錬金術師、吊り拐われる
あけましておめでとうございます
福袋はえっちゃんでした。宝具2になりました。
「貴女の意見も一理あるけど、あの子をそう使うのは流石にどうかと思いますよ、ロクサーヌ。」
翌朝。
紺さんに事情を話し、僕達は出立前に妖精郷の中にある城の謁見室に寄っていた。もともと、コルド・ティターニアさんだけでなく、妖精郷に滞在する際、それなりにお世話になった宰相さんや近衛騎士の方々にも出立の挨拶をする予定だったところにロクサーヌ・アスタロスさんが入ってきたというところだ。
そしてロクサーヌ・アスタロスさんは咎められていた。
ちなみに周りの妖精達はロクサーヌ・アスタロスさんが不敬罪なんかで失脚するかもしれないからニヤニヤ見ている、ということはない。
巻き込まれたくないから自分達は何も見ていないし聞いていませんという感じで我関せずを貫いている。
ロクサーヌ・アスタロスさんは妖精族の中でもかなり異質なレベルの、桁違いな強者らしく、【大妖精】妖精王オベイロンか【氷妖精】妖精女王ティターニアぐらいじゃないと太刀打ちできないとのことで、その3人の争いに下手に巻き込まれたら命がいくつあっても足りないとついさっき、言い争う2人を横目に宰相さんが教えてくださった。
ロクサーヌ・アスタロスさん、魔王レベルのやべー妖精だった。誰だよ、チョロいとかなんか色々思ってたの。やべー妖精じゃんか!!
「いや、でも、陛下。黒金君は人間の悪意にはそれなりに触れてきたみたいッスけど、ウチら人でないもの、言うなれば長命の者達が抱き続けてる憎悪を知らないわけじゃないッスか。それに紺ちゃんもウチらの世代よりもまだ比較的マシな世の中だったからこそ人の悪意に疎いわけッスし、そういうのも教えるためにはアスタロスは1番身近じゃないッスか。」
「ロクサーヌ。貴女が言いたいことはとてもわかるよ。でも、私は貴女だけじゃなく、アスタロスも平穏無事に生きて欲しいの。あの子の過激さは確かに黒金君や紺ちゃんに学ばせるにはいいかもしれない。でも、それは同時にあの子に‘お前は憎悪でしか生きられない’と告げるようなもの。そんな酷なことは認めません。」
『なんだか、遠回しに若くて未熟と言われてるね、けー君達』
「いやまぁ、事実ですからなんとも言えないですね。僕、悪意を自分に向けさせたことはありますけど、恨みは向けさせたことほとんどないですから、鈍いと言われたら確かにそうかな、と思いますね。
ただ僕はともかく、紺さんは120年生きてますから、それでも未熟というのはどうなんですかね?」
「確かに120年生きていますが、正直、500年以上は生きておられる女王陛下と剣太さんの話から考えるに250年以上は生きているロクサーヌ師匠からしてみれば私もまだまだひよっ子なんでしょうね……
それにロクサーヌ師匠が仰るように、私は里から外に出たのは母様に連れられて夜刀神国に行くときぐらいですし、あそこは治安もよく、そもそもそういう薄暗いところには行くことはないですから、剣太さん以上に悪意には関わっていないので、未熟と言われても仕方がないです。」
お二方の対立している話に参加できない僕と紺さん、そして小梅さんはとりあえず小声で話して待っている他なかった。そのアスタロスさん、恐らくロクサーヌさんの別人格について聞ければいいだけのはずなのに、なんでそんなに揉めることに……
メイド長さんはそんな僕達を見かねて、あるいは言い争う2人に呆れてか、どこからともなく椅子と机、そして紅茶にお茶菓子を準備してくださり始めた。ありがとうございます。
「だいたいロクサーヌ。貴女はアスタロスの姉のような立場として妹を晒し者にするようなことをすると平気で言うんですか?」
「晒し者とは人聞きが悪いッス。陛下がおっしゃる通り、ウチらの人並みの平和と幸せを願っているなら、アスタロスを誰にも関わらせない、ではなく、多くの人に関わらせていくべきッスよ!!」
「む。それは確かに。私としてもその意見には賛成です。ですが、アスタロスに急にそんなことをしたら、大惨事になることは免れないでしょう。性急すぎると私は思いますよ。」
