも光は何も関係なく魔法は使えない
の4つ
ひとつ一つ紐解いていくしかないか……
まず1のMP不足だとすれば俺は既に魔法を覚えている事になる。何故?これにもパターンが二通りある。
1の1.魔法とはイメージを触媒に再現されるものである。今回"治れ"とイメージしたのでイメージが大雑把すぎて再現されなかった、もしくは"なんでも治る極大魔法"を使った為MPが足りなかった。
1の2.なんらかの方法で治癒魔法を既に覚えた。例えば"魔法に触れる"とか
このどちらかだろう。1の1の後半に書いた"何でも治る極大魔法"についてだが、それは無いと思う。
試しに"小さい切り傷を治せ"とカテゴリーを限定して使ってみたが治るどころが光りもしなかった。光っていないのならば魔法は発動すらされていないのだろう、極大魔法もだが、これで大雑把の線も消えた。
もしイメージが触媒なら他の――例えば炎玉など――魔法も使えるのでないだろうか、そう思い試しに水を出そうとした。火は危ない、これは常識だね。
左手に魔力――のようななにか――が集まるイメージをしてそこから更に水の玉を出すイメージをする。ついでなので「ウォーターボール!」とかっこよく叫んでみたが何も出なかった。魔法イコールイメージではないのだろう。
1の1も消えた。残りは1の2だ。
1の2の場合は何かを触媒に魔法を覚えた事になる。RPGで言う魔法の書だな。
だが俺が読んだ本はまだ4冊、そのどれもが魔法の書とは言いがたいものだった。
本では無いだろう。では"魔法に触れる"事が魔法取得の鍵なのでは?これには判断材料となるものが少なくノーと言い切る事は現在では無理だ。
もし1の仮説が正しいのであれば1の2の線が濃厚だ。
次に2、すまないがこれはない。
もし2が正しいとすると101で実験した水玉で矛盾が生じることになる。
魔力をぶつけると何らかの作用が起きるはずだ。現に治癒魔法では"光る"と言う摩訶不思議現象が起きている。
なのになぜ違う魔法を使おうとしただけでその摩訶不思議現象は起きなかった。
どちらもMPを放出しているだけなのに。
なので2は違うだろう。
次に3、これに至ってはもう調べようが無い。
だって現段階で1が正しいんじゃないのだろうかって思えているから。
最後に4
これだともう笑うしかないがそれもないと思う。
何も無く光るなんてありえるのだろうか?いや、ない。断じて否だ。
もしそうなら完全に人間ではない。
そんなびっくり人間になったつもりもないし、なるつもりも無い。
まぁ4は正直辞めてほしいと俺の願望が混ざっているのかもしれないが多分無いだろう。
さて、以上の点を踏まえて考察しよう。
もしかして俺もう既に魔法覚えてるんじゃね?
ただまだ経験地が足りなくて使えないだけなんじゃね?
てことはだな――
――俺は既に魔法使いなんじゃね?
やばい胸が熱くなるのがわかる。
落ち着け俺、まだそう確定したわけではないのだから、落ち着け、こうゆう時こそ深呼吸だ
ひっひっふー、ひっひっふー
いや、でも、もしそうだとしたら後は経験地さへ積めば俺は魔法使えるって事だよな?
どれだけ考えても俺が魔法を取得済みって考えに行き着いて――俺がそう思いたいだけかもしれないが――しまう。
めっちゃ心臓バクバク言っている。
やばい俺頑張ったらお空飛べるかも。
天候操れるかも。
挙句の果てには時空移動なんかも出来るかも。
興奮するなって方が無理がある。
すげぇ俺魔法使いになれるんだぜ?
いや30歳にならないとなれない魔法使いじゃないから、つーか俺童貞じゃなかったから。
いやいやいや、ほんとにこれは興奮するしかないよ!!
あなたは将来高確率で大富豪になれますって言われて興奮しない人間なんて居ないだろう。
そうか魔法使いかぁ……
でもどうして俺は魔法を取得できたのだろうか?やはり魔法に触れるのが魔法取得の鍵だったのか?
まぁいい。魔法が使える可能性が高いと分かっただけでも俺は大満足だよ。
そうやって俺は残りの4歳の人生を魔法についての発見と料理の修業に費やした。
五歳になった。
今日は俺の誕生日、そして――
―――俺の人生を大きく狂わせた日でもある。




