第十二話「崩壊」
何かがおかしい。
ここ最近ずっと誰かに見られている感じがする。
いや、見られている。
うまく隠れているつもりだろうが、少しだけ殺気が漏れ出している。
それに村の人が少しずつ居なくなっている。
「熱感知」
周囲の熱を感知出来る魔法を使った。
殺気があった方向に意識を向ける。
――居た。
42人
かなり多いな。
そこを基点としてこの村を囲むように人が配置されている。
数えた限り100はゆうに超えている。盗賊か何かかと思ったが違うだろう。盗賊ならもう襲ってきているだろうし、殺気は俺達だけに注がれている。
(とうとうバレたか)
出来ればもっと後が良かったが文句を言っても仕方がないか。
「ユリ」
「どうしたのアナタ?」
「――何があっても俺はユリを愛しているよ」
「…もう、私も愛しています」
そう言ってユリは目を瞑った。俺はそのまま唇を軽く重ねた。
満足そうに目を開けるユリ
「ユリ」
少し真剣な顔でもう一度名前を呼んだ。
「…何?」
「もし、もしもだけど、俺に何かあったらどこか非難出来る当てはある?」
「……どうしたの、アナタ?」
「あるかい?出来れば国外が良いんだけど」
「……実家なら、家出した身だけど私が謝れば、もしかしたら」
「他は?」
「……無いと思う」
「そうか、ありがとう」
「…ねぇどうかしたの?」
「分からない、杞憂だったらいいんだ」
杞憂では無いのは分かっている。
「……そう」
俺一人ならこの状況でもなんとか出来るだろう。
ただもう俺は一人じゃない。愛している人が出来た。その人との間に子供まで産まれた。
全員が愛しくて、守らなければいけない。
(親父ならこんな状況でもなんとか出来たのか?)
俺の知りうる最強の人
俺は親父の背中を見て育った。その強さを目指して生きてきた。少しは、足元くらいには辿り付けただろうか。
……駄目だな。負け戦みたいな考えになっている。
全員生きてここから出る。これが今回のクエストだ。
難易度はS位だろうか。いや、もし本当にばれているのであれば……
「ユリ、今から皆で――」
◇ ◇ ◇
それはいつも通りの晴れた朝だった。
俺は喋れるようになった兄弟と遊んでいた。
「おにいちゃんかくえんぼしお!!!」
「れなも!!」
拙いが喋れるようになって俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれるのがもうたまらん。
あぁ、可愛い。うん、可愛い、超可愛い。ペロペロ
「よし、じゃあしよっか、僕が二人を捕まえちゃうぞ~」
子供は鬼より隠れる方が好きなのを俺は知っている。
「わぁぁ!!!にげろぉ!!」
「あ、まっておねえちゃん!!!」
「ほらほら~、早くしないと捕まえて食べちゃうぞ~」
「うわぁぁぁぁ!!!!!」
こうして捕まったら食べられるデスゲーム、双子の命を賭けたKAKURENBOUが幕を開いたのである。そしてそれは数世紀にも渡り繰り広げられる銀河戦争の始まりでもあった……
――――
「レナ捕まえた!」
「わぁ!おにいちゃん!!あ~あみつかっちゃった!!おにいちゃんみつけるのはやすぎ!ずるい!!!」
「ずるくないよ~だ、布団から足出てたもんね~だ」
「うぅ~」
勿論そんな戦争は起きないし食べないけど、食べてしまいたい位可愛いのは確かだ。
あと当たり前だが手加減している。
「さぁて、レオはどこかなぁ?」
「…………」
既に居る場所は分かっている。
俺が声を出すたびに目の前のクローゼットから声が聞こえるからな
「れーおー!!!どーこだー!!」
レナもニヤニヤしながらクローゼットの前で声を出している。良い趣味をしている。流石俺の妹だ。
「そこかぁ!」
隣のクリーゼットを開ける。
――ひぃ!――
クローゼットからまた声が漏れた。
あぁ楽しい。俺のサディステックな部分が喜んでいる。けどこれ以上やると本当に泣きかねない。声がもう半泣きだ。
そしてそのままレオの隠れているクローゼットを開ける。
「レオみ~っけ!」
「あ、お…おにいぢゃんぼぐをだべないで…」
訂正しよう。
既に泣いていた。
「ご、ごめんレオ!食べない!食べたりしないから!!!」
「ほ…ほんどう?」
「本当だよ!」
「……うわぁぁぁんよがったぁぁぁ」
慌てて宥めたらなんとかガチ泣きから半泣きまでに収まってくれた。
良かった。
「ほら、次なにして遊ぼうか!鬼ごっこでもする?」
「…おにいぢゃん…」
あれ?また泣きそうになっている。また何かしたのか俺、最低だな。
「ど、どうしたレオ」
「……おりれない…」
