第三十六話「リアクトラン」
遅くなりました。今日もう一つ書けるといいな。
どうしてこうなった。
事の発端は四日前。
俺は"サラト"行きの馬車に乗り、予定では二日間、今までに比べると比較的短距離の旅に出たのだ。
一日目は何事も無く、ゆったりとした旅だった。
問題が起きたのは二日目。
それまで順調に進んでいた馬車が、突然止まった。
何事かと思ったと同時に「賊だ!」と外から声が聞こえた。
護衛の一人が叫んだのだろう。
この馬車が襲われた事は、その一言で理解出来た。
"サイラ"に居たときは、シリィとアルディナが護衛と共に賊を退けていた。
俺も参加すると言ったら「あんたはレナの近くに居てやりな」と言われ、素直にそれに従っていた。
だが、今回はその二人は居ない。
辺りを見渡す。
見渡すと言っても、閉鎖的な馬車の中しか見れないのだが――
馬車には俺とレナを含め、丁度十人が乗っていた。
その中には、冒険者らしき四人組の姿もある。
普通ならこの冒険者も戦闘に参加するはずなのだが、馬車を降りようとはしない。
寧ろ他の乗客同様に、怯えてる節さえ感じられる。
多分だが、人と殺し合った事がないのだろう。
(……仕方ないし、俺も出ようか)
護衛の数は三人、それに対し賊の数は不明。更に言うなら、向こうはこちらの護衛の数を見てから襲ってきている。馬車の中に護衛を隠している場合も勿論想定しているだろう。だが、ここに護衛は居ない。確実に不利な事は容易に想像出来た。
一向に動こうとしない四人を一瞥して、重い腰を上げようとする。
そこに俺の行動に、いち早く気付いたレナがしがみついてきた。
その瞳に大量の涙を浮かべて。
「お兄ちゃん行っちゃやだ……」
そんな顔をされては…………
…………レナには甘いな。
「分かったよ、お兄ちゃんはここにいるから」
きっと護衛がなんとかしてくれる。
もし出来なくても、そこの四人が奮闘してくれるに違いない。
そんな楽観的な――レナの元を離れなくても良い――口実を頭に並べて、事が収まるのを待った――――
☆ ☆ ☆
「――――おい!聞こえるか!武器を捨てて出てきな!!抵抗しねぇなら殺さねぇ!出てこねぇなら、火を着ける!死ぬか、俺達に捕まるか!選びな!」
数分前の自分を呪いたい。
結果は既に出ていたじゃないか、護衛が負けると。
「お兄ちゃん……」
もし、レナの引き留めに応じず、応戦していれば、こうはならなかったかも知れない。
俺一人が出た所で結果は変わらないかも知れないが、少なくとも確率論で言えば、確実に勝てる確率は上がっていた。
……止めよう。レナのお願いに俺が応じたんだ。
つまりは俺の責任だ。断じてレナのせいではない。
「……ふぅ、大丈夫、お兄ちゃんがなんとかするから」
息と共に小さなストレスを吐き出し、ダガーを一つ、服の中へと隠す。
結局最後まで四人組は動かなかった。
俺以外の乗客に助けを強請られても、俯いたまま何も行動を起こさなかった。
馬車を降り、縛られる時も無抵抗に武器を取り上げられ、無気力に項垂れていた。
相手が合図を出し、草むらに隠れていた賊が姿を見せる。
計九人。
もう何度詠唱したか分からない"鋼の心"を唱える。
――四度。
前回のウルド戦は"体内の魔素を侵食する"毒により死にかけたが、今回はそれはない。
それに体力、魔素ともに全快の状態、長時間はまだ無理だが、五分ほどなら、この状態を維持出来る。
これで駄目なら、レナを連れて全速力で撤退する。
他の人の気までは回せない。確実に守りたい命だけ守る。
「お兄ちゃん、怖いよぉ……」
「大丈夫、レナ、ちょっと目を瞑っててくれる?」
「うん……」
「すぐ戻ってくるから、お兄ちゃんが良いって言うまで目を開けちゃ駄目だよ」
さっきは駄々をこねたが、今回は素直で良い子だ。
相手は九人、人数でも体格でも負けている。
更には自分より格上かも知れない。
正々堂々なんて言葉は無い。
勝てば官軍、ではない、勝たなければ完結。それも賊に殺されると言う最悪な形の完結。
服に隠したダガーを使って縄を切る。
そこからは状況を見ての行動になるが、どうやら賊は弱い。
