錬金術師、答え合わせをする
ロクサーヌ・アスタロスさんに教鞭をとってもらって1週間。
彼女のおかげで、僕は幻術に対して耐性ができたというぐらいにそれを破ることができるようになった。
また魔術や魔法に関してもロクサーヌ・アスタロスさんの幻術が3Dホログラミングの資料として学べたため、水を出したりマッチぐらいの火を出したりする程度の生活魔法みたいなものしか使えなかった僕でも野球ボールぐらいの火の玉や水の玉、土塊や空気の塊を放てるようになっていた。
紺さんも他者の魔力の流れを乱すことに長けた【蒼狐】の力を鍛えられ、幻術を打ち払うだけでなく、ロクサーヌ・アスタロスさんの放つ葉っぱの手裏剣のような魔術や地中から飛び出てくる茨の蔦の魔術などに対して干渉し、発動させなかったり弱めたりとまだムラはあるものの対魔導に関してはかなり強い状態に成長していた。
加えて、僕の作ったパイルバンカー手甲を用いた体術もだいぶ慣れたようで、初日は殴られてもなんともなかったロクサーヌ・アスタロスさんが日に日に当たらないように回避し、今ではまだ勝ててはいないが、攻撃をすべて回避されるようになっていた。つまり当たったらヤバいぐらいには紺さんの攻撃が強くなったということなのだろう。
そして、1週間あれば、この世界の人間側の知識がある僕にはロクサーヌ・アスタロスさんが特殊な恋妖精だと言った理由にも見当がつけれるわけである。
嗅覚にまで働く幻術の腕前、妖精とは思えないほど高い身体戦闘能力の高さ、加えてある程度のダメージなら被弾しても受け流せるという強さ。これらの特異性を説明できるかもしれない情報はあった。
おそらく帝国に約250年ほど前から伝わる伝承『ルビーナイトメア病』にほんの少しだけ登場する、ポテル・ルビーが見た幻覚というのが通説な謎の女怪が彼女なのではないだろうか?
そもそも悪夢を操ることができるのは恋妖精の十八番のひとつである。当時や今でも仮説のひとつとして恋妖精犯人説は上げられているが、人間側からすると土地に住む者全員に悪夢を見させられるほどのことをした記録がないのでいまいち論証として弱いらしい。
だが、僕はなんとなく、わかる気がした。個人に対しての恨みや呪いではなく、恐らくその犯人が住んでいる地域全体、もしかしたら帝国全域に対してのものだったかもしれない。
それほどのことなのだと僕は思う。恐らく両親を目の前で殺され、何もできずにいた無力さと理不尽への怒りは。
そしてその感情は、ストレスは幼い少女を狂わせるには十分すぎるはずだ。そう。例えば二重人格になるぐらいはあるのではないだろうか?
「よくわかったね、お姉さんの秘密。」
目の前にいるロクサーヌ・アスタロスさんはいつもの明るくて陽気な、そして少しおバカでエロいお姉さんではなく、冷たい雰囲気を纏い、妖艶で艶かしいまさに悪魔というべき佇まいで僕の考えを肯定してくれた。
ロクサーヌ・アスタロスさんから免許皆伝のお墨付きを貰い、妖精郷で旅の物資補給を終え、いよいよタッカーニャ公国とボーバン帝国を通り抜けてベビルベリー王国へと向かう前日の夜。
僕は夜な夜な外に出る彼女のあとを追い、僕達が最初に出会った場所の近くにあった、鬱蒼とした森の中では違和感があるほど何もない場所で彼女に声をかけ、そして推論の答えを聞いてしまった。確認してしまった。
彼女は微笑んで答えてくれたが、目が笑っていない。当然だろう。彼女の触れられたくない領域に土足で踏み込んだのだから。
「すごいね、剣太君。お姉さんが二重人格ということまで気付いちゃうなんて。」
「二重人格、は恐らく言い過ぎかな?とは思いますけどね。どちらかというと、日頃は抑圧して、明るく陽気で少しおバカでエロいお姉さんキャラという仮面を被っているんじゃないかと感じただけです。僕の友人が出会った頃、まさにそんな感じでしたから。」
土足で踏み込んでしまってでも僕が聞いてしまったのは、前田と出会ったときのように、なんだか見逃せないような放っておけないような、そんな何かを感じてしまったからだった。
彼女は少しだけ宙に浮かび、椅子にもたれ掛かって座るような体勢をとり、足を組んでこちらを見下ろしてきた。まるで物語の妖艶な魔王のようであった。
「へぇ。お姉さんと似たような子がいたなんて、そっちの世界も随分ひどいものみたいね。」
「そうですね。あいつの家庭は……現代の歪みを詰め込んだ結果の破綻というべきなぐらい悲惨なものでしたよ。」
苦笑しつつも警戒は怠らない。事実、僕は最初からカガチヒュドラの目を使い、魔力の流れを見切っている。そうでなければ、今ごろ彼女が使っている幻術に陥り、廃人になっているだろう。
それぐらいのヤバいレベルの幻術を彼女は今、僕にかけようとしてきているのだ。世間話をしながら。
「それで?お姉さんにわざわざそんな話を聞かせて、君は何が言いたいのかな?復讐は愚かだと言いたいのかな?それとも無実の人々を何故巻き込んだって責めたいのかな?あるいは同族である人間を殺したことに嫌悪感をぶつけたいのかな?
だったら私はこう返すよ。
人間なんて滅んでしまえ。
天使のことも何も知らず、何も考えず、ただ言われたからと私達に害をなし、いざ反撃されればこちらを悪としてくる。
そんな下等な存在ごときがパパとママを殺したことが許せない!!
そんな連中を何もできずにパパとママを殺された私が憎い!!
そんなことがまかり通る世界が大嫌いだ!!
だから私は連中へ復讐した。怒りをぶつけた。憎悪を叩きつけた。それだけのことよ?」
ロクサーヌ・アスタロスさんの叫びはもはや執念や怨み言などではなく、怨念と言うべきものに聞こえた。
それほどの憎悪を250年前から抱き続けていたのはもはや感服する他ない。
だが、残念ながらロクサーヌ・アスタロスさんの言葉は全て僕が1番言いたいこと、いや、1番聞きたいことから全て的外れていた。
平塚才人さんの記憶の追体験をした身としては、人間以外の種が人間に向ける憎悪や嫌悪感は人間側の、もっと正しく言えば天使教と天使達の自業自得である。
それに対して僕の考えは、復讐肯定派というと過激だが、やられたらやり返すことに関してはその通りだと肯定しており、僕や僕の巻き込まれてほしくない人達に害がないなら好きなだけやればいいと思っている。
そんなわけで、僕は咎める気はない。
僕が聞きたいことはただひとつ。
「ロクサーヌ・アスタロスさん、貴女は花妖精との半恋妖精ですよね?」
「………え?」
ロクサーヌ・アスタロスさんが言っていた少し特殊な恋妖精ということの答え合わせだけだ。