クローゼットの下を見下ろして足が竦んだんだろう半泣きの瞳からまた涙が溜まってきた。登るのは簡単だけど降りるのは難しい。よくあることだ。
俺が原因ではないようだ。ちょっと安心した。
「ほら」
俺は両手をレオに差し出し、そのままレオをひょいと抱っこした。
「…ん」
レオはそのまま俺をぎゅうっと抱きしめている。よほど怖かったのだろう。よしよしと頭を撫でた。
そうしているとレナが俺の服を握ってきた。
「おにいちゃんれなもだっこ…」
「はいはい、ほぉら!!」
そのまま二人とも抱き上げた。
「おにいちゃんすごぉい!!すごいすごい!!!」
こっそり覇気魔法を使っているのだが勿論内緒だ。なんてったってこっそりだからな。
筋力トレーニングもやって7歳にしては結構な筋肉もついている。
二人くらい持てそうだが途中で力尽きたらかっこ悪いじゃん。
「おにいちゃんおなかすいた…」
遊び疲れたのだろう、レオのお腹の魔物がうねりをあげている。決して怖くて泣き疲れた訳ではないだろう。
「じゃあ何か作ろうか!」
「はぁい!!!」
料理だが結構上手くなったと思う。
どれくらい上手くなったのかはよくわからない。ステータスが表示されたりしないからな、それに誰かと競う事もないから見比べる事も出来ない。高みには到底届いていないし届くイメージすらしない。
でも、最初に比べたら上手くなったと思う。
それと魔法だが既に覚えている六属性の中位魔法を粗方覚えることが出来た。
俺の魔料理で
残りの"呪殺""光""闇"はまだ覚えていない。
光と闇はやっていないだけで覚えようと思えば覚えれそうなのだが呪殺はさっぱりだ。
本を読んでもよく分からなかった。相手を呪うイメージとか書かれても大雑把過ぎるしそもそも呪いの概念がピンとこない。
ラルクとの戦闘も大分慣れた。まだ一本も取っていないが最初に比べて数段に動きが良くなっていると思う。
魔法は相変わらずだ、威力の低さはどうしても補えない。だが発動時間はなんとか出来た、と言うのも1テンポ遅れるならそれを考慮した戦い方をすればいいと思ったのだ。思うのは簡単だった。
相手がこう動くと予想して先に魔法を準備する。それを前提に加える。それでようやく相手と同時に魔法が使える。
未来予知なんかではなくて、ただの勘だ。
その勘も最初は当てずっぽうだったがラルクとのほぼ毎日の戦闘により大分精度を上げることが出来た。
頭は使う。だがまだ子供だからかこの体は物覚えがいい。今のうちにこのスタイルに慣れたのが良かったのだろう。
そうすることで今までのハンデを多少マシには出来るようになった。
辛いなんて思わなかったな。
めんどくさいとはたまに思ったけどまぁなんとか続けられた。
「ぼく、くっきぃたべたい!」
「れなちょこくっきぃ!」
ルルの時もだけどやっぱり子供はお菓子が大好きだな。懐かしいな。
そう言えばルルは元気にしてるだろうか――
答えの返ってこない質問を頭で考えながらクッキーのレシピを思い出す。お菓子も多少は作るがユリやラルクのように上手くない。
それでもレオやレナは食べたいと言ってくれるのだからお兄ちゃんは頑張ろう。
「はいはい、じゃあ――」
「サン」
二人を連れて扉を開けた先にラルクが居た。声はいつも通り優しい。
「なに?」
「これから家族皆でピクニックに行かないかい?お菓子もいっぱい用意したよ」
「おかし!いく!!!」
お菓子と聞いて二人は即食い付いた。
そりゃあラルクのお菓子だからな。
「よし、サンも行こうか?」
「はぁい」
リビングに入るとユリが荷物を持って待機していた。
「はい、これはサンの分」
俺にも袋が渡された。よくよく見たらこれラルクが探索に行くときに使っている袋だ。圧縮袋とか言う袋で物を小さく軽くして入れる事が出来る袋だ。何その4次元ポケットの〇太さんもびっくりの袋じゃん。この中から豚が丸々一匹出てきた日はそりゃあびっくりしたよね。
それにしてもこの袋、軽くしてるはずなのに結構な重量が入っている。
何が入ってるのだろうか。
「パパ、これ何が入ってるの?」
「ん?着いてからのお楽しみだよ」
はぐらかされた。まぁいいか。
それにしても何か違和感を感じる。いや、何かではないな、今この現状に違和感を感じる。
ラルクが優しすぎる、と言うのも、ラルクは優しいのだがこんな慈愛に満ちた笑顔をしない、したことがない。
口調は変わってないが、ずっと一定の柔らかい声色、聖女様のような慈愛に満ちた顔、はっきり言って不気味だ。
なんだ?何かどっきりでもやるつもりか?ラルクのどっきりとか何されるか想像もつかなくて怖いぞ??