「性急もなにも、そもそも何もしなかったら何も変わらないッスよ、陛下!!」
「何もしなくとも、何かが起きるのは予測できます。あの子といきなり遭遇した妖精があわや死にかけた事実がありますから、アスタロスともしっかり話を通さなくてはならないでしょう。あのあと、あの気丈なあの子が涙を流していたのを私は知ってますからね。」
「ぐ………それを言われると辛いッスねぇ…でも、切札を切るッスよ。アスタロスはもう黒金君と会っているッス。だから、その説明をかねてもう一回会わせるッスよ。」
ロクサーヌ・アスタロスさんがその言葉を発した瞬間、謁見の場はいっきに冷え込んだ。
宰相さんや近衛騎士の方々もヒッとリアクションし、震えていらっしゃる。その震えは寒さだけでなく、その発生源から発せられている怒気によるものもあるのは間違いない。
冷気の発生元はコルド・ティターニアさん。
少しうつむいているため表情は見えないが、間違いなくキレていらっしゃる。
記憶の追体験で経験した、かつて故郷にボーバン帝国の一軍が攻めてきたときに見た“絶対零度の妖精魔王”と彼女が呼ばれただけの迫力がそこにはあった。
「この、おバカ!!考えあってのこととはいえ、この考えなし!!
アスタロスちゃんがもしも黒金君を傷つけでもして心に傷を負ったらどうするつもりなんですか!!」
「心外ッスよ!!アスタロスはいつまでも陛下が思っているような幼子じゃないッスよ!!ウチとほぼ同い年の247歳ッスよ!!」
「私からしたら貴女達はまだ十分子どもですよ。それこそ黒金君よりちょっと歳上ぐらいじゃないですか。」
「そりゃ妖精族としちゃそうッスけど、それでも幼子ではないッスよ!!だいたいウチとアスタロスが拗れているのは陛下のせいじゃないッスか!!ウチらのパパとママの仇を勝手に取ったせいで迷惑して……はいないッスけど、でも、元凶は陛下ッスよ!!」
「その事については213年前にすでに和解したことじゃない!!それを掘り起こすとはどういうつもりかな?」
「どうもこうもねーッスよ!!そこで決めたことじゃないッスか!!アスタロスはウチが育てるって!!」
「ですが、私は貴女を育てるという約束でしょう?ならば、私は貴女の保護者として貴女のその行為が間違っていると苦言をするのは間違っていないでしょう?」
「ぐぬぬぬぬ。あー、もう、なんでそんなに反対するッスか!!黒金君に教える程度いいじゃないッスか!!」
「だから、教え方に問題があると言っているでしょうが、このわからず屋!!」
「わからず屋はそっちッス!!」
完全に親子喧嘩である。いや、むしろ教育方針で喧嘩してる夫婦か?あ、いや、あれか。娘の教育方針と母親の教育方針が対立してる感じだ。多分そんな感じ。
「しかし、いつまで私達は待っていればいいのでしょうか?あ、このジャム、美味しい!!」
「ありがとうございます、紺様。こちらはバラのジャムになります。香り高く、砂糖ではなくバラの木の樹液から作った、100%バラの木のジャムでございます。」
『ねー。凄いでしょ、けー君。こっちの世界だと、バラって木なんだよ。』
「あー、一応知ってますよ、小梅さん。“異能”で気になったことは調べてますから。」
『あ、なーんだ、知ってたのか。つまんないの。』
僕達はそんな喧嘩を他所にメイド長さんが用意してくださったスコーンっぽい妖精族のお茶菓子ムシュケドと紅茶をいただきながらこの喧嘩が終わるのを待っていた。
待っていたかった。
「もう知らないッス!!黒金君、紺ちゃん、行くッスよ。駆け落ちするッス!!」
「は?」
「え?」
僕達は理解するよりも早く、ロクサーヌ・アスタロスさんによって手を捕まれ、城のベランダを突き破る形で連れ去られたのであった。
「あっ!!幻術!!おのれ、ロクサーヌ!!待ちなさい!!駆け落ちなんて認めませんよ!!というか、駆け落ちって意味わかってないでしょ、貴女!!今の場合、出奔ですからね!!」
そんな声が聞こえた気もするが、そんな事を気にしていられる状況ではなかった。