俺が魔法を使わせなかったのもあるだろうが、俺の動きに対応出来ないまま、一分ほどで倒しきる事が出来た。
最後の一人が咄嗟に攻撃をガードした時は、少しびっくりしたがそれだけだった。
あと目の前で吐かれたのには心底びっくりした。
いや、確かに慣れてない奴が見たらそうなるわな。寧ろ、そっちが正常なのだ。
俺が常軌を逸しているだけだ。
そんな自己嫌悪に陥ってる場合じゃない。
「っと、これで全員かな」
わざと少し大きく言葉を出した。
戦闘は終わったと伝えなければ、パニックになる可能性もある。
そこで少し顔に違和感を感じる。
なんだろうベトベトする。
って血か。
「清らかなる水よ、その一端を我に示せ"水玉"」
俺は掌に小さな水を作り出し、顔を洗った。
そこで乗客の一人が喉を鳴らしたように聞こえたが、構わず無視する。
清潔感に満足しレナの方を見る。まだ目を瞑ったまま、偉いな後でいっぱい頬ずりしようそうしよう。
「……ふぅ、皆さん大丈夫ですか」
とりあえず、全員助けたつもりだが、安否の確認は大事だ。
そう思って声を掛けたのだが誰一人口を開こうとしない。
何故だ?もしかして口を切られたとか?いやいや、俺もそこに居たし、そんな事はされていない。
「お兄ちゃんもういい?」
「もう少し待って」
「……んやぁ、お兄ちゃん離れちゃやだ……」
流石にこんな怖い状況で目隠しは堪えるか。
「ん? あ、そっか。ごめんね」
レナを安心させるべく、皆の方に向かった。
「こ、来ないで化け物!」
……はい?
「殺さないで!何でもするから命だけは!」
あ、聞き間違いの可能性を潰してくれて、ありがとうございます。
もう一度。
…………はい?
「いえ、僕は――」
「ひぃ!た、たすけて!」
通りすがりの一般人なのですが。いや、通りすがりではないが。どちらかと言えば、がっつり巻き込まれた方だ。
いやいやいや、現実逃避はそこまでにしよう。どう言う事?
どうして俺が化け物認定されてるの?化け物ってあれだよ?所謂人外とかの事を指すんだよ?
例として挙げるなら、ウルドとかの事を化け物って言うんだよ?
あれと一緒って事?それは酷くない?流石の俺でも泣くよ?
いや、まだ現実に帰って来れてないわ。
真剣にどうして?
何故そんなに怯えた目で見られてるの?
……あぁ、まだ子供か、俺。
(まだ八歳の餓鬼が大の大人を九人も殺したら、化け物って言われても仕方ないか)
はぁ、っと心で溜め息を吐く、下手に言葉を出して混乱させても状況は良くならない。
今は弁解するよりも警戒を解いてもらわないと話も出来ない。となると
「すいません」
俺は腰を曲げて謝罪した。
言葉よりも、行動に意味がある。
化け物って判定されてるなら、知的であることを証明しなければならない。
上からではなく下から、滑り込むように、セールスマンのように、警戒を解かしていこう。笑ったセールスマンはとてつもなく怖いが。
顔を上げると、きょとんとした顔が並んでいる。
その顔には警戒心は無く――無くなりきっている訳ではないが、先ほどよりは確実に少ない――こちらの様子を伺っているように見えた。
チャンスだ。セールスアピールの時間だ。何もセールスしないけどね。
「混乱してるのは分かりますが、僕の話を聞いてください。まず僕は冒険者です。これがギルドカードです」
身分証の提示。
ワタシ、アヤシイヒトジャ、アーリマセンヨ。
なにやら、冒険者風の四人組がびっくりした顔をしているが、それもそうだろう。
なんて言ったって若いからね俺。
まだピチピチの八歳だ。
「ですので、賊を払いました」
皆が確認したの確認してから声を上げた。
簡潔だが、その効果はテキメンで、乗客の顔には明らかな安堵が見受けられる。
「……本当に助かったの?」
「はい、伏兵の可能性もあったので、一度捕まるフリをしました」
これは、半分正解で半分不正解。不正解の半分は俺の楽観思考のせい。
「……良かった……良かったよぉぉ、うわぁぁぁ――」
まさかの乗客の姉妹が泣き始めた。まだ安全と決まった訳じゃないから泣くのは止めてほしい。
「……お兄ちゃん……まだぁ……? うっ、ひっく……」
待って!そんな場合じゃない!レナが泣きそうだ!