それとユリの顔もいつもと違う。少し不安そうな顔、本当にびっくりかもしれない。
俺はちょっと身構えながらピクニックの準備をした。
「さて、出掛けようか」
「はーい!!!」
「……」
やっぱりユリの様子が可笑しい。
「ママ?」
「え?あ…、じ、じゃあ行きましょうかアナタ」
「あぁ、行こうか」
「…?」
よく分からない。が、考えても仕方ない。向こうでラルクが何をやるのだろうか。
俺達はそのまま家を出た。
――――おかしい。
明らかな異常。
村の人達が誰一人居ない。
小さい村とは言え人は住んでいる。それに今は昼前だ。おかずを買いに行く主婦や畑仕事をする農夫の方も居ても可笑しくない。なのに誰一人居ない。
それは外だけではない。
家の中からも音がしない。
明らかに異常だ。
――やっぱりか――
ラルクの口から小さいが確かにそう聞こえた。
弟達はまだ幼くピクニックの事で頭がいっぱいなのだろう。「おっかし~♪」と楽しそうに歌っている。
だがユリは違った。
ユリもこの異常性に気がついたのだろう。明らかに不安な顔をしている。
そしてラルクからは優しそうな顔が取れていない。
俺は自分の荷物を見た。
圧縮袋にいっぱいに詰められている荷物。
それはユリとラルクも背負っていた。
そんな量の荷物がピクニックに必要なのだろうか?
疑問にするまでもないか、要らないな。
……察してしまった。
これは非難だ。
"何か"から逃げる為の非難だ。
ピクニックと言ったのは俺等を不安にさせない為だろう。
そうと分かると心臓の鼓動が一気に早まった。
いや、違うかもしれない、もしかしたら村ぐるみでドッキリかもしれない。
でもそれだとユリの顔が気になる。
ユリも驚かされる側?いやいやいや、それはないだろう。
ラルクとユリはラブラブだからな。それにそれだとラルクはこんな顔じゃなくてしてやったりな顔をするだろう。
とにかく背筋がずっと逆立ってる。
早くここを出たいと脳が叫んでいる。
(…急ごう)
もうすぐ村の出口だ。
出口が見えると俺の足は少しだけ速くなった。
「サン!!」
唐突に腕を引っ張られた。
「…え?」
振り返った時、何かが頬をかすっていった。
横を見ると矢が家に刺さっていた。レンガ作りの家に。
「ユリ、すまないけど皆をオリンの実家まで連れて行ける?」
「え?…アナタは?」
「ここの用事が済んだらさっき話した場所で合流するから、いけるね?」
「……はい」
「…ユリ、子供達をお願いするね」
「…アナタも…ラルクも無事に戻ってきて…」
ユリの瞳は不安に染まり大粒の涙が溜まっていた。
ラルクはユリにそっとキスをした。その瞳に宿る決意をユリに渡すように。
「あぁ、約束するよ……"天照"」
ラルクは今まで聞いた事のない魔法を唱えた。
その瞬間ラルクの姿が消えた。
「ねぇ、パパは?」
さっきまでのやりとりを見て弟達も不安に思ったのだろう。
「…パパはもう少ししたら来るから先に行きましょう」
ユリの目にはやはり不安が映っている。
俺はと言うと、さっきの矢を受けてから頭がまだついていけてない。何が起こった。
俺はラルクに止められていなかったら……
――死んでいた。
頭が真っ白になるにはそれで十分だった。
俺はもう少しで死んでいた。
あれは確実に俺を殺す一撃だった。
(どうして狙われた?どうして?なぜ?俺が何をしたって言うんだ!)
白くなった頭を必死に動かしながらもユリについて行く。
ユリはこの事を知っていたのだろうか。違う。それよりまずは安全の確保だ。
村を出て必死に走った。どこに向かっているのかは分からない。山道ではなく獣道を走っているから。
「ママ、どこに行くの」
弟達は足が遅いから覇気魔法を使った俺がレナ、同じく覇気魔法を使ったユリがレオをおぶっている。
「この奥に今は使われていないラルクの小屋があるの、そこから地下に入れる道があるからそこを入って隣町まで移動するわ」
「…うん」
聞きたいことはもう少しあったが素直に返事しといた。とりあえずその小屋まで向かおう――――
どれ位走っただろう。時間を気にしている余裕も無かったからわからない。あとどれくらいで着くのだろうか
「あともう少しよ」
ユリが俺の思考を読んだのだろうか、そう告げた。
その時、ふと辺り一帯が夜になった。暗闇が俺達の視界を襲った。
俺とユリは慌てて振り返った。
そこには、天にまで届きそうな大きな岩が陽の光を遮っていた。その岩は今にも落ちてきそうだった。
いや、落ちてきた。その中心にはさっきまで俺たちの居た村があった。
――今ラルクが居るであろうその村に
「――ッ!!!!アナタ!!!いやぁぁあぁぁあぁ!!!」
それを理解したユリは唐突に走り出した。
レオを下ろして村に向かって走り出そうとした時、岩が地面に激突した。
その岩は大地を揺らし、粉塵を辺り一帯に撒き散らした。
「まま!まって!」
下ろされたレオがユリを追いかけようとした。
「…………あっ」
レオが声を上げた。
どうした、何があった。
粉塵で遮られた視界を微かに開けて声のした方に向けるとレオが浮いていた。
違う。落ちていた。
さっきの地震で地面が大きく割れたのだ。
その真上にレオが居た。
抗う術を持たないレオはそのまま重力に引きずられる。
「ままぁぁあぁぁ――」
「――ッ!?レオ!!!」
それを見たユリは走る方向を転換し、駆け出した。
(間に合わない!!)
どう見ても間に合わない。俺はレナを抱いたまま何も出来なかった。何をしたらいいのか全く分からなかった。
…………ふとユリと目線が合った。
その目が何を物語っているのか分からない。でも恐怖や不安は感じられない。優しい母の目だったと思う。
――生きて――
確かにそう言った。
そして、そのまま地面を蹴った。
レオが今も落ちている亀裂の中へ
「レオーーー!!」
その声と共に二人は消えて行った。
亀裂を覗いた。
真っ暗で底は見えない。
石を投げも音が返ってこない。
そこに二人は落ちたのだと
それを理解すると、俺はヘナヘナを足が砕けるようにその場に崩れ落ちた。
なんでこうなった!どうして!何があった!!!!
ついていけない状況が俺のストレスを一気に上げていく、頭が沸騰しそうだ。
「おにいちゃん…………ままが……ままがぁ!……」
「分かってる!!」
「ひっ!」
そんなの見たらわかる!
俺だってどうしたらいいのかわかんねぇんだ!!!
違う。
落ち着け、落ち着け、俺
レナを見ろ。
俺を見てこんなに怯えてるじゃないか。
俺だけが怖いんじゃないんだ。俺より怖がってる子が居るんだ落ち着け。息を整えろ。
俺は荒れた心臓を静める為に深く息を吐き出した。
「ごめんな、レナ、大丈夫、ママもレオもきっと生きてるよ、とりあえず小屋まで行こう」
安心させるように優しい声で言ったつもりだ。俺自身にも言い聞かせるように。
「……おにいぢゃん……やだよ、ここでままを、まとうよ」
「でもここだと…」
「いやだ、まままつの……」
どうしよう。こうゆう時の子供は何を言ってもNoなのだ。
どうやってあやせばいい。
ここに居るのはまずい。
もしかしたらまた地割れが起きるかもしれない。それに、矢を打った人が近くまで来ているかもしれない。
正直俺も怖いのだ。
「……レナ、もしかしたら小屋にパパやママがもう行ってるかもしれないよ?ここで待ってたら会えないかもしれないよ?」
「でも、ままが………」
「レナ、お願いだから一緒に行こう、お兄ちゃんも怖いんだ。でもレナが一緒なら頑張れるから、ね?」
素直に気持ちを言うことにした。怖いのだと、起こっている現象に頭がパンクしていて整理もクソもないけどそれでも目の前の家族を守らないといけない。
――生きて――
その言葉を、ユリが、俺に言ったのを思い出したから。
「おにいぢゃん…………」
「もうちょっとだから、ほらおいで」
「うん……」
俺はレナをおぶってまた走り出した。
ちょっとと言われていたが結構な距離だった。
途中合ってるのか不安になったが引き返してる時間が惜しかった。一刻も早くあの場所を脱して、もしかしたらラルクが居るかもしれない小屋に行きたかった。
幸いにも道は合っていたみたいで無事に小屋まで辿り着いた。
誰も居ない小屋に
「おにいちゃん………」
「大丈夫、少し待とう、きっとパパとママもレオを連れてくるから」
その日、小屋を訪れた者は居なかった。
次回更新日2月10日予定、もしかしたら遅れるかもです。
第一章無事に書き終わりました。
次から第二章に入ります。