「ごめんごめん!ほら、お兄ちゃんはここにいるからね!」
俺は慌ててレナを抱き上げた。
「離しちゃやぁ……」
「うん、うん、ごめんね」
良かった。間に合った。レナを泣かす奴は誰だろうと許さない。例えそれが自分でも!
「うわぁぁぁぁぁ――」
「ままぁぁ!怖かったよぉぉ!!」
レナに気を取られると、俺達とは別の子供が泣き始めた。
いやいや、そんな気の抜ける状況じゃないんだって。
「泣いてる中、非常に言い難いんですが、まだ賊が隠れてる可能性が十分にあります、大声を出すのはここを離れてからにしましょう、次にまた現れて僕が倒せる保証なんて一つもないです、やぶ蛇をつつきたくはないので、死にたくない人は泣き止んでください」
これが軍隊なら、どこか別の場所に頭となる部隊がある。
そして、もしいるなら、既に連絡の為に賊が一人向かった可能性が出てくる。
賊にここまで統率力があるのかは分からないが、可能性の話としては十分にあり得る。
ピタリと声が止まった。
流石に状況を理解してくれたようだ。
「なので、早くここから離れましょう」
口を塞いで首を振る事で、皆が肯定してくれた。別に手で口を塞がなくても良いと思うけどな。
馬車に戻る。
中の荷物だけを各自取り出させ、馬車とは少し距離を取る。
操者と馬がお陀仏になっていたので、これからは徒歩となる。
賊が再度襲ってきた時の想定を皆に伝え、俺は冒険者風四人組の方を向いた。
「もし冒険者なら、臨時にパーティーを組みませんか?」
「……え?」
お相手は心底驚いたような顔をしている。まぁ俺八歳だしな。
「今は非常時です、小さい戦力でも多い方がいいでしょう?それに連携を取った方が単独で行動するより勝率が上がりやすいです、どうでしょう?」
売り文句をツラツラと並べてアピールしていく、メリットのみを前面に押し出す。セールスの基本だね。
相手は悩んでいるように、じっとこちらを見てくる。ここで目を逸らせてはならない。
「…………分かった」
「ありがとうございます、では時間が惜しいので、これよりは移動しながら自己紹介しましょう!」
そう言って、十人の大所帯となった俺達は道を進んでいく。
馬車で大体半分ほど進んだだろうから、残り半分、徒歩で行けば二日か三日と言ったところか。
食べ物の都合もあるから出来るだけ早く着きたい。長引けば長引くほど悪化する。
その事を、皆に伝えながら慎重に道を進んで行く。
それにしても――――やったぜ!臨時だけどパーティーを組めた!
一人でやっていこうと思っていたが、アルディナ達のパーティーに長く居たせいか、一人だとどうしても不安になるのだ。
戦力としては、心許ないが、それは俺が鍛えればいい。
何よりも、歳が近いのが嬉しい。
ギルドに居る冒険者は若くても二十歳を越えている。
それに比べて、このメンバーは多分十代だ。
言い方は悪いが十代は扱いやすい。
中には切れ者も居るには居るが、そんなのは稀である。
そう言えば、なんと言う名前なのだろう。
「えっと、そろそろ、自己紹介をしてもいいでしょうか?」
「お、おう」
なんだろう。多分このパーティーのリーダーなんんだろうが、凄くしおしおしい態度と言うか、借りてきた猫みたいな、そんな人だな。
「えっと、僕はサン、サン・グライド――――」
そこからは割愛しよう。
え?
何故かって?
「――あ、ありがとうございました!お、俺達はこれで!!」
町に着いて、早々にパーティーを解散されたんだよ!!!
なんなんだよもぉぉぉぉ!!!!!
どうしてこうなったんだよぉぉ!!!!!




